二杯目 ワイルドマジョラム
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薔薇が咲き誇り、ほんのりと華やかな香りが鼻を擽る。
さわさわとそよ風が木々を揺らし、木漏れ日が踊る庭園の端。
純白の四阿でお茶を楽しむ男女がふたり。
「この前お父様ったら、また騙されて絵の贋作を買わされたのですわ!なんでも『この絵が売れれば子どもたちにちゃんとしたごはんが食べさせられるんです』って言われて買ってあげたんだとか。でも数時間後にはその方、賭博場で発見されましたのよ!いいカモですわ!」
「そうか…」
今日もいつも通り、婚約者として定例のお茶会が開かれていた。
「全く、お父様のお人好しっぷりには本当に困ってしまいますわ」
「…………………」
前回のお茶会でふたりの心が近付いた………はずだった。
エリクの思いがけない行動。
イザベラの高鳴る胸。
そしてふたりの気持ちが燃え上がり…………!!は、しなかった。
なぜならば。
一週間という時間は、人を冷静にするのには十分な期間だったからだ。
(きっと何気なく触れてしまったことが恥ずかしくて逃げたのね。嫌だわ、私ったら自意識過剰で!)
何気なく触れてしまった理由にまでは考えが及ばないイザベラ。
(あの時なぜ俺は逃げてしまったのか…!あのまま自分の気持ちをぶつければ良かったものを、狼狽えて逃げ出してしまうとは、なんという体たらく!イザベラ嬢もあんなこと無かったかのようになってるじゃないか!!)
そして相変わらずヘタレなエリク。
果たしてこんなふたりの距離は縮まるのか?
それは神のみぞ知る、である。
「本当に困ったものでしょう?」
「…………ああ」
(もぉ…エリク様ったらいつも空返事ばっかり………)
少しアレンジは加わるものの、エリクの返事は『そうか』『ああ』『また来る』の3パターンしかレパートリーが無い。
イザベラも流石に辛くなり、気付かれないように溜息をついた。
そう………気付かれないように。
普通の人には、気付かれないくらいに。
(た……溜息!?そそそ、そんなに退屈なのか!?そりゃそうだ……俺はイザベラ嬢を見ているだけで満足だが、彼女は会話をしても俺がほぼ短い相槌しか打たないんだからつまらなくもなる、か………)
ちなみにほぼではなく、全て相槌である。
話題提供をしたことは皆無だ。
現実逃避も甚だしい。
(よ……よし。今日はおおおお俺から!俺からも話をするぞ!!)
志は今日も、低い。
「そ……………それで伯爵を騙した人間は…………捕まったのか?」
「ええっ!?!?」
イザベラが驚くのも無理はない。
今まで散々お茶会を開くも、相槌をするとき以外はお茶を飲む時しか口を開かなかった男が、今、喋ったのだ!
口をあんぐりと開けた、令嬢らしからぬ顔で固まっても仕方がないであろう。
さて。エリクは話題提供まではできなかったにせよ、なんとかコートに落ちそうだったボールは拾った。
だがイザベラに問いは投げかけたものの、今後のプランは無い。ノープランだ。
相変わらず表情に変化はないが、内心はバクバクである。
今後相手から返される返事によって変化するであろういくつもの会話の展開を予測し、返答を用意するのに頭の中はフル回転である。
そんな内心の焦りなどおくびにも出さないエリクが可愛い婚約者にどう映ったのかといえば。
(喋った!?今、もしかして喋ったの!?他の人と喋ってるのは何度か見たことあったけど……私と話すのなんて初めてなんじゃない!?何の心境の変化よ!もしかしてあれかしら…?何かが乗り移ってるとか!?やだ、お祓いの仕方なんて知らないわ!!)
