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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【歌】第三幕……「前程万里」

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第8話 始まりの歌

 4月1日。朝。新学期が始まるのを前に、優はシアと共に第三校へと帰っていた。その道中、今度は優が、シアの春休みでのアレコレを聞くことになる。


 例えば友人たちとジムに通って基礎トレーニングをしたり、ザスタと2人きりで大型ショッピングモールの跡地を制圧したりといった話だ。


「体長50mの蛇の魔獣……。よく倒せましたね」

「あはは……。まぁ私は援護するだけで、ほとんどザスタさんが倒してしまったんですけどね」


 まさかシアが自ら依頼を受けて死地に向かっていたとは思ってもみなかった優。天人として、特派員として、率先して魔獣の討伐に動いていたらしいセルメンバーを誇らしく思う反面。シアが死んでいないことに、ホッとせざるを得ない。


 やはりシアも成長しているのだと考えて、何様だと自戒することになった。


 それでも、と、優は隣に座るシアを見る。2月末に会った時と比べると、やはりシアは少したくましくなったように感じる。生命力に満ち、紺色の瞳には光がある。これまでの彼女に感じていた危うさはもうなく、対等なセルメンバーとして。また、1人の特派員として、優は無意識にシアを信頼できるようになりつつあった。


 そして、変化といえばもう1つ。


 電車ということで声は小さくなり、自然と距離感が近くなるものだが、それでも。


「それに、それを言うなら闇猫を倒してしまった優さんの方がすごいです!」


 鞄を膝の上に乗せながらずずいっと肩を寄せてくるシア。気のせいか、これまでよりも彼女の距離感が近いように優には感じる。いや、もともとシアには人付き合いの経験値不足から、他人との距離感を測り損ねるきらいがあった。


(それにしたって近い……!)


 もう既に肩や腰は触れ合ってしまっており、そのうえでの隣からの覗き込み。しかも相手は人々の理想を詰め込んだ美貌を持つ女子なのだ。年頃の男子たる優にはあまりにも刺激が強かった。


「いや、それこそ俺は魔人にラストヒットを譲ってもらっただけで……」


 そっと腰を浮かせてシアから身体を離しつつ、顔を逸らした優は、ふと。いつもよりも乗客が多いことに気付く。


 思えばこうしてシアと身を寄せ合って座らなければならないほど込んでいるのは、かなり珍しい。というのも、第三校方面及び奈良方面には山と田畑しかない。いや、電車が通っている以上、かつては路線周辺に町もあったが、魔獣によって壊滅させられている。


 大規模討伐任務があって、ようやく先日、内地化された奈良。だが、まだまだ復興段階で、これだけの若者――優と同じか少し年下――がこれだけの数乗っているのは奇妙だ。


 自分と同じように春休みに実家に帰っていた三校生がたまたま帰ってきているのか。そう考えてようやく、優は今日、4月1日が何の日なのかを思い出す。


「――今日入寮する新入生さん、でしょうか?」

「……っ!?」


 まるで心を読んだかのようなシアの発言に、跳び上がりそうになる優。だが、そんな優をきょとんとした顔で見つめるシアの表情を受けて、ただの偶然であることを察した。


「そ、そうだと思います」


 言いながら居住まいを正した優は改めて、新入生と思しき若者たちを見遣る。


 第三校の場合、現役からストレートで入って来る学生の数は7割ほど。残りの3割は社会人や浪人生たちが入って来る。つまりいま見ている新入生たちの中には、それなりの割合で優と同い年かそれ以上の人々もいるはずなのだ。


 にもかかわらず、新入生だと思うと皆一様に若く見えてしまう。一方で、自分は老いたように感じる。この親心の芽生えのような現象に是非とも学術的な名前を付けてもらいたい優だ。


 ただ、いずれにしても今日から優とシアは“先輩”になるのだ。


 しかも、普通の学校で言うところの“先輩”とは重みが異なる。何度も死にそうな思いをして、時には仲間や同級生の死をすぐそばで見届けて。それでもなお強く心を持ち、生き残ってきた。それだけでなく、これからも戦おうとしている。


