第2話 失態と失敗
上空から落ちてくる蛇の魔獣に対し、先に動いたのは進藤たちだった。
まずは振動が赤いマナで光る刀を〈創造〉する。魔獣が落ちてくる勢いを逆に利用して、刀を使って両断するつもりだった。
「「合わせます」」
他2人いる教員は、1人が約20m四方の頂点に、高さ5mほどの4つの柱を。そして、そこに張られた大きな網を創る。また、もう1人がそれより1回り小さい柱と網を創造した。
そうして2重に張った網は、魔獣が地面に衝突する際の勢いを殺すためのものだ。もし魔獣が地面に特攻してマナの爆発でもしようものなら、近くにいる優たち学生や、体育館などの施設にも大きな被害が出る可能性があったからだった。
と、そうして地面で討伐の下準備ができ上がった瞬間、魔獣が空中で突然転身した。下を向いていた頭を上空に向け、風切り音とともに8枚ある大きな羽をはばたかせて空中で停止する。その際、強烈な下降気流が運動場に発生する。その風力は離れたところにいた優たちでさえ、踏ん張るのがやっとというほどだ。
境界線を形作っているコンクリートブロックの影に隠れて雨が混じった強風をやり過ごす優。
(先生たちは……?)
隠れる場所が無い教員たちはどのように対処するのか。優が観察していると、進藤たちはあえて魔獣の真下に移動し、教員の1人が創った三角錐の盾――〈防壁〉の中に避難していた。しかも、〈防壁〉が展開されていたのは一瞬だけだ。
風が止むと同時に〈身体強化〉で体を赤く発光させた進藤が、真上にいる蛇の魔獣へ向けて飛び上がる。途中、勢いを殺すために張られた上下2重の網を足場にして、できるだけ高度を稼ぐ。
(なるほどな……! あの網は魔獣の地面への衝突を防ぐだけじゃなくて、進藤先生の足場を用意するためでもあったのか)
そのまま地上5mほどの位置にある上段の網を力強く踏みしめると、目の前に落ちてきていた魔獣へ向けて刀を振るった。
他方、魔獣もその間に動いていた。下から迫る進藤など歯牙にもかけない様子で、身体をくねらせ始める。
そして、胴体に生えた足をカサカサと震わせたかと思うと、細長い胴体のちょうど真ん中あたり。そこに隠されていた丸いもう1つの口を開いた。その口に複眼のついた本来の頭を近づけたかと思うと、
自身の頭の一部を食べさせた。
『キシャァァァ!』
複眼のついた頭で奇声を上げる蛇の魔獣。同時に胴体を、先ほど表出した丸い口の上あたりで切り離した。都合、魔獣の体の長さが半分になったようにも見えるだろう。
魔獣のその巨体のせいで、真下にいる進藤たちからは、そんな魔獣の奇妙な行動が見えていない。ゆえに、落ちてきた“魔獣”が、頭部を食べた丸い口のついた“尻尾”であることも分からない。結果、進藤はいつものように、魔獣を刀で一刀両断した。
優が進藤たちの連携が取れた動きと、魔獣の奇妙な動きの一部始終。その両方をしっかりと目に焼き付けていた時だった。
「みんな、〈身体強化〉してっ!」
遅れてやってきたのか、息を切らした天が学生たち全員に聞こえるように叫んだ。
しかし、言われた学生たちは何が何だかわからないと言った様子だ。それもそのはず。事態は切迫しているように見えない。むしろ、この場にいる学生の多くが、正規の特派員が魔獣の相手をしているのだから大丈夫だろうという余裕さえ感じていた。
それでも、優は自分以上に天のことを信頼している。彼女の指示通り、素早く〈身体強化〉の魔法を使用する。
「シアさんも、早く!」
「え?! は、はいっ」
隣で戸惑うシアにも魔法を使わせる。その他、学生たちもとりあえずといった様子で〈身体強化〉を使用し始めたかという時だ。
目線を運動場に戻した優は、進藤が斬ったはずの蛇の魔獣の尻尾が、異様に膨れ上がっているのを確認する。それはまるで、数瞬後には爆発する巨大な爆弾のようで――
(――まさか!? まずいっ!)
