クリストファー・グランデ2
「クリス、ごめんだけどシスターにお使い頼まれちゃって。悪いんだけどアイラの面倒見ててくれない?」
昼食後、クリスはレザから唐突にそう言われた。
シスター、レザは昨日のクリスの様子を見て、『アイラをクリスに任せても良さそうだ』と双方が判断したことから、この頼み事は発生した。クリス自身は知る由もなく、他の孤児の面倒を頼まれたことは初めてだった。
「……分かった」
と、クリスは口では承諾するが、内心面倒臭かった。誰にも知られていない高丘でいつもの日課を一人でやりたかったのが本音だった。
「クリスおにいちゃん、おててつなご!」
アイラはクリスの手を握る。
高い体温。
人肌を感じるのはクリスにとって久しぶりだった。
「じゃ、頼んだよ、クリス!」
レザはそう言って、町の市場の方に駆けていった。エルフ種特有の俊敏さで、あっという間に見えなくなる。
取り残されたクリスは少し迷う。
いつもの場所に行くか、今日は諦めて教会に籠るか。
「アイラ、外と中、どっちで遊びたい?」
「あいらおそとがいい!」
「……そっか」
クリスは悩んだ。
それならば、外で遊んでいる組のところに行って、アイラを預けてしまおうかと。ただそれだとレザの頼みを放棄することになるので良くない。かと言って、そこに一緒に滞在するといつもの場所には行けなくなる。
「アイラ、今から行く場所なんだけど、みんなには秘密にできるかい?」
「? うん! わかった!」
本当に分かってるのだろうか、とクリスはやや疑問に思うが、同時に自分の器の小ささを自覚する。大人しくアイラを連れて行くことにした。
教会前の道を少し歩くと、道はずれに林がある。
その林の中に、クリスはアイラの手を引きながら入っていった。
木枝、根、雑草と足元が悪い中アイラが転ばないようにゆっくりと歩く。春が始まったばかりの少し涼しい季節だったが、緊張でクリスの頬に汗がつたう。
「んしょ。よいしょ」
少し高い段差があってもアイラは意外にもたくましくどんどんと進んでいく。クリスは自分より幼い子のことを壊れやすい割れ物のように思っていたが、アイラのその様子を見て少しその感覚が改まった。
やがて二人はクリスの隠れ家、海の見える高丘に辿り着いた。
アイラはクリスの手を離し、走り出す。
「わぁ〜〜、きれ〜〜い! きもちい〜!」
「アイラ、あまり前に行くと危ないよ」
丘の下は断崖絶壁。柵があるわけでもない、気を抜いたら落ちて死ぬ。危険な場所だという事を失念していたと、クリスは少し反省した。
「ここで、なにしてあそぶの!?」
アイラは振り返って、太陽のような笑顔をクリスに向ける。
「あ……え〜と、お昼寝をしよう。この木の下で眠ると、とても気持ちいいんだ」
「やだ! アイラねむくない! クリスおにいちゃんとあそびたい!」
(駄目か……)
クリスとしては、アイラに早くでも昼寝をしてもらい、自分は一人読書に耽りたかった。ここにくる道中で疲れて眠ってくれる目算だったが、思っていたよりアイラは逞しかった。
「じゃあ、こんな遊びはどうだろう。目を閉じて、自然の音を聞いて当てる遊び。アイラ、僕の横に座って、目を閉じてごらん」
「うん!」
アイラは木に寄りかかるクリスの横に座り、素直に目を閉じた。
「“ざぁ……、ざぁ……”って音がするだろう、これは何の音だと思う?」
「うみー!」
「正解。じゃあ今度は、上の方から、“さらっ……さらっ……”って音がするだろう? これは?」
「う〜ん……はっぱ?」
「正解。じゃあ次は――」
クリスは語りかけのトーンやテンポを駆使して、だんだんとアイラを眠たくさせていく。目を閉じ、周囲の音に集中させる事で自然に眠りにつかせる目論みだった。
「すぅ……すぅ……」
「よし、寝たかな」
クリスはアイラを木の下の、芝生の上に横たえる。
そして、いつもの如く魔術書を開き、読み耽った。
♦︎
「……はっ!」
クリスは目を覚ます。
手には魔術書。読んでいる最中に眠りについていたようだった。
アイラのお世話に気が張っていて、クリス自身も疲れていたのだ。
あたりは茜色に染まり、日が落ちかけていた。
「しまったな。すっかり寝てしまっていたな」
頭を掻きながら、クリスは立ち上がる。
そばで眠っていたアイラをゆする。
「アイラ、起きて。そろそろ帰るよ」
「ん、う〜ん」
アイラは目を擦りながら起きる。
寝ぼけ眼の目は、赤く染まる海の方を見ていた。
「クリスおにいちゃん、あれなあに?」
