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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【踊り】第二幕・前編……「孤立への歩み」

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第6話 不登校の理由




 昼食がてら登校していないフォルについて話し合うことしばらく。昼休みもとっくに半分が過ぎて、学生たちがそろそろ次の教室を目指し始めるころ。


 反訓練学校派の人々の目的がフォル、もしくは彼女の周辺の人物が退学することだと知ったシアは、


「――許せません」


 椅子に座ったまま、白いマナを全身か立ち昇らせる。親友が、私利私欲のために利用されているのだ。友人想いの彼女にとって、到底許容できる状況ではない。


 もちろん優も、春樹も、シアの気持ちは十分に理解できる。


「ですが、抑えてください、シアさん。もしここで迂闊な行動をすれば、それもまた、反学校派の思うつぼです。それにシアさんが激情を抱くと、啓示が影響する可能性もあります。なので、どうか」


 きちんと言葉と思いが届くように、ゆっくりとした口調でシアを諭す優。


 と、ここで、シアがいつも優の周りの女子に対する嫉妬をいなし続けた成果が出る。自身の感情との向き合い方について、最近はよく考えていたシア。ゆっくりと息を吐けば自然と、彼女の体から漏れるマナは消えていった。


「す、すみませんでした……」

「いや、謝ることじゃないだろ。むしろシアさんがシアさんでオレはホッとしてる」

「……さては春樹さん、私のこと馬鹿にしていますね?」

「そんなわけない。シアさんが感情的でいてくれるから、オレ達は冷静でいられるんだ」

「……そういうことにしておきます」


 春樹としては至極真面目に言ったつもりだったのだが、シアはお気に召さなかったらしい。プイっと顔を背けられてしまう。そんな2人のやり取りを何となしに眺める優は思考の海に潜る。


 反学校派の人たちについては、目的が判明した。


(となると、問題はファンの方だな。学校にいる限りフォルさんに会えない。だから退学にする、っていうのは、あまりにも動機として薄い気がする……)


 押しかけているファンは年齢も性別も様々だが、彼ら彼女らの善性を信じるのであれば、ただフォルに会いに来ているだけなのだ。


 むしろフォルが第三校を辞めるようなことになれば、それこそ彼女の居場所は事務所しか知らないことになる。ファンとしてはフォルを目にする機会も、確率も下がることになる。むしろ困る事態になってしまうのではないか。


 そこまで考えたとき、優はハタと思い出した。


「事務所……そうか、事務所の人だ」

「んお? どうした、優?」

「春樹、シアさん。さっき言った三文芝居にはもう1つ、フォルさんの事務所の人……かもしれない人が居たんだ」


 優は、自身の前に立ちはだかった屈強な男たちのことを思い出す。彼らのせいで、優は最後までつまらない芝居を見せられたのだ。


「は? まて、優。フォルさんの事務所もグル……退学に1枚噛んでるってことか?」

「可能性はある。実際、これまではおそらく事務所がフォルさんの公私を管理していたはずなんだ。だが今は……」

「なるほど、フォルさんは少なくとも私生活の面では、学校に守られて自由にできている、と……?」


 フォルに勝手なことをさせないために、第三校から連れ出そうとしてる。そう考えると、事務所がフォルの退学に1枚噛んでいてもおかしくはない。


「ですが私、さっきのことで学びました。優さんの言ったそれは、あくまでも事務所の人を悪者と考えた場合の物語、ですよね?」

「そうですね……。普通に、フォルさんの事務所の人とは違う可能性もあります」


 残念ながら優は、サングラスをかけた禿頭のごつい男を見分ける技術を持ち合わせていない。反訓練学校派の人々が雇ったボディーガードの可能性だって、十分にあるのだ。


 現実は、物語のように単純ではない。


「ですがフォルさんの事務所にも、フォルさんが退学するメリットがある。それだけは覚えておくことにしましょう」

「そうだな。で、ファンの人の動機についてなんだが、良いか?」


 手を挙げて発言権を求める春樹。優とシアの視線が自分に向けられたことを受けて、口を開く。


「実はフォルさんを退学させることそれ自体が目的じゃない、っていうのはどうだ?」

「……というと? 単なる嫌がらせってことか?」


 優の言葉に、春樹は首を横に振る。


「違う、違う。優の言う通りフォルさんの事務所が噛んでるなら、っていう前提にはなる。けど、それならファンの人の目的は多分1つだ」

「そ、それは……?」


 シアが生唾を飲み込んで尋ねると、春樹は特段もったいぶることなく一意見として言った。


「特別な権利、だな」


 例えば、次の公演の際に最前列に陣取れる、だったり。あるいは、特別なグッズをもらえる、だったり。特別の形はそれぞれだが、事務所や反訓練学校派に協力することで得られる“何か”があったのではないか。


 自身もフォルのいちファンとして、ファンの目線から春樹は考えてみる。


あの方(フォル)の限定グッズをもらえる。ついでに、特派員っていう危ない場所からあの方を連れ出せる。もし中学のオレだったら、間違いなく正義の旗を振ってあの方の退学に賛成しただろうな」


 終始、真剣な顔で真面目に話した春樹。


 ファンの目線から語られた彼の話は、なるほど、一定の納得ができる。だが、優もシアも。春樹がフォルを「あの方」と呼ぶ違和感がすさまじくて、全然話に集中できない。


「は、春樹……。確認なんだが、フォルさんのファンではあるん……だよな?」

「んお? おう、一応な」


 少し冷めた春樹の態度が照れ隠しなどではなく本心であることは、優もなんとなくわかっている。


 だからこそ、フォルの呼び方から感じられる畏敬との念のギャップが、妙に面白く感じられる。それはどうやらシアも同じだったらしく、2人顔を見合わせてクスっと笑ってしまうのだった。


