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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【歌】第二章・後編……「剛毅果断」

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第4話 初めての夜

 敵わないと思える魔獣と遭遇したときは、自分に連絡するように。


 そんな、何とも言えない置き土産を残して言った久遠と別れた優。腕時計で時刻を確認してみると、現在午前9時を回ったところだった。今日を含めて5日間、100時間ほどソロキャンプということになる。


(危険度が高いのは、視界の利かない夜のはず。なるべく早くテントなんかを設営して、簡単な罠の仕掛けに入るか)


 特派員になれば野外での宿泊などを行なうことも少なくない。そのため、簡易的な野営知識は、優も第三校でも学んでいた。2年生になればセル単位で山籠もりをする『林間学校(命懸け)』も予定されていると聞く。その際、天たちセルメンバーに率先して動くことができるよう、優は今回の最終試練を思う存分、使うつもりでいた。


「ポールが2本。ってことは、ドーム型テントか。で、これが雨避けのフライシート。これが寝袋で、断熱シート…………」


 与えられたキャンプグッズを確認し、手際よく設営していく。もちろん、この時には優も〈感知〉を使用しており、マナで周囲13mの様子を探っていた。


 耳をすませば聞こえてくる、鳥たちの声。ときおり吹く春の風が、木々や竹林の葉を揺らす。


 自然が敵ではないことを意識して、なるべく気持ちを平静に保ちながら作業すること20分。ひとまず優は、1人分のテントの設営を終える。


 続いて、バックパックに入っていた登攀(とうはん)用の丈夫なロープと、恐らくクマよけのためと思われる鈴を使って、簡易的な罠を作る。もし野生動物や魔獣がロープに触れれば、その存在を鈴が教えてくれる仕組みだ。意識を失っている睡眠時は魔法も使えないため、完全に無防備な状態になる。その際の“お守り”だった。


 そうしてキャンプの準備をすること、30分。ついに、5日間の拠点が完成する。


 視界の利かないテントに入るのは眠る時だけにして、木を縦に半分に切っただけのベンチに腰掛けた優。本来は登山客が腰を下ろすための物だろうそんなベンチに座りながら、バックパックに入っている食料と水分を確認すると、


(水が10ℓ。携帯食料が15本。簡易トイレが1つと、給水シートその他が5回分か……)


 ほか、キャンプ用のガスバーナーと鍋や皿などがコンパクトにまとめられた調理器具一式が入っていたのだった。


「さて……」


 ベンチに座って、ぽつりとこぼした優。木々の合間に見える空を見上げながら、これからどうするかを考える。


 彼に課せられたのは、5日間生き残ることだ。そして、ここには、最低限とはいえ食料も水もある。つまり、このままじっとしていても、何も問題はない。体力とマナを温存し、魔獣が来たら、追い払う。それさえ出来れば、最終試練の突破はできる。


 しかし、優は座して待つのではなく、あくまでも自主的に動くことを心掛ける。


 最終試練の突破はもちろんのこと、優の現在の目標は〈月光〉の習得だ。そして、姉弟子である久遠は、この最終試練を終えたあかつきには、〈月光〉を習得できているはずだと言っていた。


(だが、ただ単に試練をクリアするだけ……。待っているだけで〈月光〉が身につくとは思えない)


 その根拠は、久遠が監視役としてつけられているからだ。試練中も変わらず修行をしているのか。魔獣を何体倒したのか、などなど。何を見られているのかは優には分からないが、それでも、“何か”を見られているのは事実だ。


 もしここでじっとしているだけという甘えた行動を見せれば、あっけなく試練に落ちる可能性がある。


 また、食料も水も、最低限の量しかない。空腹やのどの渇きを覚えないとは言えない量だ。


 ただでさえ、外地で独りという不安がある。そのうえで、空腹やのどの渇きなど、冷静な思考を欠く要因を抱えるのは得策とは言えない。有事の際の安心材料としても、飲み水の確保と、可能であれば食料の確保をしておきたかった。


(視界が利く昼間のうちは、〈探査〉は使うべきじゃないな。ひとまず耳と目で探すか)


 テントに水と食料を置き、周辺の探索へと向かう優。拠点となるテント周辺の地形の把握はもちろんのこと、魔獣に襲われた際に戦いやすい場所も探す。また、もしもの時に態勢を立て直すために必要な逃げ道の算段も立てておく。


(今回ばかりは、俺が全部をしないと――死ぬ)


 姉弟子である久遠は、最悪、自分を頼れと言っていた。


 しかし、もちろん優にそのつもりはない。優はここに、1人で戦う術を求めてやってきたのだ。もしここで久遠に頼るようなことがあれば、この春休みの修行が全てチャラになってしまう。


(だから絶対に。全部、俺1人でこなさないといけない)


 もう、誰にも頼らない。頼りたくない。頼ってしまうような弱い自分で居ることに、甘んじていたくはない。そんな覚悟と共に、優の最終試練が本格的に始まった。




 動きがあったのは、試練が始まったその日の夜のことだった。


 時刻は午後の8時頃。最近は長くなってきた日もとっぷりと暮れ、優のテントの周囲はまさに闇と呼ぶにふさわしい暗さをしている。そんな夜闇でランタンを灯し、優がベンチの上で静かに瞑想をしていた時だ。


