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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【踊り】第二幕・後編……「空を切る手のひら」

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第2話 シアの強さ




 シアがフォルの引き留めに失敗した月曜日の放課後。


 優は春樹を伴って、授業が終わっても席から動こうとしないシアのもとを訪ねる。


 シアはどういうわけか、昼休みが終わったあたりから元気がない。親友である羽鳥(はねとり)の呼びかけにかろうじて反応するだけで、先ほどの総合の授業中もずっと暗い顔のままだった。


 ただ、シアが1人でいろいろと抱え込む性質(たち)であることなど、優も春樹もとうの昔に知っている。さしあたり何やら落ち込んでいるらしいシアを1人にしないようにという意味も込めて、机とにらめっこをするシアに声をかけた。


「シアさん。フォルさんについて、少し話があります」


 優が言った言葉のうち「フォル」という部分でピクリと肩と耳を反応させたシア。ゆっくりと優を見上げた彼女の顔には、笑顔が浮かんでいる。だが、普段の喜怒哀楽を分かりやすく映すシアの笑顔ではない。明らかに無理をして作られた笑顔だった。


「優さん。春樹さん。フォルさんの話、ですか?」


 本人は普段と変わらない姿を演じているつもりなのだろう。しかし、気疲れというのは本人が思っている以上に顔に出る。


 こういう時、対処方法は2つに分かれるだろう。1つは相手が話し出すまで待つこと。もう1つは無理やり聞き出すことだ。


 どちらを選ぶかは悩んでいる当人の気質にもよる。今回で言えばシアなのだが、優も春樹も、どちらの方が「シア」という人物に適しているのか解釈は一致していた。


「……行くぞ、優」

「ああ。……すみません、シアさん。ちょっと失礼しますね」


 春樹がシアの荷物を持ち、優がシアの腕を引いて無理やり立たせる。「あっ」とシアが声を上げたのも無視して、昼から降り続いている雨の中。寮のエントランスロビーまで連行したのだった。


 そしてクッションの効いたソファにシアを座らせると、自販機で買った紙コップ入りのホットココアを彼女の目の前に置く。その隣にカツサンドをおいてあげれば、“取り調べ”の準備完了だ。


「シアさん。昼休みにフォルさんと何があったのか、聞かせてください」


 良くも悪くも隠し事が“ド”が付くほど下手なシアだ。優も春樹も、シアが「昼休み」に「フォル関連」で「何かあった」ことくらい、すぐに分かる。


 一方のシアも、優の問いかけでおよそ自分が何も隠せていないこと。心配をかけてしまっていることを察する。


 天が大好きだった甘いココアを口にして冷え切った心を温めつつ、昼休みの出来事を打ち明けるのだった。


「――なるほど。フォルさんが、退学届けを……」

「あの方も思い切ったな。普通、様子見も兼ねて休学するところからだろうに」


 シアの話を聞き終えた優、春樹の相槌がそれだった。


「私、フォルさんを止められませんでした……。どれだけ言葉を尽くしても、全然、フォルさんには届かなくて……っ」


 【物語】を司るシアも紛うことのない言葉のプロフェッショナルだ。自身の想いを伝えることにかけては、シアも自信がある。いや、あった。


 だが実際、シアの言葉は、想いは、暖簾(のれん)に腕押しというようにフォルには全然響いていなかった。


 不甲斐ない。情けない。何より、力になってあげられなくて申し訳ない。数えきれない感情が、堰を切ってシアの目端からこぼれる。


「どうしたら良かったんでしょうか……!? どうしたら! ……大切な友人に、私の声を届けられたんでしょうか? どうすれば、もっとフォルさんと一緒に、居られたんでしょうか……」


 絞り出すように言って、シアは嗚咽をこぼす。


 第三校に来るまでは人付き合いというものを極力避けてきたシア。友人と呼べる人々の相談や悩み事に寄り添う機会というのも、一般人よりは少なかっただろう。


 シアには、そうして自分が後ろ向きに生きてきてしまったが故の経験値不足が露呈したように思えてならない。


 今も、これまでだってそうだ。優たちに悩みを聞いてもらってばかりで、シアが彼らに相談事を持ちかけられたことなど数えるほどしかない。その理由などシア自身も分かっていて、相談相手として自分は信頼されていないのだ。


 支えてもらってばかり、頼らせてもらってばかりの自分が、シアはただただ情けない。


 それでも彼女は、自分1人でもある程度の事態は解決できると優たちに見せて、信頼してほしかった。一方的に頼るだけではなくて、お互いに頼り、頼られる関係を築きたい。


 ――変わりたい。


 今回こそは自分の力でフォルを取り巻く状況を改善したい。そう思ってなるべく優たちの力を借りないように動いてみれば、待ち受けていたのは考えうる限り最悪の結末だった。


 1年を通してシアは、自分が器用ではないこと、もっといえば不器用であることを理解したつもりだった。そんな自分はきちんと頼るべき時に他人の力を借りなければならなかったというのに、見栄を張って、優や春樹を頼るのが遅きに失した。


 言葉にするとあまりに陳腐な「後悔」という感情が、涙となってあふれ出す。


 さすがに子供ではないため、すすり泣くという表現が相応しい声で泣くシア。彼女に対して、優も、春樹も、言葉をかけることはない。


 ただ“頷く壁”となって、黙ってシアに後悔を吐き出させる。


 なぜなら、それだけで良い、というのが、優と春樹の共通見解だからだ。


 2人から見た「シア」という人物は思い込みが激しく、頑固。話を聞いていない時だってままあるほどに、自分で“こう”と決めたらその道を突き進む。言い方は悪いかもしれないが猪のような人物だ。


