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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【踊り】第二幕・前編……「孤立への歩み」

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第2話 権能を使う意図




 案の定、というべきだろうか。「人の口に戸は立てられぬ」とシアが言ったように、フォルの存在は公になり始めていた。


 きっかけは、先週のこと。正門に近いA棟付近をフォルが教室異動で横切った際、その神秘的な姿が偶然、携帯で撮られてしまったのだ。


 フォルが携帯で撮影されるのはこれが初めてではない。入学式の日のゲリラライブは、多くの学生たちによって撮影・録画されている。


 しかし、幼少からネットリテラシーを叩きこまれてきた学生たちだ。いち学生であるフォルのプライバシーに配慮したのか。それとも、フォルのファンと同じように、彼女の歌と踊りを自分だけの宝物としたのか。いずれにしても、動画が拡散されることは無かった。


 だが、今回は違った。フォルを撮影した自称『学生たちを苦役(くえき)から解放する会』の男は、フォルという女子学生の姿を躊躇なく撮影し、「第三校にコスプレしてる学生が居た。案外、学生生活を楽しんでいるのかも」とSNSに投稿したのだ。


 天人として万人を魅了する美貌を持つフォルだ。瞬く間に彼女の存在は人々の知るところとなった。さらにはどこからか漏れてしまったらしい入学式のゲリラライブの映像も拡散されてしまう。結果として、ライブで告知されている“フォルのお願い”を知らない、弁えないファン達が生まれたらしく――。




 優とシアが、ライブ中に権能を使っていたフォルへの疑念を言語化した翌日の火曜日。3限目。選択科学科目①で「生物」を選んでいた優が静かに授業に耳を傾けていた時だった。


「「「フォルたーーーん!」」」


 突如として正門の方から聞こえて来た大声に、教室がにわかにざわつき始める。


「……?」


 同じく優も、遠く見えない正門に目をやる。


 生物の教員が「静かに!」と学生たちをなだめたことで、一度は落ち着きを見せる教室。だが、直後に再びフォルの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。そんな事態が二度、三度と続く中、授業に集中できる学生たちの方が少ないだろう。


 どうやら教員も、学生たちが集中できていない状況を察したらしい。授業を中断し、正門の様子を見に行ってしまった。


「……何があったんでしょうか?」


 口元に手を当ててヒソヒソ話をするように優に問いかけたのはシアだ。


 選択科学科目ということで、生物の授業は希望する学生が、希望する教員のもとで授業を受ける。そのため普段のクラス単位の授業とは違って座席が自由なのだ。


 せっかく優と同じ授業を取ったのだから、仲のいい者同士隣で授業を受ける。友人であっても何らおかしくない行動を、シアは取ったに過ぎない。深い意味など、無かった。


 そんなシアの問いかけに優は伸びをしながら答える。


「フォルさんの名前を呼んでましたし、ファンの人たちでしょうね」


 中断しているとはいえ、いまは授業中だ。廊下に出て状況を確認しに行くわけにもいかない。優としても、想像で物事を語ることしかできないのが現状だ。


「ですが首里さんのお話だと、ここ数年間も秘密を守って来た方々ですよ? こんな派手な行動、するでしょうか……?」


 シアのもっともな指摘に、優は手元で携帯を触り始める。調べるのはもちろん、フォルについてだ。この時になってようやく優は、フォルの存在が以前よりもずっと公に認知されていることを知る。


「シアさん。これ、見てください」


 急いでシアとも情報を交換して、フォルを取り巻く状況が変わっていることを確認する。


「これ、始業式の……」

「はい。恐らくこの動画のせいで、少なくない人がフォルさんに会いに来たんだと思います」


 先ほどの声とネットの情報から、すぐに真相にたどりつく優たち。ただし、2人はあくまでも冷静だ。


「天人のフォルさんが世間に知られていなかった今までが、異常だったんです。むしろ、フォルさんの歌と踊りはもっと世間に知られて称賛されるべきでした」


 当然だと語るシアは実は冷静ではないのかも知れないが、ともかくだ。


「少し前だったら、ファンの人たちが校内に入ってきてフォルさんを探す、なんて事態になっていたかもしれませんね」


 優の言葉に、シアがハッとした様子で頷く。


 第三校は数か月前まで、申請さえすれば誰でも敷地内に入れるような状況だった。もちろん機密事項の多いB棟などへの立ち入りなどは制限されている。だが、安くて美味しい学食や、豊かな自然を目当てにやってくる人も珍しくなかった。


