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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【歌】第三幕……「前程万里」

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第0話 孤独な剣士

※約5500字とボリュームの多い話となっております。読了目安は11~13分です。

 時は少し遡り、2時間ほど前。試練の最終日。探索が空振りに終わった優が、そろそろキャンプ地に戻ろうとしていた頃のこと。


 久遠は、山と市街地の境目にある神社を訪れていた。場所は、優が居る場所から南東に500mほど。常坂家を支援してくれている檀家の1つ、佐久名(さくな)家が住む場所だった。


 ちょうど1年ほど前、久遠は魔剣一刀流の免許皆伝を受けたことを伝えにこの場所を訪れている。あなた達の支援のおかげで、こうしていっぱしの剣士になることができた、と。これがこの時代の、新たな常坂流の剣術であると。


(年始にも、そうやって挨拶したばっかりだったんだけどなぁ……)


 人気(ひとけ)のない境内や、変わり果てた鳥居、(やしろ)を見れば、もうここに誰も住んでいないことは明白だった。


 崩壊している建物の様子から、まだこの場所が荒らされてからそう日が経っていないことがよく分かる。


(きっと、例の強い魔獣に追いやられて、山に居た魔獣がおりてきちゃったんだろうなぁ……)


 原因を推測しながら振り返る久遠。そこには町の方へと続く参道があるのだが、入り口となる鳥居は大破してしまっている。さらに、その向こう。常坂流を修めていた佐久名家の人々によって守られていた家々もまた、その多くが一目で廃墟と分かるような有様になっている。


 佐久名家と、この周辺の人々が辿っただろう未来を予想するには、あまりにも手掛かりが多すぎた。


『特に子供たちがよぉ、神社を見て笑ってくれるんだ。あの元気な笑顔を見るたびに、神社を守っていてよかった。これからもって、思えるよなぁ』


 笑顔で語っていた家長の男性を、久遠は今でも思い出すことができる。


 そうして佐久名家の人々が10年以上大切に守ってきた神社も、神社周辺の家々も。その全てが、たったの数か月で完全に奪われてしまった。


「…………」


 お面を取り、静かに黙とうする久遠。最近はもっぱら温かくなった風が昼下がりの町を駆け抜け、久遠のくせ毛を揺らす。


(どうか、安らかに)


 たっぷりと1分。失われた命と、確かにここにあった人々の営みに想いを馳せた久遠は、そっと背後の森を振り返る。そこに、斬るべき悪を感じたからだ。


『おい、お前ら! 見ろよ、生き残りが居たみたいだぜぇっ! それに女っ! ついてる!』


 最初にそう言って姿を見せたのは、目つきも血色も悪い金髪の男だ。久遠を見て下卑た笑みを見せる。続いて姿を見せたのは、髪を七三にわけたサラリーマン風の男だ。


『久しぶりですね。これは色々と楽しめそうです』


 言いながら、レンズの割れた眼鏡を押し上げている。さらにその奥には、ガタイの良い男と根暗そうな少年が2人控えている。都合4人の男性が、神社の境内に姿を見せた。


 全員がきちんと人の形を保っており、瞳にも理性の色が宿っている。だからこそ久遠は自身の中にある警戒度を最大まで引き上げ、側頭部にあったお面を被ってみせた。


『おい、オタク。コイツのスリーサイズは?』

『は、はいっ! 着物なので分かり辛いですが……上から84のE、56、72だと思います!』


 ガタイの良い男の後ろに隠れる少年がなめ回すように久遠を見たかと思うと、勝手に体型について予想してくる。しかも、おおよそ合っているところが一層、久遠に嫌悪感を与えてくる。


『ひゅ~……、良い身体だ。少なくとも、ここに居た女たちよりは楽しめそうじゃねぇか!』


 そんな金髪の男の言葉に、久遠の指先がピクリと動く。


「――()く走れ、〈閃〉」

『そ、そうですか? 僕はこの人、ちょっと無理というか。あと10歳くらい若くないと――あれ?』


 困惑の声を漏らした根暗な少年の言葉が、止まる。次の瞬間にはごとり、と。重い球体が地面に落ちるような音がして、少年の頭が境内の石畳に転がったのだった。


『……は?』

「――2体目」


 次に頭と胴体が分かれたのは、ガタイの良い男だ。淡い紫色の光が一瞬見たのを最後に、彼の意識は完全に失われる。


『――っ!? プランBだ、眼鏡!』

『了解です!』


 何が起きているのかは分からないものの、何かが起きていることは察した魔人2体。このままではまずいと2手に分かれ、戦略的撤退を試みることにしたらしい。


「良かった……。あなた達が、悪で」


 言いながら静かに片膝をついた久遠。彼女が右手を添えた場所には、何もない。だというのに、数千、数万と繰り返されてきた動きを取る久遠の腰には、確かに刀があるように見える。そして、見えない鞘と柄を握る久遠が、そっと魔法を唱える。


