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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【踊り】第二幕・前編……「孤立への歩み」

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第7話 大阪城の片隅で




 優たちがフォルの不登校について様々な可能性を模索した日の、夜。


 フォルの姿は、大阪城公園にあった。ワイヤレスイヤホンを耳に着け、芋っぽい地味なジャージと髪を隠すためのキャップを身に着けているフォル。


 広い大阪城公園の、人気(ひとけ)のない雑木林の奥で彼女は1人、


「いち、に、さん、し! いち、に、さん、し……っ!」


 満面の笑みを浮かべ、目いっぱいに踊っていた。


(やっぱり、いい曲……)


 彼女がいま練習しているのは、3日後の5月5日に開催されるライブで初お披露目となる楽曲だ。作詞作曲、フォル。振り付け考案、フォル。着想から全てにおいて、フォルが自らの意思で作り上げた楽曲だった。


 とはいえ、彼女が曲のすべてを担当するのは当たり前のことだ。これまでの楽曲もすべて、振り付けまでをフォルが作り上げている。


 ただし、それは事務所の意向を多分に含んだものだ。可愛くアップテンポに、と言われればその通りに作るし、しっとりとしたバラードを、と言われればそれも注文通りに作る。


 当然だ。なにせ彼女は【歌】と【踊り】を司る天人だ。考える、などという過程はなく、楽曲が下りてくる。あとはそれを譜面に起こすだけだ。


 踊りの方も、本来は練習すら必要ない。曲を聞けば身体は勝手に動いてくれるし、自分でも満足のいく踊りになる。


 それでも彼女が練習をするのは、踊ることが好きだから。また、練習して自信を得た“最高の踊り”をこそ、ファンの人々に見てほしいからだ。


 ゆえに彼女は、今日も人目を忍んで踊る。


(ファンサ、ファンサ、決めポーズ! Bメロ!)


 普段から練習を欠かすことのないフォル。しかし、今日ほどの笑顔と楽しさを感じたことは無い。にもかかわらず、今回、彼女がここまで楽しく踊れているのは、着想から全て自分の意思で作った“特別な楽曲”だからだ。


 フォルが今回のライブに向けて作曲したのは、恋の歌だ。フォルの人生において初めて挑戦するテーマでもある。


 その着想を運んできてくれたのは、他でもない。大切で大好きな親友――シアだ。


 入学以来、お互いの“これまで”について話し合ったフォルとシア。その中でフォルは、シアが恋をしていることを知った。


 時に興奮気味に、時に悲しげ・悔しげに、自身と“彼”の思い出について語っていたシア。そんな彼女に感じた圧倒的な“輝き”は、フォルの創作意欲を刺激するのには十分すぎた。


 シアが帰った後、三日三晩――も必要ない。衝動のまま、3時間もせずに作り上げた楽曲。そこに作曲の理論などを組み込んで丁寧に作り上げたのが、この曲だ。


 自分のやりたいこと、自分自身の意思を大切にすることを歌った、恋の楽曲。終盤にはフラれるというほろ苦さもありながら、それでも前を向く強さを歌う。聞いているだけで明るい気持ちになれるような楽曲に仕上がった。


(ファンのみんな、喜んでくれるといいな……)


 一生懸命にペンライトを振り、コールをしてくれるファンの人々。彼らの嬉しそうな顔を見るために、フォルはライブをしていると言っていい。


 しかも今回は、普段よりも数倍大きな収容人数を誇る『日本放送ステーション』――通称『NHS』の建物内にあるホールを使うことになっている。これまでは来られなかったファンの人々も大勢、招待できるということだ。


(楽しみ……!)


 夜も深まる公園で、より一層、踊りの練習に身を入れるフォル。


 ただ、不安がないと言えば嘘になる。フォルはまだ、事務所にこの楽曲を作ったことを伝えていないのだ。


 フォルが所属している事務所は『ホーリープロダクション』と呼ばれる小規模なアイドル事務所だ。


 その所長が、フォルの養父にあたる人物だった。


 フォルが養父母に拾われたのは、シアと同じで改変の日の直後のこと。当時、不妊治療に悩んでいた公務員の夫婦がフォルを見つけ、里親になってくれたのだ。


 「子供」を待ち望んでいた両親の愛を目いっぱいに受けて、フォルは数か月を過ごした。


 そんな日々に変化が訪れたのは、フォルが天人の特例で小学校に編入した頃だ。


 白い髪に赤い瞳。日本人離れした彼女の容姿は、純粋な子供たちにとってはあまりにも刺激が強すぎた。


 数日と経たず、フォルは見た目をからかわれ、時に“ちょっかい”をかけられるようになったのだ。また、この頃のフォルはシアのよく知る、活発な子で負けず嫌いな性格をしていた。


