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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【歌】第二章・後編……「剛毅果断」

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第5話 1対50

 山籠もり、2日目。


 早朝。深い眠りに入らないよう気をつけながら、それでも、眠らなければマナを回復できない。そのため、深く短い睡眠を心掛けながら優が一夜を明かした、午前5時半。まだ空が白み始めた頃に、生き物の接近を知らせる罠の鈴が鳴った。


(……!)


 瞬時にテントを転がり出た優は、〈探査〉を使用しながら周囲を警戒する。


 ただ、その時は風か、あるいは小動物の仕業だったのだろう。周囲に魔獣の反応はなく、胸をなでおろすことになる。が、一息ついた優が感じたのは、わずかな体のだるさとやや霞がかった思考だ。


(……外で寝るのは、かなりの慣れがいるな)


 まだ泊まりがけの任務は行なったことが無い優。外地で一夜を過ごすことの大変さを実感しつつ、そのまま流れで、朝食を済ませる。


 もちろん、朝食とは言っても腹に入れられたのは携帯食料1つだけだ。昨日まで身体づくりのためにも常坂家で茶碗3杯の白ご飯を食べていた優としては、物足りないことこの上ない。が、これも修行だと思考を切り替え、日課である筋トレに励む。


 それらルーティンと呼ばれるものは、ある種の精神統一でもある。いつも通りの自分で居るための、儀式と言えた。


 そうして努めて冷静で居ようとしていたからだろう。


 最終試練が始まってから二度目となる魔獣()()の襲撃に際しても、優は多少なりとも精神的な余裕を持って挑むことができることになる――。




 優が異変に気付いたのは昼過ぎ。いつしか灰色の雲が空を覆い、一雨来るかもしれないと優がテントに帰ろうとしていた時だ。


『ガァー、ガァー……』


 そんなカラスの鳴き声が聞こえた。


 魔獣溢れる世の中だが、野鳥は今でもよく見かける。もちろん優も、ゴミを漁るカラスの姿を何度も目にしている。優が居る松尾山は市街地からそう離れていない場所だ。山にカラスたちが住み着いていても、何ら不思議ではない。


 しかし、優が常坂家でカラスの声を聞いたことは一度も無かった。また、もしカラスたちがこの辺りを住み処にしているのだとするなら、昨日の時点で聞こえていなければおかしい。


(何より俺たち特派員は、『(からす)』に敏感でないといけない)


 日本に4体居る最恐最悪の魔獣――黒魔獣。その1体が、飛行機ほどの大きさがあると言われる巨大なカラスなのだ。


 ひとまず木陰に隠れた優が上空を旋回するカラスたちを見ていると、1羽、また1羽とその数が増えていく。気づけばその数は、軽く30羽を超える数になろうとしていた。


 カラスは、社会性を持つ鳥だ。泣き声でコミュニケーションを取り、餌の在り処や敵の存在などを教え合っていると言われている。それゆえに、あるていどの集団になっているのは珍しくないのだが――。


(目測で50を超えた。さすがに異常……だよな?)


 嫌な予感そのままに〈身体強化〉を使用した優が、上空を飛ぶカラスたちを観察してみれば、その鳥が実はただのカラスではないことを確認してしまう。


 本来はかぎ爪があるだろう腹の部分には、なぜか(ねずみ)のような短い手足が付いている。長い尻尾もついており、一見すると、カラスが鼠を足で掴んで持ち運んでいるようにも見えなくない。だが、どう見てもその鼠の身体はカラスと一体化してしまっている。


