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クリストファー・グランデ

 クリストファー・グランデは孤児だった。

 生まれてすぐ教会に捨てられ、彼は両親の顔すら覚えていなかった。


 しかし幸いにも捨てられた先はゼオフィスの教会だった。すべて種族・民族を許容し、弱者・隣人を愛せよという教えのゼオフィス教。この教会に捨てられたことは不幸中の幸いだった。

 あるいは彼の両親はそれを分かっていたのかもしれない。多少なりの愛や憐れみがあり彼を教会に託したのかもしれないが、今となってはそれは分からない。


 教会には彼と似たような境遇の子どもたちが十数人いた。現実世界で言う、赤ちゃんポスト・児童養護施設にあたるのだろう。教会に仕える神主、シスター、また、度々教会に足を運ぶゼオフィス教信者たちの支えによって、子どもたちは健康に、健全に育つことができた。


「クリスくんまたおほんよんでるの〜? いっしょにたまあそびしようよ〜!」


 獣人種族、可愛らしい猫耳の少女サラがクリスの腕を触る。


「……いい」


「ほっとけよそんなやつ! はやくいこうぜ、サラ!」


 竜人種族の少年、ライルがそう言うと、サラは渋々と教会入り口の方へ走っていく。



 クリストファー・グランデは陰キャラだった。

 齢5歳にして彼は魔術の虜だった。

 孤児たちが野原を駆け、玉遊びや、かけっこをしている間、彼は教会の書庫にある魔術書や杖を持ち出し、解読・試行していた。


 しかし彼も外が嫌いというわけではなかった。

 孤児たちが外へ遊びに出たのを見計らい、彼も教会を出る。


 教会近くの、林を抜けた先の、高丘。

 そこは適度に風通しがよく、海がよく見え、また寄りかかるのに最適な大樹があった。

 そして何より静かだった。微かな、規則的な波音がするが、それはかえって心地よかった。つまり、本を読むのに最適な環境だった。


 だからクリスはその場所を誰にも知られたくなかった。


 教会での授業が終わったら決まってここに来ていた。

 そして魔術書を熟読。

 時折海に向かって試しの魔術を放つ。

 それを夕暮れまで続け、教会に帰る。


 教会に帰ると温かいご飯が待っていた。

 決して豪華ではないが、子どもたちが摂る栄養としては不足ない、十分すぎる食事。


 孤児と言った弱者、それらを救うことはゼオフィス教における重要な信条だ。つまり、教徒による寄付でそれが成立していた。


「「いただきます!」」


「どうぞ召し上がれ」


 手を合わせて、お辞儀する子供たちをシスターは優しく見守る。


 クリスもこの食事の時間は好きだった。

 シスターの振る舞う料理が美味しいのもあるが、こうしてみんなと一緒に食事をすることが幸福に感じていた。クリスは陰キャラだったが、人恋しさは人並みに備えていた。


「おいしー!」


「ああもう! こんなにこぼしちゃって!」


 孤児の中では年長、エルフ種族のレザが人間種族の少女、アイラの口元をハンカチで拭う。


 この教会のルールとして、年齢が上がった者は年少の孤児の面倒を見る。クリスは子供らしからぬ知性を持っていたが、5歳というまだ幼い寄りの年齢だったこともあり、そういった役は任されなかった。


 ♦︎♦︎


「ごちそうさまでした!」


 孤児たちは食事を終えていく。


 食事を終えた者から食器を台所に運び、浴場に向かっていく。

 大抵5歳くらいで食べ盛りになってきた男児たちから早く食べ終える。


 遅くなるのは年少組とそれを見守る年長。


 そして今日はたまたまクリスも食べるのが遅かった。彼の嫌いな緑豆が食事の中にあったからである。


(苦いし、青臭いし、なんでみんなこんなものが平気で食べられるんだ……)


 クリスは一粒一粒、匂いを嗅がないよう鼻の息を止めながら咀嚼する。しかし、緑豆特有の食感は誤魔化すことができず、クリスは半分涙目になりながら食べ進めていた。


(明日味覚遮断の魔術、作ろうかな)


 そんなことをクリスは閃きながら、また一粒口に入れる。魔術式の思考が始まると食事の苦痛がだんだん紛れていった。


「アイラちゃん、自分で食器運べるの?」


「うん!」


 年少組の食器は大抵、年長がまとめて片す。

 しかし今アイラは食器を重ね、自ら運ぼうとしている。

 レザは少し不安ながらも、見守った。

 アイラは食器を持ち、流し台にいるシスターの元へ向かった。


「わっ!」


 がしゃんーー!


