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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
〔2年生編〕【踊り】第一幕……「歌姫の影」

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第8話 スペシャルなライブ




 優たち9期生が2年生になって2週間が経った。


 日付にして4月22日の土曜日。優と春樹、シアの3人は、大阪の大都会――梅田(うめだ)に来ていた。


 その理由は彼らが握りしめているそれぞれ3枚のチケットにある。書かれているのは『For You! Special Live!』の文字だ。「フォー・ユー」と「フォル・ユー」をかけた意味らしいそのチケットこそ、“天人”で“地下アイドル”で“クール”という属性もりもりのフォルのライブチケットだった。


 そう。今日はフォルのライブの日だ。首里が言うには“プライスレス”――値段が付けられないほどの価値がある――の特別なチケットらしい。「高価なものを無駄にするまい」という、大阪人の根性が2割。残りの8割はせっかく誘ってもらったのだからという理由で、優たちはここまで来ていた。


 時刻は午後5時を少し回った頃。夜に向けて街の明かりが存在感を際立たせ始め、夕食や飲み会へと向かう人々が喧騒を生み出す。


「『梅田プラズマ』……。ここだな」


 チケットの裏面に書かれている地図と携帯画面を見比べていた春樹が見上げたのは、11階建ての縦に長い建物だ。この建物の10階にあるライブハウス『カルテッド』が、今回のフォルの舞台らしい。


 開演は19時。もう既に開場しているため、早速ライブ会場へと踏み出そうとした春樹の足を止めたのは、疲労困憊と言った様子の優だった。


「ま、待ってくれ、春樹……」

「おい優。体力落ちたんじゃないか?」


 などと春樹は冗談半分に言うが、ここ最近の優を取り巻く状況を見ればさもありなんと言ってもいいだろう。


 というのもここ数日、優は休み時間になるたびに三校生にもみくちゃにされていたからだ。その理由は、彼が闇猫を討伐したという噂がどこからともなく流れたからだ。


 また、嘘をつけばいいものを、律儀な優は“協力者(魔人カナメ)”の存在と合わせて事細かに説明したのだ。


 優の言葉だけであったのなら、学生たちも半信半疑――どころか9割は嘘だと言い切っただろう。ただ、噂を聞きつけた課外活動課が優を呼び出して事情を確認。報告書を作成させ、国立訓練学校が下調べを行なった結果、どうやら事実らしいことが判明した。


 そこからはもう、言わずもがなだろう。


 学生たちだけでなく研究者やメディア関係者に至るまで、多くの人々が優に群がった。


 10年以上も人々を苦しめていた魔獣を、協力者が居たとはいえ「殺人色」で「最弱」でもある無色のマナが討伐したのだ。人々の関心を集めるのに、これ以上のものは無い。


『見えない希望が黒を払う! 史上最悪の魔獣、討伐される!』

『最弱が最恐を討伐!? もう殺人色・犯罪色とは言わせない!』

『闇猫、死す! 残る脅威は3体に!』


 など、優が無色であることを強調したそんな見出しが今もなおメディアを賑わせている。


 しかも幸か不幸か、少し前まで特派員への懐疑的な意見が目立っていた。それだけに、特派員を擁護する人々がより一層、優を希望の光として持ち上げているのが現状だ。


 魔獣によって苦しめられている人々を勇気づけようと言う世論の後押しもあって、優はたった数日で時の人となってしまった。


 ただ、一気に有名人に祭り上げられた一般人の心労など、当人たちしか分からないだろう。


 数日前、春樹は珍しく憔悴(しょうすい)した様子の優から相談を受けている。なんでも、実家の方にもメディアが押しかけているらしいのだ。


 神代家にはつい先日、果歩という新しい家族を迎えたばかり。一方で妹は行方不明。神経質になっているだろう家族に、迷惑がかかっているのではないか。そんな心労を吐露していた。


 自分のことよりも他人のことを優先する。自分はともかく、他者が迷惑をこうむっていることが、優にはかなり(こた)えているらしかった。


 そうして迎えた今日だ。


 当初は大阪人らしい金勘定もあって来ようとしていた今日のライブ。だが、まさかリフレッシュという新たな要素が加わるなど、誰が予想できただろう。今や春樹とシアは、優をリフレッシュさせることしか考えていない。


