第4話 英雄の姿
犬の魔獣が放った〈魔弾〉をどうにか耐え凌いだ優たち。
「ギリギリ、でした……」
純白のクローシュの中、祈るような体勢でシアが呟く。幼少の頃の両親との思い出が詰まったシアの〈防壁〉は、見事に魔獣の殺意を弾いてみせたのだった。
(どうにか、優さんのお役に立てました……)
ほっと胸を撫で下ろすシア。その横では、優が冷や汗を拭う。天人であるシアの〈防壁〉で、ギリギリ。ただの人間でしかない優が創った盾では、とても耐えられなかったことは明らかだった。
「──でも、俺たちの勝ちです。そうですね、シアさん?」
「はい! ……恐らく、ですがっ」
この〈魔弾〉に耐えられるかどうか。それが最後にして最大の賭けだった。そして優たちはその賭けに勝ったのだ。
「優、シアさん。どういうことだ……?」
状況が全く分からない春樹が優に尋ねる。
春樹やジョンの弟たちは、崩れた小屋の中にずっと身を潜めていた。そのため、戦闘の様子を見ていない。また、〈探査〉なども使っておらず、状況が一切わかっていない状態だった。
「ああ、えっとだな……」
優が春樹や子供たちに状況の説明を始めようとした直後、大きな衝撃が〈防壁〉を襲う。巨大化した犬の魔獣による踏みつけ攻撃だ。
もともと〈魔弾〉を防いだ際に大きく消耗していたシアの〈防壁〉た。魔獣による何度目かの踏みつけ攻撃を受けて、ガラスが割れるような音とともに白いドームの一部が崩れてしまう。
『ガルァ……♪』
「「ひいっ……」」
そこから見えた醜悪な魔獣の姿に、マイクたち3兄弟が悲鳴を上げる。理論など関係のない、本能的な死の恐怖。顔を真っ青にして奥歯を鳴らす兄弟たちを、
「大丈夫です」
シアが強く抱き寄せる。かつて橋の下で震えていた自分が、里親である成瀬夫婦にしてもらったように。
「大丈夫! 大丈夫です……っ!」
たとえ無意味かもしれなくとも、顔を真っ青にして震える子供たちを放っておくことなど、シアにはできなかった。
そこからさらにもう2発の攻撃を受けて、シアが創り出した〈防壁〉が完全に役目を終える。
『グルルゥ♪』
自分たちを見下ろす犬の魔獣を、つぶさに観察する優。
体に色々付属品がつき、体が3回りほど大きくなっている。巨体を支えるためか、瞬発力を高めるためか。股間辺りに新たな足が1本増えていて、五足歩行という奇妙な姿になっていたのだった。
優たちの中でも特に、シアを見つめる魔獣の顔と、腹にあるもう1つの口からは生臭いよだれが滴っている。
もう魔獣の気分次第で、餌でしかない自分たちは食べられてしまう。
(オレが、もう少し早く優の声に反応できていれば……! そうすれば、オレも優と一緒に戦えたはずなんだ……っ!)
朦朧とする意識の中、春樹が後悔とともに唇をかみしめる。
しかし、状況を知っている優とシアは違う。魔獣越しに見上げた空。雨の止んだ曇天に舞う小さな人影──進藤進の姿が見えたことで2人は確信した。
((救援が来てくれ(まし)た!))
図らずも、優とシアの心の叫びが重なる。特に優は、歓喜の中にあっても冷静だった。
「俺が〈探査〉をするので、シアさんはできれば小さい〈魔弾〉を!」
「は、はいっ」
ここから求められるのは、進藤が魔獣を討伐するための手伝いだ。
幸い進藤は、魔獣の背中という死角をつくことができている。
(いや、進藤先生は正規の特派員だ。意図して死角を突いたと見て良い)
偶然ではなく死角を突くことこそが進藤の狙いだろうと、優は考えを改める。
また、魔獣の足元にいる優から魔獣の背中を確認することはできないとのの、上空にいる人影に反応していないことから、そこが魔獣の死角になっていることは予想できた。
しかし、たとて目には見えていなくても、魔獣は体外に垂れ流しているマナで周囲の存在を把握する〈感知〉の魔法の状態にある。死角からの攻撃も、その〈感知〉の網に引っかかってしまっては感づかれてしまう。
その〈感知〉による魔法的な感覚をごまかすために、
「〈探査〉」「〈魔弾〉」
優とシア。それぞれが魔法を使用し、魔獣の気を引くことにする。
もともと魔獣は、シアという極上の餌を前に、明らかに油断していた。さらに、シアの魔法すらも己に危害を加えられないと勘違いをして、つけあがってしまった。
結果。無防備にご馳走に食らいつこうとした魔獣の首を――
「――よくやった、学生たち」
言って、上空から降ってきた本物の特派員・進藤進が、手にしていた真っ赤な刀で一刀両断する。
その姿はまるで、あの時――小学校の頃、優と天が魔獣に襲われた時と同じだ。窮地に颯爽と現れるヒーロー。そして、奇しくも、あの時も今回も、同じ犬型の魔獣という偶然。
その事実に、そこはかとない運命を感じる優。
(そして、今回も。俺は助けられたのか……)
8年前も、今も。優は自身の手で魔獣を倒していない。が、ここで「何も進歩していない」と下を向く優ではない。
小学校の頃は、英雄が敵を倒すその姿を無力に泣いた涙のせいで見損ねた。しかし、今。特派員の見習いになった今だからこそ。優は改めて、自身が目指す英雄──特派員の姿を見ることができたような気がした。
そうして、憧れた人々との具体的な距離が分かるようになったからこそ、優は自分の非力を自覚する。
シアが居なければ、全員が生き残ることなど到底できなかった。自分がしたことと言えば、せいぜい、状況の判断と作戦の提案だけだ。
(もっと……。もっと、強くならないとな)
黒い砂となっていく魔獣を前に立ち上がる進藤の姿を目に焼き付けながら、優は強く拳を握りしめるのだった。