 結果として彼女は、子供ながら懸命に立ち向かった。自分を育ててくれている養父母に迷惑をかけないよう、たった1人で頑張って、頑張って、頑張って、頑張って。懸命に抗い続けた彼女の未熟な心は、簡単に壊れた。


 当然だろう。見た目の年齢は小学生、知能のレベルはそれ以上だったのだとしても、精神年齢は幼稚園児とそう変わらない。


 5歳近く年上のお兄さん・お姉さんに、頭だけは良い幼稚園児が立ち向かっていたようなものなのだ。当時はまだ“子供の天人”への理解が進んでおらず、支援も行き届かない。結果として、フォルの心は受肉して1年と経たず、粉々になった。


 すぐに不登校になり、しばらくして近くの学校に転校。その先でも容姿をからかわれ、転校。次の学校にはもはや、行くことさえできなかった。


 そんなフォルを、それでも両親は懸命に支えてくれた。無理をしなくていい、と、そう言って、フォルに寄り添い続けてくれた。


 また、フォルの方も、自分のために手を尽くしてくれる養父母へのお礼として、自身の歌と踊りの才能を惜しげもなく披露する。そのたびに養父母は笑顔になってくれて、フォルも救われる想いだった。


 変化が訪れたのは、フォルが小学校高学年になった頃だ。父親が退職し、歌って踊ることが大好きなフォルのために、アイドル事務所を立ち上げてくれたのだ。


 それこそが、ホーリープロダクション。フォルに活動の場を与えるためだけに起業された、個人事務所だった。


 過去に容姿で辛い思いをしているフォルを慮ったのだろう。最初は信頼できる人々だけを家に呼んで、ささやかなフォルのライブを開く。


 彼らが見せてくれる笑顔にフォルが喜ぶさまは、養父母にとって救いだった。また、養父母にとっては待ち望んだ自分たちの子供だ。


 ――もっと多くの人に、我が子のすごさを知ってほしい。


 ライブ会場は家の中から近くの公園へ、市民会館へと、徐々に広がっていった。


 ただし、そうして生まれるファンの異常性に、養父母は早い段階で気づいた。ファンが昼夜問わず、家にやってくるようになったのだ。天人がもたらす天上の芸術は、人間にとっては毒にも薬にもなるということだ。


 そこで養父母は、フォルにこう命じた。


 ――権能で、人々に約束を守らせて欲しい。


 フォルの家に押しかけないこと。また、フォルの存在を公にしないこと、などなど。この養父母との約束が、フォルのライブにおける不思議な約束の原点だった。


 そうして、地域に根差して限られた人々のもとにライブを届ける。いわゆる「ロコドル」としての日々を送っていたフォル達に次なる変化が訪れたのは、フォルが中学生になった頃だ。


 アイドル活動のおかげで精神状態を整え、中学進学を機に通学できるようになったフォル。不器用ながら友人も作り、徐々に普通の生活を取り戻そうとしていた中1の晩春のことだ。


 職場から帰宅していた母親が、魔獣によって殺された。


 現代では特筆されることもない、ありふれた日常だ。新聞の片隅に載る程度のささやかな不幸が、フォルの家庭に訪れたに過ぎない。


 だが、当人たちにとってはあまりにも大きな出来事だった。


 それまでは慈善事業のような状態で行なわれていたフォルのライブ。当然ライブによる収入はわずかで、場所を借りる額の方が大きい赤字の状態が続いていた。


 そんなフォルのアイドル活動を支えていたのが、養父の貯金と養母の収入だった。だが、妻の収入がなくなってしまったことで貯金を切り崩すしかない状況になってしまったのだ。