 だからこそ、だろう。


 シアは勝手に落ち込んで、気づけば勝手に立ち上がっているのだ。果たして彼女の中でどのような葛藤があって答えが導かれているのかは、優も春樹も知らない。


 だが、結局のところ、どれだけ打ちひしがれようと、打ちのめされようと、シアは1人で勝手に立ち上がってしまう。


 ボロボロになっても自分の手足で立ち上がるだけ“強さ”がある。そんな、強くて頼れる「仲間」なのだ。


 ただ1点。思い込みが激しいゆえに“ガス抜き”――今回で言えば話を聞いてあげること――をしてあげる必要はあるが、それだけだ。


 感情を吐き出して整理する時間を与えれば、シアはどんな形であれ必ず立ち直る。


 ゆえに、何も言葉はいらない。昨年の出会ったばかりの危ういシアならいざ知らず。自分たちと苦楽を共にし、時には死の淵を渡った仲間であるシアを、優も、春樹も、心の底から信じていたのだった。


(……いやもう、本当に。シアさん、俺たちの話を聞いてるようで聞いてないことが多いからな……)


 助言しようが何をしようが、譲れない部分は絶対に譲らない。それは春野の死の責任について話した時をはじめ、節々から感じられるシアの頑固さの表れだ。


 融通の利かなさは短所とも言えるが、どんな場面でも絶対に揺らがない大きな柱にもなる。常に死と絶望と隣り合わせである特派員にとって、シアのように「絶対の自分」を持って1人で立ち上がれる人物がどれほど貴重な人材なのかは言うまでもない。


(結局、究極の自分本位っていうあたりは、シアさんも神様っぽいんだよな……)


 くしゃくしゃになった顔を上げて鼻水をすすった後、冷めてしまったココアを飲み干す。そんな人間臭い神様の姿に、不覚にも笑ってしまう優。


 もちろんシアは、優のその笑みを見逃さない。


「むっ。なんですか、優さん。バカにしてるんですか」


 不貞腐れた顔で、厄介な酔っ払いのような絡み方をしてくる。涙を流したことで目元は少し腫れてしまっているが、先ほどまでの思いつめたような色はもうない。思いの丈を言葉にしたことで、少しはすっきりしたのだろう。


(ほんと、自分勝手な人だな……)


 神様らしい。そう言うと天人差別になりかねないため口が裂けても言えないが、シアとも長い付き合いだ。今さら優がシアの“身勝手さ”に気分を害することは無いし、シアはこれで良いと思う。


 むしろ、感情をありのまま映し、他人のために身体と心を尽くして涙することができる。そんな格好いいヒーローマインドを持つシアを、優が軽蔑するはずもなかった。


「……お茶、買ってきましょうか?」

「ぐすっ……。では、緑茶をお願いします。お金はこれで」


 こんな状況でもお金を渡してくるシアの律義さが妙におかしくて、優と春樹は2人して声を押し殺しながら笑うのだった。


 その後、優と春樹も飲み物を買ってシアのもとに戻ると、


「ずずず……っ! それで、フォルさんの話とは何でしょうか?」


 鼻をかんで鼻先を赤くするシアの方から聞いてくる。整った眉は逆立ち、やる気をにじませている。


「フォルさんの退学の方は良いんですか?」

「良くありません! ……ですが、もはや今の私にできることと言えば、それこそフォルさんの部屋に押しかけて退学届けを破り捨てるか、退学届を出せないようにフォルさん自身を監禁するしか……はっ!」

「おい、シアさん。その『いいアイデアでは!?』って顔、やめてくれ。監禁は犯罪だ」

「あはは、冗談ですよ、春樹さん。……本当ですよ?」


 なぜか最後に念押しをしてくるシア。その瞳に理性の光がないように見えて、優と春樹が顔を青くする。


 優たちも知っている通り、シアはこうと決めたら譲らない。もしも本当にフォルを監禁するしか方法が無くなった場合、本気でそれをしかねない。


 仲間内から犯罪者が生まれる可能性が出てきたため、優たちは早急に本題に入ることにした。


「シアさん。この前の子供の日のライブ以降、俺たちの方でも色々調べてみました」

「具体的にはフォルさん達がしている犯罪行為についてだ」


 優、春樹の発言に、シアが顔をこわばらせる。特に春樹が言った「犯罪行為」というのは昼休み、シアが「イケナイコト」としてぼかした部分だ。


 子供の日のライブの後、優はシアに付き添う形でフォルの楽屋の目の前まで行くことができた。だが、中から聞こえてきた怒声を受けてスタッフが配慮を行ない、優たちは無理やりバックヤードから追い出されている。


 それでも帰り際、優とシアは聞いてしまったのだ。フォルが権能を使って、ファンの人々に3つの思考誘導をしていることを。


 まず2つ。それぞれ「フォルの存在を秘匿すること」「フォルの詮索をしないこと」だ。これは、フォルのライブで大々的に行なわれている“3つの約束”である、


 ――1つ。ライブの撮影・保存はOK。ただし、SNSを始めとするあらゆる媒体への転載を禁じる。


 ――1つ。当ライブ及びアイドル「フォル」について一切口外してはならない。


 ――1つ。フォルについて深く詮索しないこと。


 それらの本質をまとめた2つだ。


 だが、その裏でもう1つ。フォル達は、恐らく法律に触れるだろう思考誘導をしていたらしい。その内容について、確認も込めて口を開いたのはシアだった。


「フォルさんが思考を誘導して、ファンの方に高額なグッズを買わせている件、ですね……?」




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