 極めつけは、腹の部分に見える1つの目玉だろう。瞳の大きさから人間の物ではなさそうだが、地上に居る獲物を効率よく探せるような身体の造りになっているらしい。


 そして、その目で見つけた獲物の肉を鋭いくちばしで食いちぎり、捕食する。


「言うなれば空飛ぶ黒い鼠……。間違いなく、魔獣だな」


 優が魔獣だと気づいたことを察したのだろうか。


『ガァァァーーー!』


 1()のカラスが声高に鳴いたかと思えば、上空に居たカラスたちが一斉に優に向けて降下してくるのだった。


「くっそ……っ」


 悪態をつきながら、急いで移動を開始する優。瞬時に思考を巡らせた彼は、探索の過程で見つけていた小さな洞窟を目指すことにする。


 どことなく、人の手が加わったような形跡があったこと。また、案内板の残骸のようなものがあったため、何かの遺跡か文化的な価値のある場所だったのだろう。優たちが歩いて来た道もトレッキングコースであったことから、1つの見どころとしてかつては多くの人が訪れていたのかもしれなかった。


 そんな場所に魔獣を誘い込んでも良いのかと迷うだけの余裕が、優には無い。なにぶん命懸けなのだ。


 現状、優にとって最も厄介なのは、相手が空を飛ぶ魔獣であることではない。圧倒的な数的不利の方だ。その劣勢を和らげるためには、敵が襲い掛かって来る方向を絞る必要がある。たとえ洞窟が、奥行き1mほど、人1人がどうにか入れるような幅で、武器を取り回しづらい場所だとしても――。


(全方位を気にしながら戦わなければならない状況より、はるかにマシだ!)


 トレッキングコースとはいえ、決して良いとは言えない足元の中、全力で駆ける優。だが、相手は空中を高速で飛び回るカラスの魔獣だ。数秒後には、数体の魔獣に追いつかれてしまい、鋭いくちばしが優に襲い掛かって来る。


(焦るな。落ち着け。冷静に……っ)


 〈感知〉で自身に襲い来る魔獣の位置を把握している優は、左右、それぞれから迫っていたカラスの魔獣を順に透明なサバイバルナイフで斬り落とす。また、背後、優の背中をついばもうとしていた魔獣に関しては、姿勢を低くして回避。逆手に持ったナイフを背中側に振るい、こちらも討伐してみせた。


(近くに来ると、意外とデカいな。50~60㎝はあるか。見た目は同じだから、恐らく分裂型の魔獣……)


 冷静さを保つために、あえて魔獣の分析をする優。そうでもしなければ、1人で50を超える魔獣を相手にしている現状に、絶望しそうになるからだ。


 1体、また1体と襲い掛かって来る魔獣たちを、丁寧に処理していく優。そうして彼が8体ほど討伐したところで、目当てにしていた洞窟へと逃げ込むことに成功した。


 奥行き1mほどしかなく、洞窟というよりは“窪み”と表現する方が正しいだろうか。そんな窪みにすっぽりと身を納め、優は武器を構える。対する魔獣たちはと言えば、相変わらず上空を旋回し、口うるさく鳴いている。


(俺を狩る作戦でも立ててるんだろうな……)


 早鐘を打ちすぎて痛い心臓。浅く速い呼吸を繰り返す肺。その2つを落ち着けるために、優も深呼吸をして魔獣の動きを注視する。


 やがて、5体のカラスたちが優のいる場所へ向けて急降下してきた。どうやら魔獣たちは、最もシンプルかつ強力な作戦である物量作戦で優を捕食することにしたらしい。


 たとえ襲い来る方向が絞られていたとしても、優の腕は2本しかない。群れになって身体全体を狙われてしまっては、その全てを守ることなどできるはずもなかった。


(――だが、それは完全な面攻撃の話だ)


 たとえ統率が取れていたとしても、空を飛ぶ動物たちはあるていどお互いにの距離を取らなければならないことを、優は知っている。距離が近いと空気の流れが乱れ、飛行姿勢が崩れてしまうためだ。だからこそ空を飛ぶ鳥たちは前後左右に距離を開けてVの字になり、お互いの飛行を邪魔しないようにしている。


(つまりは、このカラスの魔獣たちの攻撃にはわずかだがタイムラグがある)