 優たちが“先輩”と呼んでいた人々は例外なく、そんな人々だったのだ。


 果たして1年前。同じように電車に揺られていたはずの自分は、先輩をそのように見ていただろうか。自分への問いかけに、優は首を振る。


 中学までの平和な日常と変わらない。優は先輩という存在を、学年が1つ上なだけの「お兄さん・お姉さん」のように見ていた。


 しかし、いま。こうして懸命に生きてきたからこそ、優は先輩という存在の偉大さと凄さを痛感する。その先輩に、優自身も仲間入りしたのだ。


「先輩、か……」

「はい。こう、身が引き締まる思いです!」


 感慨深く呟いた優の言葉に、笑みを漏らすシアだった。




 いつになくぞろぞろと人が降りる、第三校の最寄り駅。ここから三校生たちが「登山」と揶揄する、校門までの長い道のりが始まる。


 まず待ち受けるのは、長い長い上り坂だ。その坂を抜けると今度は、100m近い高低差を踏破するための数百段の階段が待ち受けている。普段はエスカレーターで快適な上下移動ができるのだが、幸か不幸か今日はメンテナンスで止まっている。


「確か去年、俺が来た時も止まってたような」

「私の時もそうでした。……第三校なりの歓迎なのかもしれませんね」


 そんなことを言いながらも、優とシアは臆することなく階段を上っていく。第三校で先輩になる頃には自然と、数百段の階段の上り下りなど苦にならなくなっている。肉体的にも精神的にも、だ。


 一方で、へっぽこカタツムリにならざるを得ないのは新入生たちだ。これから入寮する新入生たちは基本的に大荷物を背負っている。10㎏近い荷物を抱えて数百段の階段を登るなど、これまで平穏な暮らしをしていた多くの新入生にとって、かなり負荷の高いトレーニングになってしまう。


 特派員を育成する第三校の洗礼とも呼べるだろう。


 また、可哀想なのは電車で来た研究員たちだ。特派員になることを目的としていない彼らにとってはもはやトレーニングですらなく、苦行でしかない。


 ただし、優たちが登るタイミングで登山(通学)をしていた人々は、ある意味で幸運だったのかもしれない。


「が、頑張ってくださいっ!」

「あと少し、あと少しですよ!」

「だ、大丈夫ですか!? これ、良かったら使ってください」


 そう言って女神――シアが声をかけてくれるのだ。砂漠にオアシス。地獄にクモの糸。疲労困憊の彼ら彼女らにとって、シアの声掛けは救いとなる。


 また、それが人生で初めての天人との出会いになった新入生も多い。シアが声をかけた半数以上の人々が彼女に見惚れて呆ける様を、優は隣でまざまざと見せつけられる。自分もシアに初めて会った時は同じような顔をしていたはずなのに、今は隣を歩いてしまっている。


(慣れって怖いな……)


 果たしてシアや天の容姿が“普通”になってしまっている自分は、一般的な人と同じ美的センスを持っているのだろうか。思わぬところで天人が側に居る生活の影響を感じる優だった。


 そのまま5分ほどかけて階段を登り切ると、ようやく第三校のキャンパスが待っている。


 そこには早速、新入生たちを部活に誘う先輩たちがビラを配っているのだが――。


「よう、優! シアさん!」


 そこに見知った顔があったことで、優たちは足を止めた。


「春樹……! ただいま!」

「おう。お帰り……って言うのも変な話だな」


 歓喜をにじませながら再会を喜ぶ優に、春樹も苦笑しながら挨拶を返す。


「お久しぶりです、春樹さん。サッカー部の勧誘ですか?」

「おう。シアさんも久しぶりだな! んで、その通り。優とシアさんもどうだ?」


 人好きのする屈託のない笑顔を見せながら、手にしていた勧誘のビラを優たちにも渡してくる春樹。勧誘はビラだけでなく立て看板でも行われていて、呼びかける声には活気もある。


 昨年、息も絶え絶えに階段を登ってきた自分を迎えた色鮮やかで活気に満ちた第三校の姿。去年も同じように声をかけられたことを思い出しながら、笑顔で。


「いや、いい」「大丈夫です」


 優とシアはそれぞれ、サッカー部への入部を拒否する。興味のない勧誘は無視するか、きっぱりと断るのが基本だ。さすがに友人を無視するのは人間性が疑われるため、2人は後者の対応を取ったのだった。


