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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
〔2年生編〕【踊り】第一幕……「歌姫の影」

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第3話 天人――フォル




 始業式が終わった第三校の学食は、どこも人でごった返していた。


 この春から新しくやって来た新入生はもちろん、教職員や研究者なども「まずは様子見を」と、学食を利用する。しかも今日の授業は始業式とオリエンテーションだけで、食事のタイミングも被りやすい。そのため教務棟の1~3階にある学食は全て、人の熱気に包まれていた。


 そうした状況の中、優たち上級生が選ぶのは1階にある「一食」だ。最も席数が多く、出来合いの小鉢を選ぶ定食屋形式のため席の回転率が良い。少し待てば必ず空席ができることを知っているためだ。


「さて、どこに座るか……」


 最も身長が高い春樹が中心となって、空席を探していく。この辺りは学生次第にもよるが、優たちは先に席を確保してから食事を取りに行くようにしていた。


 と、そうして優たちが一食全体を見渡していた時だ。1か所だけ、明らかに人口密度の高い場所がある。


 好奇に瞳を輝かせる人々。異様な熱気。その台風の目の中心に“誰”が居るかなど、少し第三校について知っていれば分かるというものだ。


「天人か、それとも魔力持ちか……」

「やっぱり、毎年変わらないもんだな」


 優と春樹が順に言ったように、シアや天という当事者を抱える優たちにはもはやなじみ深い喧騒(けんそう)だ。


「今年は天人が1人、魔力持ちが1人だったか? ……おっ、あそこ空いたぞ、春樹」


 空席を探しながら、自然と入ってくる新入生の情報を春樹に確認する優。


「そうだったか? 魔力持ちは2人って聞いたような……。壁際か。シアさんが居るならピッタリだな。急ぐぞ、優、シアさん」

「そうだな。……って、おい、春樹。シアさんは?」


 ふと見まわしてみれば、さっきまで側に居たはずのシアが居なくなっている。どこに行ったのかと見回してみれば――


「フォルさんー!」


 ――優たちが先ほどまで遠目に見ていた人だかりへ、自ら歩いて行くではないか。しかも中心にいるのが、シアの唯一の知人の天人であるフォルなのだと確信しているようにも見える。


 そうして新たに現れたシアという天人に、学生たちはどう対処すれば良いのか迷ったのだろう。まるで海を割るかのように、人がシアを避けて道を譲る。そうして生まれる神の道の先に居たのは、真っ白な髪を持つ天人の少女だった。


 天人『フォル』。


【歌】と【踊り】を司る、芸能の女神だ。髪の色は白く、肌の色も白。少し眠そうな印象を受ける目元に包まれているのは、赤みがかった瞳だ。その神秘的な見た目は外国人のようでもあるが、目鼻立ちは控えめ。彼女もまた、日本人が思い描く1つの理想の体現者としてこの世界に受肉したらしかった。


「シア」


 彼女の小さな口から発される凛と透き通った美しい声には、聴く者全てを魅了する奇妙な引力がある。見ず知らずの学生たちに囲まれてよほど困惑していたのだろう。声色こそ平坦だったが、シアの名前を呼ぶフォルの顔には安堵の表情が浮かんでいた。


「フォルさん! 入学式以来ですね!」

「うん。シアも1週間ぶり。ここ、座る?」


 そう言って空いていた隣の席を示すフォル。初めて見る天人の側に座る勇気を持っていた学生が居なかったのか。あるいは人々が、フォルを取り囲んでいた人だかりを避けたせいか。フォルの周りの席には不自然な空席がいくつもあった。


 ただし、フォルの友人であれば事情も変わってくる。


「良いんですか!? はい、ぜひ!」


 自身もフォルと同じ天人であるシアが、嬉しそうに手を叩いてフォルのすぐ隣の席に腰を下ろす。続いてフォルに一言二言、確認を取った後、


「優さんー! 春樹さんー! ここで食べましょうー!」


 満面の笑顔で優たちに手を振ってきた。


 当然、その場にいた学生たちの目が一瞬にして優たちに向けられる。


 多くが声をかけることもできず、さりとて無視することもできず、遠目に見ることしかできないのが天人という存在だ。そんな彼女たちと生活を共にしている――釣り合う――存在とは、どのような人物なのか。シア達を見る畏敬と憧れのこもった瞳とは違う、羨望と好奇の視線が優たちに突き刺さる。


(この感じ、久しぶりだな……)


 小さく喉を鳴らしてつばを飲み込んだのは優だ。シアと天。2人と行動を共にするようになった、去年の晩春から初夏にかけて。優たちは日々“コレ”と同じような目を向けられていた。


 だが、人は慣れてしまう生き物だ。1か月も経たずに優たちはその視線に慣れてしまったし、周囲の人々も優たち“一般人”とシアと天が一緒にいるその光景に慣れてしまった。よって、優たちが大勢からこうして注目されるのは実に半年以上ぶりとなる。


「……行くぞ、春樹」

「お、おう」


 人々が注視する中、優たちはシアの呼びかけに手を挙げて応え、彼女たちのもとへ歩き出す。自分たちはシアと肩を並べるに相応しい人物であり、慣れている。そう取り繕うために、可能な限り自然な表情と態度を意識する。


 が、優も春樹も正直に言って今すぐにでも逃げ出したい気分だ。


 自分たちを値踏みするように見てくる人々の目線は、本当に気味が悪い。しかも、その視線を向けてくる人たちに悪意が無いのもまた(たち)が悪い。彼ら彼女らは純粋に、好奇心だけで優たちを見ている。


