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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
〔2年生編〕【踊り】第一幕……「歌姫の影」

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第2話 真野クラス




 始業式を終え、計4クラスに再編成された9期生たち。


「――ということで。これから1年間、よろしくお願いします」

「「お願いしまーす!」」


 担任の真野(まの)祥子(しょうこ)による締めの挨拶に、クラスメイト24人が答える。今日から1年間、彼女が(あずか)る真野クラスが優の所属するクラスだ。


 なお、真野と言えば去年の春ごろ、ぼーっとしていた優にお叱りを入れてくれた女性教員でもある。以来、優は少しだけ苦手意識を持っていたこともあって、彼女のクラスということに少しだけ気落ちしてしまってもいた。


 教室を出て行く真野の姿を謎の緊張感をもって見送る優。彼女の姿が見えなくなったことで、ようやくクラスメイト達の雰囲気も弛緩した。


 今日は始業式と1年間のオリエンテーションしか予定が無い。そのオリエンテーションも無事に終わった今、学生たちは半日の自由時間を与えられることになる。


(去年は確か、さっさと寮に帰ったんだったか……)


 決して人付き合いが得意な方ではない優だ。昨年はオリエンテーションが終わるや否や、逃げるようにして寮に帰ってしまった。だが、コミュニケーションの大切さを知り、友人の大切さも身に染みて知っている今の優は一味違う。


 今年こそは、と、意気込んで隣の同級生に話しかけようとして、


(……女子か)


 一度、ストップする。さすがに最初に女子に声をかけると、男子から「うわアイツ、出会い厨かよ」と思われかねない。だが困ったことに優は5×5に並んだ席の右端の一番後ろ。


 本来、最高の席なのだが、今回に限って言えば最悪だ。なにせ隣接する学生が左と前の2人しかいない。そして不幸なことに、どちらも優にとっては話しかけるハードルが高い名前も顔も知らない女子だった。


「…………。……フゥ」


 悟りの息を吐いた優は、そそくさと帰り支度を始める。真野がクラス担任だったことも含めて、今年は運が無い年なのだろう。そう自分に言い聞かせて席を立つ、直前で。


「こーら。優、逃げるな」


 優の頭部に手刀をかましてくる人物がいる。


「いて……。逃げるんじゃなくて戦略的撤退だ、春樹」

「人はそれを逃げるって言うんだ。……ってことで今年も1年、よろしくな、優!」


 そう言って笑う頼れる幼馴染に、優もほっと一息つく。そもそも1学年100人しかいない学校だ。4分の1の確率――正確には少し違う――で、顔なじみと同じクラスになる。実際、春樹の他にも、


「よっ、神代! 今年もよろしくな!」


 春樹にのしかかるようにして優に挨拶をしてくれたのは、(すずり)響平(きょうへい)だ。彼は文化祭のとき、優と一緒にメイド喫茶をしたり、シアと優のデートを演出したりした、優の悪友でもある。その他、昨年も同じクラスだった学生が若干名、同じクラスに居てくれていた。


 左方と前方を見ず知らずの女子に囲まれて孤独だった優にとって、2人はまさに救世主だ。


「……ああ、よろしくな。春樹、(すずり)


 拝むようにして挨拶する優に、友人2人は苦笑するのだった。


 と、そうして優たちが改めて親交を深めつつこの後どうしようかと話していた時だ。


「優さん~!」


 もう1人。優のよく知る同級生の女子がやってくる。そして、優のことを名前で呼ぶ女子の同級生など、1人しかいない。


「シアさん。今年は同じクラスですね。お願いします」

「はい! ……ふふふっ! “お願い”した甲斐がありました!」


 椅子に座ったまま挨拶をした優に、シアも小さくぺこりと頭を下げる。シアが言ったお願いとは、本当に単なるお願いだ。


『来年は優さん達と一緒のクラスになれますように!』


 そう何度も心の中で願っただけに過ぎない。そんなシアの想いが“運命の女神様”に届いたのだろう。晴れて優と春樹とシアは同じクラスになることができていた。


「……まさかシアさん。権能、使ったりしてないですよね?」

「さ、さぁ……? なんのことでしょうか~……?」


 優にジトリとした目を向けられて、目を逸らすシア。彼女はあくまでも願っただけだ。そこに嘘偽りはない。本当に、権能は使っていない。


 しかし、自身の切なる願いが世界に影響を及ぼしかねないこともまた、シアは理解している。そのうえで強く願い、結果、望む結果を得ている。シアに後ろめたさが無いと言えば、嘘だった。


「(じとー……)」

「ほ、本当です! 本当に権能は使ってないですよ!?」


 なおも優に“やらかしましたか?”と目線で聞かれ、さすがのシアもはぐらかすのをやめる。


「……でも、なぁ、春樹?」

「ん? おう、そうだな……。確かにアレは……」


 優たちが見遣る先には、一番左の列の一番後ろの席がある。予備の席だ。そして、その席に収まる予定なのが、現在休学中の学生――神代天なのだ。


 長期入院しなければならない怪我を負うことも少なくない第三校では、通算で1年以内であれば休学することができる仕組みがある。そのため神代家では天を休学の扱いとして、いつ彼女が帰って来てもいいようにしたのだ。


 そんな中、事態が動いたのは始業式の日のこと。


 天が参加するグループチャットの全ての既読が、1増えた。それが意味するところは、天の携帯が使える状態であること。あるいは別の携帯を使ってメッセージアプリに天がログインし、チャットを閲覧したということになる。