「それよりも、春樹。お前……」

「お、おい、優……!?」


 言いながら、優は春樹の腕や足を触る。


「……間違いない。むちゃくちゃ鍛えたよな? っていうか、また身長伸びたか?」


 全体的に、春樹がサイズアップしていた。もちろんこの1か月だけの変化というわけではない。しかし、春休みの間の首里との特訓による追い込み。また1か月以上距離を置いたことで、優にも親友の体型の変化が分かるようになっていた。


「そうか? 自分では分からないんだけどな……」


 春樹はそう言っているが、優は確信している。春樹もまた、春休みの間に“首里との特訓”とやらで何かを掴んだのだ。それは一層たくましさを増した――イケメンになった――親友の顔を見れば分かる。それは幼馴染というフィルターのないシアも感じ取っており、


「優さんの言う通りです! 春樹さん、さらに格好良くなりました!」


 そう言って、春樹の変化をほめそやす。そんなシアの真っ直ぐな称賛と笑顔に一瞬でもときめいてしまった自分を殴りつけるように、


「シアさんまで……。まぁ、明後日の身体測定で分かるだろ」


 そっぽを向いた春樹は頬をかくのだった。


 と、優たちが旧交を温めていた時のことだ。


「~~♪ ~~、~~~~♪」


 突如として聞こえてきた歌声に、その場にいた全員が動きを止めた。


 優たちとはかなり離れた場所から聞こえてくる、透き通った美声。にもかかわらず、優たちはまるでイヤホンを通して聞いているかのように鮮明に歌が聞こえる。それこそ、脳の中で声が響いているようだ。


 しかしながら決して不快ではなく、むしろ心地よい。まるで春の日差しのような温かさをもって歌われるのは、出会いと希望に満ちた歌だ。


 魔法にかかったように、誰もが動かない。いや、動けない。そんなある種の異常事態の中で、ただ1人。シアだけが、ぽつりと言葉を漏らす。


「うそ……!?」


 驚愕に満ちたシアの声で、ようやく優も我を取り戻す。そして改めてシアを見てみれば、シアは歓喜に満ちた表情を浮かべている。


「シアさん?」

「この声……。この権能……! 間違いありません……っ! フォルさん!」


 フォル。それはかつてシアが女神()()()頃、彼女と同時期に生まれたもっとも新しい女神の1柱だ。白い髪に赤い瞳。見る人誰をも元気にする笑顔を振りまく、【歌】と【踊り】を司る女神。そして、シアの唯一にして無二の、天人の親友でもある。


 この世界で受肉して散り散りになり、どこに行ったとも分からなかった大切な友。昨年。シアは体育祭でテレビに映り、自身の所在を明かすという賭けに出ていた。その努力が、想いが、実ったのだ。


 自分はここに居る。そうシアに示すように歌う親友の声に、シアはその場に崩れ落ちる。


「フォルさん……、フォルさん……っ!」


 涙を流して喜ぶシアに、しかし、優としては困惑せざるを得ない。


 優はシアの口から一度たりとも、フォルなどという名前を聞いたことが無かったからだ。


 そのため、シアの想いに共感してあげられない。むしろ自分の知らないシアの“大切だろう人”の存在を今の今まで知らなかった事実に、途方もない疎外感を感じることになる。


 思えば優は、人としてのシアしか知らない。『女神シア』については、全く知らないのだ。


「天界……」


 鍵となるだろう単語を、静かに口にする優。


 あの世。黄泉。神域……。様々な呼ばれ方をするそれらは、かつてのシア達が暮らしていた場所なのだという。


 改めて、優は思う。シアは天人であり、神だった存在なのだ。


(シアさん。()()()で何があったんですか……?)


 透き通った青い空を見上げる優。


 始まりを告げる春の歌。新しい風を呼び込む新入生たち。その裏でひっそりと増える、メッセージアプリの既読の数。辛く厳しい三寒四温の時を経て、雪の下から生命力に満ちた若葉が顔を覗かせる。




 新たな季節が始まろうとしていた――。

※これにて【???】の章あらため【歌】の章は区切りとなります。ご覧頂いてありがとうございました。もし何かご意見・ご感想がありましたら、よろしくお願いいたします。なお、次回の更新は4月中を目指しております。少し間隔が空いてしまうことになりますが、後輩を迎えて新たな1年を歩み始める優たちの姿。ぜひ楽しんで頂ければ幸いです。

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