 だが、2月・3月の騒動を受けて体制を変更し、今年度の初めからは基本的に関係者以外立ち入り禁止の状態になっている。


 学生たちの安全と適切な学習環境を整えるための、苦渋の決断。学長の十遠見(とおとおみ)が始業式で話していたことだった。


「そうですね。このまま何事も無ければいいのですが……はっ!」


 シアがじっとりとした優の視線に気づいた時にはもう遅い。彼女が言ったその言葉はフラグと呼ばれ、“絶対に何かが起きる前触れ”だ。ゲームや小説などでよく用いられる、決まり文句のようなものでもある。


 もちろんシアも気を付けてはいたのだが、親友の安全を願うあまり、つい口を突いて出てしまった。


「す、すみません……!」

「いえ。権能じゃありませんし、必ずしもそうなるわけではないんだと思いますが……」


 残念ながら、というべきだろう。優とシアの嫌な予感は、あまりにもあっさりと的中してしまう。


 同日、昼休みのことだ。優が昼食を済ませて教務棟から出ると、警察とパトカーの姿があった。何があったのか、というのは、閉鎖された学校に居ればおのずと聞こえてくるものだ。優が次の授業――選択科学科目②の地学――の準備をしていると、前に座っていた女子たちが早速、話題にしている。


「ねぇ、さっき警察の人見かけたんだけど」

「あー、あれね。なんかアレだって、勝手に敷地に入ってきたヤバい女の人が居たらしいよ?」

「えっ、もしかして1年生のあの子関係? なんだっけ、天人の……」

「フォルさんね。そうそう、その子のファンの人だったみたい。女の人なのにね~」

「そう? 私もフォルさん、推せるけど……」


 見ず知らずの女子2人の会話に内心で「やっぱりか」と、頭を抱える優。どうやら先ほどの警察沙汰は、“ファンを自称する女”によるものだったらしい。


 だが、優は知っている。本当のフォルのファンは彼女との約束を守り、粛々と日常生活を送っているはずなのだ。


(なのに……)


 一部の悪目立ちするファンのせいで、フォルを推している人々が悪者のようになっていく。正直者が馬鹿を見ている現状に、優は何ともやるせない気持ちになる。


 皆が皆、例外なく眉目秀麗な天人たち。シアやザスタ、モノもそうだが、彼らは否応なく衆目を引く。だがフォルはそこに輪をかけて神秘的な白い髪色と赤い瞳をしている。そのうえで彼女が歌い踊る動画を見れば、熱狂的なファンを生んでしまってもおかしくない。犯罪を、犯してしまうほどに。


(ひょっとしてフォルさん。こうなることを恐れて権能を使っていたのか……?)


 繰り返すが、これまでフォルの存在が秘匿され続けていたのは異常――現実ではありえないことだった。間違いなくフォルが権能を使って、人々の意識を誘導してきたのだろう。


 理由を考えたとき、こうした事態を防ぐためだったのだとすれば納得もいく。


(いや、待て。そうだとするなら、入学式の日も権能を使っていないとおかしい……よな)


 もちろん天人も人だ。シアが“うっかり”を乱発する天人であるように、フォルもうっかり権能を使い忘れた可能性もある。だが、そんなポカをやらかすような人であるならば、数年間も存在を秘匿できたとは思えない。


(ライブでは権能を使う意味があって、野良のライブでは無い……のか?)


