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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【運命】第二幕……「運命の出会い」

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第5話 凍てついた手のひら

「春樹さん! 大丈夫ですか!?」


 春樹の怪我を見て、シアの暗く落ち込んでいた気分が吹き飛ぶ。今は落ち込んでいる場合ではないと、手当てのため小屋が崩れないよう慎重に移動しながら、春樹の隣に膝をついた。


「これくらい大丈夫、と言いたいけどな。正直、ぼやっとして、魔法に集中できそうにない」

「頭部の出血を甘く見てはいけません! と、止血を……っ!」

「悪いな。オレの上着、使ってくれ」


 春樹が、着ていた運動着の上着をシアに渡す。それを受け取ったシアは、持っていたハンカチを傷口に当て、上から上着の袖部分を鉢巻(はちまき)のようにして、強めに圧迫した。


「すみません、私のせいで……」

「ははは。シアさんのせいじゃないって」


 春樹は本気でそう思っているのだが、シアにはお世辞にしか聞こえない。またしても自分の啓示に巻き込んでしまったのだと、自責の念を強くする。


 どんどんと強くなる胸の痛み。そんな責任感から逃れたくて、シアはダメもとで自身の〈物語〉の権能で傷口を治療できるか試してみることにした。


 具体的な例もあり、実感を持つことが出来ている【運命】とは違い、【物語】の啓示についてはシア自身も曖昧だ。なんとなく分かることとして“特定の人物”を治療したり、身体機能を強化したりできる、らしい。自分が読書を趣味とするが、啓示の影響かも知れない。そう思うことしかないくらい、シアにとって【物語】の啓示は馴染みのないものだった。


(正直、権能としての〈物語〉もどう使えば良いのかすら曖昧ですが……)


 春樹が、〈物語〉の力が作用する“特定の人物”であることを祈りつつ、シアはマナを放出。ひとまずは傷を癒すイメージで、春樹の額にある裂傷にマナを凝集させる。


「そっか、天人だもんな。人にマナをつかえるのか。……白いマナ。珍しいな」

「そういえば、私以外に見たことありません」


 治って欲しい。そんなシアの願いも届かず、これと言った手応えは無い。


「……すみません、魔法の治療は効果が無さそうです」

「いや、大丈夫だ。それより優……オレと一緒にいたやつは大丈夫そうか?」


 努めて明るく、春樹がシアに聞く。


「優さん、ですか? 彼なら――」


 その時、倒壊した小屋の屋根を何者かが上ってくる足音が聞こえてきた。魔獣か、と、重い身体をどうにか動かして身構える春樹を、


「――ちょうど、話をすれば、ですね」


 シアが手で制する。彼女はこちらに向かってくる人間――優とマイクの存在を〈探査〉で探知している。今こうして小屋が崩れないよう慎重に屋根を上ってきているところから考えても、知能が低い魔獣では無いことは容易に予想できたのだった。


(まさか、こっちに来るなんて……)


 驚きを通り越して呆れをにじませた顔で、独り言ちるシア。優たちは最初、自分(シア)たちを置いて行けば魔獣から逃げることができただろう場所にいた。小屋の倒壊に巻き込まれた時点で、ここにいる4人は助からない。にもかかわらず、彼は助けに来た。いや、助けに来てしまった。


(ふふっ……。相当なお人好しさん、なんですね)


 シアは優のことをそう肯定的に評価する。一方で、確実に助けられただろう子供1人を助けなかった優の行動に、呆れるのだった。


(ですが、これでまた2人。私の啓示に巻き込まれて死ぬ方が増えてしまいました……)


 いよいよもって救いがなくなった事態に、再び膝を抱えるシア。


 どうして優は戻ってきたのか。膝に顔をうずめながら考えた彼女は、優も最期に一緒にいる人や場所を選びたかったのかもしれないと、ひどく悲観的で消極的な結論にたどり着く。


 ほんの少しの時間しか一緒にいないシアから見ても、優とここに居る春樹という人間の男の子の間には、大きな信頼関係があるように見えた。


(良い、ですよね……。羨ましいです)


 啓示のせいで、なかなか深い人付き合いができなかった自分も、いつか、誰かとそうした関係――親友になれたかもしれない。


(でも、もう遅いんです……)


 これが【運命】なのだから。シアは自分に言い聞かせる。


 助けに来るその人物のマナは控えめに言っても、多くない。到底、迫る魔獣という名の死を押しのけられるとは思えなかった。


(もしここに来てくれたのが、あの人……神代天さんだったら)


 運命を覆してくれたかもしれない。啓示の影響を退けてくれるかもしれない。そう感じさせてくれた少女の人懐っこい笑顔を思い浮かべながら。シアはせめて最期の時までは子供たちが安心できるようにと、マットとケリーを両肩に抱き寄せるのだった。