「――〈紅藤〉」


 瞬間、久遠を中心として半径30mに広がった藤色のマナ。ぱっと見は、ただの〈探査〉にしか見えない。にもかかわらず、やや走るのが遅かった眼鏡の男が藤色のマナに触れたと同時に、久遠の腕がひらめく。次の瞬間には眼鏡の男の首も地面に落ちることになった。


 ただ、金髪の男だけは魔人化して向上した身体能力でもって、久遠が広げる〈紅藤〉の速さよりも早く走っていた。そのため〈紅藤〉で捕らえることができず、残念ながら範囲外へと逃げられてしまった。


『覚えてやがれよ、お面女! ぜってぇ犯して殺してやるからよ~』


 遠く、久遠を挑発する金髪の男。もちろん久遠に逃がすつもりはないが、いかんせん足が速い。魔人と追いかけっこをしても、人間が負けてしまうのは道理だ。


(ひとまずここは見逃すふりをして、あとで奇襲しようかな……)


 〈紅藤〉の基本の形となる居合の姿勢を解き、立ち上がる。


 遠く、山の方へ逃げていく金髪の男を視線で追う久遠。人類の敵でもあり、女子の敵でもある。あんな男を野放しにするわけにもいかないと駆け出そうとした久遠だが、ふと、足を止めた。


 それは、剣士としての直感に近いものだったかもしれない。


 ――何かが、来る。


 そう感じた瞬間、山奥へ逃げようとしていた魔人の男に、大きな黒い影が覆いかぶさった。


 距離にして100mほど。長い尻尾と三角形の耳。四足歩行の愛らしいそのシルエットを見たとき、久遠は恐怖するよりも先に納得してしまった。


「そっか……。あなたが来たから、森のみんなは怖がったんだ……」


 遠目にも分かる、あの大きさ。じゃれつくように人を襲っては自身の餌としてしまう、そんな最強の魔獣だ。


「闇猫、さん……!」

『ナァァァオ……!』


 まるで久遠の言葉に反応するように鳴いた闇猫。もちろんもう既に金髪の男は闇猫の腹の中に収まっており、次なる餌――久遠へと闇猫の目は向けられていた。


 久遠と闇猫。死線が交錯したのは一瞬だ。


 瞬く間に子猫の大きさになった闇猫が、木の陰に身を潜めた。久遠が闇猫と対峙するのはこれが初めてだが、最近何かと耳にすることが多かった魔獣だ。嫌でも事前知識は入ってきている。そのため、自在に大きさを変えて奇襲してくることも承知していた。


「見逃してくれては、ないよね……」


 さすがの久遠も、1人で日本最強の魔獣を相手にできるとは思っていない。恐らく獲物として狙われているだろういま自分が取るべき行動は撤退だと冷静に判断し、生存することに重きを置く。


 ただ、幸運だとも思う。なぜなら自分が闇猫を相手にしている限り、山で試練をこなしている優の所に行くことは無いからだ。


 なるべく松尾山から遠ざけることを意識しながらの立ち回りが求められる。


「大丈夫。“わたし”なら、できる。だってわたしは、強いから。……咲いて、〈藤桜(ふじざくら)〉」


 久遠が魔法を唱えると、彼女を中心とした半径30mの範囲に小さな藤色の点が浮かび上がる。数千を超えるその点は、よく見れば藤の花の形をしている。範囲内に散りばめられた藤の花が、久遠の魔法的な感覚と繋がっている。


 花の型と月の型とを融合させた、久遠だけの〈感知〉の魔法だった。


 そうして咲き乱れる藤の花の中心で、目を閉じたまま立っている久遠。


(…………。…………。……来た!)


 久遠の〈藤桜〉の範囲内を駆け回る存在がある。形状やマナの反応からして、間違いなく闇猫だ。ただし、違和感があった。


(思ったより、魔力が高くない……?)


 事前知識として、闇猫は魔力持ち10人分以上の魔力だと聞いていた久遠。一般人に換算すると、マナの保有量に100倍以上の差があるということになる。


 しかし、いま〈藤桜〉の中を駆け回る闇猫は、せいぜい魔力持ちと同じくらいのマナの量だ。


(もしかして、闇猫さんじゃない? ううん、身体の大きさを瞬時に変えられる魔獣がホイホイいたら困る。って言うか、それだと人類が滅びちゃってるから……)


 ひとまず、導き出される仮説は3つ。1つは、この猫が実は闇猫ではない説。もう1つは、この猫が闇猫ではあることは違いないが、分裂体である説。最後に、これは弱った闇猫である説。


 最も恐ろしいのは、2番目の説だ。実は日本中に闇猫が居ましたというパターン。ただし、この説をすぐに久遠は否定する。


(さっきと同じ。もし闇猫レベルの魔獣さんがそれをできるなら、日本に人は住んでない)


 それに分裂型の魔獣なら、第三校を始めとした魔獣の研究機関がその説を唱えているはずだ。そうでないということは、恐らく闇猫は普通にすばしっこくて厄介な()()の魔獣ということになる。


 これが夜であればまた厄介さも跳ねあがるのだろうが、今はまだ昼下がり。もうすぐ空が赤くなり始めるころで、視界も効く。そもそも〈月光〉の本質を理解していれば、実は昼も夜も関係ない。


(いずれにしても、この程度の魔獣なら……!)


