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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【歌】第二章・前編……「三寒四温」

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第8話 最終試練へ

 優の修行に、常坂家の敷地外へ出ることが追加されて1週間。最初は()()()も兼ねて1時間程度だった敷地外での活動も、2時間、3時間、半日……と、日を追うごとにその時間を増やしていった。


 その間も優と門下生たちとの交流は続き、今や優が「友人だ」と言える人物が5人ほどできている。


 中でも〈感知〉のヒントをくれた強面の青年・鶴城(つるぎ)は、優にとって心強い兄弟子だ。無色である、殺人色であると言われて不必要に怖がられてきた優と、そのルックスや勘違いされやすい言動から怖がられてきた鶴城。2人の境遇には似通ったところがあり、何かと話が合うことも多かったのだった。


 そうして鶴城と交流を深める中で、優には1つ、嬉しい誤算があった。門下生たちの中にあった鶴城への“不良”というイメージが、わずかに変化し始めていたのだ。


 腫れ物扱いをされ、なかなか言動に注目してもらえなかった鶴城。そんな彼に、期待の新人門下生である優が近寄ったことで、否が応でも門下生たちは鶴城(きょう)という人物に目を向けざるを得なくなった。


 もとより修行を通して心身を鍛え、人を見る目も培われてきた門下生たちだ。優の動向のついでに鶴城を見ていると、


 ――あれ? アイツ、ただのコミュ障なんじゃね?


 そう看破する者が少なからずいたのだ。


 もちろん、全員が全員、鶴城への見方を改めたわけではない。しかし、気付きを得た門下生たちを中心に、鶴城へのイメージが“不良”から“コミュ障”へ。向けられる視線は畏怖から生温かいものへと変わりつつあるのだった。


 最初は“よそ者”として、居心地の悪さを感じずにはいられなかった優。しかし、自分の部屋があって、友人もいて、景色も良い。いつの間にか優にとって常坂家は帰る場所となっており、ほっと一息つける場所となっていた。


 自然、肩の力が抜ければ、本来の目的である修行にも身が入るというものだ。木刀の素振りしかり、瞑想しかり。その所作の1つ1つに集中できるようになっていることを、優自身も自覚する。何よりも成長を自覚できるのが、広く薄く維持している〈感知〉だ。


 最初は1日中使えば7、8割減っていたマナも、今では体感で5割ほどまで軽減できている。それは優が〈感知〉のマナ操作に慣れたという面もあるが、やはり心理的な面が大きいだろう。


 マナは“心の正体”と呼ばれるほど、人の感情の動きにリンクしている。そのため、ちょっとした心境の変化で、同じ魔法を使っても消費するマナが大きく増減することが確認されている。優のように1日中魔法を使い続けていれば、ちょっとした不安や緊張による消費マナの増加が顕著になる。それこそ、1mで1㎜の誤差が100m先では10㎝にもなってしまうように。


 その点でも、多くの顔見知りと3週間にわたる修行の中で、優の中に常坂家への愛着が湧いたことは大きい。緊張も不安もない、自然体で魔法を使うことができるようになった。たったそれだけのことだが、劇的に優の〈感知〉の技術は向上したのだった。


 しかし、だからこそ、優には自身の足りない部分が際立って見える。というのも、未だに〈月光〉の足掛かりすら掴めていないのだ。


 もはや優にとって〈感知〉は、使いこなせていると自信を持って言えるレベルだ。瞑想も毎日欠かさず行なっており、刀を模した美しい湾曲を持つ木刀の形も、違和感なく〈創造〉で再現できる。修行で言われたことは全て、やっている。


 にもかかわらず、やはり〈月光〉の手がかりは掴めない。先輩弟子たちも〈月光〉を習得できていないからこそ修行をしているわけで、その点についてのアドバイスを受けることも出来ない。


 修行が終わる3月末まで、残すは1週間と少し。優の中で少しずつ、焦燥感が募り始めていた。




 そんな中、物語は冒頭へと戻る。




 敷地外での修行が7日目となるその日。優はついに、朝8時の朝食を終えてから6時半の夕食まで、常坂家に帰ることを禁じられた。


 門を出た優は、もはや馴染みの場所になりつつある大堰川の河川敷で瞑想をして、嵐山商店街を散策。修行のついでにと沢渡に言いつけられていた建物や店舗の修繕部位のチェックリストを、優が確認して回っていた時にクモの魔獣と遭遇したのだった。


 そして、無事に魔獣を倒した優が1人で反省したところに、


「お兄さん。反省に夢中で〈月光〉が途切れています」


 伝令として遣わされた狐面の少女・常坂(ときさか)久遠(くおん)が合流したのだった。


 およそ2週間ぶりに見る、常坂家の最高峰と呼べる姉弟子の姿。彼女がまとう異様な雰囲気に、今の優なら気付くことができる。特に、彼女に言われて再使用した〈感知〉があるからこそ、優には分かる。久遠が使っている〈感知〉の極致――〈月光〉は、本当にごく少量のマナしか使われていない。


(〈感知〉があっても意識しないと気付けないな……)


 例えるなら、身体に触れないギリギリの距離を撫でられているような。産毛に触れたときにだけ、何かあると分かる。まして意識をしなければ――〈感知〉を使っていなければ――魔法を使われていることを認識できない。それほどまでに熟練された、マナの扱いだった。


