表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【歌】第二章・後編……「剛毅果断」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

318/354

第6話 転換点

 山籠もり3日目。昨日、カラスの魔獣との戦いの後から降り始めた雨が、今朝も降り続いている。


 テントを覆うように張ったフライシートに雨が打ちつけるパタパタと心地よい音を聞きながら、優は静かに瞑想に励んでいた。


 そこは、テントの出入り口の目の前。フライシートの余剰分が雨を遮ってくれるギリギリの場所だ。


 死を覚悟したカラスの魔獣との戦いの後、散発的に小型の魔獣と戦った優。その数4体。うち2体はほぼ同時に遭遇し、優は2体の魔獣を相手取ることになった。だが、分裂型でもない魔獣が連携してくるのはごくまれだ。魔獣同士も“食う・食われる”の関係であり、連携するよりも相手を食った方が合理的だからだ。


 例にもれず連携するでもなく個々に襲い掛かってきた魔獣2体を、優は冷静に討伐したのだった。


 そうして折り返しとなる今日、瞑想をしながら優がこの試練中に倒した魔獣を数えてみると。


(17体。意外と多い……いや、外地ならこんなものなのか?)


 感情を可能な限り排除した平坦な思考の中、優はまず、自身が17体の魔獣を討伐したことを素直に受け入れる。自分1人でも、冷静な思考と十分なマナがあれば、小~中型の魔獣を討伐できる。17体という討伐数は自信を持っていい数字だろうと、謙遜することなく受け入れる。


 また、こうして振り返って見たときに優が感じるのは、自身の考え方の変化だ。


 自分が魔獣を討伐しなければならない。自分がきちんと探索をしなければ、奇襲されてしまう。常にそんな緊張感に包まれていた優は、1人で何かをしようとする意識をきちんと持つことができるようになっている自分を自覚する。


(俺はきちんと、成長できている。変わっている。それをこうして早々に実感できたのは大きいが……)


 一方で、散発的な魔獣の襲撃に、優は久遠が言っていたアドバイスを思い出す。それは、強い敵と遭遇した時は逃げろ、と言われた直前の発言だ。


『お、恐らく、この辺りに強力な魔獣さんや、魔人が居る……。も、もしくは、迷い込んできたのかもしれません』


 その発言を受けてこれまでの魔獣の襲撃を考えてみたとき、確かに、魔獣たちには“余裕”が見られないように見えた。


(いや、まぁ。知能が低い魔獣たちに余裕があるって言うのも変な話だが……)


 それはそれとして、皆一様に優という餌に向けて一直線という様子だった。ともすれば、そこらの魔獣よりも魔力が低い――餌としての価値が低い――優に、だ。


 つまり、自分を狙わなければならないほど、周囲の魔獣や動物の数が減っているのではないか、と優は予想する。


(言われてみれば、先週、商店街で出くわしたクモの魔獣もそうだ……)


 優が嵐山商店街で討伐したクモの魔獣は、大型の魔獣に分類される。あの巨体を維持するためには多くのマナが必要であり、大抵は質の高い餌となる人間を求めて市街地を襲ったり、質より数だと野生動物が多く暮らす山の奥に居たりすることが一般的だ。


 だと言うのに、クモの魔獣は人気のない嵐山商店街に居た。


 もちろん、たまたま道場の近くで魔獣化した可能性もあるが、餌が少ない道場周辺であの大きさになるまでマナを補給できた可能性は退くように思える。


 となると、山で成長したクモの魔獣が大堰川を伝って降りて来たと考える方が、優にとっては合理的に思えた。その目的はもちろん、常坂家にごまんと居る餌を捕食するためだろう。


(道場まで行かなければならないほど飢えていたのか。それとも、常坂さんの言う“何か”から逃げたのか……)


 いずれにせよ、山で十分な餌にありつけない状況になったのではないか。そしてその理由こそ、大型の魔獣をも怯えさせる存在の出現なのではないか。姉弟子の忠告がいよいよ現実味を帯びてきたように優には思える。


 雨の日は、魔獣や野生動物たちの動きも鈍くなる。普段よりも生命力が感じられない静かな森が、なんとなく嵐の前の静けさのように思えて仕方ない。


(――落ち着け。マナも心もとない。焦りは禁物だ)


 無意識に震えそうになる身体を、優は理性でたしなめる。


 試練が始まってから十分な睡眠をとることができていないため、マナの回復はあまりできていない。それどころか、散発的に押し寄せる魔獣との戦闘、及び、〈感知〉の維持で優のマナは体感4割ほどしか残っていない。


 腹具合もそうだ。確かに栄養素は足りているのかもしれないが、ここ数日、お腹を満たすことはできていない。食事がただの栄養摂取でなく精神安定にも必要なのだと、優は改めて思い知らされる。


(シアさんの手料理、食べたいな……)