 昼、他の学生たちに紛れて第三校を脱出し、電車を乗り継いで梅田へ。周辺を軽く散策してここまで来た。特派員であれば決して疲れることが無い移動だ。にもかかわらず、人に酔ったのか、心労による寝不足か、その全てか。目の下にクマを作る優は、誰の目から見ても明らかに参ってしまっていた。


 と、そんな優に歩み寄る影がある。シアだ。


「優さん、大丈夫ですか……?」


 言いながら、甲斐甲斐しく優の背中をさすっている。


 今日のシアが身にまとうのは勝負服だ。アイドルのライブというものに行ったことが無い彼女が選んだのは、ドレスのようにも見える上品なワンピース。ライブに行くよりもクラシックコンサートを聞きに行くような装いとなっている。


 一応、春樹も優も、学校を出る時に確認した。恐らくもう少しカジュアルな格好の方が、違和感が無いのでは、と。


 しかし、


『フォルさんの晴れ舞台です! 私もおめかしをしなければっ!』


 シアに不退転の決意を見せられてしまっては、いかんともしがたい。彼女が変なところで頑固なのは、春樹たちも良く知っている。


 それに、フォルの性格を考えるとライブはしっとりとしたものとなるだろう。そう言ったのは、オタクをたしなんでいる優だ。案外、フォーマルな格好の方が良いのかもしれない。


 そんな春樹の不安は、数分後に入ったライブハウス『カルテッド』のロビーを見て別の意味で払しょくされた――。




 ライブハウス『カルテッド』は収容人数700人の小規模~中規模のライブハウスだ。時間ごとに区切られた枠の中で、1つのアーティストが公演を行なう。


 そのため、いまロビーにいる人は全て、フォルのファンか関係者ということになるのだが――。


「これは、なんというか……」


 ――春樹が目にしたのは、ある種異様な光景だ。


 黒と白。たった2つの色が、ロビーを支配している。


 まずは黒だ。黒服を着た彼らは恐らく、運営スタッフだろうか。通信機器を付けてどこかと会話をしており、(あわただ)しく動き回っている。


 皆一様にガタイの良い男性で、女性の姿は見当たらない。サングラスをかけて威圧感を振りまく彼らは、アイドル事務所のスタッフというよりSPや傭兵と言われた方がしっくりくるだろう。


 続いて白。こちらはファンだと思われる。


 全員が白い法被を身にまとい、刺繍やワッペンなどを使ってフォルへの愛を謳っている。恐らく白色がフォルのイメージカラーなのだろう。男性の方が多いが、女性も決して少なくない。男女比で言うと6対4くらいだろう。


 確かにアイドルと言えば春樹でも法被姿を想像できたのだが、ピンク色のイメージだった。ゆえに全員が白を思わせる姿で動き回る姿に、少し気圧されてしまう。そこに運営陣の黒色が交じり合った時、なぜだろうか。葬式とはまた違う、異様な雰囲気が漂っていた。


 受付でチケットを渡してリストバンドを受け取る3人。男女で手洗いを済ませ、メインホールへと向かう。


 照明のついたメインホールは、ほぼ2階建てのような形になっている。階段を下った先に客席となる開けた空間があって、その奥にステージがある構造だ。


 収容人数は700人とのことだが、恐らくそれは立ち見をした時のものだろう。フォルのライブは座って見ることを前提としているらしく、メインホールに並ぶパイプ椅子の数は多く見積もっても400程度しかない。


 そんな中、優たちに用意されていたのはパイプ椅子が並ぶその手前。周囲より1、2段ほど高くなっている場所で、中2階と表現すべき場所だろうか。すぐ近くには音響・照明を調整するブースがある。それはつまりステージ全体を見渡すことができる場所ということでもあった。


 本来はスタッフや関係者しか座ることが無い場所なのだろう。鉄パイプでは無くクッションのついた備え付けの座席になっており、ドリンクホルダーさえも備えている。まさに他の客を気にせずに鑑賞できる、特等席だと言えるだろう。