「免許皆伝は遠そうですね」

「……すみません」


 お面の奥でクスッと笑ったように思える姉弟子からのお叱りに、優としては苦笑することしか出来ない。


「いえ。未熟なお兄さんを()()するのはわたしではありません。ぜひ、師匠に怒られてください。恐らく、座禅2時間ほどだと思います」

「足が死ぬやつですね」


 久遠が言った座禅(※坐禅)は姿勢を正し、自身を“無”の状態にすることを指す。優たちが日ごろ行なっている瞑想は、目を完全に閉じて自身の内面に目を向け、精神を落ち着けることを目的とする。通常は胡坐(あぐら)を組んで行なわれるが、常坂家では“精神に目を向けること”を重要視している。そのため、より効率よく集中できるのであれば、姿勢が問われることはなかった。


 一方、座禅は目を薄っすらと開け、正しい姿勢を保ち続けなければならない。また、瞑想と違って、座禅には目的が無い。どこまでも“自分”を排し、何も考えない。座禅をすることそれ自体が目的だ。常坂家の座禅は、きちんと自分を律しろという懲罰的な意味合いもあり、正座で行なわれることが多かった。


 優はこれまでも、修行で二度ほど〈感知〉がおろそかになったことがあった。月の型では基本的に、全員が〈感知〉の状態にあるため、無色のマナである優の〈感知〉の乱れも悟られてしまう。結果、師である沢渡の指示のもとに座禅をしたことがあるのだが――。


(2回とも。1時間の座禅の後、先輩たちのオモチャにされたもんな……)


 痺れて動かない優の足を容赦なく揉んでくる先輩たちと、それを微笑ましく見守る沢渡。厳しくも優しい“師匠たち”の姿を思い出しながら、優はそっと頬を緩めるのだった。


「それで、常坂さん。ご用件は?」


 修行が始まってこれまで、いっさい姿を見せることが無かった久遠の登場。優が「何かあるのでは?」と考えるのも、当然のことだろう。


「あ、はい。お兄さんの最終試練の内容が決まったので、その報告を」


 優に尋ねられた久遠は早速、最終試練の説明を行なうことにする。この最終試練を無事に終えれば、優は晴れて、常坂の門下生としての肩書を得ることができるわけだ。


「来週ですが、お兄さんには5日間、近くの松尾山にいてもらいます。そして、5日目の夕食時に、ここ、常坂家に帰って来てもらう。以上が、祖父がお兄さんに課す試練となります」


 お面を着けていることもあって、つっかえることもなく淡々と試練内容について語る久遠。何か質問はないかと藍色の瞳で優に尋ねてみると、優が小さく右手を上げた。


「それだけ、ですか? 俺、まだ〈月光〉の“げ”の字も見えていない状態ですが」


 優としては、〈月光〉を習得できたか否かが最終的な課題になると思っていた。しかし久遠が語った内容は、5日目、山で生き延びろと言うもの。簡単ではないことは理解しているが、それはそれとして、〈月光〉の習得はどうなるのかが気になったのだった。


「……な、なるほど。お兄さんはまだ〈感知〉の段階でしたか。ふむふむ、なるほど」


 他方、久遠はと言えば、少しだけ焦っていた。ついでに、後悔もしていた。


(あ、あれぇ!? 沢渡さん、お兄さんに〈月光〉を教えたって言ってたよねっ!?)


 優に“適切な修行をつける修行”をしていると思っている久遠。口下手かつ感覚派な自分と違い、年の功もあって説明も上手い沢渡の方が、優も効率よく修行ができるはず。そう思って、久遠は沢渡に優の修行を一任した。


 その間、久遠はある程度の方針決めと、敷地外に出る優の見守り、魔獣が複数体居れば間引くなど、快適な修行生活作りに努めてきたのだった。


 そんな中、久遠は1週間ほど前、沢渡から「神代さまに〈月光〉を教えようと思います」と聞かされていた。そのため、てっきり優はもうそろそろ〈月光〉を使えるようになっていると思っていた。いや、たとえ〈月光〉を使いこなせずとも、感覚自体は掴んでいるものだと思っていた。


「〈月光〉、ですか……。そうですね……」


 お面の奥。冷静を装いながら、必死に思考を巡らせる久遠。


 そもそも久遠が、優はもう〈月光〉を使えると思ったのには理由がある。それは、自身が〈月光〉を1か月ほどで身につけてしまったからだ。


 優が常坂家に来た時に、久遠が説明した事例。


『コツさえつかめば、1か月ほどで型を習得した例も、い、一応、あります!』


 それは他でもない、久遠自身のことだった。


 敵の存在だけでなく、不意の攻撃にも反応できるようになる〈月光〉を身につければ、生存率は格段に跳ね上がる。逃げることを許される状況であれば、ほとんど死ぬことは無くなると言って良い。


 実際、久遠は〈月光〉の技術を用いた自身だけの魔法を〈藤桜(ふじざくら)〉と名付けている。それは久遠のマナの色が藤色であることもあるが、“不死”の意味も込められている。気弱な久遠ですら死なないと思えるほどの、マナ操作技術。


 それさえあれば、例え修行を始めて2、3週間の優でも、単独で山籠もりをするくらいできるだろうと思っていた久遠だったが、


(うん、無理!)


 すぐに結論に至る。しかし、祖父は無理な課題を出さない。たとえ何があっても、最終的にはその人がどうにか越えられる壁を用意してきた。


 そんな祖父が、5日間の山籠もりを命じた。もちろん祖父も、沢渡から優の動向と〈月光〉の習得状況を聞いているはず。となると、考えられる合理的な理由は――。


「最終試練を終えた時。きっとお兄さんは〈月光〉を習得しています」

「……はあ」


 なんとなくそれっぽく言って、久遠はどうにかその場を押し切ることしか出来なかった。


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