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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【踊り】第二幕・前編……「孤立への歩み」

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第1話 違和感の正体




 フォルのライブがあった週末から、明くる月曜日のこと。1限目となる「日本史Ⅰ」の授業を受ける優は、色んな意味で衝撃的だったフォルのライブを振り返る。


 まずはパフォーマンスだ。【歌】と【踊り】を司るフォル。人々の願いを一身に受けて顕現した彼女のライブは間違いなく、1つの理想形を描いていた。


 伸びやかな歌声。キレのあるダンス。コール&レスポンスを誘う息遣い。客1人1人を見るように向けられる笑顔。別にアイドルオタクというわけではない優ですらも圧倒され、魅了された。そう。それこそ、時を忘れるほどに。


 あのライブの日、実は優にはしばらくの間、フォルのライブの記憶が無い。気づけば自分はペンライトを振っており、フォルから目を離すことができなくなっていた。


 そんな状態の優を救い出してくれたのは、同じく隣で盛り上がっていたシアだ。彼女が黄色い声援を上げながら、


『見ましたか、優さん! いまフォルさん、私を見ました!』


 興奮気味に言って優の身体を揺さぶって来てくれたおかげで、優は正気に戻ることができたのだ。


 あの時は疲れて自分が眠ってしまっていたのだろうと自分を納得させていた優。だが、こうして時間が経った状態であのライブを振り返った時、1つの可能性に思い当たることになる。


(フォルさん。もしかして権能を使ってたんじゃないか……?)


 優がそう思うことができるのは、かつて、似たような権能を受けたことがあるからだ。


 アレは去年の夏休み。大阪にある大型遊興施設『スーパープール』でのこと。【魅了】を司る男神・コウがシアを見つけるきっかけとなったあの日のことだ。優はコウの〈魅了〉の権能によって思考機能を奪われ、彼から目を離すことができなくなったことがあった。


 一昨日のフォルのライブで感じたのも、それとよく似た感覚だったのだ。目を開けているのに眠っているような。フォルのこと以外、考えられない。一種の催眠状態に陥っていたという自覚が、いまの優にはあった。


 ただ、もしフォルが本当に権能を使っていたのだとして、優には大きな疑問が残る。


(――どうしてフォルさんは、権能なんかを使ってたんだ?)


 優は入学式の日に、素面(しらふ)でパフォーマンスを行なうフォルの姿を目にしている。


 彼女が何気なく歌詞の一節を口ずさむだけで聴衆は聞き惚れ、彼女が軽く身を翻すだけで観客は熱のこもった溜息をこぼす。素人の優ですらも理解できてしまうほどの圧倒的な才能が、フォルにはあった。彼女は権能など使わずとも、人々を魅了できるはずなのだ。


 にもかかわらず、彼女はライブ中に権能を使っていた。


 縄文から弥生時代へと移り変わる授業を聞き流す優は、フォルが権能を使った理由についても少し考えてみる。


(アニメや漫画なら……フォルさんにはお客さんを喜ばせる自信が無い。だから権能を使って、無理やり楽しんでもらっている、とかか?)


 現実に二次元の話を持ち込むのは無理があることは優も理解しているが、考え方としては十分にあり得る話ではないだろうか。


 例えばフォルが優の敬愛する常坂久遠のような人物であれば、可能性もあるかもしれない。オドオドと自信なさげで、アイドルというお面を被っている時だけは輝ける。そんな人物であれば、なるほど。フォルが観客を喜ばせようと――つまりは“善意”で――権能を使った可能性はある。


 しかし、接点が少ないとはいえ、優の目にはフォルが自分に自信が無い人物のようには見えなかった。自分の中に1本、譲れない芯のようなものがあって、堂々としている。天もそうだが、自分に自信がある人が放つ特有の雰囲気があったように思う。


(恐らくフォルさんは、自分の踊りと歌がどういう価値を持っているのか。きちんと理解できている)


 だからこそ、優にはフォルの考えが分からない。


 なぜ権能というノイズを至高のライブに混ぜ込むのか。そんな疑問を抱いたのは、優だけではないようだった――。




 昼休み。


「やっぱり、そうですよね」


 優が語った疑問に頷いたのはシアだ。ライブ直後は熱気と興奮で冷静ではなかった彼女も時間を経るにつれ、ライブへの違和感を募らせていたようだった。


 現在、優とシアが居るのは先ほどまで授業が行なわれていた教室だ。どうしても自身の中にある疑問を無視できなかった優が、フォルという人物をよく知っているだろうシアに声をかけた。その際「お弁当を作り過ぎた」と語るシアに押し付けられた弁当が、今日の優の昼食だった。


