勇者の剣
アレスが初めて動く。
剣を抜くと、一直線で転移者の元に駆ける。
その動作に一切の無駄はなく、洗練されていた。
『Sクラス』と同等、あるいはそれ以上だった。
「はぁ……。いやだから、どんな攻撃も俺には通用しないってーー」
転移者は肩をすくめ、呆れた様に言うが、アレスは意に止めない。その0.5秒後にはアレスは剣を転移者の首元めがけ、横一線に振り抜いた。
「うおっ」
いくら無敵とはいえ、攻撃されると反射的に体が動いてしまうのだろう。転移者は体をのけ反らせ、剣は首元を掠めるに留まった。
「ふぅ〜。効かないって分かってても、やっぱ怖えな。この世界の奴らは躊躇がないと言うか、野蛮だ。俺は人を殴るとか蹴るとか、それすら抵抗があるってのに」
のけ反りにより尻餅を付いてしまった転移者はそう言いながら起き上がる。
しかし、その最中あることに気づく。
「ん……?」
何か違和感を持った様に、転移者が自身の首元に触れると、手に血痕がつく。
「……は? なんで……?」
転移者は『無敵』の異能を持っている。
つまり、一切の危害が与えられないはずだ。
にも関わらず、掠めた程度とはいえ、首元に傷が入っていた。
転移者は何が起こったか分からない、と言った様子で狼狽していた。
「……躱わしたか。まあいい。あとは任せたぞ」
アレスは剣を鞘に収める。
次の瞬間、転移者に人影が飛び込んでいく。
「がっ……!?」
その人影は先ほど倒されたはずのドロシー。
転移者の頭を鷲掴みし、そのまま転移者を後方にあった壁へと叩きつける。
鈍い音と共に転移者の後頭部から出血。
先ほどまでと明らかに違い、転移者にダメージが入っていた。
「な……なんで……」
「『なんで』……? 転移者クン、君はさっき私に対して手加減をしてくれていただろう? だから、事前にかけていた『自動治癒魔術』ですぐに回復して、意識が戻ったんだ。私はこれでも、回復魔術師タイプだからね」
「そ、そっちじゃ……」
疑問点はそっちじゃない、と言いたげな転移者を無視して、ドロシーは殴った。そして蹴った。
転移者の頭を、腹を、ありとあらゆる場所を。
異世界で初めて味わっているだろう『痛み』で、転移者は抵抗することができない。
「ぐ……あ……」
転移者は呻き声を上げる。
「じゃあトドメを頼むよ、ゼイン君」
「ああ」
先ほど倒されたはずのゼインが杖を構えていた。
彼も自分で復帰したか、ドロシーに回復されたか、あるいは意識を失ったフリだったのだろうか。(もはやそんなことはどうでも良い)
彼が詠唱すると、転移者の周囲が爆発する。
轟音が鳴り、粉塵が舞う。
煙が晴れると、肉が抉れ、血に塗れ、先ほどよりもボロボロになった転移者の姿があった。
「が……は……」
目を覆いたくなる様な痛々しさ。彼のことは全く知らないが、見ていて気分の良いものではない。
「これでも死なないとは、転移者と言うのは相変わらず凄まじいな」
ゼインが軽く驚いた様に言う。
「殺りきるには、確実に座標を首に合わせるしかないか」
ゼインは転移者に近づいて、再度詠唱する。
転移者の首元に、魔法陣が出現する。
「最後に言い残したいことはあるか?」
ゼインがよくある、漫画やアニメでありきたりなセリフを吐くと、「こふっ」っと血を吐きながら転移者は笑った。
「……ねえよ……。さっさと……殺せ。俺の人生は……もう……終わっていた。こんな……クソみたいな異世界……未練なんてねえよ」
転移者は皮肉げに笑みを浮かべながら、絞り出すように言った。
「そうか」
転移者の首が跳ねる。
血が吹き出す。
少し離れたところに、頭がごとんと落ちた。
「お……おぇっ……」
僕は軽く嗚咽する。
転移者の彼がどんな人間だったかは分からない。しかし、彼がそこまで悪い人間である様には思えなかった。いや、彼が悪人だろうが善人だろうが関係なく僕は彼を、人間をグロテスクに蹂躙するこの光景を傍観し、気分が悪くなった。僕がそれに加担したことも嫌悪感に拍車をかけた。
「ゼイン君、首を刎ねる前に一言言ってくれないか。彼の血が、私の服についてしまったよ」
「はあ? 俺が刎ねる前に時間は十分あっただろう。何が起こるかなんて分かりきっている事なんだ。さっさと離れていれば良かっただろう」
前では、クラスメイトの二人が軽口を叩き合っている。
なんでこいつらは平然としていられるんだ?
