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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【断罪】第三幕・前編……「最終決戦」

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第7話 運命のいたずら

 片桐紗枝かたぎりさえ

 魔獣によって兄を殺された、特派員の女性。

 復讐を胸に努力を重ねた彼女。魔力が低いながらも同期の中では優秀で通っており、彼女もそれをプライドとして生きていた。

 愛する夫とも出会い、片田舎に持ち家も買って、家族になって1年ほどが経った頃。


 夕暮れの中、彼女は敗走していた。


 任務中、とある魔獣によって自分以外のセルメンバー全員が殺されたのだ。

 その魔獣は危険度やその生存期間から、『闇猫やみねこ』という個体名を与えられるほど、強力な魔獣。

 多くのセルが駆り出される、大規模討伐と呼ばれる任務の最中だった。


 『逃げろ! 逃げて情報を持ち帰ってく――ぉぶ』


 魔獣に食べられながら、それでも叫んだ仲間を見捨てる形で。

 深い裂傷を負った足を無理やり動かし、走って、走って、転んで、それでも走って。

 日も暮れた頃、うのていでどうにか逃げおおせたそこは、深い森の中だった。戦闘で壊れた携帯は役に立たず、食料も、水も無い。


 近くで物音がするたびに〈探査〉をして、動物や魔獣がいないことを確認する。

 警戒を絶やすことはできず、おちおち眠ることもできない。

 夜。暗闇の中、聞こえるはずのない仲間の笑い声や、その姿が浮かんでは消える。


 それでも、特派員として培ってきた驚異的な精神力で、何日も持ちこたえて見せた片桐。

 負傷し、腫れあがった足は日を追うごとに悪化し、壊死し始めていた。


 敗北ですり減った心。極度の喉の渇き、空腹感、緊張、暗闇。

それらは1人、森で助けを待つ片桐の思考をどんどん悪い方へ運ぶ。


 魔獣が憎い。


 思えば、ただのその一念で、特派員を続けて来ていた。


 思わず自嘲する片桐。

 愛していると思っていた彼《夫》も、背中を預けていた仲間たちも。

 自分にとっては、どうでもいい存在だったのだ。


 全て、自分のために生きて来た人生だった。

 どれだけ努力しようとも強大な魔獣を前にすれば、人の身では、何の役にも立たない。


 誰かがいれば否定されただろう“虚偽の結論”も、1人ぼっちの彼女には真実に映る。


 孤独。


 それが、片桐に残された最後の理性を奪う。

 極度の喉の渇き、そして、空腹感が彼女に禁忌を冒させた。


 足の傷に湧いた蛆。緊急時は重要なたんぱく源と言われる“虫”。

 朦朧とする意識の中、彼女はそれを手に取ると、おもむろに口に運んだ。

 プチッとはじける不思議な食感。コクのある滑らかな液体は甘さにも似た味を伝える。


 空腹というスパイスも相まって、気付けば彼女は一匹残らず蛆を食べつくしていた。

 体内を巡るマナの異変に気付いたのはその時だった。


 「うぅ……あぐっ、がぁぁぁ!」


 極度に弱った精神が、蛆のマナと反応し、変質する。

 特派員ならではの強力なセルフイメージを取り戻した時にはもうすでに手遅れ。

 どうにか身体の大きな変態は免れたものの、そこには人類の敵――魔人がいた。


 最初こそ野生の動物で飢餓きがしのいでいた魔人だったが。

 皮肉にも食べるたびに魔力は高まり、飢餓感は大きくなる。

 やがて動物では充足感を得られなくなっていき、魔獣を狩るようになった。


 幸い、魔獣への理解も、討伐方法も、よく理解していた。

 効率よく、狩って、食べて、狩って、食べて。繰り返すごとに飢餓感は膨れるばかり。


 満たされない日々が続いた、ある日。


 ついに、人を食べた。

 子供だった。

 驚くほどの満腹感。


 しかし、そうして満たされて、食欲から解放された時。何の痛痒つうようも感じない自分に、彼女は気が付いた。その頃にはもう、彼女の中で人は動物と同じ、食料でしかなかった。


 その事実に気付いた時、彼女の心は本当の意味で、壊れてしまった。


 人を食べるたびに曖昧になっていく自我。

 もうどれが本当の自分なのかもわからなくなって放蕩すること、半年ほど。

 気付けばこの場所にたどり着いていた。


 まるで、本当の自分が望んでいたように――。




 「片桐紗枝かたぎりさえさん……?」


 魔人を切り裂く度に優とシアの中に流れ込んでくる誰かの記憶。

 誰かの人生――【物語】を司り、その力で攻撃しているためだと思われた。


 そして優もシアも。

 片桐紗枝というその特派員の名前を知っていた。


 「そんな……! この魔人が……あなたが、片桐仁かたぎりひとしさんの、奥さんなんですか?!」


 午前中、ベッドで横たわっていた骨。

 その家主である夫が、危険を冒してもなお住み続けていた妻との大切な思い出が詰まった家。

 その引き出しに、大事に保管されていた特派員免許に、同じ名前があったのだ。


 まさしく運命のいたずら。


 初対面の時。驚異的な記憶力を持つ西方が、女性の魔人に見覚えがあったのもそれが原因だった。

 シアが遺品として回収した夫婦の写真を優に渡したその一瞬、そこに写った顔の一部を覚えていたのだ。


 『し、知らないわ! ひとし君なんて人、知らない!』


 シアの叫びにそう言って反応する魔人。

 知らないというわりに親しみの感じられる呼び方。


 「亡くなった旦那さんのためにも、お前……いや、あなたにこれ以上人を殺させるわけにはいかない!」

 『黙れぇ! お前たちに! 私とひとし君の関係をとやかく言われる筋合いはない!』


 二転三転する言葉を吐きながら、魔人は感情のままに腕を振り回す。

 その数は魔人本来の限界を超えて6本。

 当たれば間違いなく重傷を負う限界を超えたその攻撃も。


 怒りと混乱によって精彩さを欠いた攻撃では、今の優の脅威になり得ない。


 「悪いが――」


 魔人の膨らんだ腹部めがけて駆ける彼は直線的な攻撃を難なく見切り、切り裂く。


 『来るなぁ!』

 「優さん!」


 伸ばされた必殺の太い腕にシアが警戒を促すも、


 「あなたはここで、俺()が倒します!」


 身を反らし、親指の下をかいくぐった優がひらりと半回転した勢いそのままナイフを振るうこと2度。

 前腕部が中ほどで真っ二つに切断される。


 そのまま足を止めずに魔人の懐へと入り込み、ナイフを振るうこともう2回。今度は身体を支える腕を両断する。

 ついに腕を支えていた腕を1本失った魔人がその身を地に落とした。


 そうしてがら空きになっている腹部、さらには上部にある口めがけて駆け抜けざまに閃く白い剣筋。優が振り返ると同時、傷口から血が噴き出す。


 倒すなら今しかない!


 「これで――」


 油断なくとどめを刺そうと駆け出す優。振り下ろした()()()()が、魔人の身を切り裂く――ことは無い。軽い金属音を響かせて、ナイフが弾かれる。


 「……まさか! シアさん!」


 遠くを見やれば、マナの光を失ったシアがくずおれる、まさにその時だった。

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