第14話 小さな命、小さな仲間
西方の蘇生を諦め、今ある命を優先することにした優。
黒く、背の高い雲が落とす雫が激しく地面を打ちつける。
そんな中、
「――作戦開始だ」
見習い特派員たち5人が、優の言葉を合図に散開する。
作戦はまず、シア、天、常坂の女子3人で魔人の注意を引き、可能ならば会館から遠ざける。
天人や魔力持ちに執着していた触手の魔人の性格を汲んだ、優による作戦の修正だ。
その間に優と春樹が遺体を頑丈な会館内へ移動。魔獣・魔人の食害から遠ざける。
次に果歩と荷物の状態も確認。無事を確認し次第、戦闘に合流するというものだった。
「魔人が動く前に行くぞ、優!」
「悪い、西方……本当に……っ!」
動かない友人の亡骸を抱き上げる優。同じく女性の亡骸を抱える春樹の後に続いて、中央会館の玄関をくぐった。
それとほぼ同時。魔人の変態も終わる。
円錐と球を合わせたような青紫色の身体。体高は建物の3階相当――10mほどまで成長している。会館とほぼ同じ高さだ。
円錐の底面の直径は4mほど。その底に丸く膨らんだ腹部がある。地面との距離は2mほどだろう。
足は無い。代わりに、球体から6本の人間の腕が生え、体を支える。
そんな腕の先には人間の手があって、きれいな爪も、しわもあって生々しい。そのくせひじの部分には長いまつげと白く濁った瞳があり、いびつさを際立たせている。
そして、円錐の頂点部分が4つに割れたかと思うと――
『ゲャァァァィィィイ!』
捕食してきた動物たちの多種多様な歯が並んだ口を開けて、産声を上げた。
魔人の声を背に、優と春樹は抱えた遺体を1階にある小ホールへ移動させる。
一番頑丈な扉がある大ホールに安置するのが最善策だが、そこには恐らく果歩がいる。
彼女の精神面を考え、ここに置くことをシアが提案したのだった。
と、小さく地響きが伝わってくる。魔人が動き出し、戦闘が始まった合図だ。
「これで良し、っと。次は果歩ちゃんか?」
遺体を置いた春樹が優に確認する。
「ああ。きっと、多分……無事なはずだ」
ここに来て多くの予想外が発生し、多くのものを失っている優。
ひょっとすると果歩も無事ではないかもしれないという疑念をぬぐい切れない。
急いで小ホールを後にする、直前。
「すぐに戻るからな」
西方に言って、2階の大ホールへと駆けた。
大ホールの頑丈な防音扉の前。小窓から見える内部に、変化は見られない。
「俺がドアを開ける。……一応警戒を、春樹」
幼馴染がうなずいたことを確認し、ゆっくりとドアノブを回す。
そして、最大限の警戒とともに勢いよく分厚い防音扉を開いた。
と、案の定、中から何かが飛び出してきて、優を押し倒す。
すぐさま魔法を使おうと――
「お帰り! って……優お兄ちゃん?」
優のお腹の上で不思議そうにしているのは、果歩だった。
彼女が誰を想定していたのか。歪みそうになる顔を必死で取り繕って、優は笑う。
「良かった、無事みたいだな、果歩ちゃん」
「うん! 春陽お兄ちゃんがここに隠れてないと怖い人たちが来るって」
「……そうか。果歩ちゃんはえらいな、西方と一緒で、ちゃんと約束を守ってる」
(お前のおかげで、ちゃんと守れてるぞ、西方……)
失わずに済んでいる小さな命を、思わず抱きしめる優。
彼女が生きていることが、自分たちの希望であり、西方が命を懸けて役割を――特派員であることを貫いた証なのだ。
「えへへー……。優お兄ちゃん、苦しいよ」
そんな2人を温かい目で見ていた春樹だが、揺れる地面に気を引き締め直す。
「果歩ちゃんと荷物の無事も確認できたし、優。そろそろ戻るぞ」
「――そうだな」
果歩と共に起き上がった優は、彼女にもう一度隠れるように言わなければならない。問題はその伝え方だ。
どんな言葉も、言い方、伝え方ひとつで印象は大きく変わる。
自分の想いを、正しく相手に伝えるためには。そして、果歩がもう少しだけ、頑張るためには。
「俺達はまだ、悪い奴らを倒さないといけないんだ」
「そうなの?」
子供は心の機微に敏感だと聞く。嘘をつく必要はない。
思っていることを、工夫して、伝えるだけ。
果歩の背後にある、回収物の詰まったバックパックを指す優。
「だから果歩ちゃんには俺達が戦っている間、その大切な荷物を守っていて欲しい」
「……果歩1人? 優お兄ちゃんも一緒に守ろうよ。お兄ちゃん、強いんでしょ?」
雨と血に濡れた優の学ランを握りしめる果歩が引き留めようとする。
その時、またしても地面が揺れた。なお一層、果歩の手に力がこもる。
「ああ、俺達は強い。でも、それは仲間がいるからなんだ」
優が見たのは外で戦う3人の特派員たちがいる方角。
震動が遠のいていることからも、作戦は今のところうまくいっている様子。
改めて果歩に向き直った優は、笑いかける。
「もう、果歩ちゃんも俺たちの仲間なんだ。……な、春樹?」
「ん? おう、そうだな。果歩ちゃんもオレ達と一緒に戦ってるんだから、仲間だ」
春樹が優の目配せで、意図を察し、相槌を打つ。
「……仲間?」
不思議そうに首を傾げた果歩に視線を合わせ、頭をなでてあげる優。
「そう。果歩ちゃんがいるから、俺達は戦えるんだ。だから、一緒に、戦ってほしい。俺達の大事な荷物を守ってほしいんだ」
一緒に。
果歩がたとえホールに1人でも、孤独ではないことを知ってほしい。そんな本心と、子供でもわかるように“役割”を与えてあげた方が良いだろうという計算も込められたお願いは、
「――分かった! 果歩がお兄ちゃんたちの荷物、守る!」
決然とした表情を見せた果歩によって、受け入れられた。
「ああ、じゃあ荷物は任せる。それとこれ」
言って果歩の首に手を回し、首からそれを下げてあげる。
「なぁに、これ?」
果歩が胸元で弄っているのは金属プレート。西方が持っていた特派員の仮免許だった。
ほとんどが漢字表記のため、彼女は読めていない様子。
「俺達の仲間の証だ。何より、絶対に果歩ちゃんを守ってくれる、お守りでもある。大切に持っててくれ」
「お守り! うん、わかった!」
嬉々として扉の奥に引っ込んでいった果歩を見送る優。
そこに過剰な気負いを見て取った春樹はあえて、冗談を言う。
「優は年下キラーなんだな」
「……早く行くぞ、春樹。ついでに俺は特派員だから魔獣キラーだ」
「はいはい、面白いな」
「そっちが振ったんだろ……。でもまあ……よしっ。行くか」
気心の知れたやり取りで幾分か軽くなった心と体で、優と春樹は魔人のいる所へと向かった。
※誤字脱字や改善点、感想等、皆さまの気付きがありましたら、教えて頂けると幸いです。




