仕事人間の美男公爵に愛人が?王城に籠りきりのはずなのにどういう事よ。
金髪碧眼の美人フローリア・レトリックス公爵夫人はエルンスト・レトリックス公爵と結婚をし、まだ一月しかたっていない新婚ホヤホヤだ。
だがこのエルンストと言う男、黒髪碧眼の美男なのだが、仕事が多忙で妻に構う暇がなくて、
フローリアの名前すらまともに覚えてくれてなかった朴念仁だった。
フローリアや、エルンストの父であるアルフレッドに叱られて、反省をしたはずなのだが。
彼はあまりにも優秀な為、今度は王太子殿下に請われて、王城へこもりきりになってしまった。
前は家に帰ってきただけ、まだ顔を合わせる事が出来たが、今度はまるで帰ってこない。
フローリアはため息をつく。
「わたくし、何の為に結婚したのでしょう。寂しいわ。」
この結婚に政略的意味はあまりない。
エルンストの父、アルフレッド・レトリックス前公爵と、父のシルリス伯爵が友だったために、エルンストに憧れていたフローリアの気持ちを叶えるための結婚だったのだ。
そして、更に頭にくるような事が起きたのであった。
「こんにちは。奥様。わたくし、アマルデと申します。今日からここに住まわせて貰いますわ。」
「アマルデさん??どういう事でしょうか?」
尋ねて来た派手な化粧をして、真っ赤なドレスを着たアマルデと言う女性を客間に通して応対すれば、アマルデという女性はにっこり笑って。
「愛人にと望まれたからですわ。もう、エルンスト様は情熱的にわたくしを求めて下さって。わたくしを是非、愛人にと…」
「なんですって???」
仕事が忙しくて王城に籠りきりではなかったのか?
いつの間に愛人なんて作ったのかしら…あの人は…
そこへ、頼りになるこの家の老執事セレストが現れて、
「旦那様がご不在の時に、貴方様をこの家に迎え入れる訳にはいきません。お住まいをお知らせくださいませんか?旦那様のいらっしゃる時に、馬車でお迎えにあがりますので。」
「えええ?それは困るわ。もう住まいを引き払って、外に荷物は置いてありますの。わたくし、今日から住まわせて貰いますから。オホホホホ。」
フローリアは、もしエルンストが望んでアマルデを愛人にと招きいれたのなら、
ここで叩き出したらまずいのではと思い、
「解りましたわ。お部屋を用意いたします。セレスト。ご案内して差し上げて。
後、外の荷物を使用人達に運んでもらって頂戴。」
「かしこまりました。奥様。」
公爵夫人たるもの、愛人の一人や二人で騒ぎ立ててはいけないと、父のシルリス伯爵から教わっていた。だから、ここはぐっと我慢しなければならない。ならないのだけれども…
涙がこぼれる。
まだ、まともにベッドも共にしていない。
キスをしただけなのだ。
フローリアは拳を握り締めた。
セレストに命じる。
「王城に参ります。」
「そうおっしゃると思って、馬車の準備は終わっております。」
「では、参りましょう。」
王城へ向かうフローリア。
物凄く、イライラして仕方がない。
この前、あまりにも構ってくれなくて、友達の所へ家出したのだが、
迎えに来たエルンストの頬をぶんなぐってやった。
今度はどうして差し上げようかしら。
わたくしは…我慢しなければならないのでしょうけれども…
でも…我慢できないのよ。
わたくしはエルンスト様に愛されたい…
エルンスト様を愛したい…
だって、夫婦なのですから…
王城に着くと、門番に用件を言って、中に通して貰った。
エルンストが働いているであろう部署へ行き、彼が籠っている部屋へ案内して貰う。
コンコンとノックをしてみれば、
「どうぞ」
と言う声がして、フローリアはセレストを従えて、部屋の中に入った。
すると、クマを目の下に作り、山積みの書類の中で腕まくりをして紙に何やら記入をしているエルンストがフローリア達を見て顔を上げて、
「ああ…フローリア。申し訳ない。明日には終わらせて屋敷に帰るから。そうしたら、ゆっくりと愛を深めよう。」
フローリアはツカツカとエルンストの前に行き、
「お話がございます。今、屋敷にアマルデと言う女性が来ています。貴方に愛人と望まれて屋敷に来たと申しておりますが…」
「何だって???」
エルンストは立ち上がって、
「知らないぞ。私はずっと王城に籠りきりで…王太子殿下に許可をもらって、今すぐ戻る。
その女性をどうにかしないと…」
慌てて立ち上がり、エルンストは部屋を出ていった。
フローリアはヘナヘナと床に座り込み、
「何かの間違いだったのかしら…」
セレストが助け起こしてくれて、
「あの旦那様が愛人を作るとお思いでしょうか?」
「いえ…あの人が愛人を作るような女性に気が利く人とは思えませんわ。」
「そうでしょうね…」
エルンストと共に、馬車で屋敷に戻る事になった。
エルンストは平謝りに謝って。
「私がいない間に、愛人を名乗る女性が来るとは、さぞかし驚いただろう。すぐに誤解を解くから安心してくれ。」
「誤解でしたのでしたら…エルンスト様。お仕事お疲れ様ですわ。」
馬車に着くと、エルンストは急ぎ、アマルデの元を訪れて、
「私がエルンスト・レトリックス公爵だ。私は君の事を…???君は…」
「あら…?貴方は…」
互いに驚いたように相手を見る。
フローリアは不安になった。
何?知り合いなのかしら?
