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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【踊り】第二幕・後編……「空を切る手のひら」

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第1話 決別




 フォルの楽屋から怒号が聞こえてきた、あの後。「申し訳ございません。今は取り込み中のようでして……」とやんわりフォルとの面会を固辞した女性スタッフの指示で、優たちは会場の外に追い出されてしまった。


 もちろん、シアは少々強引に楽屋に入ろうとした。しかし、ここでも屈強な黒服たちがシア達の前に立ちはだかった。さらにNHSホールの警備スタッフまで来てしまっては、もはやどうしようもない。普段、優たちを守ってくれている法律が優たちに牙をむく可能性があるからだ。


 後ろ髪を引かれる思いのまま会場を後にする代わり、シアは帰り道にあったラーメン屋でやけ食いをして第三校に引き返したのだった。


 そうして迎えた、ゴールデンウィークが明けの5月8日。月曜日の昼休み。


(フォルさんは、どこに……っ!)


 行き交う学生が振り返る中、シアは速足で友人の姿を探していた。


 現状フォルは、第三校で1、2を争う噂の種だ。聞こうとせずとも、彼女の動向は伝え聞こえてくる。先日のシア達の心配も杞憂に終わり、週が明けたフォルはきちんと登校してきたらしい。そんな噂を、シアは午前中のうちにきちんと入手していた。


 下級生にあたる10期生の学生に話を聞いてフォルのクラスと時間割を把握。先ほどまで授業が行われていた教室を訪ねるころには、昼休みも10分ほどが経過していた。


 当然、ほとんどの学生はいなくなっている。フォルも例外ではなく、授業が終わるや否や早々に部屋を出て行ってしまったようだった。


 幸いなのは、フォルは目立つということだろう。人に聞けば、足取りをたどるのは非常に簡単だ。


 目撃情報をたどって学内コンビニ、中庭、図書館をめぐって、いよいよ足取りが途絶えたという頃。


 あいにくの曇天模様の空の下、少し暗い顔で教務棟から出てくるフォルを見つけたのだった。


「――フォルさん、ようやく見つけました。教務棟に、何の用だったんですか」

「あっ……。シアちゃん……」


 表情と同じ鋭い口調で、フォルに尋ねるシア。と、その瞬間にフォルが背後に隠したものを、シアは見逃さない。


「それ……。見ても良いですか? というより、見ますね」

「あ、ちょっ……」


 フォルの制止を無視して、シアは彼女の手に握られている紙の最上部に書かれた文言を確かめる。そこに書かれていたのは「退学届」の文字だった。


「……フォルさん。これは?」


 シアが尋ねると、観念したのだろうか。赤い瞳を閉じたフォルはフッと小さく息を吐いて、シアと正対した。


「見ての通り。退学届、だよ。最後の1枚だったんだって」

「そんなの、見ればわかります! ……私が聞いているのは、どうして退学するのか、です」


 改めて質問し直したシアに、考える間を置くためだろうか。フォルは一度、曇り空を見上げる。だが、すぐに再び視線をシアに戻すと、困ったように笑った。


「シアちゃんも、分かってる……でしょ? 私がここにいると、みんなに迷惑がかかるから」


 フォルが退学することも、その理由も。全部が全部、シアと優たちとが予想していた通りのものだ。それは同時に、フォルのファンの蛮行と、彼らを利用する反訓練学校派の人々の思惑がしっかりとハマったということだった。


 瞬間、シアの全身から白いマナが漏れ出す。震える肩。身体の横で握られた拳。力強く噛まれた奥歯。些細な変化も、これだけ集まればシアの中にある激情を推し量るには十分だろう。