 闇猫と思われる魔獣が藤の花に触れた瞬間、久遠が腕を振る。


〈閃〉。初見であればほぼ必ず殺すことができる藤色の刀の一閃、なのだが。


『ニャ♪』


 どういう了見か、闇猫は軽々とかわして見せた。


 闇猫は野生の勘が鋭いと聞いている久遠。闇猫が自身に迫る“死”を感じ取り、直感で避けた可能性もある。しかし真に恐れるべきは、闇猫が〈閃〉を意識的に避けた可能性だ。


 優のように透明だから見えないのではなく、斬る瞬間にだけ刀を実体化させるからこそ必殺と言える久遠の斬撃。それをかわすということは、久遠が刀を創り出して斬るまでのわずかな“()”で動いたということになる。


 もしそのコンマ数秒の世界を闇猫が感じ取ることができるというのなら、〈紅藤〉も同様に通用しない可能性がある。


 今後、再戦する可能性を考えても、久遠としてはこれ以上手の内を晒したくはない。


(弱ってるみたいだし、向こうの攻撃を避けること自体はできそう……。だったらひとまず、このまま闇猫さんを誘導しながら――)




『み ぃ つ け た』




 不意にどこかから聞こえて来た少女の声に、久遠は思わず動きを止めてしまう。いや、止めさせられた。


 なぜなら少女がいつの間にか、久遠の背後3mほどの位置に立っていたからだ。それも、闇猫をはるかに凌駕する魔力を持つ魔人に。


「……っ!?」


 〈閃〉と共に一気に少女から距離を取った久遠。ただ、闇猫との戦いを見ていたのだろうか。〈閃〉の特性を知っているらしい魔人の少女は右半身全てをどす黒いマナで覆うことで、藤色の剣閃を防いで見せた。


 着地した久遠は、お面の奥で焦燥をにじませる。


 考え事をしていたとはいえ、戦闘中、それも〈藤桜〉という久遠にとって絶対防御の魔法を使っていたのに、背後を取られた。目の前の少女は久遠の“拍”を完全に把握し、意識の隙をついてきたのだ。


 もし魔人が久遠を殺そうとして居れば、間違いなく久遠は死んでいた。


 冷たい汗が、久遠の背中を伝う。


 ただ、どういうわけか目の前にいるこげ茶髪の少女は、久遠に見向きもしない。彼女の視線の先に居るのは、久遠の視界の端で威嚇するように唸る闇猫の姿だけだ。


『お母さん。何回逃げれば気が済むの? おかげで、ほら。京都まで来ちゃった』

『ニャァオ……』

『もうほとんどマナ残ってないでしょ? 大人しくわたしに殺されて、楽になろう? ね?』


 一部、少女の発言の意味は分からないが、久遠はおおよその事態を察する。


 闇猫ではない。この魔人の少女こそが、最近の魔獣たちの異変の元凶なのだと。それは同時に、この場でこの少女を殺さなければ、闇猫を超える犠牲者を生む可能性があるということでもある。いや、実際闇猫を追い詰めているらしい姿を見るに、間違いなく少女の方が人類にとって脅威度が高い。


『ニャッ!』

『あっ、ちょっ――』


 逃げだした闇猫を追うように、身体を傾けた魔人の少女。その瞬間、久遠は動く。


 もはや敵う・敵わないという次元の話ではない。悪を切り、人を活かす。魔剣一刀流の使い手としてここで動かなければ、久遠は自分を慕ってくれる門下生たちに顔向けができない。


(“わたし”なら……。“わたし”だから……!)


 ただ1人。たった1人。


 孤独に魔剣一刀流を修めた者としての責任と責務を果たし続けた久遠の鮮やかな藤色の刀は、その日。


『――邪魔しないでください』


 苦笑した魔人の少女が振るった黒い警棒によって、真っ二つに叩き折られる。


「あっ……――」


 防がれることはあっても、折れることは決して無かった久遠の刀が、乾いた音を立てて砕け散る。それでも久遠は、目の前の少女を逃がさない。彼女が遠くない未来に生むだろう悲しみを、誰にも背負わせるつもりはない。もちろん、魔人となった少女自身にも。


「――まだ!」


 誰も悲しまなくて良いように。誰よりも生き物と命を愛し続けた久遠の優しさという刀は、しかし。足を止めた魔人の少女が手にする警棒のによって、あっけなく跳ね返されてしまう。そして、


『……邪魔するなら、ごめんなさい』


 魔人の少女が放った濃密な黒いマナの奔流が、久遠の意識ごと彼女を飲み込んだのだった。

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