第7話 天人――ザスタ
春樹と天の前に姿を見せた全身黒ずくめの天人、ザスタ。何を思ったのか、彼は天に攻撃を仕掛ける。そんなザスタによる挑発を、天は交戦的な笑みを持って迎え撃っていた。
場所は境界線から離れた直径10mあるかないかという狭い空き地だ。最初の天とザスタよ打ち合いで倒れた木が、空き地の中央からやや逸れた場所に横たわっていた。
「フッ!」
息を吐いたザスタが、手にした大剣を何度も振るう。袈裟切りからの切り返し、上段下段を水平に薙ぎ、隙を見て突き。赤黒い大剣を軽々と振り回す。
マナでできているため、大剣自体には重量がほとんどない。にもかかわらず、大剣が残す風切り音や地面を切りつけた際に発生する衝撃は、確かな“重み”を感じさせるものだった。
「やっ、とっ、ていっ!」
対する天は小柄な体躯を生かして身を転回、あるいはかがめ、跳んで可能な限りザスタの攻撃を回避する。それでも避け切れない攻撃は、指先から小さな〈魔弾〉を撃って軌道を逸らして対応する。その度に、カンッ、カンッと軽い金属音が響いた。
(本当に殺し合いじゃない……んだよな!? 天、ザスタ!)
観客として事の成り行きを見守ることにした春樹が思わず焦ってしまうほど、緊張感のある戦い。しかし、天とザスタは会話を楽し無余裕すらあるらしく──。
「先週、ザスタくんはどうやって魔獣を倒した……のっ!?」
「フゥッ……! 仲間が近くにいた。それに、森にもまだ少なくない学生がいたからな」
「なるほど、ね、っと」
今のやり取りで何が分かったというのか。それが理解できない春樹は、改めて、自分が2人と違う常人でしかないことを見せつけられている気分だ。
そのまま、沈黙を保った攻防が10回ほど続いたところで、再び天が口を開く。それは、置いてけぼりになっている春樹に向けた、解説でもあった。
「つまり、ザスタくんは権能を使って魔獣を殺したんだ? ついでに、この前の魔獣襲撃。実はザスタ君の啓示とか権能のせいだったりする?」
「それは――」
天の問いかけに言い淀んだザスタ。わずかに視線が天から外れ、剣筋が鈍る。
(──今っ!)
天を中心に、黄金色をした高密度のマナでできたドーム状の空間ができあがる。天が使用したのは〈領域〉と呼ばれる魔法だった。
〈領域〉は一定の空間を高密度のマナで満たす魔法だ。マナ同士が反発し合う習性を利用して〈領域〉内で他者が行なうマナの操作を著しく阻害するこたができる。つまり効果範囲内では、実質、使用者以外〈身体強化〉など体内でのマナの操作しか行えなくなる強力な魔法だった。
反面、〈領域〉を使用するには大量のマナの消費と、そうして放出したマナを扱うための高い集中力が必要になる。魔法の同時使用も難しくなるため、使用者自身の身も危険にさらす魔法でもあった。
「クッ……!」
天の〈領域〉を受けて、ザスタの剣が消え、隙が広がる。その隙を見逃す天ではない。
「王手だよ、ザスタ君!」
すぐさま天が黄金色の槍を手元に創り出し、ザスタの首筋めがけて振るう。
〈領域〉内では当然、〈領域〉使用者が圧倒的に有利だ。その空間で唯一、自由に魔法を使用できるからだ。つまり、使用者だけが〈創造〉で武器を創って、攻撃できる。加えて、範囲内は常に魔獣が使う〈感知〉の状態になる。相手の一挙手一投足をマナの動きから感じることができ、死角を無くすことができるのだ。
莫大なマナと、マナを繊細に扱える者のみに許された魔法──“王の魔法”。それこそが〈領域〉の別名だった。
(とはいえ、だよな……)
天とザスタのケンカ(?)を見ている春樹は、内心で呟く。いくら魔力持ちである天と言っても、ザスタは天人だ。隙をついて一撃を入れたとしても、大したダメージにはならない可能性もある。
そうなると、男性であることも加味して近接距離の肉弾戦で有利なザスタが優勢になる。やがては天が力負けか、マナが枯渇して魔力切れの症状を起こすだろう。
ザスタがまだまだ優勢。
そんな春樹の見立ては、しかし。
「……俺の負けだ」
早々に、敗北を認めたザスタによって、覆される。彼の首筋には、天の黄金色の槍先が突きつけられていた。
戦闘後、ザスタはすぐに、仲間が待つ境界線付近へと帰って行った。ザスタとの戦闘で息を切らす天に配慮して、しばらく倒木に腰掛けながら休憩することにした春樹と天。
「〈領域〉を使えた時点で、私のほぼ勝ちなの」