 当然、長く活動を続けていくためにはライブで“収入”を得るしかない。父親として娘の活動を支えるには、どうしてもお金が必要だ。


 フォルのライブに“利益”が求められるようになった瞬間だった。


 利益を得るために、より多くの人を呼ぶようになる。すると当然、これまでは居なかった客層を呼び込むことになる。


 もとより地域に根差したアイドル活動をしていたフォルだ。秘匿されていたフォルのアイドル活動が同級生に露見するまで、そう時間はかからなかった。


 多感な中学生の時期に、見た目も派手なフォルが、アイドル活動という“いかがわしいこと”をしている。特に男子中学生にとって、これらはあまりにも刺激的な内容だった。


 そうして再び始まった、からかい。


 独り身になって男手一つで育ててくれている養父に、これ以上迷惑はかけられない。そう考えたフォルは、我慢した。天人である自分なら大丈夫なのだとそう自分に言い聞かせ、どうにか小学校の頃と同じ(てつ)を踏まないように気を付けた。


 が、フォルのアイドル活動の情報が漏れたということは、彼女の権能を用いた約束を知らないファンが一定数いるということだ。


 そうすると発生するのは、今の第三校を襲っているのと同じ現象だ。つまり、彼女の至高の踊りと歌に狂わされた少数のファンが、フォルを求めて押し寄せたのだ。


 それはさらに多感な中学生たちを刺激する。自分たちの平穏な学生生活を、脅かされたのだ。


 これまではからかいに加担していなかった女子生徒たちもフォルを邪険にするようになり、学校も授業の妨害を問題視するようになった。


 結局フォルは学校の勧めを受け入れる形で転校。せっかく作った友人とも、離れ離れになってしまった。


 この頃から養父が“変わった”と、フォルは思っている。


 彼は笑顔を見せることは無くなり、フォルの行動を強く監視・制限するようになった。


 まず、「心配だから」と、中学に通わせてくれなくなった。一方、対外的にはフォルは不登校児ということになっていた。フォルが、法律上は大人として扱われる「天人」だったこともあったのかもしれない。児童相談所が動くこともなかった。


 また、父はアイドル活動も徹底的に管理するようになった。歌う曲、公演時間なども全て所長である養父が管理する。ライブは完全会員制となり、一見さんはお断り。徹底的にファンを絞ることで、フォルの存在を徹底的に秘匿した。


 最後に、フォルに権能を使わせて、ファンに()()の約束をさせる。これにより、フォルのアイドル活動は守られるようになったのだった。


 養父のやり方に対して、フォルに不満はない。彼女は養父が、自分のためを思って行動してくれていることを知っているからだ。


(ううん、絶対に、そう)


 フォルのために仕事を辞めて事務所を立ち上げ、フォルのために人生をささげてくれている。そんな人間を、養父を、人の信じる気持ちから生まれた天人(フォル)が信じてあげないわけにはいかない。


 たとえ最近の彼の指示や行動に疑問点があったとしても、フォルはこれまで養父に注いでもらった愛情を忘れてはいない。必ず自分を想っての行動であると信じて、これまでも、これからも、アイドルとしての活動を続けるつもりだ。


「いちにさんし、ににさんし……っ!」


 汗を散らし、精魂込めて踊りの練習に打ち込むフォル。


 彼女にとってライブはファンを喜ばせる場所だけではない。自分を育ててくれている養父母への恩返しも兼ねた場所なのだ。


 最近はライブに来てくれなくなってしまった養父。だが、今回は大きな会場だ。見に来てくれるに違いない。


 その場所で、新しく作った楽曲をサプライズで披露する。自身の成長をアピールする。きっとファン共々、養父も、今は亡き養母も、驚いて喜んでくれるに違いない。


 本当は今回のライブにもシア達を呼びたかったのだが、今回は事務所の所長でもある養父が“特別チケット”を用意できないと言っていた。残念ではあるが、仕方のないことだというのもフォルは分かっている。


 養父には最近、無断で第三校を受験して迷惑をかけたばかりだ。天人だからこそ親の了承なしに入学できたが、やはり、というべきだろう。在学生たちには現在進行形で迷惑をかけてしまっている。


 シアに会うという最大の目標も果たした今、フォルにとって自分がなすべき行動は決まっていた。


(最後にシアちゃんに会いたかったけど……。仕方ない、よね)


 暗い決意を胸に刻んで、より一層練習に身を入れるフォルだった。




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