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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【歌】第二章・後編……「剛毅果断」

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第8話 思いがけぬ再会

 試練の最終日となる5日目。


 朝を迎えても、優は昨日の魔人――正確には魔獣――の姉弟のことが頭から離れなかった。こんなにも後味の悪い討伐を、優は経験したことが無い。そして、自分がこれほどまでにあの姉弟のことを気にかけてしまう理由を、優も分かっていた。


(なんとなく似てたんだ。俺と、天に……)


 リカとユート。性別も立場も違う。それでも血のつながった姉弟として互いを思いやり、守ろうと必死だった。その結果両親を殺してしまい、子供ならではの無邪気さもあって食べてしまった。


 魔獣溢れる現代では、決して珍しい話ではない。だからこそ、自分たち兄妹もあのようになっていた可能性があると思うと、優は怖くて仕方ない。


 もし自分が何かの拍子で魔獣や魔人になったとして、両親を殺して食べるようなことがあったとすれば――。


(間違いなく狂う自信がある)


 幸か不幸か、あの姉弟が自身の行ないを悔いている様子はなかった。自身の行ないの意味を自覚する精神年齢に達していなかったのだろう。もしもう少し長く生きて精神年齢が育つようなことになれば、それこそ狂気に飲まれ、化け物と呼ばれる存在になっていたかもしれないのだ。


「『人としての尊厳を持っているうちに、殺します』か……」


 その言葉をくれた姉弟子にも、同じような経験があったのだろうか。


 魔人を殺すための“きれいごと”でしかないように思えたその言葉だが、今の優には分かる。そうしてきれいごとを掲げていなければ、命を奪うという自分の行ないを納得させることができない。間違いなく精神を病むことになる。その先に待っている未来は、魔力不全か、魔人になってしまう未来か――。


 改めて、特派員という仕事の難しさを感じる優だった。


 そうして“あの姉弟の心が壊れる前に討伐できて良かった”と自身を無理やり納得させる優。彼は今日も異変の元凶となっているらしい強力な魔獣と魔人の捜索を行なっていた。


 感情を排して事象だけを見たとき、リカとユートには注目するべき点があった。それは、2人の状態だ。リカは左腕に、ユートは左目やお腹にそれぞれ大きな怪我を負っていた。


 優がこれまで出会って来た魔人の多くは、魔獣ならではの特性である変態を利用して身体を補修していた。おおよそ人の形を保っていたリカ達に関しても、恐らくは同様に身体を補修する力はあったと思われる。にもかかわらず、彼女たちは怪我をした状態のまま優の前に姿を見せた。


(つまり、2人が怪我を負ったのはつい最近なんじゃないか……?)


 命からがら逃げ延びた先に、捕食対象である優が居た。だから、襲った。


 そう考えるのであれば、異変の元凶たる魔獣は姉弟が来た方向――南から南西に居るのではないかと優は予想する。


 ただ、困ったことに今日は試練の最終日だ。優は北側約1㎞地点にある道場へと帰らなければならない。


(つまり、探すべき方向とは逆。さて、どうするか……)


 優が腕時計を確認してみれば、時刻はもうすぐ8時になろうかという時間だ。


 道場までかかる時間は長く見積もって1時間ほど。夕暮れの午後6時過ぎには到着していなければならないことを考えると、優としてはこのキャンプ地を午後5時には出発したい。つまり、残された時間は9時間ほど。


(片道に使える時間は4時間ちょっと。山道ってことを考えると、1時間で1㎞くらいが限界だろうから……)


 実質、優が探索できる範囲はキャンプ地から4㎞範囲内ということになる。ただしこれまでとは違い、おおよそ探索するべき方向は分かっている。


「……行くか」


 道着の内ポケットに最後の携帯用食料と水分補給用のパウチを入れて、市街地とは真逆の山林へと踏み込んでいく優。


 試練が始まって5日目であること。極度の緊張と寝不足。空腹。何より、特派員としての使命感。それらが合わさった優はこの時、試練の目的に “魔獣を見つけること”が勝手に入り込んでしまっていた。


 元より限界に近かった身体に鞭打って行なわれる探索活動。これまでは瞑想のおかげでどうにか保っていた集中力と体力は、限界を迎えようとしていた――。




 時刻は、午後5時すぎ。優の決意も虚しく9時間にわたる探索も完全に空振りに終わり、常坂家の道場へと帰る道すがらのことだった。


(結局、強い魔獣の情報も、〈月光〉の手がかりも、何も掴めずじまいだったな……)


 日も傾き始め、ほんのりと赤く色づく京都嵐山を行く優は、自身の手のひらを見つめながら今回の最終試練を振り返る。


 たった5日。されど5日。優は1人、外地の山でソロキャンプをしていたのだ。当然魔獣も居たし、魔人も居た。だが、それでも自分は生き残ったのだと、優は自信を持って胸を張ることができる。この最終試練で確かに優は、彼に最も欠けていた部分――自分1人でも魔獣を倒せるのだという自信――を手にすることができていた。


 魔法とはイメージの世界だ。自分が魔獣を倒すことができるという自信はマナで創られた創造物の強度に変わり、攻撃力に変わり、これ以上ない武器となる。まさに優が求めていた“1人でも戦える力”を手にしたといえるだろう。


 ただし、それは客観的な事実でしかない。


 最終試練を抜きにした優自身の目標は〈月光〉の習得であり、異変の元凶たる魔獣の発見だった。その両方が達成されていない今、どうしても消化不良感が残ってしまう。


 果たしてこのまま帰っても良いものか。


 道場へと続く長い橋、かの有名な渡月橋(とげつきょう)の前で優は足を止めた。


 このまま道場に帰って自分は成長した、強くなったのだとそう言えるのだろうか。姉弟子は確かに言っていた。この試練を終えれば、〈月光〉が身に付くのだと。だというのに、結局こうして〈月光〉の手がかりすらつかめないまま、帰ろうとしている。


 優にはそれがひどく怠慢な行動のように思える。


(何かをし忘れていないか? 試練の間、常坂さん達の意図に沿って行動できていない部分があったんじゃないか?)


