研究室
「で、なぜ貴様までここにいるんだ?」
「なぜって、私はこの後クリストファー君とデートに行く約束をしているからねぇ。君の用事が終わるのをここで待っているんだよ」
クエストの通知後、僕たちはゼインの研究室に来ていた。
研究室は先進魔術学科校舎の地下にあり、なんでも、『三傑』の特権として与えられるものらしい。
ゼインの研究室に入る前近くをちらっと見たら、クリスとドロシーのネームドされた部屋が確認できた。
研究室には機械っぽい魔道具が複数、その他書類、本棚など現実世界の大学研究室と大差ない。
中央にはソファとテーブルがあり、僕とドロシーは向かい合ったソファに座っていた。
そしてゼインは研究室付帯の水場でコーヒーを淹れてくれていて、淹れ終わるとそれを僕の前に置いた。
「ありがとう、ゼイン君」
「君の為に良い豆で淹れた。味わってくれ」
ゼインは僕のすぐ横に座り、体を寄せてそう言った。
僕はカップを手に取って一口飲む。
苦味は薄いが味に奥行きがあり、美味しい。
「……おや、私の分はないのかい?」
「ある訳ないだろう」
ドロシーが羨ましそうなポーズで言うが、秒でゼインがあしらう。
とことん仲が悪いなぁこの二人。
多分ドロシーもゼインが嫌がると思ってここに来ている節がある。
「なんで二人はそんなに仲が悪いんだい? 一緒にこれからクエストをするんだ。仲良くやって行こうよ」
「私は彼を嫌っているつもりはないよ。彼が私を一方的に嫌っているんだ。多分君のことが好きすぎて、私が間に入るのが目障りで仕方ないんだろうね。まったく、好きな友達を取られたくない、女子小学生みたいなメンタルだよ」
「クリス、君は彼女に問題がないと思うか? このセリフ一つとってみても、彼女の人格に問題があることは分かるだろう? こんな人間が俺とクリスの時間を邪魔していると考えると腹が立って仕方がない」
もういいや。
多分この2人、相性が悪いんだ。
「それよりも見てくれクリス。君がこの前教えてくれた、『フィードバック構造』を取り入れて、魔術発動の座標誤差を極限まで減らすことができたんだ」
ゼインはテーブルのスイッチを押し、テーブル上の魔導液晶を点ける。(ただのテーブルじゃなかった)
しばらく操作すると、言っている魔術文らしきものが投影される。
「おー確かに。こうすればブレが無くなりそうだね。いいね」
クリスのノートを勉強している甲斐あり、僕でもなんとなく分かった。
「そうだろう! これを展開すればあらゆる魔術の精度が高められる。もっとも、君の天才的な発想を少し応用しただけだがね」
嬉しげに言うゼインの対面で、ドロシーも液晶を見る。
そして少しして、彼女は近くにあった紙に何かを書き出した。
「確かに素晴らしい術式だけれど、この部分は少し冗長じゃないかな。こうした方がスッキリするし、ラグが少なくなるよ」
そう言ってドロシーは紙をゼインに提示する。
その紙を嫌な顔をして受け取ったゼインは、少しの間それを凝視する。
「……確かにな。気に入らないが、この助言はありがたく受け取っておく」
「ありがたく受け取ってくれ給え。その礼と言っては何なのだけれどクリストファー君に淹れた、その高そうなコーヒーを私にも淹れておくれよ」
「くっ…………」
ゼインは嫌々と再び研究室付帯の水場の方へ行く。
ドロシーはそんなにこのコーヒーが飲みたかったのか……いや、そんな訳ないな。嫌そうに淹れてるゼインをすごく楽しそうに見ている。
ただそれにしても、魔術に関しては二人とも真摯である。
仲が悪かろうと、魔術式の改善の助言はするし、それを素直に聞き入れてお礼までしている。
……いやそもそも本当に仲が悪ければ、一々嫌味なことで突っかかったりしないし、研究室まで来たり、招き入れたりしないか。
