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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
〔2年生編〕【踊り】第一幕……「歌姫の影」
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第1話 新たな季節




 4月6日。木曜日。桜が最期の力を振り絞るその日。優たちが通う国立第三訓練学校は、創立10周年目の始業式の日を迎えていた。


 朝。寮の自室のカーテンを開けると、うららかな春の日差しが差し込んで来る。


「ふぅ……。良い朝だ」


 言いながら大きく伸びをするのは神代優だ。耳にかかるかどうかの少し長い黒髪に、ややけだるさを感じさせる目元。自分は中の上程度の容姿だろういやそうであってくれと願う、ごく平凡な青年だ。身長は去年よりも少し伸びて175㎝に少し届かないくらい。決して身体の線は太くないものの、実践的な筋肉を備える。やはりどこまでも平凡な青年だった。


「……。……寒いな」


 まだ明け方には厳しい寒さが残る4月の上旬。冷気と自身の行ないに身震いした優は、日課としている朝のシャワーを済ませる。ついでに洗顔と歯磨きを済ませた彼が朝食を食べ終わる頃、優の部屋の扉が開いた。


「はよーっす、優。起きてるかー? 今日から学校だぞー?」


 春休み前よりもさらにガタイとイケメンさを増した――神代優調べ――瀬戸春樹が、我が物顔で優の部屋に入ってくる。


 身長は180㎝と少し。ツンと立つくらいの髪と端正な顔立ち、しなやかな筋肉に包まれる身体は、まさにスポーツ好青年といった雰囲気だ。実際、第三校ではサッカー部に所属している春樹。優とは違い、勉強も人付き合いもきちんと両立させる抜け目のなささえ持っている。


 もちろんモテる。だというのに、想い人に一途という好青年ポイントを持っている。優が幸せになって欲しいと願ってやまない、頼れる幼馴染だった。


「おい、春樹。せめてノックくらいしてくれ」

「おう、悪いな。けど、今日はクラス発表があるだろ? 早くしないと初日から遅刻だぞ」


 春樹に言われて、そう言えばと身支度の準備を早める優。


 コミュニケーション能力も問われる第三校では、年に一度、始業式のタイミングでクラス替えがある。新たな学友と交流し、切磋琢磨する。そんな日々でしか得られない経験値があるのだという。


 いつものように適当な私服に手を伸ばす優に、今度こそ春樹から呆れの混じった声が飛んでくる。


「優ー? 今日は始業式あるから、制服登校だぞー?」

「うわっ、そうだったな。えっと、制服、制服……」


 特派員の制服でもある第三校の学ランに手を伸ばす優。壁に掛けられていたその制服にはビニールがかけられ、タグも付いたままだ。春休みの間にクリーニングに出してからというもの、大切に大切にここまで運んできたのだった。


「タグ、取るの忘れるなよ? ハンカチは持ったか? 学生証もな」

「母さんか。いや、母さんですらそんなに気を遣ってくれないな……」


 幼馴染さまさまだなと優が笑みをこぼすころには、優の着替えも済んでいる。任務ではないためプロテクターなどを着ける必要もなく、着替えも慣れたものだ。と、微かに制服に感じるのは窮屈さだ。特に腕回りや太もも周りは、生地が引っ張られるような感覚がある。


 自分でもこれほどなのだ。目に見えて変化があった幼馴染はどうだったのだろうか。そう思って春樹を見て見るが、特段、制服が苦しそうには見えない。


「春樹。学ラン、きつくないのか?」


 ややパツパツ感のある制服姿の優を見て、春樹が大きく大気を吐いた。


「優、お前……。制服の調整くらい、春休みでやっとけ」

「うっ……、おっしゃる通りで」


 耳の痛い春樹の言葉に苦笑しつつ、優は通学用の鞄の中身に不備が無いかを確認していく。


 春休みの9割を、優は常坂家での修行に費やした。今も目を閉じれば思い返すことができる、1人で過ごした日々。だが、おかげで自分も、周囲も、客観視することができるようになった。それに――。


(春樹が〈感知〉に気付いている様子はない……よな?)


 脱ぎ散らかされている優の寝間着を畳む春樹を〈月光〉未満の〈感知〉で視ながら、優は今もなお自主的に続けている修行の成果を確認する。


 闇猫を倒し、〈月光〉の感触も確かめた優。しかし、あれ以来、自身を完全に客観視する状態を常に保つことはできていない。たまにふわりともう1人の自分が浮き上がってくれる感覚こそあるものの、持ってせいぜい数秒だ。とても、命を預けるには頼りない魔法となってしまっている。


 そのため、優は常坂家でも行なっていた〈感知〉の修行を今もなお続けている。おかげで別の作業をしながら〈感知〉によるマナの動きも把握できるようになりつつあった。


 そうして優が確かな成長を噛みしめていると、ベッドの上に放り投げられている携帯が通知を知らせる。見れば、相手はシアだ。


『一緒にクラス表を見に行きましょう!』『下で待ってますね』『(“燃える”のスタンプ)』


 そんなメッセージが『セルメン!』のグループチャットに飛んでいる。シアの言う「下」とは、寮1階にある広いエントランスロビーのことだ。今回のように学生たちが待ち合わせをしたり、任務の前の作戦会議などに使ったりする場所でもあった。


「シアさん。また変なスタンプ買ってるな」


 自身もグループチャットでシアのメッセージに目を通した春樹。シアが末尾に付けているスタンプを見て苦笑する。彼の言う通り、シアはモモンガとパンダを足して2で割ったようなキャラクターのスタンプを送ってきていた。