 そうして優が自分に責任を求め、思考を巡らせていた時だった。


「あ、れ……?」


 不意に優の身体が、本人の意思と関係なく揺れた。幸い倒れる前に踏ん張って持ちこたえたものの、ひどくまぶたが重い。


(や、ばい……)


 ぼんやりとした思考と視界を自覚して、ようやく優は自身がとうの昔に限界を迎えていたことを知る。同時に、最終試練の目的は“生き残る”ことでしかないことを思い出した優は、今の自分がひどく傲慢な考え方をしていることにも気づく。


(求められたもの以上をこなせるほど、俺は器用でも、マナがあるわけでもないのにな……)


 自信と傲慢さは紙一重だ。春野の一件で非力であることを自覚した“つもり”だったことを自覚した優は、ひとまず道場に帰ることにする。


 確かに〈月光〉は習得できなかった。それでも、最初は無理かもしれないと思った最終試練を無事にこうして終えようとしている。優はまずその事実を素直に受け入れ、喜ぶことにする。


(……だが)


 挑戦をやめては成長も望めないのもまた事実だ。自分の力を把握し、手が届く範囲を探し続ける。その努力を優はやめるつもりはない。


(そして、いつかは闇猫を――)

「ニャオ……」


 歩き出そうとした優の前に、1匹の小さな黒い猫が姿を見せた。


 渡月橋へと差し掛かる道のど真ん中。夕日に照らされて金色の瞳で優を見上げるその猫を見た瞬間、優の脳内にここ最近かき集めた情報が一気に走り抜ける。


 生態系を乱すほどの強力な存在。魔獣・動物に関わらず、辺り一帯の餌を食いつくす存在。リカ、ユート姉弟の存在と、2人が来た方向。最後に所在が確認された大阪と京都の位置関係。


 それらが導き出す答えを閃いた時、優の中にあった疲れも、眠気も、緊張も。その全てが吹き飛んだ。


 次の瞬間には優は手に透明のサバイバルナイフを創り出し、目の前の猫に向けて振り下ろす――寸前で。わずかに残っていた優の理性が、待ったをかける。


 なぜなら、〈感知〉で返ってくるマナの反応が、目の前の猫が普通の猫であることを示していたからだ。


 しかもよく見れば、その猫は赤い首輪をしているし、足先は白い靴下を履いているかのように白い毛でおおわれている。優の怨敵には、そのような特徴は無い。


「ふぅ、ふぅ……ふぅー……」


 小さく息を吐いて〈創造〉を解除し、目の前にいるただの黒猫を見下ろす優。


「頼むから、ややこしいことをしないでくれ……」

「……ニャオ?」


 優の気持ちなどお構いなしの様子で小首をかしげた黒猫。むしろ餌を求めてだろうか。優に向けて歩み寄って来たかと思えば、道着の裾に頬を擦り付けてきた。


 餌をねだるために、精いっぱいの愛想を振りまいてくる猫。だが、残念ながら今の優は無一文。持っている物と言えば携帯用の水分パウチだけだ。


「悪いが今の俺は何も持ってないだ」


 もちろん猫に、人間の言葉など通じるはずもない。だが、しばらくして優が何もくれないと察したらしい黒猫。撫でようとした優の手をすり抜けて、尻尾を揺らして去っていく。


 しかし、ふと、思い出したように優の方を振り返ると、


「ニャオーン♪」


 愛嬌たっぷりに別れの挨拶をして、今度こそ去っていく。試練の緊張から一転、戻ってきた和やかな日常に、優が気を抜くことは無かった。


「ありがとうな」


 優は去っていく黒猫――のわずかに横に向けて無色のマナの塊を放つ。同時に自身は横に跳び、地面に転がった。


「ニ゛ャ!?」


 すぐそばで弾けた透明な〈魔弾〉に驚きの声を上げた黒猫が、慌てた様子で路地裏へと逃げていく。


 そうして優と黒猫が開けた1本の道を、


『ナ゛ォ!』


 巨大な黒い猫が走り抜けていった。優から見て右から左。方角としては西の方向だ。優の〈感知〉の範囲をわずかにかすめて行ったその猫は、間違いなく魔獣だ。そうでなくとも、体長3mを超える猫など地球上には存在しない。


 まさかこんなにも早く再戦の日を迎えることになるとは思っていなかった優は歓喜に顔をゆがめる。


「――殺してやる!」


 言って、目の前を通り抜けていった魔獣――闇猫の後を追う。


 闇猫が人間という餌に見向きもせず逃げるようにして移動していたその意味も。消耗している自分が日本最強の魔獣に敵うのかどうかという冷静な判断も。最終試練の期日が今日の夕暮れであることも。その全てを考えることができないままに。

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