 目つき鋭く、姿勢を低くして構えた優は、両腕、両足、頭部。それぞれ目がけてミサイルのように飛んでくる魔獣の動きに集中する。そして、魔獣たちが優の〈感知〉の範囲である13m以内に入った瞬間、優は動いた。


 予想通り、カラスたちにはわずかながら攻撃のタイミングにムラがあった。であれば、処理する順番を間違えないようにすれば、対処できる。


 最小限の動きで腕を振った優は、攻撃の瞬間だけ刀を〈創造〉する。普段使っているサバイバルナイフよりも攻撃範囲が広く、より遠い位置で魔獣を斬り落とすことができるからだ。


 そうして最初に〈感知〉の内部に入ってきた頭部を狙う魔獣に“突き”を仕掛け、討伐。すぐに〈創造〉を解除して、今度は両手にサバイバルナイフを創る。その時にはもう、腕を狙って飛んで来ていた2体の魔獣が、目と鼻の先に居る。さらに足元には、優の太ももをくちばしで貫こうとする魔獣が2体居る。


 さすがに4体の魔獣を相手にするのは不可能だ。しかも優が逃げ込んだ窪みには、横幅が無い。よって、左右に跳んで回避することも難しい。


(だが、2体なら……!)


 しゃがんだ優は両腕を狙って突撃してきた魔獣を回避。続いて、足元を狙っていた魔獣に、両手のナイフを振り下ろす。もし目測だけの攻撃であれば、外した可能性もあった。しかし、優は〈感知〉を使っている。何がどこに居るのかは、見なくても分かる状態にある。


 そうして狙い違わず振り下ろされたサバイバルナイフが、足元に迫っていた2体の魔獣を両断する。ただ、飛行の勢いを殺すことはできなかった。両断された魔獣の鋭いくちばしが、勢いそのままにしゃがんだ優に迫る。とっさに顔を横に倒して回避を試みた優だったが、少し遅かったらしい。優の頬を軽く裂いた魔獣の亡骸は壁に突き刺さり、黒い砂になっていくのだった。


 もし頭部に当たっていれば致命傷だった。切り傷で済んだことに、優が胸をなでおろしている時間などない。敵は、まだまだいるのだ。


 立ち上がろうとした優が、ふと頭上を見てみれば、魔獣の腹にある大きな目と目が合う。一瞬、身体が緊張してしまったが、よく見れば肩を狙って突撃してきた魔獣は、勢い余って壁にくちばしが突き刺さってしまったらしい。濡れ羽色の羽はもちろん、ネズミのような手足をばたつかせているが、どうすることもできないようだった。


 そうして壁に突き刺さったまま宙ぶらりんになっている魔獣の姿がなんだか少し可愛くて、思わず笑ってしまう優。


「……肩の力が抜けた。ありがとうな」


 言って、可哀想な魔獣2体も討伐する。


 さて次の魔獣はと振り返って見れば、いつしかカラスの魔獣は居なくなっていた。


「逃げた……のか?」


 もう既に、優1人で13体もの仲間がやられている。どうやらマナが少ない上に抵抗してくる優に、これ以上の犠牲を出すのはコスパが悪いと考えたらしい。


「助かった……」


 ほぅっと息を吐いた優は、鈍色の空を見上げる。


 もしあのまま犠牲を考えずに押され続けていれば、恐らく殺されていただろう。その点、魔獣の撤退は優としてはありがたい。しかし、


「赤猿・黄猿たちもそうだったが。あるていど知能があって引き際を弁えてる魔獣の方が、厄介なんだよな……」


 人類全体で見たとき、狩りの効率を考えてくる魔獣の方がはるかに厄介であることは言うまでもない。しかも相手は分裂型の魔獣だ。放置すればその数を増やし、さらなる脅威となって人類に襲い掛かって来る可能性もある。


(そういう意味では、特派員として、たとえ刺し違えてでもカラスの魔獣を相手にするべきなのかもしれないが……)


 ひとまずは運良く生き残れた幸運に感謝しつつ、優はテントへと引き返すのだった。

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