エルンストが口を開く。
「君はロイエールと共に飲んでいた女性ではないのか?」
「あの人、エルンスト・レトリックスと名乗っていたわ。本当の名前を教えて頂戴。」
「ロイエール・ミルトラン公爵令息だ。」
「解りましたわ。ミルトラン公爵家に参ります。奥様、お騒がせ致しましたわ。荷物は後に取りに参りますので。」
そう言うと、アマルデは出て行ってしまった。
フローリアはぽかんとしてそれを見送って、
エルンストは言い訳をする。
「ロイエールは女癖が悪くてね。私とは長年の友なのだが…どうも私の名を騙ったようだ。
彼は結婚しているのだが、何も私の名を騙らなくても…。
フローリア、本当にすまなかった。」
「いいのですわ。誤解だって解っただけでも…」
フローリアは安堵した。
エルンストは慌てて、
「王城へ戻らないと。まだ仕事が終わっていない。」
「わたくしも参ります。新婚である貴方様を王城に缶詰だなんて…許せませんわ。」
そう、フローリアは思ったのだ。王太子殿下に一言、言ってやらないと。
エルンストは慌てて、
「王太子殿下に物申すのはやめてくれっ。」
「いえ。わたくし、耐えられませんわ。」
そう言って、強引に馬車に乗り込むフローリア。エルンストは仕方なく、フローリアと共に王城へ戻った。
王太子殿下に用件を伝えた上で謁見を申し込めども、彼は忙しいらしく、王太子妃カトリーヌが代わりに、話を聞いてくれるという事で、エルンストと共に王宮の広間へ出向くフローリア。
エルンストが頭を下げて、
「申し訳ございません。妻が…我儘を申しまして。」
カトリーヌは微笑んで、
「フローリアの言う事はもっともな事です。新婚なのに、王太子殿下は…わたくしからもきつくきつく仕置をしておきますので、ご安心下さいませ。」
カトリーヌの背から炎が燃え上がっているような気がするのは気のせいだろうか…
フローリアは恐る恐る聞いてみた。
「カトリーヌ様も何か王太子殿下に思う所がおありなのですか?」
「それはもう…あの人、仕事仕事で…自分だけでなく部下達も巻き込んで…わたくし、いつも言っているのです。部下達も家庭があるのですから、少しは考えて下さいって。
いつも上の空で流されてしまって。そうだわ。嘆願書を書きましょう。皆で連名で。
そうすれば反省してくれるでしょう。勿論、わたくしからもきつくきつく仕置をする事は変わりませんが。」
エルンストとフローリアは頭を下げて、
「有難うございます。」
「助かります。」
後に嘆願書が効いたのか、それ以降、王室から無理な仕事の依頼は無くなった。仕事の依頼があったとしても、きちんと王城から屋敷へ毎日、帰る事を義務付けられた。そして週二日、休日も設けられた。
王太子妃との謁見を終わり、やっと馬車に乗り、二人は屋敷へ帰る事となった。
エルンストはフローリアの手を握り締めながら、
「その…色々と心配かけてすまない。」
「いえ…わたくしは貴方様の妻なのですから…」
「今夜から…その…いや何でもない。」
赤くなって照れたようにうつ向くエルンスト。
何とも言えない愛しさが感じられて。
フローリアはエルンストの頬にちゅっとキスを落として、
「まずはゆっくりと疲れを取って下さいませ。」
「有難う。フローリア。愛しているよ。」
騒動はあったけれども、こうして屋敷に共に帰る事が出来て、
エルンストの手の温もりは温かくて、なんとも言えぬ幸せを感じるフローリアであった。