後学のために説明を求めた春樹に、天が先の戦闘をそう解説した。
「まず、前提として。今回は人同士だから殺しは無し。ついでにここは外地だから怪我もさせたくない。このあたりは多分、春樹くんも分かってたよね?」
天は春樹が引いた時点で、春樹がある程度ルールを把握しているだろうことを察していた。
自身の問いかけに頷いた春樹を見て、天は説明を続ける。
「そうなると、よくある『攻撃を確実に一発もらう状況を作られたら負け』ってルールかなって。じゃないと、隙だらけだった私たちの前にわざわざ姿を見せたザスタくんの行動に合理性が無くなるから」
本当に殺し合うのなら、やりようはいくらでもあった。最初の〈魔弾〉も、ザスタからの粋な挑戦状だというのが天の認識だった。
「なるほどな……。だから傷を負わせられる状況を作った天の勝ちなのか」
「正しくは、ほぼ勝ちだけどね。だから、“詰み”じゃ無くて“王手”なの」
「……? どういう……いや、自分で考えてみる」
どういうことか。天の言葉を咀嚼し、数秒欠けて春樹は天が危惧していた可能性に思い至る。
「なるほど、ザスタの権能か」
「そう! あの状況を作っても、権能次第ではひっくり返されちゃう可能性がある。使わないとは思ったけど、警戒は必要だったんだ。ルールも私の推測だったし」
そう言って、特派員御用達の携帯用水分補給パウチを口にくわえる天。チュウチュウと唇を尖らせて水を飲む姿は、まさに小動物のようでもある。が、その小さな身体には、天人にすら臆しない勇敢さと、鋭い牙が隠されている。
(天を動物に例えるなら、ラーテルだな……)
魔獣を勉強する過程で優に教えられた“世界一勇敢な動物”。その好戦的な姿を思い出しながら、天の理解に勤しむ春樹だった。
やがて「ぷはぁっ」とパウチから口を離した天は、木に腰掛けたまま曇天を見上げる。
「今度ザスタ君にも、啓示を聞いてみようかな」
「啓示か……。『も』ってことはシアさんのは聞いたのか?」
「聞いたよー。でも、知りたいなら春樹くんが直接シアさんに聞いて。授業でもそうだったけど、天人にとって啓示を教えるのって気が進まないことみたい。少なくともシアさんはそうだった」
顔を真っ赤にしてもじもじと啓示を口にした同級生の姿に、天はついつい思い出し笑いをしてしまう。
(あの時のシアさん、可愛かったなぁ……)
と、天が親しみある天人の少女を思い返す横で、春樹も考えに耽る。
「秘密、みたいな感じなのか……?」
確かに、啓示の中には【性愛】や【死】などもあると春樹は授業で聞いている。気味悪がられたり、怖がられたりする要因にもなるに違いない。同性なら言えるが、異性には言えない啓示もあるだろう。そう思うと、ここで自分が天から聞き出すのは確かにずるいような気がした。
「タイミングみて、今度聞いてみるか」
「うん。兄さんも春樹くんも下の名前で呼ぶくらいだから、教えてくれると思う。私なんて『神代さん』だよ? 兄さんが私の兄さんだって知って驚いてたから、苗字知らなかっただけだろうけど」
ここ数日触れ合って分かったシアという天人の人物像から、天はそう推測する。そんな彼女の推測に、改めて先週の外地演習を思い出してみた春樹は、
「……確かに苗字、言ってなかったような気がするな」
言われてみれば、と大きく頷く。しかも、名前呼びの割に、シアに馴れ馴れしさは感じなかった。むしろ春樹としてはどこかよそよそしく感じたほどだ。
「きっと人付き合いとかに慣れてないのかも。もしくは、意外と肉食系女子とか……って、雨だ」
春樹と天が話していると、鈍色の重い雲が雫を落とし始めた。ぽたぽたと、木の葉をはじく音も聞こえ始める。
「さすがに今日は帰ろっか」
「そうだな」
ザスタとの模擬戦や魔法の練習。ある程度魔力を消費したこともあって、今日はもう境界線付近まで戻ることにする春樹と天。
その途中。2人は空から落下する魔獣の影を視認する。
「……なんとなく嫌な感じがする。急ごう、春樹くん!」
「おう!」
そう言って帰路を急ぐ天に続く春樹。
出会ったときから、天の直感が外れたところを春には一度も見たことが無い。そんな彼女が口にした「嫌な感じ」という言葉。
(優……。大丈夫、だよな?)
一抹の不安を抱きながら、春樹も境界線へと急いだ。
2023/03/16 ここまで改稿・修正。