 シアからの好意を知っている優だ。お弁当の意味も、それを受け取ってしまうことの残酷さも分かっているつもりだ。


 しかし、春野が亡くなり、闇猫との因縁を果たした今。「他意はない」と言いながらもシアが一生懸命作ってくれただろう食べ物を拒否する()()()理由が優には思い当たらない。


 もしも次にシアが告白してきた場合、もはや「好みじゃない」「今は恋愛どころじゃない」「なんとなく(生理的に)無理」以外に優には言える言葉が無い状態となっていた。


 それでも、いまこの場で優がシアに告白されたとしても優は受けないつもりでいる。


 かつて、若干の欲情と焦りに任せて春野に告白し、玉砕した優。猛省することになった彼は今や、相手への好意が無い状態で付き合うというのは不誠実だと考えるようになってしまった。


 もしも、誰かと付き合うのなら自分の告白をきっかけにしたい。それが優の恋愛観だ。そして、いまのところ残念ながらシアには恋愛感情が無い。


 優がシアと積み上げた思い出の多くは“ハラハラ”で、優が生まれてこのかた「兄」だったということも大きいだろう。ときおり親のような目線でシアを見てしまってきたように、優の中でシアは“手のかかる妹”という立ち位置に近い。


 何より他者を尊敬するあまり、自尊心が低い優だ。天人と自分が釣り合わないという無意識の考えが一層、シアを恋愛対象として見ることを忌避させていた。


 そうして、あくまでもセルメンバーとのご飯という位置づけでシアが作ってくれたお弁当を口にする優。


「フォルさんが権能を使った理由。シアさんには何か心当たり、ありませんか?」


 もはや母の聡美が作るものと変わらない味付けのきんぴらごぼうを食べながら、フォルの昔馴染みとしてのシアの意見を聞いてみることにした。


 一方のシアはと言えば――。


「えぇっと……」


 などと考えるふりをしているが、「お弁当作り過ぎちゃって作戦」が上手くいったことに内心で大喜びだった。


 シアも、自分が優の分のお弁当を作ることで彼が困ることは分かっていた。それでも今年度は押せ押せで行くと決めている。その裏には、優を幸せにすることこそが、殺してしまった春野への贖罪になるという考えがあるのだが、ともかく。


(美味しいご飯を食べれば、幸せになれます!)


 優に幸せになって欲しい。ついでに優が自分を好きになってくれたらという打算も含めた、今回の「お弁当作り過ぎちゃって作戦」だ。なお、発案者はもちろん天――去年度に話し合っていた――と羽鳥(はねとり)だった。


 また、シアの進化は何も恋愛方面だけではない。内心では舞い上がりつつも、きちんと考えるべきことを考えられるようになったのもシアの進歩だろう。


 今回で言えば、フォルが権能を使った理由についてだ。


 残念ながらシアには、フォルが権能を使う理由が分からない。そもそも今の――物静かでクールな――フォルは、シアの知るフォルではないからだ。


 シアが優のおかげで生きる活力を得て変われたように、フォルにもここ10年で何かがあって、変化があったのだろう。


 それでも1つ、シアがフォルについて変わっていないと感じられる部分もあった。それはフォルが、歌と踊りを愛していることだ。


 入学式に見かけたフォルは、心の底から歌と踊りを楽しんでいた。その後の2人きりの女子会でも、フォルは自分の大好きな歌や踊りについて饒舌に、熱く、何よりも楽しそうにシアに語り聞かせてくれた。それこそ、かつてのように。


 変わった部分もあるが、天人にとって一番大切な部分――自身の啓示を愛している部分は変わっていなかった。ゆえにシアは、がらりと人柄を変えた普段のフォルについても、深くは考えなかった。


(ライブの日に見た明るく元気なフォルさんの姿。アレこそが、私の知るフォルさん。そのはずなのですが……)


 どうしてだろうか。これはシアの感覚的な話になってしまうが、あの日のフォルの笑顔はひどくぎこちなかった。大好きな歌と踊りをしているはずなのに、本人が楽しんでいないような、そんな気がしたのだ。


(優さんには不調があって、私には無かった……。フォルさんは間違いなく、権能を使っていたとみるべきですよね)


 天人の権能は強力だが、他の天人にはほとんど影響を及ぼさないという特徴がある。


 また、四六時中シアの〈物語〉の権能の影響下にある優も、他の天人の影響を受けにくい。それは昨年の京橋での騒動で、優がコウの権能を弾いて見せたことで証明されている。一般人でしかない優がライブ中に正気に戻れたのも、シアの権能のおかげだと思われた。