アイラは指をさす。
その方角には海の上を動く、点々とした何かがあった。
「なんだあれは……船……?」
クリスが目を細め、凝視するとそれは船のようだった。遠目では分かりにくかったが、小さなものでは無く、巨大で装甲が立派な船。それが数隻、町の海岸へ向かっていた。
「アイラ、なんだか嫌な予感がする。急いで教会に帰ろう。」
「う……うん」
クリスはアイラの手を握る。アイラはしっかりとその手を握り返した。
♦︎
林を出た先、町にたどり着く。
奥の方には灰色の煙が複数立ち上っている。大きな爆発音のような音が響いている。
「クリスおにいちゃん、なんだかこわい……こわいよ……」
「落ち着いてアイラ。とりあえず、教会に帰ろう」
アイラの手を引いて、クリスは進む。
アイラに気を使いつつも、その足取りは早く、力強かった。
「っ……!」
しばらく進み町中に入ると、クリスは絶望的な状況を目の当たりにした。
一部の建物は燃え盛り、道端には死体が転がっていた。
「クリスおにいちゃん、なんでみんな眠ってるの……」
「アイラ、横を見ちゃ駄目だ。僕の背中だけを見てて」
「う……うん……」
アイラの握る手が強くなる。
(何が何だか分からない……。でもまずは教会に行ってみんなと合流しないと……。シスターと一緒なら大丈夫な筈……)
クリスは教会のみんなと合流する事を第一優先事項に据える。
クリスは子供らしからぬ聡明な頭脳を持っていたが、心の奥底で頼りにしていたのは教会の神官やシスター――大人たちだった。
クリスは町の惨状を視界に映しながら、目を背け進む。しばらくして、教会に辿り着き門をくぐる。
「……っ!」
家族同然の何人かの孤児たち、時たま教会に訪れる顔見知りの教徒。クリスにとって身近な人間が、血に染まり横たわっていた。
「そ、そんな……うっ……」
クリスは思わず口を押さえる。
首がないもの、体の半分がないもの、そして共通してその目には正気がなかった。今までクリスの世界を形成していた人間たちが、物体に成り下がったその光景を見てクリスは気持ちが悪くなった。
「クリスおにいちゃん……だいじょうぶ……?」
クリスの言いつけ通り、アイラは周囲を見ず、あくまでクリスだけを見ていた。クリスは動揺しながらも、不安そうに心配そうに見つめるアイラの顔を見て、冷静さを取り戻す。
「……アイラ、少しだけ眠っててくれ」
「……? どうしたの、クリスおにいちゃ――」
この光景をアイラに見せてはいけないと、クリスは咄嗟に判断してアイラに眠らせる魔法をかけた。
高丘ではアイラの意思を尊重し、この魔法は使わなかったが、この緊急事態下、半ば自らを自動的に動かして、切り抜けるモードにクリスは切り替わっていた。
「すぅ……すぅ……」
クリスは眠ったアイラを背負う。
――ギィィンッ!!!
その時、教会本堂の方から、金属が擦れるような大きな音が響いた。鳴った後も、その音は規則的に繰り返されていた。
クリスは一瞬戸惑ったが、シスターあるいは生き残った人間がいる事に賭け、本堂に向かう。
本堂の扉は破壊されており、外から様子が伺えた。クリスは近くの瓦礫の後ろに隠れた。
「聖なる防壁!! 我らを悪き災厄から守り給え!!」
本堂、ステンドグラスの下には、物々しい台座がある。台座のオブジェクトは魔道具になっていて、シスターはそれに触れ詠唱する事で魔防壁を展開していた。その後ろには、生き残りの子供達がいた。
(シスター……! みんな……!)
クリスはまず、生き残りがいた事に安堵する。生き残りがおらず、自分とアイラだけでこの状況を切り抜けなければいけない最悪のケースを、先ほどまでクリスは考えていた。
(でもなんだあれ……? 魔道具? ゴーレム? いや、魔物か……?)
しかし、手放しでシスター達の元には駆け寄れない状況だった。当時のクリスにとっては得体の知れない存在——複数の魔導装兵達がシスターが張った魔防壁を、ブレードで切り付けている。
(……まだ、こっちには気づいていない。後ろから攻撃して加勢するか……。いやでも、あまりにも得体がしれないし、今僕はアイラを背負っている状況だ……)
クリスが躊躇している中、シスターに続く詠唱の声が聞こえる。
「穿て! 竜巻生成魔術!!!」
風の刃が魔導装兵目掛け、放たれる。
(レザお姉さん……! そうだ、シスターやレザ姉さん、僕よりも年上の大人達だ。下手に動いて足を引っ張るよりも、ここは大人に任せるべきだ……!)