「ほら、あれだ春樹。シアさん、芸術方面はアレだからな……」

「まぁ、な。三校祭の『ふわふわ♡ オムライス』は傑作だった」


 文化祭のメイド喫茶で奇天烈なケチャップアートを披露していたシアを思い出して笑う春樹に、優も口元を緩める。


「シアさん本人は真面目なのが、またな……。よし、準備完了!」


 春樹の言葉に軽く相槌を返しつつ、持ち物の確認を終えた優。最後に入り口近くにある姿見で自身の姿を確認すれば、登校の準備は完了だ。


「行くか、春樹」

「おう」


 幼馴染と軽くこぶしを打ち合わせてから、優たちは2年生として初めての登校に向かった。




「おはようございます、優さん、春樹さん!」


 優と春樹を元気なあいさつで迎えたのは、つい先ほども話題に上がっていたシアだ。艶やかな黒髪は光の加減で七色に輝き、神秘的な色を返す。高くもなく、かといって低いわけでもない鼻筋。黒にも見える、理知を宿した紺色の瞳。身長は160㎝と、日本人女性の平均よりもわずかに高いくらい。身体の線はまさに1つの“理想”を描き、もはや芸術品の領域に達していた。


 昨年の彼女との大きな違いと言えば、まとう雰囲気だろう。去年までは楚々としておしとやか。一方で全てを受け入れようとするシア自身の考え方もあって、触れれば折れてしまいそうな危うさを持っていた。


 だが、怒涛の1年を経た彼女には、ちょっとやそっとの力では折れることが無いような、しなやかな強さが紺色の瞳に宿っている。


 人々の理想が形になったと言っても過言ではない少女の活力に満ちた笑顔はまさに、女神の微笑みだ。いくら1年を共にしてきた優たちと言えども、見惚れずにはいられない。ましてや、


「優さん? どうかしましたか?」


 ずずいっと顔を寄せられようものなら、思春期真っ盛りの優には劇毒だ。


「い、いえ……。なんでもありません。おはようございます、シアさん」

「ふふっ! 変な優さん!」


 学ランのジャケットを揺らしながらくるりと身を翻すシアには、優も春樹もタジタジだった。


 そうして3人で通学路を歩き始めたシアは、自身の想い人である優の小さな変化に早速気が付く。


「優さん。その首元のバッジは……」


 シアが視線で示して見せたのは、この春から優の首元に刺してある金色の徽章(きしょう)だ。金色の旗を(かたど)った徽章は、春休み前。優が苦楽を共にしたクーリアからの留学生ノアとクレアから渡された物だ。


「クレアさんから貰ったんです。友情の証ですね」


 目には見えないが確かに首元にある硬い感触を確かめながら、口元に笑みを浮かべる優。遠く離れていようとも、魔獣が居ない世界を目指す志は同じであること。そして、改編の日に隠された秘密を共有している証でもあった。


「お、そうだったのか。てっきり俺は格好良いからどっかで買ってきたんだとばかり……」


 そう言って驚いた顔をするのは春樹だ。もちろん春樹も、気付いていなかったわけではない。だが、優が中二病を患っていたことも知っていることもあって、触れるべきか否かを決めかねていた。その点、シアが踏み込んでくれてスッキリだ。


「おい、春樹……」


 じっとりとした優からの視線に、「悪い、悪い」と手を立てる春樹。そうして男子2人がじゃれ合う隣で、


「クレアさんから……!?」


 静かに衝撃を受けるのはシアだ。


 ザ・外国人と言った容姿をしていたクレアは、天人のシアの目から見ても美人だった。そんなクレアが、優という想い人にプレゼントを送っていた。それも、シアの知らないところで、優に“だけ”渡している。


 果たしてそんなこと許されて良いのだろうか。いや、許されてはいけない。嫉妬の炎に身を焼かれる、直前で。


「ふぅー……」


 シアは大きく息を吐く。自身の想いをきちんと見られるようになってからというもの、嫉妬という感情との向き合い方が少しずつ分かってきたシア。優は誰のものでもなく、誰を選ぶのかも優の自由。そう自分に言い聞かせて、自身の啓示が他者に向かわないように制御する。


 それに優は「友情の証」だときちんと言葉にした。であれば、シアとしては彼の言葉を信じたいところだ。が、それでも気になってしまうのが乙女心というものだろうか。


「あの~、優さん? クレアさんとは今もやり取りを?」


 この質問をしてしまうことくらいは許してほしいと思うシア。しかし、往々にして聞かなければよかった事実もこの世界には多い。


「もちろんです。そうですね……ほら」


 そう言って優が嬉しそうにシアに見せてきた携帯画面には、『無事、帰国しました!』の文言を添えてノアと自撮りをするクレアの姿がある。しかも、写真の中のクレアはシアの目からしても魅力的な笑顔を浮かべているのだから、たちが悪い。


「そ、そうなんですね、あはは~……はぁ」

「シアさん? 早くクラスを確認しに行かないと遅刻しますよ?」


 少し先で振り返る優を、恨めしげに眺めるシア。


『誰のせいでこうなっていると思っているんですか?』


 さすがその質問ができるシアではない。愛おしくももどかしい感情を飲み込んで、1人。優たちの後を追うのだった。




※長らくお待たせしてしまって、申し訳ありませんでした! 私生活の方が思ったよりも忙しく、1日1話を書くのがやっとの状態でした。本日より更新を再開させて頂こうと思います。現状は週1回、金曜か土曜に更新させて頂こうと思っております。余裕が出来次第、週2、3回と更新を増やすことができればと思います。ゆっくり更新になってしまいますが、どうぞよろしくお願いします。

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