 案の定アイラはこけた。

 持っていた食器を落とし、皿が床に砕け散る。

 アイラが手をついた拍子に割れた皿の破片が掌を裂いた。


「いたっ……いたいっ、いたいよぉ!」


 泣いた。泣き声が食堂に響く。

 レザは慌てて駆け寄ろうとする。

 流し台にいたシスターも気付き、洗い物を中断した。


「動かないで」


 すでに傍にいたのは、クリスだった。彼はしゃがみこみ、アイラの手をそっと取り、手のひらに向け杖をかざす。


「『治癒魔術(ヒーリング)』」


 手のひらを緑色光が包む。

 刺さった破片はゆっくりと抜け落ちる。

 傷口はみるみると修復していき、手のひらは何事もなかったかのようになった。


「これで痛く無いだろう?」


 クリスはアイラの頭を撫でる。

 手の痛みが引いて、撫でられた安心感からアイラは泣き止んだ。


「くりすおにいちゃんありがとう!」


「破片踏まないように。気をつけて」


 クリスはアイラの手を取り、慎重に立ち上がらせる。


「クリス、あなたいつの間にそんな魔法が使えるようになったの!?」


 レザは驚愕する。

 魔術を扱うにはまず適性が必要で、それに加え知識が必要になる。

 しっかりと理論体系を理解する必要があり、5歳でそれを行えるのは稀有だった。


「珍しい。あのいつも無愛想なクリスがアイラを世話しておるよ。……というより、レザ! しゃんとしんさい! アイラを見守ってないと危ないだろう!」


「ごめん、しすたぁあ」


 レザはアイラの見守り役を任命されているため、シスターに怒られている。


(……僕って無愛想だったのか)


 そんな中クリス自身は、自分が無愛想と思われていたことに驚いていた。


 ♦︎


「クリス、それ、そんなにおもしろいのかよ」


 竜人種族、ライルが怪訝げにそう言った。


 就寝前、クリスは相変わらず魔術書を読んでおり、同室のライルはいつもそれを不思議に思っていた。ライルからすれば、本を読むなどと言った苦行は、毎日午前中にある、シスターや教徒により行われる授業(元の世界の義務教育相当)でお腹いっぱいだった。


「うん、面白いよ。君も読んでみるかい?」


 珍しくライルが話しかけてきたことが少し嬉しく、クリスは魔術書の、あるページを開き差し出す。


「ライルは竜人種族だし、火の魔術に適性がありそうだ。この魔術なんか、初めてやるには打ってつけだよ。しかも術式の拡張性も高いから応用にも繋がる」


 ライルは差し出されるがまま魔術書の読解を試みるもーー


「うん、さっぱりわからねえや!」


 すぐに放り出した。

 授業により文字はある程度読めるものの、魔術特有の専門用語が多く、ほとんど理解できなかった。魔術書は7歳のライルにはハードルが高かった。



「にしてもおまえってぶあいそーだけど、頭だけはいいよな! 授業だって、年長にまざってうけてるし」


「いや、そんなことないよ。魔術に興味があるだけだ。魔術書をもっと読み込めるようにと思って、言語授業は頑張っていたんだ」


「ああ……。結局、そこなのか……」


 ライルは呆れたように言った。

 クリスの魔術への情熱は軽い狂気に近かった。

 それはこの教会にいる人間すべての共通認識だった。


「こら。まだ起きてるのかい? もう消灯の時間だよ」


 見回りに来たシスターが灯りのついていたこの部屋の扉を開けて、入ってきた。


 夜10時までには孤児は年長も含め全員、就寝しなければならない。明日も朝7時から朝食、8時から授業がある。


 クリスとライルは慌ててそれぞれのベッドについた。


「おやすみなさい。クリス、ライル」


「「おやすみシスター」」


 シスターは彼らがベッドについたのを確認すると、灯を消し、部屋から出て扉を閉めた。

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