 それでも、1年を通して成長したシアは、努めて冷静に問いかける。


「どうして……。どうしてフォルさんが退学する必要があるんですか?」


 悪いのはマナーのなっていないファンや、彼らを利用する活動家・マスコミたちではないか。正論を説くシアの言葉は、しかし。


「ううん。私があの人たちを狂わせたから。あの人たちは、悪くない」


 苦笑するフォルには届かない。しかも声色や表情から察するに、フォルは本気で、行き過ぎたファンの人たちは悪くないと思っている。権能もなしに、自由に。心を込めて歌ってしまった自身の迂闊な行動が悪いのだと、フォルは本気で思っているのだ。


 そのことが分かってしまうからこそ、シアとしては何ともやるせない。それでもシアは、諦めない。フォルと共に歩む学校生活を、普通の暮らしを、手放したくない。


「じゃ、じゃあこういうのはどうでしょうか。フォルさんが今から校門の前で権能を込めて歌うんです」


 それは、シアがかねてより考えていた奥の手だ。


 もはやファンの人々は言うことを聞いてくれない段階にある。であるならば、権能を使った強硬手段を用いるしかない。


「ライブと同じで、約束を守ってください、と。人に迷惑をかけないでください、と。そう願いを込めて歌えば、ファンの人たち、も……」


 懸命に言い募るシアだが、この方法の穴を知っているからこそ言葉はしりすぼみになってしまう。


 もはやフォルの姿はSNSによって日本中に拡散されてしまっている。何人に届いているのかは不明だが、フォルの歌に魅了された人々は数えきれないだろう。


 確かにシアの言う方法を使えば、いま校門の前にいる人々は言うことを聞いてくれるかもしれない。だが、今日は仕事か用事か何かで来ていない、数十、数百、数千人の隠れファンには届かない。


 すると明日は、別のファンがやってくる。毎日、毎日、この繰り返しだ。しかもフォルには学校生活もある。特別なカリキュラムで進む第三校の授業では、宿題という形で足りない授業時間を補っている面もある。


 優が毎日ひぃこら言いながら片付けている課題も、並みの高校生よりはかなり多い数なのだ。それらの課題をこなしながら授業を受け、合間合間にファンの人たちに権能を使う。


 フォルの疲労度を考えた場合、とても現実的なプランとは言い難かった。


「……そうです! 私もお手伝いします! 【運命】を使って……使えば……」


 この作戦も、無理だろう。シアの権能は、人々の思考に働きかけるにはあまり向いていない。


 一応、権能を使って人々の運命を操作し、第三校に来ることができなくする。あるいは、フォルを凌駕する運命の相手に出会わせて気を逸らす、など。いくつかの方法は思いつく。


 だが、そこは真面目なシアだ。たとえ友人(フォル)のためであったとしても、他人の運命を改変することにはひどく抵抗があった。


「そ、そうです! この学校にはモノ先輩が居るんです! 【正しさ】を司る彼女ならきっと、フォルさんに魅了されてしまった人たちの思考も“正しく”――」

「ううん、いいの」


 これまで、懸命に言葉を紡ぐシアを優しい表情で見つめていたフォル。だが、ここでようやく口をはさんだ。


「もう、良いの、シアちゃん」


 ゆっくりと首を振って、フォルは微笑む。満ち足りた、つまりは心の底から満足したと言いたげなその笑顔に、シアは察する。もう何を言ってもフォルを引き留められないのだ、と、直感で理解してしまう。


 どうして言葉は届かないのか。どうして、こんなことになってしまったのか。


 数十年ぶりに会えた、無二の親友。生まれて間もない、空っぽだった時期を共に過ごしたフォルの存在は、掛地なしにシアの救いだった。フォルの歌がシアに笑顔をくれたし、フォルの踊りが感動をくれた。シアが語る物語を笑顔で聞いてくれ、時には歌にまで昇華させてくれた。


