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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【踊り】第二幕・後編……「空を切る手のひら」

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第3話 “よくある話”




 ライブ会場のバックヤードで、優とシアが聞いてしまったフォル達ホーリープロダクションの犯罪。それについて、シアがゆっくりと口を開く。


「フォルさんが思考を誘導して、ファンの方に高額なグッズを買わせている、ですね……?」


 声を潜めて言ったシアの言葉に、優と春樹も慎重に頷く。


 ぼったくり。これこそが、フォルが行なっている犯罪行為(イケナイコト)だ。


 フォルを半ば信仰している状態のファンに、高い商品を買わせる。芸能プロダクションという建前の裏で、ホーリープロダクションは悪徳宗教団体と全く同じ事をしてしまっていたのだった。


 優とシアがこの情報を掴んだのが、楽屋で聞いた怒鳴り声だ。


『フォル! 何してくれたんだ! 最後の楽曲でお前、権能を使わなかっただろう! お前を思ってのことだと何度言えばわかる!?』


 この後フォルが何やら返事をするような間を置いたタイミングで、優とシアを案内してくれたスタッフは2人をバックヤード外へと誘導し始めた。


 それでも、声だけは聞くことができる。


『しかもよりによって最後の楽曲で……。あーくそっ! これでファンがお前を探したり、グッズが売れなかったりしたらどうするつもりなんだ! お前の権能が無ければグッズは売れないんだぞ!』


 これ以降の会話は、さすがに聞き取れなかった。が、それだけで十分だろう。


 春樹、首里と合流してこの出来事について少し話し合えば、「フォルが権能を使ってグッズを買わせている」という結論にたどり着くまで時間はかからなかった。


「そして昼間、フォルさんはシアさんの言葉を否定しませんでした」

「はい。むしろ肯定するように、お金の事情について話しました。ということは、やっぱり……」


 権能を悪用している。シアの言葉に、優も神妙な顔で頷く。


 実際、優も何度か疑問に思ったものだ。いくらライブの興奮があるとはいえ、グッズ購入だけで1か月の給料分以上を奮発するファンも大勢いた。


「オレも自分で自分が不思議だったんだ。これだけ誰かにハマれるなんてってな」


 そう言ってソファの背もたれに身を預けるのは春樹だ。


 いま言った通り、春樹自身もここまで自分が推し活をするとは思ってもみなかった。


 しかし、権能の力があったのだとすると腑に落ちる。むしろ、自己理解が間違っていなかったことにホッとする春樹だ。


「ただ、権能で買わされたって分かってもなお、不思議と後悔が無いんだよな……」

「それ、この前も言ってたよな。俺にはちょっと分からないが……」


 春樹の言葉に、少し眉根を寄せる優。


 通常、この手の商法で商品を売りつけられたと分かった場合、被害者――今回で言えば春樹――は憤慨するのが一般的だろう。だが、どういうわけか春樹には怒りの感情がないという。


 理由についてもなんとなく春樹は分かっているらしく、今もなお、春樹はきちんとフォルのファンだからだということらしい。


「多分この先、どれだけ高くなっても1つくらいはグッズを買うだろうし、買いたいと思う。……っていうのも、権能の影響なのか……?」


 権能の怖いところは、かけられている当人には全く実感がないことだろう。あとで振り返ってみると、そうだったのかと気づく。


 しかもフォルのような思考誘導の場合、わずかだが確実に本人の趣味嗜好もゆがめてしまう。たとえ権能の効果が切れても、中長期的に後遺症が残るのだ。


 今回のフォルの件に関しては、たとえ当人が良くても“周り”が困る事態になる。具体的には、グッズに大金をはたいたファンの家族が金銭的な被害をこうむるのだ。


 この問題こそ、今日、優と春樹がシアにしたかった話だった。


「優、そろそろ……」

「ん? ああ、そうだな。シアさん。ちょっと見てほしいものがあるんです」


 寮には消灯時間があるため、あまり悠長に話しても居られない。春樹の催促を受けて、優はシアにリンクが張られたメッセージを送る。


「見てほしいもの、ですか? えっと……」


 シアも携帯を操作し、優から送られてきたメッセージリンクへと飛ぶ。と、画面に移ったのは「ネット知恵袋」と呼ばれる、質問者に対して有志の人々が答えるサイトだ。


「そこに書いてある質問、読んでみてくれ」


 春樹に言われ、シアは改めて画面に映る質問者の声を読み上げる。


「えっと……。『最近、夫がよく分からないアイドルにハマっているようです。ペンライトはもちろん、担当アイドルのメンバーカラーが白なのか、白い水筒(1万5,000円)や白いボールペン(2,500円)なんていうバカげた額のグッズを買ってきます。どなたか見覚えはありませんか?』って、これ……」


