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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【魅了】第二幕・後編……「忘れかけていた想い」

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第5話 二律背反の少女

 静かな風が通り抜ける。自身の腕を掴む優の手としたたり落ちる水性の黄色いペイントをしばらく見つめていた首里。

 その表情はどこか不満げで、それでいて何かを納得したようでもあった。


 「兄さんの、勝ち」


 第三者として、天が改めて勝敗を告げる。その声で、首里は静かに目を閉じた。

 首里はこの勝負で、自分がどう行動するべきなのかを知りたかった。

 魔力至上主義者としても、個人としても、コウという名の天人が言ったことを信じるべきだという気持ちがある。だが、去り際に見せたシアの沈んだ表情を見たとき、本当にこれでよかったのかという疑念が首里の中に湧いた。それでも、その疑念は“ただの人間”でしかない自分の思い過ごしかもしれない。


 天人の言葉か、ただの人間でしかない自分の思いか。


 首里はそのどちらに従うべきなのかを、この勝負に賭けていた。万が一、魔力至上主義において“最低”である無色のマナに“魔力持ち”たる自分が負けるようなことがあるのなら。矮小な人間でしかない自分の想いに素直になってみようと、そんなことを考えていた。

 そして、目の前の“最底辺”は、日々の観察と思考、目を見張る動体視力と、敵である首里自身すらも信じる覚悟を見せた。

 晴れ渡る夏の空を見上げた首里は、人間である自分を信じることに決める。


 「わたしの、負けね」


 表情を変えずに優へと視線を向けた首里は、静かに、己の敗北を認めた。

 他方、優は静かに勝利を噛みしめると同時に、内心大きく息を吐いていた。


 賭けに勝った……。


 今回、優は3つの博打ばくちを打っていた。1つはプライドの高い首里が〈領域〉を使うこと。これにより、わずかではあるものの優が首里の接近する時間が出来た。1秒もあれば、首里が近接戦闘を行なおうと思える距離に近づくことが出来る。

 もう1つ。首里が優自身と同じで人を傷つけられないこと。それは、首里に何のメリットも無いのにペイントボールでの模擬戦形式を提案した時点で、ほぼ確信していたことでもあった。

 最後に、優は首里の魔法の技量を信じた。首里はどこまでもプライドが高く、真面目で、努力家。〈領域〉の速さからも分かるように、マナの扱いにも長けている。ギリギリの勝負でも、瞬時に魔法を解除するだけの技量があると、優は信じた。

 魔力至上主義者でありながら、演習では2度とも弱者を助けるために動くような人物でもある。苛烈であり、冷徹な印象の「首里朱音」が時折見せる人間らしいちぐはぐさ。それが彼女の“優しさ”であると、優は信じたのだった。

 戦闘の熱気を冷ますように、静かな風が通り過ぎる。


 「……手、放してくれる?」

 「ああ、すみません」


 首里に冷ややかに言われ、優は慌てて手を放す。そのどこか頼りない姿に決心が鈍る前に、首里は約束を果たすことにした。


 「――シア様のこと、教えるわ」




 一昨日。8月23日の事。首里は14時にシアと会う約束を取り付けていた。


 服装はこれで大丈夫よね? 足元もハイヒールにしたし――。


 これから天人と会う。粗相が無いよう、首里は身なりを整える。その出で立ちは親の付き添いで行くパーティーなどで着る、刺繍を凝らした白のワンピース。それでいて、面倒なパーティーとは違って大好きな天人と会うその心は浮足立っていた。


 ああ、教団からの指示が無ければ天人であるシア様を呼び出すなんてこと、しないのに。失礼な子って思われたらどうしよう――。


 「お待たせしました、首里さん!」

 「シア様! わたくしなどの言葉を聞いてくださってありがとうございます!」


 そう言って白のTシャツにネイビーのひざ下丈のスカートというラフな格好で駆けて来たシア。首里にとってはどんな格好でも神々しく見える。

 仰々しい首里の物言いにたじろぎながらも、シアは呼び出された理由を聞く。どこにでも遊びに行くことが出来るよう、その足元は動きやすいスニーカーだった。


 「あ、いえ。それより要件と言うのは――」

 「実は! シア様に会いたいという方がいらっしゃっていまして!」

 「え?! あ、あのっ――」


 食い気味に言った首里がシアの手を引いて一台の車へと案内する。車は黒塗りのセダンタイプだった。少し離れた場所でシアに日傘を手渡して待機させ、首里が車に歩み寄る。と、助手席の窓が開いて1人の女が顔を見せた。


 「任務ご苦労。これでコウ様とシア様の婚約が決まる。お前が天人同士を結び付けたと言っても良い」

 「光栄です。……本当に、シア様はご存じなんですか?」


 首里は今回、シアが天人と婚姻を結ぶと聞いていた。そして自分がシアをここに連れて来れば、それが叶うとも。神聖な天人同士の婚姻。光栄かつ、絶対に失敗できない役割だと張り切っていた首里だったが、ことここに至って少し冷静になる。

 首里はシアが婚姻について了承しているものだと思っていた。しかし、先のシアの態度からして何があるのかは知らない様子。それが少し引っかかった。

 そうして助手席の女に疑念の目を向けた首里に、


 「――もしかして、俺のこと疑ってる?」


 そう答えたのは後部座席に座っていた男。薄暗い車内でもわかるほどの神秘的な美貌と雰囲気に、首里は一瞬で彼が天人であると悟る。そして、天人である以上、首里は疑うことが出来なかった。


 「いいえ、失礼いたしました。それではシア様をお連れします」

 「うん、よろしくね。あ、君はもう、帰っていいから」

 「……かしこまりました」


 首里が腰を折ると同時に、窓が閉められる。天人が言うことを疑うわけにはいかない。首里は今一度、待機させていたシアのもとへと向かう。


 「シア様。どうぞ、あのお車に」

 「えっと、あそこで人が待っているということですか? 実はスマートフォンを置いて来てしまったみたいで取りに――」

 「恐らく少しお話しするだけだとは思いますので、ひとまず」


 そんな首里の言葉に首を傾げつつも、シアはセダン車のもとへと向かった。




 「その後、何か話していたみたいだけど、シア様は車に乗り込んだ。それがわたしの知っている全てよ」


 首里のかいつまんだ説明を黙って聞いていた優と天。口調から自分が話しかけられていると分かるため、優が重要な部分を聞いておく。


 「その男って、誰ですか? 天人ってことはザスタとか……」


 第三校とシアにゆかりのある天人として、優が思いつくのはザスタぐらい。しかし、次に首里によって語られた名前にも心当たりがあった。


 「違うわ。あのお方は、コウ様。【魅了】【肉欲】【淀み】【星の煌めき】、4つの啓示を司っておられる方よ」


 コウ。それは、スーパープールでシアが口論していた天人の男の名前。


 『あのコウっていう天人の方。自分勝手な理由で権能を使うなんて、許せません!』


 シアが珍しく怒りながら語っていたために、優も天もよく覚えていた。


 「どうしてシアさんがついて行ったか分かる?」


 首里本人の考えを聞いた天に、首里は口調を“対等の相手”と話すものへと変える。


 「それまでは分かりません。ですが、コウ様はシア様をずっと探していたようでした」


 その言葉に天は目を細める。魔力至上主義者である首里だけが知っていた事実。ずっと“探していた”という言葉と、大阪駅で自分たちを襲ってきた男の言葉が天の中で結びつくのに時間はかからない。

 一層、目つきを鋭くした天は念のために首里に確認する。


 「それって、“魔女狩り”のことだよね?」


 そんな天の質問に、首里は沈黙で返した。

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