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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【運命】第三幕……「動き出す歯車」
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第3話 ご馳走

 籠城作戦で最後の時間稼ぎをすることに決めた優とシア。もし優の見立てが甘く、救援が来るのが遅れた場合、優たちは仲良く全員魔獣の胃の中に収まることになる。そんなある種の賭けでもあった。


 魔獣が放った〈魔弾〉が優たちに届くまで、もう数秒もない。優とシアは崩れた小屋の天井から、春樹と子供が待つ中へ飛び降りる。


(よし、全員無事だな)


 4人の無事を確認しつつ、優は魔法で強化された身体能力をフルに活用し、手早く全員をシアの近くに抱き寄せた。


「シアさん、お願いします!」

「はいっ!」


 優のゴーサインに、シアは意識を集中させる。想像するのは自分たち全員を包み込む、ドーム状の盾だ。


 包み込む。その言葉でシアが最初に思い浮かべたのは亡き両親との食事風景だった。


 里子として育ったシア。幸せだが、決して裕福とは言えなかった経済状況。それでも、シアを引き取ってくれた老夫婦――成瀬(なるせ)夫妻は毎年、クリスマスの日になるとシアを少し値の張るフレンチレストランに連れて行ってくれた。


『無理をしなくても大丈夫です……』


 最初の頃はそう言って、遠慮の言葉を口にしていたシア。しかし、料理を食べるシアを見る両親の嬉しそうな顔を見て、その必要が無いことを知った。


 この人間(ひと)たちは、本気で私を愛してくれている。


 それを実感して以来、シアはちょっとした贅沢気分を味わえるクリスマスを心から楽しむことにした。それこそが、両親への親孝行になると考えたからだ。


 何度も足を運んだレストラン。その際、料理を客のもとへ最高の状態で運ぶための鉄のフタ。それが開かれた先にある色とりどりの料理を楽しみにしたものだ。


(まるで宝箱みたいです!)


 幼い自分がそう思ったことを、シアは今でも覚えていた。


 特別な日に、特別なものを、大切な人と食べた記憶。シアが何よりも慣れ親しんだ、日常風景だ。


「──〈創造〉!」


 危機的状況の中、温かな記憶がシアの〈創造〉に込められる。そうして現れたのは真っ白なマナでできた、クロッシュやクローシュと呼ばれる器具だだた。


 柔らかい光をもって優たちを包んだ純白のクローシュは、その場にいる全員を守るための強固な盾に変わる。


(これが、いわゆる〈防壁(ぼうへき)〉の魔法か)


 自分たちを覆うドーム状の盾〈防壁〉ができたのを確認して、優は〈身体強化〉を維持したまま盾を押さえる。


 マナにはほとんど重さがない。爆風や衝撃で〈防壁〉が吹き飛ばされてしまうと、盾としての機能を失ってしまう。


「全員、衝撃に備えろ!」


 魔獣が放った〈魔弾〉が着弾したのは、優が叫んだすぐ後だった。


 大きな爆発音と衝撃が森を駆け抜ける。小屋は跡形もなく消え去り、爆風によって上空にあった雨粒が吹き飛ばされ、雨が一瞬だけ止む。シアが放った〈魔弾〉と同じかそれ以上の威力が、魔獣が放った魔法にはあった。


 雨音がやんで、刹那の静寂が訪れる。


『ガルルゥ……』


 自身が放った〈魔弾〉の衝撃を耐えしのいだ魔獣の目線の先には、白い半球があった。その中から、餌たちのにおいがしている。どうやら自分の攻撃は耐えられてしまったようだと、魔獣は状況を分析する。


 しかし、問題ないと魔獣は笑った。


 魔獣は、生きた人間が持つ“活性化したマナ”を摂取しなければ意味がない。そのため、殺してすぐに食べなければ、ただの食事でしかなくなってしまう。


 そういう意味では、捕食対象が生死不明の状態──半殺し──の状態であることが、魔獣の理想だった。


『ガルァッ!』


 姿を変えた犬の魔獣は、心地よい全能感に包まれていた。体高は2mにまで達し、体が嘘みたいに軽い。左右の両脇腹から新しくイノシシの鼻と目が生えてきて、新たな視覚と嗅覚も手に入れることがてきた。


 まだ情報処理に慣れないが、この感覚に慣れることができれば、背中以外の死角は無くなるだろう。そう魔獣は心の中でほくそ笑む。


 そして、何よりも、己を満たす“力”が増強されていることに魔獣は満足していた。それは人が魔力と呼ぶ、体内に内包しているマナの量が増えたことを示している。この時、捕食を行なった犬の魔獣の魔力は、元の2倍近くになっていた。


『ガルゥ……♪』


 死にかけだったイノシシの魔獣を食べただけでこの充足感。先ほど目にしたご馳走――黒い毛をした人のメスを食べたならどうなるだろうか。己の腹が満たされる様を想像し、魔獣は口の端を歪める。


