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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【運命】第三幕……「動き出す歯車」

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第5話 人間らしい天人

「自分が振るった武器が、魔獣に対してどのような効果を発揮するのか、どのような傷を負わせられるのか。そうした“結果”を想像して、マナに込められるかどうか。それが魔獣討伐では重要になる」


 教員でもある進藤が春樹の手当てをしながら行なう()()を、優とシアは周囲を警戒しながら聞いておく。


『魔獣を殺せる』


 そのイメージを構築するには何度も魔獣と戦い、勝利する必要がある。成功体験を積み上げることで人は自信を獲得し、自分でもできるのだという想像力が鍛えられていく。


「つまり特派員は、そうした魔獣討伐を想像する力を培った人々であるとも言えるだろうな」


 そうした経験と自信の違いが、シアと進藤の魔法の違いだ。シアが全力でマナを込めた魔法をもってしても有効打を与えられなかった魔物が、より少ないマナで創られた進藤の刀によって討伐できた。その理由こそ、まさに、経験の差というべきものだった。


 それら進藤によって語られた魔獣討伐の基礎は、本来、もう少し先──本格的に魔獣と交戦する夏休み前あたりの授業で語られる内容だったという。


「魔獣と交戦し、生き残って、魔獣がどういう生き物であるかというイメージを掴んだ。そういう意味で、お前たちは他の同級生より何歩も特派員に近づいたと言えるな」


 進藤が、失血によってついに気を失ったらしい春樹を担ぎながら説明する。魔獣の危機は去ったとはいえ、失血も激しい。急いで治療する必要があるという判断だった。


「不測の事態によく対応したな」


 進藤からお褒めの言葉を頂いた優としては頑張った甲斐があるというものだ。とはいえ、ほぼ全てがシアの手柄ではあることは、優も分かっている。


「ありがとうございます、進藤先生。ですが、こうして俺たちが無事だったのは、シアさんのおかげです」


 進藤からの賛辞を受け取りつつも、大部分がシアの功績であことを、改めて強調したのだった。


 一方、シアもシアで、進藤の言葉を素直に受け取ることができずにいる。


「いえ……。わたしの啓示のせいで、下野さんやジョンさんが犠牲に……。それに神代さんも」


 この状況を作ったのは自分だ、というのがシアの考えだ。


 ひょっとすると先ほどの絶望的な状況を切り抜けたことすらも、実は【運命】の影響かもしれないとすら思っている。


 自分で危機を演出して、他人を巻き込みながら最後は結局、自分で解決してしまう。なんというマッチポンプだろうか。せめてその過程で出た犠牲に天人として、責任を負う必要がある。


 そうして、またしても下を向いてしまったシアに、


「大丈夫です」

「……え?」


 優は自信を持って答える。


「天の所に行った魔獣が最初に戦ったイノシシの魔獣と同じか少し強いぐらいなら、少なくとも天は間違いなく、大丈夫です」

「どうしてそう、言い切れるんですか?」

「だって――」


 魔力持ちであるかどうかに関わらず、天は間違いなく、天才と呼ばれる人種だと優は思っている。すべてをそつなく、つつがなくこなす。ずっと一緒に生きてきて、彼女が苦労しているところを優は見たことがない。


 たとえ陰で努力しているのだとしても、それを見せない、思わせない天の振る舞いを優は格好いいと思うし、憧れている。だからこそ──。


「――俺は天を、信じてますから」


 恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく言いきってみせる優。しかし、シアとしては彼の言葉を素直に受け入れるわけにはいかない。


「『信じる』って……そんなの、願望じゃないですか……!」


 信じる。シアにとってそれは責任を放棄し、ただ己の願望を押し付ける行為と同義だ。そして、シアはそれが嫌いだった。いや、人間である優には許されるかもしれない。それでも、天人である自分がそうするわけにはいかない。


「信じるなんて、そんな無責任なこと……。天人である私には、できません!」


 形の良い眉を逆立てて憤慨するシア。まさに神の逆鱗に触れたと表現するにふさわしい場面。恐れおののき恐縮してもおかしくないこの状況で、しかし、優は戦闘中ですらほとんど変えなかった表情を、意外そうなものに変えた。


「え……? 魔獣と戦っている時、シアさんもずっと、俺を信じてくれていたじゃないですか」

「…………。……は?」


 自分が何を言われたのか分からず、間抜けな声を漏らすシア。それでもすぐに“威厳”という言葉を思い出し、声と表情を取り繕う。


「そ、そんなはずありません! 私がいつ、どこで、どのようにそんな無責任なことを!?」

「え、えっと? 冗談、ですよね?」


 本当にシア自身は自覚していないようだと、優は今度こそ驚愕に目を見開く。


 しかしすぐに、首を振る。シアは天人であり、神様だ。あるいはこれも、自分――神代優という()()を計るための質問かもしれない。そう考え直し「シアが“信じる”という行為を行なっていたと思った理由」を、優は真剣に応える。


