第7話 語られる裏側
前日、魔力切れで倒れた天。彼女に着替えを届けるために保健センターを訪れた優はモノと2人、病室を訪ねていた。
天が紙袋に入った服を厳選する横で、意を決した様子の優がモノに尋ねる。
「今回の任務、どこまでが先輩の意図ですか?」
「……なるほど、ちゃんと、気付いたんだ。偉い、偉い」
そう言って頭に手を伸ばそうとするモノの手を「茶化さないでください」と、やんわりと押しのける優。
「どこまで、と言われても困るなぁ。長嶋さんのこと、魔人のこと、死者が出るだろうこと。そこまでは想定してたよ? 逆に、嬉しい誤算は死者が1人だけだったこと」
「――っ!」
西方の死すらも想定していたと言った彼女に、怒りが沸き上がる優。
しかし、彼女を責めるということが、任務を己の意思で受けた自分達全員の覚悟を蹴落とす行為だと昨日のうちに反省している。
大きく深呼吸して、きちんとモノの言葉を飲み込む。
そんな優の様子を、モノは不思議そうに見ているだけだ。
「どうして、この任務を俺たちに受けさせたんですか? 誰かが死ぬこともわかっていたのに」
「理由は……っと、その前に。――ちょうどいいから入っておいでよ?」
出入り口の方を見て言ったモノ。見れば曇りガラス越しにびくりと身体をこわばらせる影がある。
「ここ、私の病室なんだけど……」
天がジトッとした目線をモノに向けるが、お構いなし。少し間を置いて扉を開いたのは、
「盗み聞きする気はなかったんですが……」
お見舞いに来たのだろう、私服姿のシアだった。
4人になった病室。本来は簡易ベッドと机があるだけの個室なため、多少手狭だった。
そうしてベッドや椅子に腰かける優たちに、モノは任務の裏側を告げる。発端は仮免許試験で見かけた神代兄妹、そして、シア。
「君たちの成長が、面白うそうだった。だから、任務を受けてくれないかなって」
面白そう。ただそれだけが、モノの行動原理だった。
成長を見込んで長嶋一夜を助け、その際に用いた権能――〈不正〉の代償が、命の等価交換。
「1つの命を助けた。なら、関連する出来事で1つ以上の命が失われないと正しくない。そうでしょ? てっきりここにいない君たちの幼馴染クンが死ぬんだと思ってたけど」
何でもない様子で話すモノ。その言動は、彼女が天人であり、本質的に人間では無いことを優に知らしめてくる。
しかし、シアのような人間臭い天人もいる。天人だからとひとくくりにするのは早計だと、努めて冷静に考える。春樹が死んでしまったかもしれない、その可能性も含めて。
「そう言えば春樹さんは?」
「春樹なら部活です。個人的な事情でチームに迷惑をかけられないからだと言っていました」
病室を見渡すシアの問いにそう答えた優だが、実際は、体を動かすことで頭をリフレッシュさせているのだと思っている。春樹もまた優と同じくらい西方と過ごした時間は長かった。事実、“明日”、春樹は全ての予定を蹴って休日にしている。
そういう意味でも、彼がここに居なくて良かったと思う優。情に厚く、協調性を誰よりも重んじる彼ならきっと、モノを殴り倒していた可能性もあった。
「君たちが任務に興味を示した。その時点で匿ってた秘蔵っ子を使うことにした」
「それって、魔人ですよね?」
「正解! さすが天ちゃん」
あっさりと魔人を利用したことも明かすモノ。男の魔人は、元は、第三校からの依頼の際にモノが捕縛した人間の男だった。尋問を終え、精神的にも肉体的にも追い詰められていた男。別の組織から依頼を受けたモノが食事を与えてみた。その実験の“成功例”が男の魔人の正体だった。
実験については守秘義務があるために明かさない。しかし、魔人を自分が用意したことは明かすべきだろうと、モノはあえて白状した。これもまた、“次”につながるかもしれないと、そう思って。
「そんな! 魔人のせいで、西方さんは……。それに春樹さんまで危なかったなんて」
モノが魔人を“用意”したことで西方は犠牲になった。その事実に眉根を寄せ、声を荒らげるシア。それこそが自身の待ち望んでいた年相応の正しい反応だと、モノは満足そうに頷く。
「そう、今回の任務で君たち負った傷も、払った犠牲も、私のせいだよ、シアちゃん? 許さない? でも、なら、どうするの?」
「それは! それ、は……」
天人であり人権がある以上、モノを傷つけることは犯罪になる。法に訴えようにも証拠がない。それを誰よりも分かっている天がシアを諭す。
「……西方君が死んだのは、先輩のせいじゃない。護れなかった……弱かった私たちが背負うべきものだよ、シアさん」
「ですが……っ!」
さらに残酷な言い方をすれば、西方の弱さのせいだとも思っている天。しかし、それを口にするほど空気が読めないわけでもない。また、口した自分たちの弱さのせいだというのも真理だと思っている。だから。
「強くなろう? 頑張って、強くなって、あんな嫌な先輩の意地悪なんか蹴っ飛ばせるくらい」
やり場のない感情を堪えるシアをなだめながら、茶色い瞳でモノを睨む。そんな2人を見て、立ち上がったのは優。
「モノ先輩。今回の任務、たくさんのことを学びました。その機会を作ってくれたこと、感謝しています」
「うん。どういたしまして」
微笑みながらも優の黒い瞳を正面から見つめ返す蒼い瞳。その奥にある“罪”――罪悪感の変化を見透かすモノに、優は力強く宣誓する。
「俺は……俺達は強くなります。どんな困難も、問題も、試練も、権能すらも乗り越えられるぐらいに」
「――優クンも見つけたんだ? 進みたい未来を」
その問いかけに頷いた優は、今度は天とシアに目を向ける。言葉には魂が宿るという。あるいは決意の証として。
「天に誇ってもらえる“兄”として。シアさんが選んでくれた“主人公”として。俺は、強くなりたい。だから――」
優を見上げる2人に、お願いする。これこそが理想の特派員になるための第一歩になると信じて。
「2人を頼らせてくれ」
自信たっぷりに語られた、あまりに他力本願なお願い。その“情けなさ”に顔を見合わせて、思わず笑ってしまう天とシア。
「結局、今までと変わらないってことでしょ? 兄さんは私の背中だけ見てればいいんだよ」
「私の方こそ、優さんを頼りにさせてもらいます! あっ、えっと。もちろん私だって、頑張りますよ?」
2人らしいその返答に、優は思わず相貌を崩した。
その後、着替えを済ませた天と合流し、シアと3人で保健センターを後にする。この後も予定があると語ったモノは一足先に帰ってしまっていた。
「結局、任務を受けた時点で、全部モノ先輩の手のひらの上だったってことかー……」
晴天を見上げて天が力なく漏らす。
「いつか誰かに刺されればいいのに。何なら私が刺す」
「おい、天。それはあんまりだろ……」
「私も納得できないので、ほんの少しだけ天さんに同意です」
「シアさんまで……」
蝉の声を聴きながら、寮に戻る。
「そう言えば兄さん、家に帰るの一日遅らせるってお母さんたちに言った?」
本来であればお盆に合わせて明日から帰省する予定だった優と天。しかし、明日はそれ以上に大切な予定が入ってしまった。
「ああ、今朝しておいた。大切な日だからな」
「明日なんですね。……早すぎます」
「このご時世だからね。仕方ないのかも」
そう、本来なかったはずの予定が入ってしまったのだ。まだ、どこか現実味のない思考で、優は考える。
葬儀に制服で出席しても良いのだろうか、と。