 孤独ではないことの大切さを知っている今だからこそ、生まれたての自分に寄り添ってくれたフォルという存在の大きさを、シアは理解している。


 そうして救われた分、今度は自分が、【運命】の女神である自分が、フォルの人生を幸せにしてあげたい。そう思って、ここ数週間シアは奔走し続けてきた。


 だというのに、届かない。


 もう少し、などではない。シアが伸ばした手は、これっぽっちもフォルには届いていなかった。


 無力感と申し訳なさ。何もしてあげられない自分への怒りが一層、シアの体表からマナとして漏れ出す。


「なにが……。何が“良い”、なんですか……? 全然よくありません!」

「し、シアちゃん? 落ち着いて――」

「だって! だってフォルさん、全然楽しそうじゃないです!」


 シアの言葉に、フォルが息を飲む。まさに図星をつかれた表情なのだが、幸いにも、俯いて話すシアはフォルの変化に気づいていないようだ。


「この間のライブ、見ました」

「えっ、シアちゃん来てたの!?」


 まさかシアが来ていたとは思わず、再び驚愕に顔を染めるフォル。驚き交じりのフォルの問いかけに、シアはうつむいたまま頷く。


「はい。あのライブでもフォルさん、楽しそうじゃありませんでした……」


 あのライブ“でも”と言ったシアに、フォルはゆっくりと首を振って見せる。


「そんなことない。私はちゃんとライブを楽しんでる。じゃないと、見に来てくれたお客さんに失礼、だから。それにきっと、ライブ中の私はシアの知ってる私に近い。違う?」


 ライブ中のフォルは笑顔を振りまき、見る人だれをも笑顔にしてしまう輝きを持っている。言動も確かに、シアが知る“かつてのフォル”そのものだ。


「それはそうです! けど、そうではなくって~……」


 自分の中にある違和感を言語化できないもどかしさに、しばし悶えるシア。だが、今すぐに言語化はできないだろうと諦めて、話題を強引に替えることにする。


「こ、この前のライブ……楽屋でフォルさん、怒られていましたよね?」

「……!? なんでシアちゃんがバックヤードに……!?」

「それについてはスタッフの方が通してくれました……。まぁ、その後すぐに追い返されちゃったんですが」


 いずれにしてもシアは、事務所の人と思われる男性にライブ後のフォルが怒られているのを聞いてしまった。男性の権幕はすさまじく、外にいたシア達のところまできちんと届いていた。


「その時、私たち、聞いてしまったんです。……フォルさんが権能を使ってしている“イケナイコト”を」


 シアが言った瞬間、赤い目を少しだけ見開いたフォル。時を同じくして、曇り空から小雨が降り始めた。


 驚いた顔から困った顔へと表情を変えたフォル。それでもすぐに普段の真顔に戻るとシアに言い放つ。


「えっと……それで?」

「『それで』!? だ、ダメですよ、あんなこと! すぐにやめてくださいっ!」


 フォルが権能を使って行なっている“イケナイ”思考誘導を止めるよう、言い募るシア。


 だが、やはりフォルの決意は固いらしい。


「これも私たちが生きて、活動していくためだって、お父さんも言ってる。それとも何? シアちゃんが私たち家族の生活と会社の経営、全部(まかな)ってくれるの?」

「もちろ――」


 もちろんと言おうとしたのだろうシアの言葉を、「数千万円、だよ?」と現実的な数字をたたきつけるフォルの言葉が遮る。ここで嘘でも「できます」と言えないところが、シアの真面目さの表れだった。


「それ、は……」


 言いよどむシアに、フォルは微笑みを浮かべて言う。


「シアちゃんの気持ちは、本当に嬉しい。退学、止めてくれたことも、ありがとう。……でも、ね? 私にも、私の人生がある、から」


 遠回しに関わるなと言われたことに気づかないシアではない。


 ショックのあまり立ち尽くすことしかできない彼女を、退学届けを手にするフォルがそっと抱きしめる。


「シアちゃん。私、シアちゃんに会うために第三校に来た。だから、会えて良かった。それだけでもう、私は満足」

「フォルさん……」


 小雨が降りしきる中、抱擁を解いたフォルはライブの時と同じ、100点満点の笑顔でシアに言った。


「バイバイ、シアちゃん!」




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