「シアさん。自分1人でも魔獣を倒すことが出来たのに、終始、俺に作戦立案を任せてくれましたよね。それに、俺の指示に文句も疑問も挟まず、素直に従ってくれました」


 戦闘を振り返り、指折りシアの動きを説明する。


「その結果、1体目の魔獣を倒せましたし、魔獣の攻撃をしのぎ切るだけの盾も作ってくれました。それって、俺を……と言うより、俺が立てる作戦を信じてくれていたからじゃないんですか?」


 これを信頼と呼ばずして、なんというのか。優を利用した、という見方もできるが、この状況で強者のシアが弱者である優を利用する意味はほとんどない。むしろ、優に利用されに来た形だ。


 となると、“元”神である天人として、シアは優の人間性、あるいは実力を試しているのだと優は本気で考えていた。


「私が、あなたを……。優さんを、信じて……?」


 そんな優の説明をシアは何度も、何度も反芻(はんすう)して、噛み砕く。そうして、きちんと優の指摘を理解したうえで改めて、先の戦闘を振り返ってみれば。


「……あっ」


 シアの口から、気づきの声が漏れる。なるほど、信頼、あるいはもっとひどい、依存と言われるような状態にあったのだと自覚する。


 多くの決定を優に一任し、自分は彼の指示に従うだけ。


(わ、私はなんて無責任なことをっ!)


 しかもそれを自覚せず、あまつさえ命の恩人ともいえる優に怒りをぶつけてしまった。


「あっ、うっ、あ……。あ〜〜〜!!!」


 顔が、耳が、全身が熱くなっていることを自覚しながら、シアはその場にしゃがみ込んでしまう。


「~~~~~っ!」


 耳元にあるかのように聞こえる心音。沸騰したような血が、拍動に合わせてシアの体中を駆け巡る。このまま恥ずかしさで死んでしまえるのではないか。そう思えるほどの熱に浮かされるシアの耳に、さらなる勘違いの指摘が飛んでくる。


「言っておくが、今回犠牲者はいない。恐らくこいつが一番の怪我人だ」


 学生2人のやり取りを静かに見守っていた進藤がそこで口開き、今回の魔獣襲撃による犠牲が無いことを補足する。こいつとは、背中に担いだ春樹をさしていた。


(つまり私は、ジョンさんも下野さんも天さんも。勝手に犠牲になったと思い込んで、1人で絶望していたということになる……んですか!?)


 羞恥心に目を回すシアの脳裏に、遠き日の両親の言葉が思い出される。


詩愛(しあ)ちゃんは少し、思い込みが……、責任感が強すぎるのかもしれないわね』

『きちんと自分というものを見て欲しんだがな』


 呆れ混じりに言っていた老夫婦の言葉がトドメとなって、シアの思考はショートしてしまうのだった。


「全部、私の、勘違い……。うぅ……っ」


 耳まで赤くしながら顔を手で覆うシアのその姿を見て、ようやく優は彼女の人となりが見えてきた気がした。


 角度によって濃紺に見える碧色の目に黒髪。細く通った鼻は高すぎず、日本人好みする顔立ちをしている。マナの色も含めて神秘的な雰囲気もバッチリだ。魔法を使えば軽く人間を凌駕し、権能を使えば奇跡に近い現象を起こすことが出来る。


 しかし、その実。


 責任感が強く、思い込みが激しいタイプ。気を張っているのかと思えば、外地という危険な場所で簡単に騙され、子供にせがまれ。挙句の果てに騙した当人たちとトランプをしてしまうようなお人好し。あるいは楽天家。それがシアという天人なのだ。


「天人って、もっと超常的な人たちだと思っていたんですが……」


 少なくとも羞恥心で目を回しているこの天人の少女に、自分が思うような深謀遠慮な考えなどないのだろうと優は直感する。


 それどころか、どこもかしこも抜けている“人間らしい天人”には、親しみすら感じてしまうのだった。


「……学生たち。悪いが、そろそろ行くぞ。まだ魔獣がいるかも知れないしな」


 進藤の言葉で、優は自分が油断していたのだと気づく。それはシアも同じだ。


 まだ近くに他の魔獣がいるため、子供たちもひとまず内地に運ぶ必要がある。気持ちを切り替えた2人は〈身体強化〉を使用して、長男のマイクと次男のマットを優が、三男のケリーをシアがそれぞれ抱える。


「遅れるなよ」


 そう言って駆け出した進藤の後を、全速力で追うこと数十秒。


 優たちは境界線を飛び越え、どうにか無事、内地にたどり着いたのだった。

※ここで【運命】の章は一区切りです。ここまでの感想や評価などがもしありましたら、よろしくお願いします。

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