ルガビア獣人国
酸っぱい。
さっき吐いたときの胃酸が、まだ口の中に残っている。
♦︎
瓦礫と化した街中。
肉の焦げた匂い、腐臭、金属粉、硝煙――ありとあらゆるにおいが混ざった、強烈な臭気が漂っている。
吐いたところでそれらが気持ち悪いのは、何ら変わらなかった。僕は再度嗚咽するが、さっき全部出し切ったため、軽く目じりに涙がたまるくらいで済む。
「相変わらず臭っせえなぁ。嫌になるぜ」
「同感。これがあるたび、制服をクリーニングに出さなきゃいけないから、面倒なのよね」
道端に転がっている、無数にある獣人の死体。
血や体液に塗れ、肉は抉れ、所々、中の、骨が見えている。
大抵手、足、頭のいずれかが欠損していて、逆に五体満足なそれを見つける方が難しい。
それらが視界に入っているにもかかわらず、平然と彼らは進む。いや。臭がり、汚いものを見る様な目では見ているが、それだけだ。
僕は視界にそれらが映る度、心臓が鳴り、手は震え、吐き気を催す。
だからそれらをなるべく目に映さないよう、前方にいる、セレナの、綺麗な赤髪を注視していた。
「それにしても、本当に帝国軍は無能だな。こんな蛮国一つ、滅ぼせないとは」
ノアは悪態をつく。赤髪を注視しているため、声だけが聞こえる。
「お前ってほんと、帝国軍に対しては厳しいよな。別に庇うわけじゃねぇけど、今回はまあ、しゃーねぇだろう。なんでも、『ヴァルゼノア八英傑』の一人が居るらしいからな」
レオンがそれに返す。声だけが聞こえる。
「ふん。名前だけはご立派だが、所詮この、未開の大陸での肩書きだろう。本当に俺たちを出張らせるほどの物なのか、甚だ疑問だな」
「おいおい。確かにこの大陸は、文明も未熟で未発達だが、何でもかんでも舐めてかかるのは良く無いぜ。なあ、クリス?」
何か踏んだ。
土では無い。瓦礫でも無い。
ぐにゃりとした、明らかに有機物な何か。
僕はセレナの赤髪を見ているので、それが何かはわからないが、それがどういった類のものなのか、想像に難く無い。
想像してはだめだ。考えてはだめだ。
「おいクリス……?」
「……え? あっ。え……?」
「ボーっとしてどうしたんだよ。お前、顔真っ青だぞ」
話しかけられていたのか……?
全く気付かなかった。
「あ、ああごめん。朝食を抜いてきたからかな。ちょっと貧血気味でね」
「ふうん? まあ、抜いてきたのは正解かもな。今回は特に臭いがひでぇや。『獣人』。イメージ通りの臭さだぜ。『エルフ』、『竜人』、『魔人』――同じ様な、人っぽい種族は色々いるが、『獣人』は特にケダモノ寄りだな」
『人っぽい』。
まるで人では無いかの様な言い草だ。
確かに死体たちは、手の部分が獣であったり、頭部に耳が生えていたり、『人間』と少し異なる部分はあるが、僕の目からすればそれは『人』の域を出てない様に思えた。
僕が嫌悪感や不快感を覚えているのはやはり、その見た目が『人』に近いからであり、仮にその見た目がゴブリンのような『魔物』に近いものであれば、こうはならなかったのだろう。
つまり、その嫌悪感や不快感を、どこに境界線を引いて感じているか、だけの問題であり、彼らクラスメイトと、僕のそれが少し、ズレているだけにすぎないのかもしれない。
彼らにとって『獣人』は『魔物』なのだろう。
だから彼らは間違っておらず、僕が気分で、雰囲気で、ただの主観で嫌悪感を感じているに過ぎないのだろう。
と、理屈で考えてみるものの、やっぱり僕は本能的に彼らを、ひとでなしと捉えてしまう。以前のような、気の良いクラスメイトとして見ることはできない。
下らない思考で空気や景色を紛らわせしばらく進むと、城門前に辿り着く。広間になっており、スペースがある。そのスペースには建物の瓦礫に加え、大量の魔導装兵の残骸があった。
そして、広間の奥には城。城壁に囲まれていて、前方の正門以外に入り口は見当たらない
なんて事はない。デザインは少し違うが、ベルサリアで見た城とそう変わらない。『獣人』達が『人間』と何ら変わらない文明を持ち、営んでいた事がわかる。未だ城だけが原型を保っていた為、ここで初めて、そう感じた。
「おいおいおいおい! これって1機、十億はするんだろ!? それが何機潰されてる!? ふざけんじゃねえ! 税金の無駄遣い過ぎるだろ! 気が変わったぜノア、帝国軍はクソだ!」
一機の魔導装兵の残骸に手を当て、レオンが怒りの声を上げる。
魔導装兵とは、魔導力を動力源とする自律式の戦闘用兵器だ。体長4mほどで、腕には機銃やブレードが備わっている。
要は魔法版の戦闘用ロボットである。帝国軍拠点や、ここに来る道中で嫌というほど見た。
残骸となった魔導装兵はすべて、厚い装甲を貫かれ、内部の制御核ごと破壊されていた。
そのおかげか、この辺り生物的なにおいはあまり無く、金属・オイル的な匂いが強い。
先ほどの道中よりかは幾分マシなにおいだ。
「おい見ろ。あれが数百億の損害を出した、主犯じゃないのか」
ノアが城の正門前を指す。
二メートルを超える長身に、腰まで届く灰色の荒い長髪。
頭には鋭く立った狼の耳。引き締まった体は鋼のような筋肉に覆われ、裸に近い上半身には無数の古傷が刻まれている。
その獣人は目前の魔導装兵に対し、肩ほどの長さの、大剣を叩きつける。
そして装兵が怯んだ瞬間、今度はそれを胴部目掛け突き刺し、貫通させる。
「はぁ……はぁっ……!」
周囲には残骸となった三体の煙立つ魔導装兵。
獣人は地に大剣を突き立て、腰に据えてあった水袋を手に取り、ぐいと飲み干した。
口元をぬぐい、水袋を放る。
そして、僕たちの気配にすぐに気づいたのか、再び大剣を引き抜く。
「まだ来るのか……一体何体倒せばいい。何体倒せば、終わりが来る……?」
こちらを振り向く。金色の瞳が、僕たちを捉える。
「『人間』……だと……?」
一瞬、ひどく驚いた表情を浮かべた。
そして、次第に口元が歪む。
「――はっ……ははっ……ようやく、か。ガラクタも尽きたってわけだな。ようやく、卑怯で、外道で、くそったれなお前たちをこの手で、殺すことができる」
表情が変わる。強い怒り、憎しみが刻まれた顔になる。
「お前たちのせいで同胞が、死んだ。数えきれないほどに。そこのガラクタたちに、殺された。家も村も……すべてが無くなった。なぜだ……? なぜお前たちは、そんなことができる? 何の理由があって、何の道理があって、殺す? 俺たちが何をした?」
「ん? あいつ、なんかしゃべってるのか? ごにょごにょ言っててよく聞き取れねえ」
「ありきたりな恨み節だよ。レオン君、ここに来るまで『自動翻訳魔術』使っていなかったの? まあ別に聞く必要もないと思うけど」
「うお、マジだ。すっかり忘れてた!」
レオンが頭をかきながら魔術を発動する。
そして手を合わせるようにして、お願いするかのような仕草で獣人に向かって言う。
「ごめん! さっきなんて言ってたか、分からなかった。もう一回、言ってくれないか?」




