表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/32

図書館

 300年前、魔王と呼ばれる存在がいた。

 竜の姿を持ち、各地を気まぐれに飛び回っては、その姿を目にした者をことごとく放った爆発で滅ぼしていった。魔王は爆発で周囲を平らにすると、その中心で眠り、魔力を充填する。充填が完了すると、同じことを何度も何度も何度も繰り返す。


 大気から魔力を吸収し、無限に再生を行う魔王。


 それを倒せるのは、すべての理を断ち切る力を持つとされる剣――後に『勇者の剣』と呼ばれることになる剣だけだった。

 この剣を手にしていたのが、名うての冒険者にして数々の宝具、武具を所有していた男、リオネス・キリシアである。


 滅びゆく世界を救うため、リオネス・キリシアは仲間と共に充填中の魔王の元に向かう。そして激闘の末、心臓にその剣を突き刺すことに成功する。魔王を倒したことでその剣は『勇者の剣』と言われ、リオネスは勇者と呼ばれるようになった。


 魔王は滅び、リオネスは讃えられたが、その大地は依然として荒れ果てたままだった。


 リオネスは生き残った人々、仲間たちと共に、焼け野原を整え、耕し、国を築いていく。やがて地には緑が戻り、人々の暮らしが芽吹き始める。


 リオネスの優れた指導力、そして地下に眠っていた大量の魔導力結晶の存在も手伝い、最終的にその国――キリシア国は世界一の大国となった。


 キリシア国は豊富な魔導資源を基に、魔導具の技術が飛躍的に発展し、魔導車や魔導列車、さらには様々な自動化機構が発明される。


 文明の水準は他国を遥かに凌ぎ、強大で圧倒的な帝国として君臨することになった。


 ♦︎♦︎♦︎


 学園の図書館で歴史書を読み、この異世界の世界観が掴めてきた。

 クリスが住んでいるこの国――キリシア帝国はこの世界でも突出した力を持った大国のようだ。現実世界から来た僕が、ストレスなく暮らせている時点で、文明レベルとしてはやはり相当高いらしい。


 そして、歴史書に書かれている魔王。

 これはどう考えても、昨日見たアレだ。

 歴史書には『地下に眠っていた大量の魔導力結晶の存在も手伝い』と書かれているが、これは嘘くさい。魔王は完全に滅んではおらず、昨日の様にエネルギー源にされていて、むしろこっちが主力源という事っぽいな。


「見て……あそこに居られるのって……クリス様じゃない……?」


「ク、クリス様……!? こんな所に居られるなんて、とても珍しいですわ……」


「イケメンすぎます……。本を読んでいるだけで、なんでこんなに絵になるのかしら……」


 僕が普通に図書館で本を読んでいると、なんだか遠巻きに周りから見られ、ヒソヒソと声がする。

(主に女子生徒)


 クリスは学園内でも相当有名らしく、歩いているだけで結構視線を集める。現実世界の僕とは真逆の存在だ。


(居心地悪いなぁ……)


 そろそろこの場を去ろうかと思ったところで、後ろから声がかかった。


「あれ〜? クリス君じゃん」


 振り返ると、クラスメイトのローラさん(超絶美少女ギャル。青紫色のウェーブがかった長い髪。若干タレ目で赤色の瞳。165cm。巨乳。若干制服を着崩している)がそこに居た。

 ちなみに昨日の反省から午前中に人間観察を行いクラスメイトの名前と顔、特徴はインプット済みである。


図書館(ここ)にくるなんて珍しいね〜。どしたの」


「や、やあローラさん。いやあ、ちょっと調べ物をしててね」


「ふ〜ん?」


 そう言うと彼女は僕の隣席に座り、手に持っていた数冊の本を机に置く。

 そして、僕の席に積まれていた本を手に取りパラパラとめくる。


「え〜? 何これ歴史書? クリス君が歴史の本を読むなんて珍しい〜。なんでこんなの読んでるの~?」


 なんて言い訳しようか……。

 『転生してこの世界のことがさっぱりわからないから、まずは歴史を学んでいました』と言う訳にもいくまい。

 かと言って全くのでたらめを吐くのも、それはそれでボロが出そうな気がする。 


「最近ちょっと一般教養の無さで恥をかいてね。魔術以外も勉強しようと思ったんだ」


 最終的に、ウソとも本当ともつかない微妙なセリフを吐いた。


「えっ本当!? 頭でも打ったの~!?」


 しまった。このセリフはクリスの範疇からかなり外れていたらしい。

 ローラさんは目を見開いて驚いている。

 なんとかリカバリーしないと……。


「い、いや、頭は打ってないけど……」


 僕の動揺に気づいたのか、彼女は小さく首を傾げ、わずかに目を細めて言った。


「クリス君、何か隠してる……?」


「えっ!? な、何をだい?」


 この子、おっとりしているように見えて鋭いな……。

 かなり侮れない感じがする。


 彼女は更に、ぐいと体を寄せて僕の顔を見てくる。

 彼女の整った顔が眼前に迫り、花のような香りがする。


 そして二秒ほどそのままじっと見つめられたが、やがて彼女は疑いの色をふと緩めた。


「まぁ、いいや! ごめんね~変なこと言っちゃって~」


 と言って、彼女は体勢を戻した。


 超絶美少女との身体的接近。

 それにより、僕は恋に落ちそうになってしまう――が、ここであたふたと動揺し、顔を赤くしてしまうと、またクリスのキャラを崩してしまうことになる。


 だから僕はここで、元の世界で培った陰キャラ特性を発動した。

 元世界で僕は、基本的に異性からキモがられ、距離を置かれていたが、極稀に普通に僕に接してくる女子がいた。(主に事務的な用事)

