表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【物語】第一幕……「そして、再び」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/354

第1話 日常との差異

 はじめての外地演習から1週間。優はようやく、第三校に通うことが出来るようになっていた。というのも、ジョンの弟たちを内地に運び、〈身体強化〉の魔法を解除した優の全身を、とんでもない倦怠感(けんたいかん)が襲った。


 念のため、第三校にある治療施設『保健センター』で診てもらうと、全身打撲と小さなケガを数え切れないほどしていたのだった。


『はい、1週間の自宅療養ね。学校にはこっちから連絡しとくから』


 常勤の医師にそう言われ、寮でオンライン授業を受ける傍ら、魔獣や魔法の勉強に打ち込むことになった。


 一方、崩れてきた小屋の瓦礫で頭を切った春樹は、頭に包帯を巻くことになった。しかし、「命に別条はない」という春樹本人からのメッセージを受けて、優は寮で1人、安堵の息を吐いたのだった。


 だが、悪い知らせもあった。ジョンや幸助の実家があった第三校近くの家々が、先日現れた魔獣たちの襲撃を受けていたことが判明した。犠牲者は分かる範囲で6名。その中にはジョンの両親や幸助の母親も含まれていたという。


(やっぱり、あの犬の魔獣。人を食べていたのか)


 優とシアが戦った犬の魔獣が魔法を使えたのも、この時に人間を捕食し、変態を済ませていたからだった。不幸中の幸いと言えるのは、マイクを始めとするジョンの弟たちが秘密基地に来ていたことだろう。もし家に残っていれば、彼らも犠牲になっていた可能性が高かった。


 結局、優とシアのもとへ進藤が駆けつけたあの後。教師たちが討伐できた魔獣は1体だけだ。出現した魔獣は全部で6体。天、ザスタ、優とシア、進藤がそれぞれ1体を討伐しているため、残りの1体には逃げられてしまった形になる。


 これらが9期生初めての外地演習の顛末となる。初回の外地演習で1年生が魔獣と接敵・交戦したのも、学生に犠牲者を出さず、彼らを討伐したのも。第三校が創立されて以来、初めてのことだった。


 そうして、初めてのことだらけだった外地演習が終わって、1週間。


(行ってきます)


 寮を出た優は、1週間ぶりに学校へ向かう。が、その足取りは重い。


 1クラスの人数は25人と少なく、第三校は団体行動が基本の特派員を目指す課程なだけあって、授業中もグループワークが多い。


 入学から1か月以上経ち、最低一言以上はクラスメイト全員と話すことはできているだろうと優は思っている。少なくとも男子学生を中心に、今のクラスにある種の一体感や居心地の良さを感じていた。


 だからこそ、久しぶりに彼らが集まる教室に行く彼の中には、言いようのない緊張感があった。


 どんな顔をすれば良いのか。どうやって挨拶をしていたのか。どんなふうに呼んでいただろうか、などなど。懸念事項を思い浮かべるたびに、優の足はどんどんと重くなる。


(気が重い……)


 寮から、遊歩道を歩き、階段と坂をいくつも上る。途中、来た道を振り返った先に見える駐車場には上級生たちが集まっていた。


 彼らであれば、療養が必要なケガをすることもなく、もっとうまく対処できたのだろうか。そんな益体も無いことを考えつつ、優は食堂前の広場を通ってさらに階段を上る。さらに少し行くと、ようやく見えてきたのは1時間目の『魔法基礎』の授業があるC棟だ。


 秋になると紅葉が美しいと聞く”モミジ坂”を横に外れ、地続きになっている自動ドアをくぐると、そこがC棟2階となる。ただ廊下をまっすぐ進んでいただけなのに別の棟の1階に行きついたり、1階から地続きに移動すれば別の棟の3階だったり。


 高低差のある第三校ならではの教室配置に、1年生が東奔西走する。それが第三校における一種の春の風物詩となっていた。


(そう思うと、最近はもう、迷わなくなったな……)


 教室に迷わずたどり着けるようになった。三校生としての自身の成長を感じながら、C棟の廊下を少し行けば、見えてくるのは“C2-3”のプレートがかかっている教室だ。


「ふぅ……」


 気持ち、以前よりも重たく感じる鉄のドアを引き、優は教室に入る。


 すると、先に来ていたクラスメイトたちと目が合った。思わず席へと向かう足を止め、ゴクリと喉を鳴らす。そんな優に、


「よっす。体、大丈夫だったん?」

「久しぶり、神代。大変だったんだろ? 話聞かせてくれ」


 休み前のように手を振って挨拶してくれる友人たち。人付き合いを苦手とする優としても、向こうから来てもらえると心理的にすごく楽になる。


「ああ……っ。おはよう、北村、湯浅」


 密かな感謝も込めて挨拶を返した優に、北村・湯浅両名がニヤニヤとした顔を向ける。


「なに、緊張してたん?」

「まぁまぁ、北村。ほら、神代、陰キャだから」

「待て、湯浅。俺はコミュ障なだけで陰キャじゃ……言ってて悲しくなるな」


 休む前と変わらないやり取りに思わず苦笑しながら、奥の方で優の分も席を取ってくれていた春樹と合流するのだった。


「はよっす、優」

「ああ、おはよう、春樹。なんか緊張したし、どっと疲れた。……あと、なんか、いろんな人に見られてた気がするんだが」

「みんなこないだの演習の魔獣討伐、最後の立役者に興味あるんだよ。魔力低いのにどうやって、ってな」


 優にそう返す春樹の頭からはもう、包帯が外れている。額にガーゼが貼られているだけだ。


 2人して次の授業の準備を進めながら、話は続く。 


「休んでた間のレジュメ、読んだか? ……数学と国語からはレポート、外語(外国語)からはテキストの予習の宿題も出てたぞ」

「一応、目は通した。でも、結構ギリギリになるかもな」

「まだ病み上がりだ。もし危ないようなら手伝うぞ」

「……そうだな。その時は頼む」


 ほとんどの課題は、授業中に学んだことをまとめるものだ。しかし、いくらレジュメがあるといえども、講義を聞けなかったという点は大きい。


(春樹に頼り過ぎると天がアレコレ言ってくるんだが……)


