お父サンタのさがしもの
「サンタさんはお父さんだったの?」
あぁ、ついにこの日が来てしまった。
目の前にいるのは我が家の姫君にして愛しき娘。今年九歳の可愛いざかりのお年頃。
そしてこの年齢になると色々と分別が付くようになり……そして少しずつ大人になっていく歳でもある。
「ん、急にどうしたんだい?」
慌てず、落ち着いた声で娘へと問い返す。
十二月二十五日の朝。去年は大喜びでプレゼントを抱え見せてくれた娘だが、今年はプレゼントを胸に抱え不安そうな表情をしていた。
無理もない。娘の言ったことは紛れもなく世の真実。
そりゃ僕だってサンタは居て欲しいと年甲斐もなく思うぐらいの気持ちはある。でも大人になって現実との折り合いもすでについている歳だ。
しかしまだ幼い娘にそれを打ち明けたところでどうなるかは簡単に予想がついてしまう。少なくとも大泣きして部屋に閉じこもってしまうだろう。
何せかつての自分も同じ道を歩んだのだから。
僕も娘と同じ歳の時に父親に問いただし、そして現実を突きつけられた人間だ。
子ども心ながら何となくそんな気はしていたものの、聞かされた内容は夢も希望も無くただただ事実を述べられただけ。
おまけに『お前も来年は十歳なんだから、そんなことぐらいでショック受けるな』なんて言われる始末。
部屋に閉じこもり布団を被った直後、両親による怪獣決戦(クリスマス特別編)が繰り広げられたのは昔の記憶ながら鮮明に覚えている。
まぁそんな苦い経験がある手前、娘には同じ道は歩んで欲しくないわけではあるのだが……。
「クラスの男子がサンタさんはいない、お父さんだって言ってたの……。それで昨日……」
最後の方は声が小さくなってしまい聞き取れなかったけど、娘の仕草や表情から理解してしまう。
つまり彼女はこっそり起きていて、僕がプレゼントを置く瞬間を見てしまったわけだ。
「…………」
娘の視界に入らない位置から妻がチラチラと視線を送ってくる。
目は口ほどに物を言う、なんて言葉があるが、その言葉通り妻の目線はアイコンタクトの域を超えて念で声を届けてるんじゃないかってぐらい物語っていた。
うまくやりなさい、泣かせたらわかってるわね、と。気持ちは分かるけど僕一人に丸投げしてそれは理不尽じゃないだろうか。
とは言え気持ちは僕も妻と同じだ。娘の悲しい顔なんて見たくは無い。
「……そうだね。それじゃ本当の事を教えてあげるよ。でも今から言うことは本当に本当に大事な事なんだ。誰にも喋っちゃダメなんだけど、絶対に秘密に出来るかな?」
僕の言葉で妻の顔がどんどん般若に近づいた気がするけど、今は堪えていただくことにする。
一応僕だって長年考えてはいたんだから。
「……うん、約束する」
コクリ、と一度頷き娘がこちらを見上げてくる。
その顔は僕の言葉を聞き漏らさないようにとばかりに真剣そのものだ。これから嘘をつく手前、良心が痛むのは仕方の無いことかもしれない。
「実はね……」
夢破れた幼いあの日を思い出す。
そして娘が産まれ、初めてのクリスマスを迎えた日に誓った。
きっと今日と言う日が来るまでに、娘を傷つけることの無い嘘を探してみせると。
「お父さんは……」
そして考えに考えた。
考えて、考えて、調べて、考えて。
人から話を聞いてまた考えて。
そして僕は一つの答えを探し当てた。
「サンタクロースなんだ」
「「…………」」
あ、母子揃って何言ってるんだこの人。みたいな顔をしている。
愛しの家族にその様な表情を向けられるのはお父さん的に辛い。
なので早々に言葉を続ける事にする。
「正確には一日サンタさんかな」
「一日サンタさん?」