優が身構えた、直後。
運動場を中心に、大きな衝撃が第三校全体を襲った。
この時、蛇の魔獣がなったのは自切と呼ばれる行動だった。
口が2つあることを利用して、自身と切り離したもう1つの自身が、互いに捕食し合い、より強い個体へと進化しようとしていたのだった。加えて、進化後すぐに栄養補給ができるよう第三校という、人の多い場所で行なう周到さもあった。
そうして、意思に従って変態し始めた魔獣の不完全な下半身を進藤が攻撃したため、身体を構成できずに行き場を失ったマナが勢いよく四散。変態途中の魔獣を攻撃したことによる、マナの爆発が発生したのだった。
衝撃が魔獣の頭部側を含め、その場にいた人々と建物すべてを襲う。
体育館や寮といった運動場に近い建物のガラスが割れ、頑丈に作られているはずのその建物自体にも小さなひびが走る。
当然その衝撃は運動場のすぐそばにいた9期生たちにも襲い掛かり、全員が散り散りに吹き飛ばされる。ある者は衝撃そのまま地面を何度も転がり、ある者は上空に吹き飛ばされた。
〈身体強化〉をし損ねた学生数名が、木に頭部をぶつけ頭部が破裂したり、地面に叩きつけられたりした際の衝撃で即死。
そのほかの学生も、大なり小なりケガを負うことになった。
そんな中、優は上空に吹き飛ばされた学生の1人だった。
マナの爆発を予感した瞬間、優はあえて地面を蹴り、上空に飛ばされたのだ。優の魔力で行なう〈身体強化〉では、爆発の勢いで木々にぶつかると重傷を負う恐れがあったためだ。天の呼びかけと、先週、同じように変態途中の魔獣が爆発する可能性に触れていたからこそできた、咄嗟の判断と言えるだろう。
ものすごい勢いで遠ざかる運動場と、眼下に広がる森。優は地上10mほどの空中まで吹き飛ばされていた。山はなだらかに傾斜しているため、吹き飛ばされた距離に比例して、地面との距離も離れていく。
(ま、まずは帰るべき場所の確認か? 他には……)
判断を間違えれば間違いなく即死だ。可能な限り冷静に思考を巡らせた優は、運動場の方向の確認と落下の勢いを殺すことに専念する。
そこで優が〈創造〉したのはパラシュートだった。スカイダイビングなどで使用される横長の物ではなく、落下の勢いを殺すためだけの小さく丸いタイプの物だ。馴染みのない物で、優自身のマナ操作技術も拙い。あまり効果はなかったが、それでも空中を飛ぶ勢いをそぐことはできた。
(つ、次は……)
優の視界には近づいてくる木々とその下にある固い地面がある。その落下予想地点に優は、つい先ほど教師たちが創っていた支柱4本と網を真似て創る。きちんと〈創造〉出来ているのか、自身の透明なマナは視認できない。
(頼むからうまくいっててくれ……っ)
こればかりは、自身の魔法を信じるしかない。空中で身をひるがえし、〈身体強化〉を背中に集中して、木の枝でも勢いを殺しながら網に突入する。
「っぐ!」
背中にわずかに感じた、網の感触。しかし、突入と同時、優の肺から空気が漏れる。支柱のイメージが甘く、落ちてきた優を支えきれずに折れてしまったのだ。勢いを殺しきれず背中を地面にしたたかに打ち付けた優だったが、それでも、どうにか。
「……たす、かった……」
雨を落とす空を見上げる形で無事、優は着地することが出来たのだった。
しばらく地面で大の字になったまま、茫然自失としていた優。しかし、打ちつける雨に誘発されたくしゃみで、我に帰る。
「ぶぇっくしゅ……。あー、くそ。格好悪いな……」
先週に引き続き、またも泥だらけだ。なかなかイメージ通りにいかない自分には辟易せざるをえない。それでも、ここは外地だ。自己憐憫などしている時間もなく、何より格好悪い。そう自分に言い聞かせた優はすぐに気持ちを立て直し、〈探査〉を使用して周囲20mほどの状況を確認する。
(近くに人は……1人だけか。問題は……)
現状、優が取ることの出来る行動は多くない。内地――運動場に引き返すか、セルのメンバーであるシアを探し、合流するか。私的な感情で言うなら天や春樹の安全も確認したいところではあった。
と、今度は四方八方から色とりどりの〈探査〉の波が来る。焦りや混乱で精度は粗く、加えて他者のマナ同士が反発し合って〈探査〉の精度はさらに落ちる。かく言う優も、外地に1人という緊張感が魔法の精度を鈍らせていると自覚していた。
だから、信じられなかった。いや、信じたくなかった。先ほど行なった〈探査〉で数えきれないほどの禍々しい魔力反応が、内地側から返って来ている。1つ1つは小さいが、その数が尋常ではなく多い。恐らく100に迫る数だと思われた。
(進藤先生たちが取り逃がしたのか? それともまったく別の新手か?)
例え弱そうであっても魔獣の反応がある以上、単独行動は控えたい。それに内地へ戻るには、確実にそれらの魔獣と接敵することになる。よって、ひとまず優は1つだけあった人間の反応へ向けて走り出した。