 フォルがなぜ権能を使ったのか。未だに理由がつかめず無意識でため息を吐く優。と、そんな彼の頭にポンと手を置く人物がいた。


「どうした、優? そんな暗い顔して。また闇猫の件か?」


 言いながら優の隣の席に腰を下ろしたのは春樹だ。サッカー部の昼練が終わって、授業前の優と合流した形だった。


「いや、ちが……くもないが。今回は別件だ」


 目の前に女子もいる手前、恥ずかしさから頼れる兄貴分の手をやんわりと払う優。今週も相変わらず闇猫討伐にまつわる来客が多いが、昼食もまともに取れなかった先週に比べるとはるかにマシだ。


 さらに幸か不幸か、学生たちの話題は優からフォルへと移りつつある。優自身が望む形ではないにせよ、少しずつ彼の日常は戻りつつあった。


「っと、そうだ、春樹。ちょうど聞きたいことがあったんだ」

「んお? なんだ?」


 鞄から地学の教科書を取り出している春樹に、優はかねてから聞きたかったことを聞いてみる。


「春樹、フォルさんのこと好きになったのか?」

「へぶっ!? バッカ優、お前! なんてこと言うんだよ! オレには天がだなぁ……」


 相変わらず恋愛になると途端にヘタレになる親友に苦笑しつつ、優は話を続ける。


「いや、恋愛的な意味じゃなくて。推しとかそういう感情だ」

「お、おう、そっちか。……まぁ、そうだな。そういう意味ではもちろん好き、なんだが……」


 授業開始に向けてタブレットを準備する春樹。彼の言葉を待つ間に、優も授業の準備を進めておく。


「あれだけフォルさんのグッズ買っといてなんだが、実はそれほどでもないんだ」

「……は? そうなのか?」


 フォルのグッズに10万を超える出費をした春樹の言葉に、思わず優は目を丸くする。


「もちろん次のライブがあるなら行きたいとは思ってるぞ? けど、冷静になって考えたら、結構要らないグッズとか買ってるなって思ってな。……これとか」


 言いながら春樹が鞄から取り出したのは、マイボトルだ。フォルの髪色をイメージしたのだろう、飾り気のない白い水筒で、底の部分にだけ赤い文字で「For」の印字と模様が描かれている。


「オレ、もう既に2リットル入る水筒あるし、それじゃないと1日持たないんだ。なのにこんな小さい水筒買って、しかもこれが3万弱だろ? かなり“いい買い物”だったなって、な」


 ここで春樹が言った「いい買い物」は逆の意味を持つ。つまり、自身の価値観には見合わない買い物だったと思っているということだ。


「まぁでも、後悔はしてないな。ライブの思い出って言うか、ノリがあったからな」


 ライブの高揚感そのままにアレコレと買った春樹だが、不思議なことに、これと言った後悔の念は無かった。


 そんな彼の言葉に、「なるほどな……」と相槌を返す優。ライブの熱に浮かされてそのまま買ってしまった、ということだろう。


(そうか。その場のノリで、な……)


 グルーブ感のままに衝動買いするが、冷静になると要らない物も多い。そんな経験は、オタクであれば誰でも経験する出来事だろう。もちろん優にも、色々と思い当たる節はある。


「ふっ……。ようこそ春樹、こっち側へ」

「その顔やめろ、優。なんか腹立つ」


 なにかを悟った顔の優に、春樹が呆れ顔で突っ込む。同時に午後の授業の開始を告げるチャイムが鳴って、地学教員が教室に入ってきた。当然、潮が引くように学生たちも会話をやめて授業を受ける雰囲気を作っていく。もちろん優と春樹も同じなのだが、


「そうだ、優。あんまりフォルさんのこと大声で話すなよ? あの方とライブで約束しただろ?」

「ん? あ、ああ……」


 あまりにも当然のことのように、フォルとの約束を守れと言ってくる春樹。


 もちろん約束を守るのは人として当然なのだが、なぜだろうか。春樹の言葉にはどこか、強迫観念めいたものが感じられる。


(やっぱりフォルさんは、権能を使ってファンの意識を誘導している。それは間違いなさそうだな)


 意図は相変わらず読めない。それでもフォルは、うっかりではなく何かしらの意図をもってライブで権能を使っている。親友の反応から確証を深める優だった。




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