頭痛
「やっぱ、ただの化け物だったな」
「ところでこいつ、本当に八英傑だったのか? あまり手応えはなかったが」
「事前資料の特徴とは一致してたし、まぁそうなんじゃねぇの? それよりセレナ、いつの間にあんな魔術使えるようになったんだよ!すげえじゃねえか!」
「でしょ!? 私も最近、目標ができたからね。最近はもっぱら魔術研究をしていたの!」
「へえ。目標ってなんだ?」
「Sクラスの『三傑』。ドロシーちゃんから、席を奪うの」
「言うねえ。でも、席を奪うならドロシーよりもゼインだろ。ゼインの方が役割が被ってるぜ」
「……うーん。それは、何となく、微妙」
「え? なんでだ? お前、ドロシーとの方が仲がいいだろ」
「俺には分かるぞ。大方、ドロシーにクリスを取られるんじゃないか、そう思う出来事があったんだろう?」
「あ! なるほどな!」
「ち、ちがう! そんなんじゃないし! 本当に、なんとなく!」
雑音が聞こえる中、僕は瓦礫の山を見ていた。
この光景を、何度も見ていたような気がした。
この光景を、何度も作っていたような気がした。
『僕』ではない。
クリスの体に残る、記憶とまではいかない、デジャヴのような。
だから、“それ”から目を背けるのが罪なような気がした。
この体は“それ”から、目を背けていなかったような感覚がした。
瓦礫の山の方に進む。
近くで見る。
腕が見えた。
幸いなことに、獣人の死体のほとんどは埋まっていて見えない。だから余計にそれが目についた。
道中ほどの気持ち悪さは無い。
この光景に慣れている感覚がある。
『僕』にとってはそれが違和感でしかない。
感覚と自己が、大きく乖離している感覚。
僕が『僕』で無くなる感覚。
別人になって、初めてそれを感じた。
「クリス君、どうしたの?」
「え? ああ、ごめん。何でも無いよ。風が気持ち良くて、浴びていたんだ」
後ろに来ていたセレナに返答する。
頭が痛い。
「それよりセレナ、すごいな。いつの間にこんなに強くなったんだね。驚いたよ」
僕は彼女の頭を撫でた。
頭が痛い。
「うん! 少しでもクリス君に追いつけるよう頑張ったんだから」
彼女は嬉しげに、はにかんだ顔を見せる。
「ノア、レオンもお疲れ様。悪いね。今回は楽させてもらって」
僕は彼らを労う。
頭が痛い。
「おうよ! この程度でお前の手間は取らせねえよ!」
「気にするな。トップはどんと構えておけ」
彼らは僕の労いに対し、軽い笑みを含め、快く返す。
「じゃあ帰ろうか、みんな」
僕は先頭を切って歩き出す。
作った表情がばれないように。顔をあまり見られないように。
行きで道筋は覚えている。
周囲の惨状も行きと違い、そう、気にならなくなっていた。
ただ、頭が痛かった。
♦︎
「お兄様、夕食前にお風呂に入られるなんて珍しいですね」
「ああ。今日は砂原で狼の魔物を退治するクエストをしてね。砂埃がすごかったから、先に入らせてもらったよ」
流れるように嘘を吐きながら、肉を切り分け、口に入れる。
今なお頭痛がひどいが、アイラの顔を見ている間は、紛れる気がする。
「そうだったんですね。今日もお疲れ様です! お兄様」
彼女は僕に笑顔を向ける。
アイラはどっち側なんだろうか。
今日の狼の獣人を見て、『化け物』と捉えるのか、『人』と捉えるのか。
知りたく無い。前者だった時のことを考えたく無い。
「お兄様、大丈夫ですか……?」
「え?」
「また前みたいに、思い詰めた顔になっていたので……」
前。
僕がクリスに転生する前のことだろう。
「いやそんなことないよ。確かにさっきまで少し疲れていたけど、アイラの顔を見たら元気になった」
僕は表情を作る。
穏やかで、優しい笑顔を作り、彼女に微笑む。
「……そうですか」
アイラはそれを見て、何かを感じ取ったようだが、それ以上深くは言ってこなかった。
♦︎
自室に戻った。
「はぁっ……はぁっ……」
相変わらず頭が痛い。
取り繕っていたが、もう限界だった。
戦場で感染症でももらったか?
あるいは精神的ストレスか?
机にあった杖を取る。
そして、頭に目掛け唱えた。
「『治癒魔術』」
杖の先からでこに向け緑色光が灯る。
若干の温かさを感じるが、一向に痛みは治まらない。
効果は無かった。
放り投げ、ベッドに倒れ込む。
と言うことはやはり、精神的ストレスの可能性が高い。クリスの治癒魔術は大抵の病気に対応しているはずだ。
それならある意味良かったのかもしれない。
あの惨状をみて、あの蹂躙をみて、何も感じない人間になっていたら、それはもう『僕』ではない。クリスの体に魂を宿しながらも、僕は『僕』のままであり続けられていると言うことだ。
いずれにせよ、僕の明日からの目標は決まった。
この体に、クリスを呼び戻す。
そして現実世界に帰る。
こんなことやってられない。
こんな役割やってられない。
こんな世界でクリスとして生きるくらいなら、元の世界で底辺として生きていく方が100倍マシだった。
それが実現可能なのかは置いておくとして、そもそもクリスの魂が現存するのかは置いておくとして、元の僕の体が無事なのかは置いておくとして、それを目標にする。
「ぐっ……痛っ!」
頭痛が酷くなる。
もはや、思考すらままならない。
僕はそのまま気を失った。