 そのまま画面をスクロールしていくと、どことなく見覚えのあるグッズの画像が添付されている。なんならアップされている写真の中には、フォルのグッズであることを示す赤いマークがバッチリと映っていた。


「俺たちが調べた限りでも他に、こんな感じのものがありまして……」


 優から送られてくるリンクを確認してみれば、同様に白いメンバーカラーのアイドルの情報を募るネット上の書き込みが多数確認できる。関係のないものも含まれているかもしれないが、フォルのグッズに描かれている赤いマークが確認できる投稿も決して少なくない。


 だが、権能による思考の矯正のおかげだろうか。ベストアンサーとして選ばれた回答の中に、フォルの名前が挙がっているものは無かった。


「ファンクラブの会員ナンバーもオレで4桁。しかも会員になるには、絶対にフォルさんのライブに行かないといけないし、グッズ購入にも会員証が要る」

「当然、グッズについて知っている人は漏れなくフォルさんの権能を受けて、フォルさんの情報を口外しない。このグッズについて答えられるのは俺と、シアさんみたいな天人しかいないってことか」


 手広くライトなファンを増やすのではなく、ゆっくり、じっくりと。フォルとの約束という名の「教義」を理解できるヘビーな信者(ファン)を増やす。そんなホーリープロダクションの運営方法が、うまくハマっているようだった。


「どうしてフォルさんはことをしているのか。疑問だったんですが、シアさんの話を聞く限りではアイドルとしての活動を続けていくため、みたいですね」


 なぜ暴利をむさぼるような運営をしているのか。動機を知りたかった優としては、シアがフォルに直接聞いてくれたことは大きい。


 シアの話では、アイドル活動を続けるには数千万円というお金が必要なのだという。魔獣があふれ、物価も改変の日以前より2倍以上になっているこのご時世だ。人々の生活が脅かされる中、エンターテインメント活動を白い目で見る人たちも少なくない。


 銀行からの融資を受けづらいだろうため、自分たちでお金を稼がなければならないようだった。


「お金のために、権能を……」


 フォルが行なっている“悪事”について、かみしめるように言ったシア。


 ただ、どうしてだろうか。フォルが自ら進んでファンの人々にお金を貢ぐように仕向けたと、シアはどうしても思えない。


 友人だから、かもしれない。あるいはきな臭いホーリープロダクションという存在がフォルの背後にちらついているからかもしれない。いずれにしても、どうしてもフォルが自らの意思で悪事を働いているとは思いたくなかった。


 ではフォルは“誰か”に指示されているということになるのだが、


(そう言えばフォルさん、お父さんがどうとか言っていたような……?)


 昼休み、感情的になっていて聞きそびれてしまった事項をシアは思い出す。


 過去、フォルと“これまで”を話し合う中で、シアはフォルの生い立ちについても大まかに聞いている。その際、フォルの養父が事務所の所長であることも聞かされていた。


「もしかして……」


 願望も十分に込められた予想ではあるが、シアの中で1つの物語が出来上がる。


 ――フォルは養父によって支配されているのではないか、というものだ。


 楽屋で怒鳴っていた男性が恐らく、フォルの養父なのだろう。彼は部屋の外まで聞こえるほどの大声で、威圧的にフォルに接していた。


 フォルは養父について「私のために手を尽くしてくれる恩人」だとシアに話してくれた。しかし、幼少からああして威圧的な態度を、もっといえばDVや虐待を受けていたとすると、どうだろうか。


(フォルさんはお父さんが怖くて、良い人のように言ったのではないでしょうか?)