憐れ、お化けの如く扱われていた。
そしてもちろんエリクの気持ちは欠片も伝わっていなかった。
しかし、喋らない男と長らく婚約関係を続けられるだけあって、イザベラの神経はなかなかに図太い。
すぐに立て直した。流石である。
「あ、えっと…詐欺師が捕まったかどうか、でしたかしら?いいえ、結局捕まえることは出来ませんでしたの。逃げ足が早くて……」
「そうか………」
結局いつものレパートリー、『そうか』。
しかしいつもと違うのは、イザベラの話を聞いて深く考え込んでいることだ。
いつもなら背筋を伸ばしたままイザベラを見つめているエリクが、今は右手で軽く顎に触れ、テーブルを睨んで思索に耽っている。
(伯爵を騙し、イザベラ嬢を悲しませるとはなんという重罪!このまま逃げ得にはさせんぞ……!治安部隊や騎士団には既に知らせているようだから、調書を取り寄せて公爵家でも調べてみるか。賭博場といえば……恐らくバラーダカジノだな。ならばあそこの支配人に圧力をかけて情報を聞き出してみよう。それから公爵家の騎士に命じてしらみつぶしに探して、、、)
恋に狂った権利者ほど恐ろしいものはない。
頭の中で公爵家の権力とコネと金をフルに活用して詐欺師を追い詰める算段を立てていく。
憐れ、その詐欺師は明日には牢の中であろう。
エリクが俯き考え込んでいる隣で、イザベラはそんな婚約者を観察していた。
いつもはイザベラが話している間、じっとエリクが彼女を見つめているのが常だった。
なのでイザベラがエリクを観察するには見つめ合うしかなかったのだ。
だが、そんなことは恥ずかしくて10秒も保たなかった。
なぜならエリクはイザベラをガン見するからだ。
自然に視線が合うのとは訳が違う。
なのでいつもは自然を装って視線をそっと逸していたのだが、今日のエリクは机をガン見している。
視線が合うことはないのでイザベラからは見放題だ。
イザベラはエリクにもらった少し癖のあるワイルドマジョラムのブレンドティーを飲みながら、彼の顔を不躾に見つめる。
(本当に美しいわね。令嬢たちが騒ぐのも頷けるわ。完璧に整った顔に、肌も髪もそんじょそこらの女性よりも綺麗だなんてどういうことよ。唇も荒れてないわ。ツヤツヤよ。いや、ウルツヤよ。な、なんて柔らかそうなの!あら。睫毛も長いのねぇ。我が婚約者ながら、セクシーだわ………)
うっとりと見惚れていたため、急に観察対象が振り返って驚く。
ドキドキと高鳴る心臓は驚いたせいなのか?それとも!?
………ある意味吊り橋効果である。
「イザベラ嬢。少しやることが出来ましたので本日はこれにて失礼します」
「へっ?や、やること…………ですか?」
エリクがいつもと違ってあまりにも喋るので、イザベラは頭がついていかない。
そしてエリクは詐欺師のことに頭の中の大半が締められているので、自分がいつも以上にたくさんイザベラと話せていることに気付いていない。
「その詐欺師を捕まえてきます」
「……は?」
「イザベラ嬢の心に影を落とすなど…許しがたい」
「……………え!?」
「イザベラ嬢の憂いは私が、一つ残らず払ってみせましょう」
「………………………どぇっ!?」
令嬢として被っていた猫はどこへやら。
エリクの奇行により一匹残らず逃げ出した。
そしてエリクはイザベラを憂鬱にさせ、イザベラの心の中で自分よりも幅を利かせている詐欺師に憤慨する余り、口から本音がダダ漏れていることに気付いていない。
(私のため!?私のためなの!?)
異常事態が多すぎて最早何のドキドキなのか分からなくなっていたが、イザベラの心臓は大忙しだ。
「詐欺師を捕まえましたらすぐに知らせを出します」
「えっ!?は、は…………い」
「必ず捕まえることをお約束します。…………では」
「あっ!はい!ご、ごきげんよう!」
今日も結局いつもと同じ、『では』でお茶会は終わった…………が。
今日の『では』はいつもと違う。
いつもは『また一週間会えないのか…』という後ろ向きなもの。
だが今回は『イザベラ嬢のために、今すぐ捕まえてみせる!』という、熱のあるもの。
どちらもイザベラへの愛があればこそのものなのだが、熱い言葉は心に響くもの。
例えそれが『では』という短いものでも。
(今日のエリク様はどうしたっていうの!?わ、私のため…だなんて!キ、キャー!!心臓がもたないわ!!)
訪れた変化を喜ぶように、風が優しく通り過ぎ、木漏れ日はクスクスと笑うようにさざめく。
高い空の下。純白の東屋で行われる婚約者たちのお茶会は、来週も行われることだろう。
ワイルドマジョラムの花言葉
『あなたの苦痛を除きます』
どんどん糖度を増していく予定です。
砂を吐くご準備を!!