 普通に接してくれるだけで僕は普通に恋に落ちる。

 しかし恋に落ち、ましてやそれを行動に移してしまえば、僕も相手も不幸になることは確定的に明らかである。そのため僕は初めからすべてを諦めて、無心のインセルモードで女性と接していた。


 そのモードの発動により、僕は先ほどよりも冷静に振舞う。


「ローラさんは相変わらず、小説を借りにここに?」


 彼女が手に持っていた本。

 それらはすべて小説だった。

 最初、僕に『図書館(ここ)にくるなんて珍しいね〜』と言ったことからもおそらく図書館の常連なのだろう。

 動揺の中これらを一瞬で判断・分析し、前髪を横に流しながら僕はそう言った。


「うん。明日から遠征だからね~。列車のお伴にね~」


 よし。今度は特に違和感を持たれなかった。


 そして遠征とは何だろう。

 列車と言っているし、列車に乗ってどこかに旅行にでも行くのだろうか。


「へえ。遠征に行くんだ。いいねえ、どこに行くんだい?」


 と言うと、彼女は再び首を傾げ、不思議そうにこちらを向く。


「あれ~? クリス君もいつも通り、今回のダンジョン攻略メンバーに入っていたと思うんだけど、違ったっけ? もしかして通知見てない?」


 しまった。二回目の失言を僕はしたらしい。

 通知……? それにダンジョン攻略ってなんだ……? また、昨日みたいなクエストがあるのか……?

 どうやらまた厄介なイベントが、僕に発生しているようだ。


「え? ……ああ、そうだったそうだった。僕としたことがうっかりしていたよ」


「え〜? クリス君にしては珍しいね〜」


 僕が咄嗟に言うと、彼女の表情の怪訝さが増す。


 ま、まずい。なんだか、かなり違和感を持たれている。

 何とか気をそらさないと……。


「そ、そうだ! 僕も列車で暇をつぶしたいし、小説読もうかな。何か、ローラさんおすすめの、小説とかあるかい?」


「え!? クリス君が小説を読むの!? あのクリス君が!?」


 もう無理だ。彼女の中での『クリス君』は崩壊していそうだ。

 というか小説読もうとしただけで驚かれる人間って何なんだよ。

 クリスってどんな人間だったんだよ。


「し、失礼だな。僕だって小説を読むことくらいあるさ」


 僕は肩をすくめてそう言った。


 彼女は僕の言動に驚きつつも、一旦はおすすめの小説のアンサーを返してくれそうで、先ほど机の上に置いた数冊の小説を並べ見る。


「う~ん、じゃあ……これとかどう? 『ウソキミ(嘘つきの君)』って言って、恋愛小説なんだけど。これを読めばもしかしたら、クリス君も人の心を取り戻せるかも!」


「ひ、人の心……?」


「あ! ごめ~ん。つい、本音が。クリス君あんまり人間味が無かったから、少し心配だったんだよね~。でもこうして、小説に、外界に興味を示している。親心にボクはうれしいよ~」


 ローラは腕を組み、うんうんとうなずきながら感慨に浸っている。


 もはや違和感を通り越して感動されているが、彼女は嬉しがっているようだし、これで良かったのかもしれない。彼女の毒っ気ある節々のワードから、クリスが普段どんな振る舞いをして彼女を心配させていたかが、なんとなく分かってきた。


「そ、そうかい。でも確かに、僕自身少し世間知らずなところがあるのを、最近、自分でも自覚しているよ。恋愛についても、僕は今までだれかに恋愛感情を抱いたことが無いんだ。妹は愛しているけどね」


 僕は再度、ウソとも本当ともつかない微妙なセリフを吐く。


「え? クリス君ってシスコンだったの……?」


 若干引いたような感じで、彼女は手を口元に当て、目を見開く。

 僕が唯一把握している、妹を溺愛しているというクリスの属性は、クラスメイトに把握されていなかったらしい。


「妹を愛することは普通のことだろう? まあ、それは置いておいて、君のおすすめする恋愛小説、読んでみようかな」


「本当!? じゃあ、今持っているこれが3巻なんだけど、ついでに1巻も借りてくるよ~。明日の遠征の時に渡すね~」


 ローラは純粋に嬉しそうな笑顔を僕に向ける。

 自分の趣味(小説)に興味関心をもってもらうことは素直にうれしいようだ。


「有難う。楽しみにしてるよ」


「うん! じゃあまた明日~」


 そう言って彼女はにこやかに、鼻歌混じりに小説コーナーの方へ行った。




 ふぅ……一先ずは切り抜けられたか……。

 色々と違和感は持たれたようだが、そんなに悪くない着地点だった気がする。


 しかしまずいな。またクリスに、『ダンジョン攻略』なるクエストが課されているらしい。

 そんなものがあるなんて僕はさっぱり知らなかった。


 そういえばローラは『通知見てないの?』と言っていたな。

 まずは『通知』がありそうな、クリスのロッカーとか机の中を漁りに一旦教室に戻るか……。

 いや、ダンジョンと言うのもよく分からないし、せっかくだから図書館(ここ)でダンジョンについて調べるか……?

 ともあれ、急いだほうがよさそうだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