 再会したとき、フォルの性格はシアの知るものとは全く異なっていた。それが幼少期の虐待によるものだったと仮定すると、シア自身も驚くほど腑に落ちる。


(フォルさんの才能にいち早く気付いたお父さんは、フォルさんにアイドルにして、フォルさんを使ってお金を稼いでいる……!)


 そう考えると、第三校への入学はフォルの最後の抵抗だったのではないだろうか。暴力をふるう父親から逃げるために、全寮制の第三校に来た。だが、いつか連れ戻されると分かっていたのだろう。ゆえに荷物は最小限にしていた。


 なんと“それっぽい”シナリオだろうか。これまでシアが読んできた本の中にも、数多く似たようなシチュエーションがあったように思う。


 この時にはもう、シアにとって自分が描いた物語は事実に等しいものとなっていた。


「優さん、春樹さん! 私、気づいてしまいました! 真犯人はフォルさんのお父さんです!」

「「はい?」」


 どういうことなのかと聞いてくる優と春樹に、シアは改めてフォルの家庭事情と、それに基づく推測を口にする。


「――ということなんですが、どうでしょうか!?」


 鼻息荒く言い終えたシアの言葉に、男子2人も頷いてくれる。


「なるほど。フォルさんのお父さんが事務所の代表なんですね。だとすると、シアさんの説もありえるか……」


 あの優でもこう言うのだから間違いない。「ですよね、ですよね!」と興奮するシアだが、ふと、優の隣にいる春樹の表情が晴れないことに気づく。


「春樹さん? どうかしたんですか?」


 不思議そうにするシアの問いかけと、優の「どうかしたのか」という表情を受けて、春樹は重い口を開く。


「いや。仮にシアさんの言う通りだったとして、だ。優たちはどうするつもりなんだ?」


 春樹から帰ってきた問いかけに、目線を合わせる優とシア。すぐに頷き合うと、


「そんなの決まってるだろ、春樹。フォルさんが困ってる。なら、助けないとだろ」

「そうです! フォルさんを悪いお父さまから助けてあげないといけません!」


 ヒーローとしての志と、大切な友人を守りたい心。それぞれの想いで、フォルを助けたいと言う。


 他方、春樹だけは違う。


 確かにシアの推測は非常に腑に落ちるものだし、事実なのかもしれない。だが、事実ではない可能性だってあるにはあるのだ。


 性格については何か別の理由――それこそ目立つ容姿のせいで、学校でいじめられたなどの可能性もあるし、権能についてもフォルが自らの意思で使っている可能性だってある。最悪、フォル自身が父親を利用している可能性だってあるのだ。


「……春樹は違うのか?」


 優に聞かれ、改めて考え込む春樹。


 小説をはじめとした創作物と違って、現実で確実に「こうだ」と判断するにはかなりの時間と労力、何より情報を集めるための伝手が必要になる。


 それらの確かな情報なしに推測だけで物事を決めつけて行動するのは、非常に危険だ。


 天が居ない今、セルの中での自分の立ち位置を静かに反芻した春樹は、


「――優、シアさん。もしその通りだとして、フォルさんの親父を罰するのはオレたち特派員じゃない。特警だ」


 アクセル全開の2人に、待ったをかける。


 たとえシアの推測通りなのだとしても、ただの学生で、特派員としてもまだまだ見習いでしかない自分たちの手に余る。それが春樹の判断だった。


 そして春樹の冷静な態度は、少しだが確実に優の頭も冷ましてくれる。


(特派員じゃなくて特警の領分……。確かに春樹の言う通りだな)


 さすが春樹だ、と、頼れる兄貴分に感謝する優。


 ただ、優のまなざしは正面――理解はできるが納得はできないと言った様子のシアに向けられている。


 結局のところ、最終的に人は感情で動く。どれだけ頭で分かっていても、動かずにはいられないのが人間だ。その典型例がシアだ。天人が人間の典型例と言うのも、変な話だが。


 いずれにしても、このままシアを放置すると彼女がフォルを監禁する――ひいては罪を犯しかねない。


(なら、俺はどうするべきだ? 何がしたい?)


 優もまた自身の役割と“したいこと”について冷静に考え、明日からの行動を決めることにした。




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