「うん。サンタクロースって赤い服を着てる白いおひげのおじいさんなのは知ってるよね」
こちらの言葉にコクリと頷く娘。うん、可愛い。
「その人からお願いされたんだ。私に代わってサンタクロースになって、自分達の子どもにプレゼントを渡して欲しいって」
「そうなの?」
「うん。クリスマスイブの夜だけ、お父さん達はサンタクロースになれるんだ。だからそのプレゼントもサンタさんからのプレゼントなんだよ」
「サンタさんからのプレゼント……」
胸に抱くプレゼントをぎゅっと抱く娘は少しずつだけど信じ始めているようだ。
でもまだ気になっていることはあるようで。
「でもおじいさんのサンタさんに会いたかったな……。何でお父さんに代わりを頼んだの?」
「うん、僕もそこは気になって聞いてみたんだけどね。この世の中にはたくさんの子どもがいるんだけど、サンタさんは一人だけ。とても一晩じゃ全員にプレゼントを配りきれないんだって」
何せ世界中の子どもの数は十億人単位で存在する。
仮に一人一秒でプレゼントを贈ったところでどう足掻いても時間が足りない。
もちろんこんな現実的な話は娘にはしない。あくまで子どもが多くて一人では大変と言う部分だけを強調するに留めておく。
「だからお父さん達に代わりにってお願いに来たんだって。プレゼントはクリスマス以外の時間で用意できるみたいなんだけどね」
「じゃあサンタさんは何しているの? お父さん達がサンタさんになったのならおうちにいるの?」
「ううん、違うよ。サンタさんはお父さんやお母さんがいない子ども達の所に行ってるみたいだよ」
「ぁ……」
そう、ここでサンタさんのご登場だ。
お父さんとお母さんがいる一般の家庭では一日サンタがいる。しかし世の中には両親ともいない家庭もいるのだ。
理由は様々なれど、少なくとも子どもとは言えそういう家庭があること自体は知っている。
現実の周りに居なくてもマンガとかなら結構そう言うパターンもあるしね。
とりあえず娘ははっとした表情をしているので、その辺りは問題なかったらしい。正直ちょっとほっとしている。
「時間的に今頃はヨーロッパの国の子ども達の所にいるんじゃないかな」
「サンタさん、大変そう……」
「うん。だから僕達も協力する事にしたんだ。とは言うものの……」
そこでゆっくりと僕は人差し指を出し口にあてる。
それは『静かに』のポーズ。でもこのタイミングでは『内緒』の意味を持つ。
「これは内緒のお話。でないとお父さんとお母さんはサンタさんに怒られちゃうから、ね?」
「あ、うん! しー……だね!」
娘も僕と同じポーズをしようやく笑顔を見せてくれた。
そんな娘の頭を優しく撫で、とりあえず着替えてくるように促し一旦部屋へと戻させる。
ドアが閉じる音が聞こえると妻がコーヒーを片手にこちらへとやってきた。
「上手くやったわねぇ。すごいじゃない、見直しちゃった」
「ううん、昔からずっと考えていたからね」
何とか無事にやり過ごせたことに胸を撫で下ろす。
受け取ったコーヒーを飲み、ふぅ、と一息をつきながら、頭の中ではすでに別の事を思い描く。
「まぁ、でも……」
「ん?」
今年は何とか切り抜けた。
しかし来年はどうだろう。子どもは一年もあれば物凄く成長をする。
もうこの手は来年は通用しないだろう。悩ましいところではあるが、娘の成長を感じれるのは大変喜ばしくもある。
「来年の分のお話、今から探しておかないといけないなぁと思ってね」
「お父サンタは大変ねぇ」
「お母サンタは手伝ってくれないのかな?」
「くす、いいわよ。頑張って二人で探しましょうか」
遠くない未来、あの子が本当のことを受け止めれるようになるまで、今しばらく僕の探しものは続きそうだ。