「おい、なんだよ、2人して」

「いや、何でもない。無意識なんだなと思って」

「そうですね! 私も、ふふっ、春樹さんがフォルさんを好きでいてくれてうれしいです!」


 自分を見て笑っている2人に、春樹の居心地の悪さと言ったらない。ちょうど食事も終わったところであるため、お盆を手に椅子から立ち上がる。


「ったく……。ほら、次、選択科学だ。移動教室だからそろそろ移動するぞ」

「ふふっ、ああ、そうだな」

「うふふっ、そうですね」


 まだ笑っている2人に少々腹が立った春樹。ちょうど立ち上がったところだった優の足を「ふんっ」と、軽く蹴ってやるのだった。


 3人で食器を返した後。A棟に向かう最中で話すのはかなり脱線していたもう1つの話、つまり、なぜフォルが学校に来ていないのかという話に移る。


「私と同じならば、フォルさんは基本的に病気になりません。となると、意図的に休んでいるということになります……よね?」


 そもそもこの事実があったからこそシアは、フォルが悪口を言われて登校拒否をしていると思い込んでしまったのだ。学校に来るのが嫌になるような、何かがあったのだ、と。


 ただ、こちらの事情についても優と春樹の間ではおよそ答えが出ている。


「病気を除くと考えられる可能性は2つですね。1つはシアさんの言う通り、フォルさんが学校に来たくなくなった可能性。もう1つはレッスン、あるいはゴールデンウィークに向けたライブ関連の何か、です」


 フォルの公式ホームページの動向を常に追っていた優。そんな折、このゴールデンウィーク中にフォルが再びライブを行なうことを知った。しかも今度は、収容人数が前回よりも倍以上となる場所での開催予定だった。


 華々しいアイドル活動の裏には、地道なレッスンが積み重なっている。歌入れ、振り入れ、ビラ配りをはじめとした宣伝。多種多様な努力の末に、アイドルたちは輝いている。


「中規模ライブが迫っているんです。芸能活動の方で休んでいる可能性が高いんじゃないかって、俺は思います」


 フォルは普通の学生ではない。芸能人だ。タイミングからしても別に不自然ではない、と、優は考えている。


「確かにフォルさんが心を病んだ可能性もあります。ですがシアさんのメッセには既読、付いてるんですよね?」

「え? あ、はい。というより、丁寧に『心配してくれてありがとう』という文面まで返してくれました」


 優も一時期精神を病んでいたために分かることだが、特に病み始めは携帯など見ている余裕はない。


 何も考えずにぼーっとして、何かを考えそうになったら無理やりにでも気を紛らわせる。そして処方された薬を飲むことができる時間まで耐えて、時間が来たら薬を飲んで無理やり眠る。そんな日々だ。


 だが、フォルは既読を付けるだけでなくきちんとシアにお礼を言えている。それは優から見れば、お礼を言うだけの、ひいては他人の存在を(おもんぱか)るだけの精神的な余裕が、フォルにはあるということだ。


「放課後、フォルさんの部屋を訪ねてみて、不在だったらほぼ確定です。フォルさんは市内のどこかで、ライブに向けた準備をしています」

「なる、ほど……」


 実体験を交えた優の推測に、シアも一定の納得を見せてくれるのだった。


「シアさん。弱ってるとき、誰かが居てくれることでめちゃくちゃ助かることもあります。なので同性として、友人として、フォルさんを支えてあげてください」


 そんな優からのお願いに、シアは一言。


「もちろんです!」


 そう答え、今後もフォルに構い続けることを宣言した。


「おーい、2人とも、急げー」


 話している間に距離が開いていたらしい。かなり前方で手を振っている春樹と合流し、改めて選択科学――優とシアは生物、春樹は化学――の教室へと向かう。


 道中、優は改めて今回の話し合いについて脳内でまとめておく。


 どうやらフォルのファンの一部と、反訓練学校派の人々が手を組んでいるのは確実らしい。また、その目的がフォルの退学であることも確定だろう。


 それで言うと、反訓練学校派の人々の目的はフォルでなくてもいい。生徒を精神的に不安定にさせて、退学・休学者を出すことができれば御の字と考えているだろうことも確定でいいはずだ。


(だが、それ以外はあくまでも推測、か……)


 優の前に立ちはだかった人々の正体。ファンの人々の目的。これらについては未だに不明だ。


 いや、春樹が言ってくれた「ファンの目的は限定○○で、それを餌として退学運動に参加している説」は、優的にかなりいい線をいっていると思う。


 だが、春樹の説を成立させるには、優の前に立ちはだかった黒服がフォルの運営会社の関係者であるという確証が必要になる。


(フォルさんの退学に運営会社か関わってる証拠が……あるわけもないよな。それこそフォルさん自身が何かを話してくれたら楽なんだが……)


 残念ながら優も春樹も、フォルにとっては信頼に足る人物ではないだろう。となると、結局。フォルが恐らくこの学校で一番信頼している存在――シアが鍵になってくる。


 本当は時間をかけて慎重にいきたいところだが、反訓練学校派の思惑通りと言うべきだろうか。学生たちはストレスを募らせ、じわじわと追い詰められている。退学はともかく、いつ休学者が出てもおかしくない状況になりつつあると見ていい。


(あまり悠長にはしていられないな)


 優にとっては“どうでもいい大人たちの思惑”に、少なくない学生の夢が絶たれようとしている。かつてヒーローに憧れた者としてそんな状況を見逃せる優ではない。


 ――もしもの時は、あの先輩(ヒト)に。


 優の脳裏で、月夜に輝く銀色の髪がなびく。


 こんな時に彼が最後の手段として“彼女”を思い浮かべてしまうあたり。その人物の思うつぼ、なのかもしれなかった。




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