 近くで、何者かが枝を踏むような音が聞こえた。


「――っ」


 すぐさま半径30mほどの〈探査〉を行なった優は、キャンプ地がある尾根を少し下った先――20mほどの位置に魔獣が居ることを把握した。返ってきた魔力からして、決して強力な魔獣ではない。


 ただし、暗闇の中、そこにいるはずの魔獣の姿は、全くと言って良いほど見えない。


 優が夜に魔獣と戦うのは、初めてのことではない。例えば初任務では魔人を相手にしたし、難波・心斎橋魔獣災害の時は闇猫と戦った。しかし、どちらの場合も、街灯がすぐ近くにあった。そのおかげで、最低限の視界は確保できていた。


 しかし、ここにある光源は、キャンプ用の頼りないランタン1つだけだ。


 もしそのランタンが破壊されるようなことになれば、一寸先も見えない状態になるだろうことは、想像に難くなかった。


「はっ、はっ、はっ――」


 早鐘を打つ優の心臓。緊張のあまり浅い呼吸を繰り返しながら、目と耳に意識を集中させる優。


(俺がやらないと、殺される……!)


 ここには自分と魔獣以外に誰も居ない。それは、先ほどの〈探査〉で分かってしまった。やるか・やられるか。2つに1つだ。それこそ、一歩間違えれば死んでしまう――。


(――そうか)


 そこまで考えた優の身体からふと、力が抜ける。


(間違えたら死ぬ。……それは、これまでと何が違う?)


 外地演習に始まり、今まで。優は多くの魔獣・魔人と渡り合ってきた。確かにその時は周囲に助けてくれる人は居たが、選択肢を謝れば命を落とす可能性があったことは変わらない。


(それに、俺はもう既に、1人で魔獣を狩っている)


 常坂家の前で倒した、小さなネズミの魔獣しかり。嵐山商店街でのクモの魔獣しかり。それ以外にも、優は何度か単独で魔獣を討伐している。


 それら、優が地道にコツコツと積み上げて来た小さな実績が、ゆるぎない過去が、他でもない優に“自信”をくれる。誰よりも実力不足を自覚する優が、自分の実力を認める確かな根拠になる。


(大丈夫だ。冷静に対処すれば、絶対に、魔獣は倒せる)


 手元に無色透明なナイフを〈創造〉し、構える優。もう呼吸は安定しており、思考も視界も明瞭だ。時を同じくして、優の〈感知〉の範囲内に禍々しい魔獣のマナの反応がある。しかし、優は焦らず、ランタンを腰に引っかける。戦場を変えるためだ。


(テントにある物資が使えなくなるのは困る。まずは、魔獣を引き付けて、拠点から距離を取る!)


 駆け出した優に合わせて、背後で地面を蹴る足音がする。音からして、体重のある魔獣ではない。また、一度の踏み込みで二度、足音がすることから、恐らく四足歩行の魔獣だ。


 それら、見えない相手の情報を冷静に集めながら山道を駆けた優は、目的の場所まで来て足を止めた。


 そこは、優が昼間、魔獣と戦うにあたり目星をつけていた場所でもある。半径10mほどの平坦な地面に、周囲の障害物も少ない。天頂を覆う木々の葉も少なく、月の光が届くおかげで少しだが視界も確保できる。それに、もし踏み外しても周囲の傾斜もなだらかで大きな怪我をしないだろう、そんな場所だった。


 靴で地面を鳴らして反転した優は、背後から迫りくる魔獣を真正面から見据える。次の瞬間、ランタンと月の明かりに照らしだされたのは、シカの魔獣だった。


 体長は1.5mほど。枝分かれした角に4本の足を持っている。そこまでは普通のシカなのだが、そのシカの身体は魚の鱗のようなもので覆われている。尻尾にあたる部分には尾ヒレが付いており、魚のそれになっていた。


 半魚人ならぬ半魚シカのような見た目をした魔獣による突進を、横に跳んで回避しようとする優。しかし、直前でシカの魔獣の頭が縦に2つに割れた。まるでバナナの皮をむくように首元までぱっくりと縦に割けたかと思えば、首元の付け根にあったらしい牙の生えた口を露出させるのだった。


 2つに割れたシカの頭が、まるで両手を広げるかのように優を捕らえようと迫る。


 もしこれが魔獣のいない世界であれば、その気色の悪い光景と驚きで足がすくんだかもしれない。しかし、残念ながら頭が2つに割れていたり、複数の生物の特徴を併せ持ったりする生物が居るのは、もはや常識だ。


 むしろ、ちぐはぐな印象の中にも造形美のようなものを覗かせる魔獣の姿は、写真集が出されるほどには需要がある。


(まぁ、俺を含め、買ってるのはごくごく一部の物好きだろうが)


 2つに割れて攻撃範囲が広がった半魚シカの攻撃を、なおも余裕をもって回避した優。すれ違いざま、シカの頭の片方をナイフで斬り落とす。痛みでよだれをまき散らして泣き叫ぶシカの魔獣を、


「――ふぅっ!」


 優が振り下ろした無色透明の刀が捕らえた。


 少しして、胴の部分をきれいに両断されたシカの魔獣が身体の前後それぞれを別の方向に倒しながら、絶命するのだった。

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