 優たちが席についたのは開演の30分前。だがもう既に客席は8割がた埋まっており、ロビーにいた人々を合わせると満員御礼なのではないだろうか。


「優。あんまり詳しくはないんだが、地下アイドルってこんなに大盛況なものなのか?」

「……おい、春樹。俺は別にドルヲタってわけじゃないからな?」


 大切なことであるため念を押しつつ、リストバンドを見せるともらえたコーラで喉を潤して首を振る。


「俺もあくまでイメージの話になるが、あんまり人がたくさん居るって感じはしないな」


 最前列に熱狂的なファンが居て、アイドルたちが一生懸命にパフォーマンスをする。反面、地下アイドルと呼ばれる人々がハコ――ライブ会場のこと――を隅々まで埋めているというイメージは、正直言って優の中には無い。


 ハコを人で埋められるだけの人気があるのなら、もっと大きな会場でライブをするだろう。そうなるともはや、地下アイドルではないのではないだろうか。


(だが、フォルさんは違う……のか?)


 ほぼ会員制に近いシステムを敷いていると聞くフォルのファンクラブ。にもかかわらず、この盛況ぶり。果たしてフォルはアイドルとして売れていると見て良いのだろうか。


(それに違和感と言えば……)


 優はチラリと横に座るシアへと目を向ける。


 そう。この場にはシアが居るのだ。アイドルが好きな人たちであれば、可愛いやきれいにも敏感なはず。その点、天人であるシアはそんじょそこらのアイドルが裸足で逃げ出す見た目をしている。フォルと肩を並べていてもおかしくない容姿をしているのだ。


 だと言うのに、この会場にいるフォルのファン達は、一切シアに反応しなかった。


「あ、あの、優さん? どうかされましたか? 私の顔に何か……」

「あ、いえ。すみません」


 シアに目を向けられた優はガン見してしまったことを詫びつつ、ステージと客席に視線を戻す。


 シアの容姿に心動かない。それほどまでに、ファンの中にフォルというアイドルが焼き付いているのだろうか。もしそうだとするなら、正直、優としては楽しみで仕方ない。


 ここ最近、疲れることばかりだった。だが、入学式の時に見聞きしたフォルのパフォーマンスは今でも鮮明に優のまぶたに焼き付いている。


 飾り気無しの素面(しらふ)であれだけの魅力があるのだ。着飾った彼女が本気でパフォーマンスをしたのなら、間違いなく今の自分の荒んだ心を浄化してくれると優は確信している。だからこそ、疲れた心身を押してこの場所まで来たという面も優にはあるのだ。


(……頼みますよ、フォルさん)


 その後、サイリウムの使い方を含めたライブへの準備も進める優たち。途中、シアが誤ってサイリウムを光らせてしまったのはご愛敬だ。


 そうしている内にあっという間に時間は過ぎて、開演時間を迎える。真っ暗になった会場のボルテージは最高潮。だと言うのにしんと静まり返った会場はまさに、嵐の前の静けさといったところだろう。


 暗闇の中、不意に曲が流れ始める。口下手そうなフォルのイメージに合った、しんみりとしたバラード曲――ではない。流れ始めたのは、どこまでもアップテンポな「ザ・アイドル」と言った曲だ。


 これには優も春樹も、シアまでもがポカンと口を開けることしかできない。一方でファンたちにとっては馴染みの曲なのだろう。早速、コール&レスポンスが始まっている。


 やがてスポットライトがステージに立つフォルを照らし出す。アイドルらしく白を基調としたフリフリの衣装を身にまとって俯いている。


 そして、前奏が終わろうかという頃。不意にマイクを口元に持っていき、顔を上げたフォル。




「みんな~~~!!! 盛り上がっていっくよ~~~!!!」




 普段の彼女からは想像できない笑顔と溌剌(はつらつ)とした声で、声高にライブの始まりを宣言した瞬間。優、春樹、シアの声が重なった。




「「「――いや、ですか!?」」」




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