 では、春樹はどうだったのか。いまはサッカーの昼練をしている彼のことを思い出すシア。


「……そういえば春樹さん。たくさんフォルさんのグッズ、買ってましたよね?」

「え、春樹ですか? ……そういえば」


 行儀よくお弁当の中身を減らしていくシアの言葉に、優はそう言えばとライブ後の光景を思い出す。


 異様な熱気の中で終わりを告げたライブ。その後に改めて物販が行なわれたのだが、クリアファイルが3,000円。アクリルキーホルダー1つで8,000円。「ぬい」と呼ばれる、フォルを模した手のひら大のぬいぐるみが2万円。大きいものは5万円、などなど。


 ライブ価格にしても高すぎる物販に、優はさすがに何も買わなかった。シアですら尻込みをして、1万5,000円のポスターを1枚購入していただけだ。ただ、春樹は物品を一通り購入していた。恐らく総額は、優たちが貰っている給料に迫るのではないだろうか。


 春樹とは優も長い付き合いだ。彼がアイドルに数十万円をかけるほど熱中するタイプかと言えば、疑問が残る。


「確かに……。シアさんの言う通り、春樹はおかしかったかもしれません」

「はい。それに、フォルさんがライブの最後に言った言葉、優さんは覚えていますか?」

「もちろんです。アレですね、首里さんが言ってた……」


 フォルはアンコールのあと、客席に向けてとある約束事を言ってきた。その内容は以前、優たちが首里から聞かされたものでもある。


 ――ライブ中に撮影した写真・動画は、SNSを始めとするあらゆる媒体に載せてはいけない。


 ――このライブ、及びアイドル「フォル」について一切口外してはいけない。


 ――フォルについて深く詮索しないこと。


 大まかにはこの3つだったはずだ。“天人アイドル・フォル”としての強烈なキャラ付けを行なう反面、彼女のアイドル活動を大きく阻害するような内容だった。


「私、首里さんから話を聞いた時、不思議だったんです」

「不思議、ですか?」


 自身も言葉にできない違和感を覚えていた手前、シアの言葉がどうしても気になってしまう優。食後の味噌汁をシアから受け取りつつ、聞き返す。


「はい。『人の口に戸は立てられぬ』ということわざがあるくらい、残念ながら人は内緒話を漏らしてしまいます。だというのにフォルさんの存在は、いまもなお、秘匿されています――」


 改編の日以前ほどではないにせよ、いまも世界はネットでつながっている。誰かの小さな呟きが、世界中に拡散する社会だ。そんな社会において、果たして数百人との秘密の約束が守られることなどあるのだろうか。


 例えば法律や条例のように、罰則があったりすれば可能なのかもしれない。それでも人は簡単に法を犯す。“いけない行為”に惹かれてしまう。ましてライブ直後はすさまじい熱気と興奮状態だ。「ついうっかり」があってもおかしくない。


 だというのに、フォルの存在は世間から秘匿され続けている。付け加えるなら、一目見て、一度聞くだけで誰をも魅了する天性の歌と踊りを持つ伝説的なアイドルが、世間に認知されていない。


「――そんなこと、あり得るのでしょうか」

「……確かに」


 シアが断言してくれたことでようやく優は、自身がフォルのアイドルとしての在り方に抱いていた違和感の正体に気付くことになった。




※いつもご覧いただいて、ありがとうございます。以下、優たちの前期の時間割です。スマホだと見づらいかもしれません、申し訳ございません……。


月曜日 社会①/ 社会②/ 魔法学/数学Ⅱ/(自由選択①)/(自由選択①)/総合

火曜日 魔法実技/魔法実技/科学①/数学B /科学②/ 社会②/魔法実技サバイバル

水曜日 国語(古文)/ 国語(現代文)/体育/情報・IT /(自由選択②)/(自由選択②)/魔法学

木曜日 国語(現代文)/家庭/ 科学②/ 社会①/魔法実技/魔法実技/科学①

金曜日 数学Ⅱ/ 数学B/国語(漢文)/体育/外国語/ 外コミュ /HR


(※第三校は単位制。科学は「化学」「生物」「地学」から2科目を専攻、社会は「日本史A」「地理A」「倫理、政治経済」「現代社会」から2科目、芸術系の自由選択科目から2科目を選択)

(※まずは国内のことを、ということで世界に関する外国語、世界史の重要性が低くなっています)


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