 こうした視線を日々向けられているだろうシアやフォル。彼女たちの心労など、優には計り知れなかった。


 体感にして数十分。実際は十秒にも満たない時間をかけて、シア達の前の席に腰を下ろした優と春樹。時間と共に人々の視線は減っていく。だが、たとえこちらを見ていなくても、意識されているのが分かるのだから不思議だ。


 そして優自身もまた、失礼と分かっていても目の前に座って黙々と食事をしているフォルを見てしまう。


 改めて見ずとも、見惚れてしまうような神秘的な外見だ。白い髪に白い肌。赤みがかった瞳。アルビノと言うんだったか、と、彼女の容姿の特徴を表す言葉を優が思い出していると、


「フォルさん、改めてご紹介しますね! こちら、神代優さん! 瀬戸春樹さんです!」


 普段よりもさらにテンション高めに、シアが優たちのことを紹介してくれた。


 シアが“改めて”と口にしたように、実は優は入学式の時に一度だけフォルと顔を合わせていたりする。


 天の誕生日会と果歩の歓迎会を済ませた翌日、登山という名の登校を終えて校門をくぐり抜けたあの日。優とシアは、新しい季節を歌うフォルの歌声を聞いた。


 親友との10年以上ぶりの再会にしばらく涙していたシアだったが、少ししてから立ち上がると歌声のする方へと走り出したのだ。


 彼女の後を追う形で優がたどり着いたのが、B棟前の時計台広場。三校祭の文化祭の時、テロリストが特警たちに取り押さえられていた場所だ。


 時計台と、その背後にある木々を背景として、フォルは歌っていた。


 彼女と会うのは10年以上ぶりだったシア。パフォーマンスの途中だったにもかかわらず、嬉しさ余ってフォルに抱き着いてしまった。それに対して驚いたように目を見開きながらも、抱き着いてきたのがシアだと気付いたのだろう。数瞬後にはフォルも涙をたたえながら微笑む。


『お久しぶりです、フォルさん! 本当に、久しぶりで……っ』

『うん、ただいま、シア。元気だった?』

『はい……っ! はいっ!』


 互いに涙ぐみながら抱擁し、再会を喜ぶ天人2人。まさに絵画のような美しい光景こそが、優とフォルとの初めての出会いだった。


 しかし、その後すぐにシアはフォルと姿を消したため、優はフォルに自己紹介はできていなかった。ゆえに改めて、この場で自己紹介をすることにする。


「はじめまして、フォルさん。神代優です」

「オレもはじめましてですね。瀬戸春樹です。優ともども、よろしくお願いします」


 ほぼ初対面ということで、普段よりも丁寧に挨拶をする男子2人。一方のフォルはと言えば、口元を使い捨てのお手拭きで拭いてぺこりと頭を下げる。


「はじめまして。フォル……です。シアから聞いてるかも、ですけど。天人。啓示は【歌】と【踊り】です、よろしく」


 表情を変えることなく言って、再び小さく頭を下げるフォル。他者とのコミュニケーションを苦手としているのだろうか。それとも優のように意図して感情の起伏をコントロールしているのか。本当のところは分からないが、クールというのがフォルに対する優の印象だ。


(てっきり、もっと明るい人だと思っていたんだが……)


 初めて会った時にフォルがシアに見せていた笑顔を見ている優。涙を浮かべながらも心の底から嬉しそうに笑っていた彼女の笑顔は、ただの高校生男子でしかない優を魅了するには十分な破壊力を持っていた。


 歌っている時だってそうだ。堂々と、軽やかに。表情豊かに、楽しそうに時計台で歌っていたフォルは、優ですらも自然に微笑んでしまうような圧倒的なカリスマがあった。


 天人としての魅力だけではない。フォルという人物が滲ませる魅力が登山(登校)を終えた新入生たちの足を止めさせ、その場の空気を支配していた。


 だが、今も目の前でモソモソと食事をしているフォルからは、あの時の覇気のようなものが感じられない。


 背を丸めて俯き、表情1つ変えない彼女からは、近寄りがたい雰囲気が出てしまっている。いや、実際、フォルにとってシア以外はお呼びではないのかもしれない。挨拶をして以降は一度たりとも優たちの方を見ず、時折シアの話に相槌を打つだけだった。


 友人の友人。その距離感を測りかねて黙り込んでしまう優と、同じく気まずさを感じているらしいフォル。状況に気づかず友人(フォル)に楽しそうに話しているシア。微妙な空気を察したのは、春樹だった。


「……とりあえず飯、取りに行くか」

「ああ。俺も一緒に行く」


 席を立った春樹に、これ幸いと優も続く。さらに「あ、私も一緒に行きます!」と鞄から携帯を取り出したシアも続いた。


 そうして改めて、食堂入り口にある小鉢を取るための学生たちの列に並ぶ優たち。お盆をそれぞれが手に取ったところで、春樹がシアに尋ねた。


「シアさんはフォルさんと知り合い……なんだよな? どこで会ったんだ?」


 春樹も、ついでに優も、シアとフォルの関係性を知らない。また、人付き合いを極端に避けていた頃のシアを知っている男子2人には、シアが自らフォルに話しかけるビジョンが浮かばなかった。


 そのため、シアとフォルがどこで知り合ったのか、世間話の延長線で聞いてみる。


「フォルさんと……ですか? えぇっとですね、」


 お盆を胸に抱いて一食の天井を眺めながら、自身の過去を思い出すシア。


「フォルさんとは、あっちで一緒だったんですよ」

「あっち、ですか……?」


 シアの言葉の意味がすぐに理解できずに首を傾げた優に、慌てて補足するシア。


「あっ。優さん達の言う『天界』ですね。私たち天人が受肉する前の世界です」




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