本当に嫌いな人間に対しては関わり自体を避けるものだ。
僕は現実世界でそれを知っている。
つまり、この二人はツンデレ同士なのだろう。
「……クリストファー君、どうしたんだい。そんなににやにやして」
「えっ!? いやあ、なんだかんだ言いながら二人とも仲良しで、ほっこりしていたんだよ」
僕に言われてドロシーは、少し顔をしかめる。
「……そう解釈されるのはさすがにいい気分じゃ無いね。ただまあしかし、君は最近随分と変わったね。前は人間……いや、このクラスの人間にまるで興味が無いように私の目には映っていたよ」
レオンにも似たようなことを言われたな。
彼の場合はもう少し優しい言い方だったが。
「そうかな? 興味が無いなんてことは無かったよ。ゼイン君とも、例えばセレナさんとも前から仲良くさせてもらっていたしね。でも最近は、より、人と関わろうと意識しているんだ」
僕は適当に言葉を吐く。クリスのロールプレイも随分うまくなったと我ながら実感する。
「……嘘だろう? 確かにその二人と君は表面上はよく話していたが、君は全く心を許していなかっただろう。二人は騙せても、ある程度人間関係の機微が分かる人間なら、そのくらいは見抜けるよ。君は他人を舐めすぎている節があるね」
「随分言うじゃないか……ドロシーさん」
さすがに驚いた。分かってたとして面と向かって本人にそんなこと言うか……?
彼女は彼女でやはりおかしい。
流石『三傑』と言ったところか。
そしてクリスはクリスで、どんな振る舞いをしてたんだよ。陰キャすぎるだろ。
「でも、確かに恥ずかしいところを突かれたね。僕はそんな、人に心を許してない感じを暗に醸し出すのがかっこいいと思っていたんだ。所謂『厨二病』ってやつだ。今となっては恥ずかしい黒歴史だから、あんまりそこは触れないでおいてくれると嬉しいな」
「……ん? 『厨二病』ってなんだい?」
しまった。ここではじめて、異世界言語変換エラーが発生した。
これまで何の問題もなく、なぜか日本語感覚で異世界語が話せていたから全く気にしていなかったが、異世界語に無い概念を話すとエラーが起きるのか。
どうやら『厨ニ病』に該当するこの異世界の言葉は無いらしい。
「黒歴史とニアリーイコールだよ。ごめんね。僕が作った造語だ」
「そうかい。……それはそれとして、私もちょっと踏み込み過ぎてしまったね。申し訳なかった」
「いや、大丈夫。全然気にしてないよ」
会話が途切れて丁度、淹れたコーヒーをゼインが運んでくる。
そして若干雑にそれをドロシーの元へ置いた。
ドロシーはそれに口をつける。
「う〜ん。あんまり、私好みでは無いかな」
♦︎
ゼインとドロシーがまたイチャ付き始めたので、僕は隙を見てゼインの研究室を出た。
そして、この地下に来てからすごく気になっていた所に向かっていた……そう、クリスの研究室だ。
屋敷のクリスの部屋にあるノートや本だけではクリスの魔術を完全に解読しきれないでいた。おそらくこの研究室にその穴を埋める答えがあるのではないか。
僕はクリスの名前が書かれた、研究室の扉の前に立つ。
扉の取手付近には生体認証式の鍵魔道具がついている。
僕はそれを操作する。おそらく何千回と繰り返されていた動作なのだろう。体が覚えている。手際よく操作し、開けることができた。
そして取っ手を掴む。
瞬間、胸が締め付けられるような動悸が襲った。
焦燥感、絶望、そして『あの頃』が鋭く蘇る感覚。
少しだけ開いた扉の先の研究室から漂う匂いが、その感覚をさらに先鋭にしていく。
脂汗が吹き出す。
「……っ……はぁ……はぁ」
息が切れる。
そしてバタリと扉が閉じた。
まるで夜、布団の中で『死』を意識し、それを考えまいとするのと同じように、気がつけば、僕はその扉を閉ざしていた。