 放っておくとずぼらな生活を送る優のもとには、セルメンバー達がいつも訪ねて来てくれていた。中でもシアが差し入れとして持ってきてくれたお手製の総菜は、文句なしに美味しい。育ってきた環境のせいかレパートリーにはやや年寄り臭さがあるものの、ザ・日本の味というシアの手料理が優は好きだった。


 なお、シアが優に差し入れを始めた裏には、「ひとまず兄さんの胃袋でも掴んどいたら?」という()()の入れ知恵がある。加えて何度か神代家に出入りして聡美の味付けを勉強していたシア。その成果が、彼女の知らないところで、きちんと実を結んでいた形だった。


 そうして優が空腹のあまり、もはやおふくろの味になりつつあるシアの料理を思い出す一方。水の事情が改善されたことには、幾分か気持ちが楽になっていた。その理由はもちろん、この雨のおかげだ。


 人が生きていく中で、水が最も重要視されているのは有名な話だ。食料が無くとも1週間ていどは生きられるが、水が無ければ3日も持たない。そのため、第三校ではサバイバル知識として真っ先に水分補給について学ぶ。


 中でも雨は、近くに水源が無い中で最も手軽かつ効率的に飲料水の確保ができる。


(降り始めてしばらくは大気中の化学物質とかチリとかが混入してるから良くないって話だったはずだが……)


 優がゆっくりと目を開けて視線を向けた先には、半分ほど雨水がたまった2ℓペットボトルがある。昨晩からフライシートを伝う雨を溜め続けた成果だ。その水を煮沸するだけで、飲料水が確保できる。その点においてだけは、まさに恵みの雨と言えるだろう。


 ただし、それ以外の点において、雨は特派員の天敵だ。視界も足場も悪くなり、靴は雨を吸って重く、衣服は身体に張り付いてわずかだが確実に動きを阻害する。雨によって体温が下がれば、パフォーマンスの低下を余儀なくされた。


 また、聴覚はもちろんのこと〈探査〉によるマナの広がりもあるていど阻害されてしまう。特に優がここ最近使っている〈感知〉は、雨の影響を受けやすい。常に雨が〈感知〉の範囲内を通り過ぎて存在を主張し、常に脳内をくすぐられているような感覚になる。


 そうなると死角を失くすことよりも集中力の低下とマナの浪費というデメリットの方が大きくなってしまうため、やむなく優は〈感知〉を中断。五感による索敵とマナの温存に、注意を割いていたのだった。


 そのまま、雨が止んだ朝の10時ごろまで瞑想と自省を繰り返していた優。昨夜から雨のために寝ずの番をしていたが、精神を落ち着け、〈感知〉を使用していなかったからだろう。幾分か体内のマナも回復できた。現在の魔力は体感にして6割ほど。


 仮眠を取ったのと同じくらいのマナを回復できていた。


(これなら、いけるか)


 雨が上がり雲間に太陽が顔を出したことを機に、紺色の道着の帯を締め直した優も動き出す。その目的はこれまで同様に探索だ。しかし、戦う場所や水を探していたこれまでとは違う。久遠が言っていた、異変の元凶である魔獣を探すためだ。


 その理由はもちろん、優が特派員を自認していることにある。特派員には魔獣から人々を守るのが仕事だ。討伐できれば最高だが、そうでなくとも、たとえば魔獣の情報や特徴を調査することもまた重要になって来る。


 魔獣の習性や縄張りなど、特性を把握することで救うことができる命も確かにあるのだ。


(そして、ここから歩いて帰れる距離には道場もある)


 それもまた、優にとっては行動する要因となる。


 もしこの松尾山に強力な魔獣が居るのなら、人が多く住まう道場周辺に出没してもおかしくない。


 頼れる兄弟子・姉弟子たちであれば、討伐することもできるかもしれない。が、まず間違いなく犠牲が出る。それも恐らく、パートに来ているお手伝いさん達や、身体能力に劣る子供・老人から死んでいく。


 優に優しくしてくれた彼らが死んでいくその光景を、優は見たくない。


 3月末には優も久遠も第三校の再開に合わせてこの地を去らなければならないのだ。山に正体不明の脅威を残して行って、もしその魔獣が道場を襲うようなことになれば、優は悔やんでも悔やみきれない自信がある。


(だったら特派員として。せめて、ここに何が居るのか。魔獣たちの異変の理由だけでも、探っておかないとな)


 正直、討伐できるかは分からない。例えば異変の原因が黒魔獣レベルの魔獣であれば、今の優が挑むのは無謀だ。“1人で戦うこと”の本質をはき違えた、ただの命知らずの馬鹿になってしまう。


 もし、異変の元凶を見つけたとしても、無理をしない。優としては遺憾で、それはもうご遠慮したいところだが、久遠との合流も視野に入れる必要がある。


(重要なのは彼我の実力差の把握。あとは、冷静な自己分析のはずだ)


 今の自分に何ができて、1人でどこまでのことをやろうとするべきなのか。その微妙な塩梅を、優はこの最終試練の中で少しずつ掴みかけていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