まるで、人の命などなんとも思っていない様だ。
「3人とも、よく頑張ってくれた。特に二人は、非常に良いやられっぷりだった。おかげで楽に、この剣を当てることができたぞ」
アレスは労う様な言い方で、皮肉たっぷりの言葉をドロシー、ゼインに浴びせた。
「陛下、あまり意地悪を言わないでくださいよ。……しかし、相変わらずその『勇者の剣』は凄まじいですね。触れただけで『異能』を無くしてしまうなんて」
「ああ。300年前からあるお伽話の剣だが、能力は未だ顕在らしい。原理も理屈もさっぱり分かっていないがな。しかしこうして現代に至っても、世界の脅威を、歪みを排除できる。まさしく『勇者の剣』にふさわしい」
どうやら、アレスの持っている剣が特殊なもので、それにより『異能』を消失することができる様だ。
その力を以て世界の脅威となり得る、『転移者』を討伐する。それが今回のクエスト。
つまり、はなから堅実で勝算の高いクエストだったということだ。実に強者たる、キリシア帝国らしい。
「クリス、どうした? 具合でも悪いのか?」
おそらく青ざめているだろう僕にアレスが問う。
彼らがさっきまでとは別の人間……生き物に見える。平然と人間を殺せる彼らと僕ではまるで価値観が違う。
しかし彼らの理屈は分かるし、外世界の人間である僕にどうこう言う権利も無いのだろう。現実世界の人間と異世界人で価値観が違うのは当たり前だし、そもそも立場だってまるで違う。
「い……いえ、大丈夫です」
「そうか。ではもう、ここに居ても仕方ない。帰還するか。ラプツェル、帰りの手配を頼む。あとそこの、ジジイの処刑の手配もな」
「承知いたしました」
♦︎
その後、ロムルスはキリシア兵によって取り押さえられた。あの光景を見ていたロムルスは抜け殻の様になり、放心状態だった。
僕たちはラプツェルが帰りの手配をしている間、しばらく待ちの状態になった。
僕はトイレに篭っていた。
「お……おええええええ」
吐く。
胃の中の物、全部出そうだ。
僕ってこんなにグロ耐性無かったのか?
死人が出て、気持ち悪くなったのか?
彼の、跳ねた頭の、虚空を見る目。
それが頭から離れない。
流石に、自分のメンタルの弱さにびっくりだ。
不幸中の幸いなのが、手を掛けたのが自分では無いと言うことだ。今回、僕は傍観するだけで良かった。ドロシー、ゼインは別クエストであればバックアップ級の強さなのだろう。彼らに任せるだけで良かった。
「はぁ……はぁ……」
であれば、これから同じことがあっても何とかなるかもしれない。同じ様なクエストがあっても僕が殺すわけじゃ無い。彼らにやってもらえばいい。殺す間目をつぶっていれば、吐くことも無いはずだ。
今までの異世界での生活が幸せすぎただけだ。
生きていれば嫌なことの一つや二つあると言うことだろう。現実世界では一つ二つと言わず無数にあったし、『現実』に比べればこんな程度、大したことでは無い。