 今回は――今回も――春樹に手伝ってもらうのもありかも知れない。そう思いながら優は溜まった宿題などを整理していく。


 現在、第三校では、改編の日以前にもあった五教科と外国語に加え、魔法の授業が教育課程に組み込まれている。授業時間自体は変わらないが、科目が増えているのだ。そのため、こうして1週間分の課題をタブレット上で並べて見てみると。


「うわっ、めっちゃあるな……。よしっ、無理だ。春樹、手伝ってくれ」

「優……。せめて少しは葛藤(かっとう)してくれ」


 画面に表示された10個近い課題の山を前に、優は早々に春樹を頼ることをにする。そもそも優は勉強が好きではなく、得意でもない。魔獣や魔法に関することならともかく、それ以外の教科にはこれと言って興味もわかない。


「正直、外語なんて本当にいるのかって思う。現状、ほとんど海外になんて行けないだろ」


 『外国語』の授業課題を見ながら、ついついそんな愚痴もこぼしてしまう。


 現在、飛行機が空を飛ぶ光景を目にする機会は稀だ。空を飛べる魔獣からすれば、飛行機など餌の詰まった鉄の塊でしかない。そして、魔獣に襲われるリスクを考えたとき、海外に行こうと思う人もごく少数に限られる。


 当然、旅行客はほとんどゼロになり、旅客機も飛ばない。現状、日本で海外渡航するには、自衛隊の協力が不可欠となっていた。


 そんな状況のため、外国語が苦手な優としては、どうしても“外国語”というものが不要なものに思えてしまう。


「使わない外国語に費やす時間があるなら、魔獣とか魔法とかの勉強をしている方が良い。そう思わないか、春樹?」


 優の問いに「確かにな」、とうなずいた春樹だが、


「でも俺たち特派員になったら任務で海外に行くこともあるだろ。それに単語がどの範囲を示すか、とか文化の違いも知れるぞ。それはそのまま、そこで生まれた天人たちの啓示を理解することにもつながるしな」


 と、あくまでも外国語には意味があるのではないかと、優を説得する。


「そういうもんか?」

「そういうもんだろ」

「……そう、なのか……?」


 難しい顔をして黙り込んでしまった優に、春樹は目を細める。あまり表情は変わらないが、むくれていることは分かる。普段は“こんな”なのに、いざ外地に出れば頼りになるのだから不思議だ。


「ほら、優。文句言ってても課題は終わらないぞ。まずは手を動かせ。それでも無理そうなら、手伝ってやるから」


 そんな春樹のありがたいお言葉を受けて、優もようやく外国語――英語の課題をこなしていく。携帯で辞書を引きつつ、わからない、もしくは面倒な場所は春樹に助けてもらいながら、授業開始を待つ。


 ふと、優の目に留まったのは“daily”という単語だ。「日常」をあらわす単語だったはずだと記憶を掘り起こす。ほんの1週間前。下手をすると、この日常を失っていたのかもしれない。この先、何かの拍子で失うかもしれない。


「ほら、優。そこの助動詞、違うって」

「……めんどくさい」

「本音漏れてるぞー」


 療養中、何をしていても地に足がついていないような感覚が優の中にあった。外地演習で魔獣と戦ったことなど、ともすれば夢だったのではないか。そう、どこか他人事のように感じていた。


 しかし、なぜか今、現実味を帯びた実感が優に湧き上がる。


 この日々を守ったのだと。あの時、魔獣に立ち向かったことは決して無駄ではなかったと。同時に今になってようやく、魔獣を、死を前にしていたのだという恐怖が震えとなって優を襲う。


「どうした、優? 寒いのか?」

「……なんでもない。あの時の俺、どうかしてたんだな」


 どうしてあれほど落ち着いていられたのか。優は自分でも不思議だ。これからもあの恐怖と向き合わなければならない。


 優の心には、ぬぐい切れない不安が残った。

※疑問に思われている方がいらっしゃるかもしれなので、優たちのクラスの時間割を紹介します。1つの授業50分。7時間制。合間に15分の移動時間。授業開始は8時半。昼休みは4,5限目間にあって60分です。(スマホだと少し見づらいかもしれません。すみません)


月曜日魔法学/魔法実技/魔法実技/魔法実技/美術/美術/道徳

火曜日公民/国語(古文)/日本史/生物基礎/外国語/数学A/地理

水曜日世界史/数学Ⅰ/地学基礎/公民/外コミュ/国語(現代文)/化学基礎

木曜日数学A/日本史/体育/体育/技術・家庭/技術・家庭/魔法学

金曜日 国語(古文)/国語(現代文)/数学Ⅰ/地理/魔法実技/魔法実技/HR

(※単位制の第三校ですが、1年のうちはほとんどが必修です。選択できるのは外国語の種類ぐらい)

(※まずは国内のことを、ということで世界に関する外国語、世界史の重要性が低くなっています)

(※科学の3科目については2年次より、さらに専門的な授業を学ぶことにっています)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