 いずれにしても、「まだ神代天が生きているかもしれない」と人々が思うには十分すぎる現象だ。ましてや天の生存を願ってやまなかった優たちにとっては、もはや天が生きていることは確定事項となっていた。


 だからこそ、優たちは今こうして笑っていられる。なぜ天が優たちの所に帰ってこないのかは分からない。だが自由奔放、唯我独尊の彼女のことだ。明日にでも「ただいまー」と帰ってくる姿が目に浮かぶ優。


 そして、天が帰ってきたあかつきには、優たちセルのメンバー4人全員が同じクラスで過ごすことになる。これを奇跡と呼ばずしてなんと呼ぶのか。優にも春樹にも、分からなかった。


「天も一緒ってなると、もう、“神頼み以外”あり得ないよな、優?」

「ああ。……ってことでシアさん。白状してください」

「い、いつの間にか取り調べみたいに……!? ほ、本当です! 天人としての面目に誓って、私は権能を使っていません! 信じてください!」


 身振り手振りで自身の無実を訴えるシアの様子に、ようやく優たちも疑いの表情をやめる。そもそも優も春樹も、シアが私利私欲で権能を使うとは微塵も思っていない。


 だが、時に魔法は本人の意思をも超えて無意識に発動することもある。今もシアの身体が薄っすらと白いマナで覆われてしまっているのが良い例だろう。感情が高ぶれば、人は無意識でも魔法を使ってしまうことがあるのだ。


 わずかでもその覚えがないのか。最初に曖昧な態度を見せたシアに確認しただけに過ぎなかった。だが――。


「ほ、本当なんです……。信じて下さい……っ」


 声に切実さをにじませて否定するシアには、優も春樹も思わずギョッとしてしまう。


「す、すまん、シアさん。別にオレたち、本気で疑ってるわけじゃないんだ。な、優?」

「あ、ああ。だからどうか、顔をあげてください、シアさん」


 春樹と優による懸命のフォローに、おずおずと顔をあげるシア。上目遣いのその視線は、真っ直ぐ優に向けられている。


「信じて、くれるんですか……?」


 絶世の美女による、頼りなさげな上目遣い。その破壊力に崩れ落ちない思春期男子など、そうはいないだろう。


「し、信じます……」


 やや赤面して顔を背けながら言う優に、パッと表情を華やがせるシア。だが、ここでふと視線を感じたシアがその方向を見ると、


(リリちゃんさん?)


 シアと今年も同じクラスの羽鳥(はねとり)梨央(りお)の姿がある。シアの恋愛の師匠でもある。なお羽鳥本人には実は恋愛経験が無かったりするのだが、シアが知るはずもない。


(え、「押せ」、ですか……? 「今こそリリが教えた手法を使え」……? ……分かりました!)


 身振り手振りでメッセージを送って来る友人のからのエールに、キッと表情を引き締めるシア。こぶしを握って羽鳥に「頑張ります!」と伝える。


「シアさん? どうしたんです――」

「誰を、ですか?」


 シアの視線を追おうとした優の機先を制するように、問いかけたシア。腕を組み、あえてそっぽを向いて「不機嫌です」と全身で表現する。


 本来、その質問には春樹が答えても良い。しかし春樹は今しがた行われたシアと羽鳥とのやり取りをきちんと見ていた。そして春野亡き今、春樹がシアの恋路を応援しない理由が無い。話が面白い方に転がりそうだということもあって、黙って優を見守る。


 結果、孤立無援となった優はシアの問いかけに答えるほかなくなり――。


「シアさん……です。シアさんを、信じます」


 ――シアが望んでいた通りの答えを引き出される形になる。


 わずかに顔を赤面させる優の「信じる」の言葉に、シアが内心でガッツポーズをしたことは言うまでもない。


 (もと)神である天人にとって、人々の信心ほど嬉しいものは無い。それが想い人からの信じるという言葉ならなおさらだ。「シアちゃんはそれでいいの……?」とあきれ顔でツッコミを入れる天も、この場には居なかった。


「ふふんっ、それなら良いんです!」


 してやったりというそのシアの笑顔で、優もようやく自分が彼女の望む答えを引き出されたのだと気付くことになる。


 どんな状況からでも自身の望むものを手にしようとするその強かさは、シアの親友でもあるどこかの天才娘のようだ。


(朱に交われば赤くなる、だったか? 類は友を呼ぶ? どっちでも良いが、それにしたって……)


 1年を通して色んな意味で強くなったシアの姿に、思わず苦笑をこぼす優だった


「そうです優さん、春樹さん! この後一緒に、お昼でもどうですか?」

「……そうですね。自由選択科目とかも話し合いたいかもしれません。春樹はどうだ? 部活とか」

「ん? 大丈夫だ。部活も今日はオフだからな!」


 優と春樹の快い返事に、シアがパンと嬉しそうに手を叩く。


「じゃあ急ぎましょう! 早く行かないと混んじゃうかもなので! えっと……」

「えっ? あっ、(すずり)です」


 シアに目を向けられた硯が、やや顔を赤らめながらシアに自己紹介をする。


「硯さん。それからリリちゃんさんも! お2人とも、また明日!」

「うん、シアちゃん! 天ちゃんのお兄さんも、瀬戸君も。バイバイ~!」


 新しいクラスメイト達との別れを済ませた優と春樹も、シアの後を追う。


 この、すぐ後。優たちはなぜか新入生の天人の少女と昼食をともにすることになるのだが、知る由もない。




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