第11話 あなたに死の〈運命〉を
「不毛な議論なんてやめて、さっさと倒しちゃいましょう! ……じゃないと西方さんが、危険です」
「そう、ですね」
優も今はそれで納得する。
たとえ迷うにしても、今ではない。
それこそ、取り返しがつかなくなる。
「……人殺しを悪とするなら。魔人である私を殺すあなた達も悪ね」
シアがしようとしていることを察して、後退る魔人。
少しでも惑わせ、心を乱そうとする彼女の言葉に、
「確かに魔人を問答無用で殺してしまうことは悪いことかもしれません……」
シアはためらいの色を見せる。
理性無く人を襲う魔獣は仕方ないにしても。
魔人だからと言って、問答もせずに悪と決めつけてしまうことには確かに違和感があるシア。
「でも」
見開いたシアの瞳に、迷いはない。
「果歩ちゃんを……西方さんを平気で傷つけて、利用して、あまつさえ人を殺してきたあなたを殺すことを。残念ながら私自身は、悪いこととは思いません」
全身を覆っていたマナが指先に集まっていく。
西方が守ってくれたおかげで身体は万全。
優が魔人と戦闘し、会話をしてくれたおかげで稼いだ時間。
――権能を使用するために十分な状況と時間を、2人が作ってくれた。
あとはシア自身が役割をきちんと理解し、こなすだけ。
「……詭弁ね」
そう言って踵を返し、逃げ去ろうとする魔人。
しかし、仲間である優がシアの意図をくみ取れないはずもなく。
「フッ!」
「鬱陶しい……っ!」
先んじて動き出した彼が、透明のサバイバルナイフを振るう。
殺すことを躊躇しないその攻撃に、魔人は足を止め、対応せざるを得ない。
「たとえ非難されることになっても。私はあなたを倒します!」
「本当に、まずいわね……。そう、私にも家族がいるの。だから、ね?」
鍔迫り合いながら言い募る魔人。
「もしいるなら、俺達がきちんと対処する。それがお前を殺す、俺達の責任。――そうですね、シアさん?」
守りたいものを守るために、人ではない“敵”を殺める覚悟を決めた優の言葉。
そこには昼休み、シアが彼に語った責任と覚悟と同じものが多分に含まれていた。
自分と同じものを背負うと言ってくれた優に、シアは思わず笑みをこぼす。
「はいっ!」
真っ白な光球が地面に向けられたシアの手のひらに創られていく。
「巡り、出会い、導く“糸”を私は手繰り、司る。人々の想いをここに――」
一層まばゆく輝くマナ。
影すらも照らし出すその光量は周囲を暗く見せるほど。
「私も生きるために仕方なく人を殺したの。あなた達と同じよ! だから、ね?」
魔人の自分本位な懇願は、誰にも届かない。そして、
「――〈運命〉」
シアが言うと、静かに世界を変える魔法が地面に吸い込まれ――波紋を広げる。
地面を覆いつくしていく白いマナは雪原のよう。
「死にたくな……くそがぁぁぁ! どけぇぇぇ!」
顔を醜悪に歪め、叫ぶ魔人。
「悪いな」
無理やり逃げようとした魔人の足を優が深く切り裂くと、魔人が体勢を大きく崩す。
そして、地に満ちた純白が優ごと魔人を飲み込み、すぐに霧散した。
「いや゛ぁぁぁーーー……あら?」
死を覚悟し、絶叫した魔人だったが、変化はない。
「シアさん、大丈夫なんですか?」
シアがいる場所まで退いて、尋ねる優。
演習の時もそうだったように、彼女の〈権能〉が効力を発揮するまでには時間差があった。
「大丈夫……なはずです。きちんとあの魔人だけを対象に、死の運命を願いました、けど……」
不安げに言うその姿に、先ほどまでの威勢も神々しさも感じられない。
加えて、足を引きずりながらも立ちあがった魔人が、
「……魔法、失敗したのね?! アハハ! 傑作よ! 結局、天人とは言え特派員にもなれない見習いの出来損ないなのね!」
などと余裕な顔で笑うのだから優もシアも不安になる。
「失敗したかも、知れません……っ」
「……了解です。でも、逃がすわけにもいきませんし、戦う以外に道はありません」
ここで魔人をあえて見逃し、西方の容態を調べる道もあるにはある。
しかし、子供《果歩》と重傷者を連れた帰り道で再度、魔人と出くわすようなことがあれば、それこそ被害は拡大する。
「アハハ! お前も、お前も! 私の足止めと権能を使うためにマナを大量に使ったわね?!」
人が変わったように、優とシアをそれぞれ指して笑う魔人。
先刻までの彼女の様子からは考えられない、狂笑だった。
あるいはそれこそが、彼女の本質だったのかもしれない。
白い権能の光が、隠されていた本能を照らし出した形だ。
「『逃がす?』ですってぇ?! 逃げるわけないじゃない! だって今なら私1人でもあなた達を殺せる――」
言った彼女の姿が突如として掻き消えた。
正確には、優もシアも全く予想していなかった方向から飛《跳》んできたソレに彼女が食べられたのだ。
そう、ソレこそ。
『ご飯、美味しい!』
最初に会館を襲い、優とシアがあっけなく倒した――と思っていた触手の魔人だった。
腹にあった大きな口で魔人の女性を丸飲みにした、触手の魔人。
もごもごと咀嚼するように動くお腹は腹踊りしているようにも見えるが、ガキッ、ボキッと硬い骨を砕く音や、グチャグチャと肉を咀嚼する音がする。
「あの魔人、生きてたんですか?!」
「そう言えば生態は魔獣と同じ。だから死ねば砂になるはずなのに、なっていなかった……!」
魔獣と同じ生態を持つ魔人も、死んでしまえば黒い砂になる。
にもかかわらず、魔人は死体として転がっていた。つまり生きていたということになる。
「とはいえ、確かにさっきの魔人は死にました。権能はうまくいったみたいですね」
「そうなんでしょうか……? ですが、捕食したということは……」
「はい。恐らく変態します」
早くも魔人は拍動と共に、少しずつその身を膨らませている。
厄介なことに、食べた食料が消耗していたとはいえ、天人クラスの魔力を持っていた。
「今回は大きな変態になると思います。時間がかかるはずなので、今のうちに西方を」
「はい!」
回収物と果歩、大切なものが詰まった会館がそばにある以上、隙だらけとは言え、むやみに変態中の魔人を刺激することは出来ない。
それでも、戦闘が出来ないだけで、何もできないわけでもない。
2人は急いで、西方のもとへ駆けた。