 やがて、屋根になっていた木片の一部が()がされ、薄暗かった空間に光と雨が入り込む。


「全員、無事ですか?」


 雨を落とす灰色の雲を背に、優と呼ばれていた男子学生がシアを見下ろす。その顔に、なぜかつい今しがたまで思い浮かべていた神代天の面影を見たシアが固まる。


 ろくに自己紹介もせずに、魔獣に襲われたシア達。当然、優の名字を知らないシアは、優と天が兄妹であることも知らない。そのため、まるで、自身の考えを言い当てられてしまったような気分だった。


「え、あっ、あの……」

「……?」


 自分を見つめて驚くシアの姿に優が首をかしげていると、優の背後からマイクが小屋の内部を覗き込んだ。


「マット、ケリーも! 大丈夫だよな!?」


 弟たちを見つけたマイクは叫んで、勇敢にも瓦礫から飛び降りる。優としては小屋が崩れてしまわないかヒヤッとしたが、奇跡的なバランスでできているその空間は、意外にも頑丈そうだった。


 都合、三角屋根の上から春樹やシア、子供たち全員を俯瞰的に見る形になった優。彼の目から見る限り、マイク以外の子供たち2人も無事なように見える。


 シアも汚れているものの、ケガなどはなさそうだ。だからこそ、顔に血の跡がある春樹が重症に見える。


「春樹、大丈夫か?」


 優の問いに春樹はにっと笑って見せる。


「ちょっと頭を怪我しただけだ。そのおかげで、シアさんっていう美人に手当てしてもらえたんだぞ。……だから、大丈夫だ」


 顔半分を濡らす赤い血とは裏腹に、真っ青な顔で優に笑ってみせる春樹。そんな彼の様子を見た優が、不断なあまり変えないようにしている表情を笑みに変える。


「……そうか。春樹がそう言うなら、大丈夫なんだろうな」


 少なくとも、魔法が使えない程度には消耗しているらしい。それでも、軽口で余裕をアピールする彼の配慮に優も乗っかることにする。


「ついでに、しばらくそこで子供たちを見ていてくれ。マイクはお兄ちゃんだから、弟たちをしっかり守るんだ」


 目下、弟たち2人のそばで優を見上げたマイクが力強く頷いたことを確認し、優も頷きを返す。そして、残す最後の人物に声をかけた。


「すみません、シアさん。手伝ってください。全員が助かるために、時間を稼がないといけないんです」


 優は、暗い表情でこちらを見上げるシアに手を伸ばす。マイクだけを連れて、内地へ向かうこともできた。4つの命を見捨てれば、少なくとも2つの命は助かる。しかし、優はそうしなかった。


 ここにいる全員が生き残る。ヒーローならそうするだろう“理想”を、優は諦めたくない。ただ、今回に限らず、自分1人ではどうしたって限界がある。ならば、使えるものは使っていかなければならなかった。それが例え、何かを諦めたように体育座りをしていた、頼りない天人だったとしても。


「さぁ、早く」


 そうして無表情のまま自身に伸ばされた優の手を見て、シアは目を見張る。その顔は、驚愕というよりはむしろ、恐怖に近かったかもしれない。それこそ宇宙人や未確認生物など、理解できない存在に出くわしたような、そんな表情だった。


(全員が、助かるため……!? 幼馴染さんと死ぬためではなく、生き残るために戻ってきたんですか、この人は……!?)


 今まで、全てのことを【運命】だと受け入れてきたシア。今回も「仕方ない」と、そう思って、自分に言い聞かせて。天人らしく、巻き込んでしまった責任を取ろうと思っていた。


(ですが、この人は諦めていない……)


 これまで一度も魔獣と戦ったことなどなく、教官からは逃げるように言われていた。それはつまり、今の自分たちが魔獣と戦うのはまだ早いと言われている、何よりの証拠であるはずだ。そんな自分たちの前に、魔獣が現れた。それも、2体も。


 しかし、目の前の少年は……なぜか神代天をほうふつとさせる少年は、諦めないと言う。現状に抗うと……戦うと言う。


(わ、私は、どうすれば……?)


 彼のような人物とここで出会うこともまた、啓示による影響なのか。全てがもう、決まってしまっているのだろうか。自分が何をすべきで、どうするのが正解なのか。誰も答えを教えてくれない状況に、シアが目を回す。


 それでも、ここでジッと死を待つよりは、時間を稼いで死ぬ方が責任の取り方としては正しく思える。たとえ自分たちが倒れたとしても、例えば増援が駆けつけたり、腹を満たした魔獣たちが退いて、子供たちだけは助かるかもしれない。


(……そう、ですよね。それくらいは、してあげるべきなのかもしれません)


 そう自分に言い聞かせたシアは、胸の前で静かにこぶしを握って息を吐く。目を閉じ、次に目を開いた時にはもう、シアの濃紺色の瞳に迷いはない。


 ――天人として、責任ある最期を。


 そう願って差し出されるシアの手は、雨に打たれ続けたはずの優の手よりも、はるかに冷たいものだった。

2023/03/08 改稿・修正

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