『──ガルッ!』


 再び降り出した雨を切りながら、魔獣はすぐに駆け出し、獲物を仕留めに行く。


 早く餌を。


 はやる気持ちのままシアが創り出した〈防壁〉へと駆け寄った犬の魔獣は、前足を何度も振り下ろす。


 もはや犬と呼ぶには大きすぎる図体。その体重も100kgを優に超え、踏みつけだけでも人を死に追いやることができるだろう。重量を持った魔獣による踏みつけの衝撃で白い〈防壁〉にはヒビが入り、穴が開く。


 そうして開いた穴から魔獣を怯えた顔で見上げるのは、マイク、マット、ケリーの3兄弟だ。


「……ガルルルゥ♪」


 3人の子供たちの恐怖を感じ取った魔獣は、自身が圧倒的優位にあることを本能で悟る。


 ──もう彼らの反撃など怖くない。


 魔獣の中に自信が湧く。


『ガルッ!』


 次の魔獣の攻撃によって、血を流して弱っている人間──春樹の姿が見える。春樹は、魔獣が黒い毛のメス(シア)の次に、おいしそうだと思っていた餌でもあった。


『グルルゥ♪』


 新鮮なマナを持つ餌が、またしても無事だった。そのことに犬の魔獣は(よろこ)びの声を漏らす。


 醜悪な笑みを浮かべながら、狩りを楽しむように、またしても魔獣は前足を振り下ろす。ヒビが入ってから3発目にしてシアの〈防壁〉が完全に割れてしまった。


 そうして露わになった半球の中には、全ての餌が無事な状態で残されていた。蓋を開ければ、魔獣にとってのご馳走であるシアがいる。その構図は奇しくも、シアが想像した料理を保護する器具──クローシュと全く同じ役割を担っていたのだった。


 反撃されても厄介だと、魔獣は早々シアを食べることにする。と、その瞬間、どんな顔をしているだろうか、という好奇心が、魔獣の中に湧いた。


 優が予想していた通り、この犬の魔獣は少し前に近くの民家を襲い、人を食べている。その際に食べた人間たちは泣きじゃくって、(かじ)ると叫んで、糞尿を漏らしていた。その様に、自分が圧倒的優位にいる実感を得た魔獣。相手をいたぶることが“楽しいこと”であることを、魔獣はよく知っていた。


 種族を超え、魔獣でも“美しい”と感じてしまうメス──シア。彼女が、食べられようとするとき、どのような顔をするのか。これまで食べた人間のように怯えるのか、諦めるのか、それとも新たな反応を見せてくれるのか……。それが楽しみで、あえてお腹ではなく、本来の犬の口で捕食することにした魔獣。


『ガルァ……♪』


 よだれが溢れ、興奮しているのを自覚しながら魔獣はゆっくりと口を開く。少しずつ、少しずつ捕食して、獲物(シア)の反応を楽しもう。


「――、――」


 と、(わずら)わしく抵抗してきた人間のオスが、何か鳴いている。その時、魔獣の毛先に(マナ)の波動を感じた。魔獣は知っている。これは人間たちが使う力の波動だということを。


 ──魔法が来る!


 警戒して身構えた魔獣に、シアの白く小さな〈魔弾〉が直撃した。しかし、魔獣の方にダメージは無い。


 杞憂だった。ホッとする一方で、魔獣は方針の変更を考え始める。


 これ以上時間を与えて抵抗されると、どんどん餌の中にある(マナ)が減っていく。すると、食べたときの満足感が無くなってしまう。また、のんびりしていれば自分より強い魔獣に餌を横取りされかねない。


『…………。……グルゥ』


 長考の末、魔獣は断腸の思いでいたぶることをやめることにした。そして、そうと決めれば魔獣の行動早い。さっさと餌を食べようと素早く牙をシアに突き立てる。


 飛び散る鮮血。ヌルリとした感触が魔獣の口内を満たす。魔獣には馴染み深い、血の感触だ。横目には、目を見開く6匹の餌たちの姿がある。


 次はどの餌を食べようか。そんなことを考えていた魔獣は、ふと、疑問に思った。


(6匹?)


 6つあった餌の1つを、今こうして食べたのだ。なのに、どうして餌が減っていないのか。


 疑問に思った魔獣が目を動かしてよく見てみれば、噛みついたはずのシアもこちらを見ている。


 何かが起きた。ひとまず距離を取って状況を確認しよう。


 そう思った魔獣は四肢に力を込めてみるが、身体は動かない。加えて、気のせいか、視界が暗くなっていく。頭も動かせない。そのまま地面を転がった魔獣は──、


 首をきれいに切り離された状態で崩れ落ちる自分の胴体を見ることになった。

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