風の刃は一体の魔導装兵の腕を削ぎ落とす。しかし、台座の魔道出力が一部攻撃に回った事で均衡が崩れ、防壁が破れる。
一体の魔導装兵のブレードがシスターの心臓を貫く。
「かはっ……!」
「う、うそ……シスター!?」
レザは青ざめる。
レザの行動により、均衡が破れてしまった。
(尤も、大局的には攻撃に転じなければいずれ防壁は破れていたため、結果は変わらなかっただろう。)
「ぐ……あ……にげ……」
シスターの最期の言葉が子供たちに届くより先に、魔導装兵は殲滅を始める。台座を破壊した後、逃げ回る教徒・孤児達をただ殲滅するだけだった。
発砲音、崩壊音の中悲鳴が響く。
レザの声、ライルの声、サラの声……
クリスにとって赤の他人でない、その声はクリスの心を抉った。
「っ……!!!」
声が出そうになるが、クリスは口を押さえる。
そして常人なら目を背けるだろうその光景を涙、脂汗で視界がぐちゃぐちゃになりながらも、クリスは一切の瞬きをせずに見据えていた。
(敵の攻撃パターンは……標的対象の規則は……)
自身の感情を切り離し、生き残るための思考を続ける。
「今のうちに逃げるか……いや、逃げ切れる保証はない……外にも奴らがいる可能性が高い……だとしたら奴らの注意が逸れている今が……」
クリスは呟き、思考を回転させる。
思考をすれば、悲しみも絶望も紛れていく。
無意識下で、友愛していた家族達も、敵を惹きつける餌と捉えた。
クリスはアイラを瓦礫の後ろに隠す。
他に注意を引く対象があれば、魔導装兵の気がアイラに向く可能性は低いと観察の結果考えた。
そして飛び出し、演算した場所に着き、演算した方角に杖を向け唱える。
「次元斬撃!」
空間を割く斬撃の魔術。
この頃のクリスの技量と魔力では、そのサイズは手のひらの大きさにも満たない
極小サイズ。
その斬撃はブーメランのようにカーブを描き、1体の魔道装兵のコア、右胸部を通過する。
その魔導装兵は派手に爆発するでもなく、バラバラに崩れるでもなく、電源が切れたように、右胸部から青白い液体を流しながら動作を停止する。
「まずは一体……!」
すぐに残り2体がクリスに気付く。
一体はその場に留まり、クリスに左腕銃口を向け射出。もう一体は一直線に刃を向け向かってくる。
クリスは逃げずに、むしろ向かってくる装兵の方に駆ける。近接してくる装兵を逆に遮蔽として利用し、後方射撃からの射線を無くす。
当然近接してくる装兵との真っ向対峙になってしまうが、二体同時に長期戦を行うことを避け、短期決戦かつ一対一を繰り返す方が勝算があると判断した。
「次元、斬撃!!」
一体目同様、コア目掛け斬撃を発射。
同時に防壁魔術を張ることは出来なかったため、発射と同時に装兵の突進を避けようとする。
しかし、少し遅かった。一体目同様コアを破壊し装兵を撃破できたものの、突進の慣性によりそのブレードはクリスの右脇腹を貫く。
「ぐ……痛っ……!」
人生でかつて味わったことのない痛みがクリスを襲う。
しかし、痛みに悶えてる暇はない。遠距離での攻撃が難しいと判断した残り一体の魔導装兵は既に近くまで来ていた。
クリスはその軌道を読み切り、咄嗟に右脇からブレードを引き抜き、止まっている装兵の腕ごと動かす。
「がああああああああ!」
ブレードは足元を掠め、それにより装兵の体勢が崩れる。その隙を見てすぐ、そのままブレードをコアに突き刺した。
子供ながらも卓越した演算力。そして火事場の馬鹿力と身体強化魔術により、クリスは見事その場にいた三体の魔導装兵を撃破した。
「ぐううううううっ……!ヒ、治癒魔術!」
脇腹を治癒しながら、よろめきながら、台座方向に向かう。
「だ、誰か……生きている人は……!」
クリスは声を上げる。
しかしクリスは分かっていた。
生き残りはいないことは。
分析するために、機を得るために自身が全員を見殺しにしたことは。
「だれ……か……」
戦闘中収まっていた涙が再び溢れ出す。
亡骸たちに視界を落とす。
「……僕が……もっと早く動いていれば……みんな……助かった……?」
クリスは口に出す。
「僕は……自分が生き残るために……みんなを犠牲にした……? いや、僕はアイラを……! アイラ!」
クリスははっとして、アイラの方に体を引きずる。瓦礫の物陰でアイラが眠っている姿を確認すると、胸を撫で下ろす。
(そうだ……悩んでいる暇はない)
自分自身を責める考えは全て結果論であること。クリスの聡い頭はそれをすぐに認識し、今するべきことへの思考に切り替わった。
(外の惨状を見るに、今の奴等が他にもいる可能性は高い。だとすれば、戦うにしろ、逃げるにせよ、魔術は必須だ。けど――)
魔導装兵との戦闘に使った魔術に加え、重度の怪我を現在進行形で治癒しているヒーリング。その使用により、クリスの魔力は枯渇していた。
(魔力がない。だったら隠れるしかないか……? いやそもそも、あれらから隠れることができるのだろうか。何かしらの方法で僕たちを検知して、襲ってきていた感じだった)
深く思考する間も無く、魔導装兵の駆動音がだんだんと近づいてくるのが聞こえる。
(……隠れるのは無理そうだ。残りの魔力でどうにか切り抜ける方法を考えるか……いや――)




