自然公園
ダンジョンから帰った翌日の休日の朝、僕は自室でクリスのノートを読み返していた。
クリスの魔術式について、順調に解読は進んでいるものの一部、分からない部分があった。その部分はなんというか、構造自体が通常のものと違っており教科書と読み照らしてもさっぱり噛み合わないのだ。
「やっぱり……昨日見た古代魔術書の文と似ている……」
しかし、昨日ダンジョンで古代魔術書を見てピンときた。つまりこの不明だった魔術式は古代の魔術式で通常のものと違うルールに則っているのだろう。とすればーー
「お兄様〜。準備はできましたか〜?」
部屋のドア越しにアイラの声が聞こえる。
おっと、こんなことをしている場合ではない。
「今行くよ! アイラ」
そう言って僕は荷物を持ち、部屋を出る。
♦︎
この異世界に来て初めての休日。
今日は、アイラ、ミツェルさんと一緒に、帝都にある『アスフォデルスの花園』に遊びに行く事になっていた。
『アスフォデルスの花園』は毎年秋ごろ、アスフォデルスという花の開花の時期に合わせて開園されるらしく、ちょうど直近、開園されたらしい。
つまり、お花見デートだ。
僕とアイラ、ミツェルさんは魔導列車に乗って花園に向かっていた。アイラは白と黒のドレスっぽい私服、ミツェルさんは普段通りメイド服だ。
ーー間も無く、アテネ駅に到着しますーー
列車のアナウンスが鳴る。
事前に勉強したところ、花園はアテネ自然公園って場所にあるらしかったから、おそらくここが下車駅だ。
「えっと、確かアテネ駅で降りるんだよね?」
「いえ、次の駅ですね。今から行く公園の名前が『アテネ自然公園』なのでみなさんアテネ駅で降りがちですが、実際は、次のパグラ駅からの方が公園まで300mほど近いのです」
ミツェルさんが僕の事前勉強を無下にする。
……300m?
この人そんな微妙な距離で地理を把握してるの?
「ミツェルさん帝都にすごい詳しいんですね!」
「ええ、まあ。昔この近辺に勤めていましたので」
帝都近くの、何かしら偉い人のメイドをやっていたとかなのかな?
ともあれ、事前勉強は無駄になりそうだがミツェルさんについて行けば安心だ。
しばらくして、パグラ駅に到着する。
駅内は全方向7歩先には必ず人が居るくらいに混んでいた。
「やはり今日は人が多いですね」
「いつもはどんなもんなんですか?」
「これの2/3くらいですね。パグラ駅でこれだと、アテネ駅はもっと酷い事になってるでしょうね」
そう言ってミツェルさんはニヤリとドヤ顔を見せる。
混み合った駅を進んでいると、アイラと妙に袖が触れ合う回数が増える(物理的に)。
見ると、アイラは僕に距離を近づけて、もどかしそうにもじもじとしていた。
「どうしたの? アイラ」
「え!? えっと……、その……」
アイラは頬を染め顔を逸らす。
「クリス様、アイラ様ははぐれないように、いつも通り、手を繋いで欲しいのかと」
「そ、そうなのか? アイラ」
「うう、そうですけど……。そんなにはっきりと言わないでください、ミツェルさん……」
なるほど、手を繋いで欲しくてさり気なくアピールしてたのか!
「手、繋ごうか」
僕はそう言ってアイラの手を握り、微笑みかけたが、アイラは顔を背けていて顔が見えない。
可愛い。そして、やはり愛おしい。
アイラと手を繋げる僕は、紛れもなく、世界で一番幸せだと思える。
「クリス様、私とは手を繋いで下さらないのですか?」
ミツェルさんは態とらしくシクシクとした身振りをする。
「……ああ、うん、繋ごうか」
♦︎
駅からかなり(少なくとも1km以上)歩くとようやく自然公園らしき場所に入ることができた。
歩いていたらいつの間にか公園に入っていたって感じだ。境目も公園の先も見えないので、この自然公園、相当広いのではないか。
「あのゲートが花園の入り口ですね」
アイラが指をさす。
公園内に白い柵で覆われた空間があった。人の流れからも、そこが目的地であることが分かる。
中に入るまでに並ぶ、みたいな事もなく(公園が広く、建物ほど人が密集しないのか)直ぐに入ることができた。
花園には多種多様の鮮やかな色の花々が道の端に準人工的に並び、いい感じに整備されていた。
「おお、綺麗だなぁ。色んな花があるけど『アスフォデルス』はどこかな」
道端にあったマップを見てアイラが答える。
「ええと、先の分かれ道を左に行って、そのまま歩いて行くとありますね」
僕はアイラの後ろからマップを見る。
言う通り、左の道を道なりに行けばアスフォデルスに着きそうだが……。
「遠いな……。またこっから結構歩くね」
「お疲れですか? クリス様」
「そう言えばお兄様、昨日まで遠征でしたもんね……。もしかして無理をさせてしまいました……?」
「い、いや! そんな事ないよ!」
実際、本当にそんな事なくて体に疲労はない。単純に家から駅まで、駅から公園まで結構なスケールの距離を歩いてきて気分的に滅入っているだけだ。
元の世界で、出来るだけ歩く事を避けてきた国民性と、異世界人の国民性のギャップである。
「少し早いですが、お昼にしましょうか。実は、なんと、今朝アイラ様と一緒に作ったお弁当があるのです!」
ミツェルは鞄から包みを取り出して見せる。
そういえば最初の日、アイラがお弁当作ってくれるって言っていた。
「え!? 本当!? やったあ!」
テンションが上がり喜ぶと、アイラがクスクス笑う。
「お兄様、いつもより一段とテンションが高いですね」
「ええ。もはや、キャラが変わっていますね」
「え? う、うん。 うれしくてつい……」
流石に好きに振る舞いすぎたか。
……いやもはや、意識してさらにちぐはぐなキャラになるのも不自然なので気にしない。
「でも、元気になって良かったです!」
「え?」
「あ、ええと……。一週間前までお兄様、何か、思い詰めていたように感じてたので……」
……僕が転生する前か。
クリスは何か思い悩んでいたのだろうか。
やはりこの転生と何か関係があるのだろうか。
今それについて考えてもしょうがない。誤魔化そう。
「あ、ああ、あれね。いや些事だよ些事。今となってはしょうもないことで悩んでたんだ。もう片付いたから大丈夫だよ。それよりも、早くお弁当食べようよ!」
♢
僕たちは入り口側の広間のベンチに座り、包みを広げる。
弁当のメインはサンドイッチでその他は彩のあるおかず。
サンドイッチの具は鶏肉だった。
フェニックスとサラダが挟まっていた。
僕はサンドイッチを食べつつ、適当に話題を振る。
「そういえば駅からここに来るとき、また別の方向にすごい人が進んでたよね。何か今日イベントやってたのかな」
その問いにミツェルが回答する。
「今日は建国記念日ですからね。皇城で式典をやっているのでしょう」
今日は土日相当の日だったが祝日が被っていたのか。祝日が休みになるかは分からないが、日本だったら損した気分になるな。
「いまから見に行く、アスフォデルスもそれに関連してるんですよ。確か初代の勇者様が魔王を討伐した季節がアスフォデルスの開花時期と丁度同じで、アスフォデルスが国の象徴みたいになったんですよね? ミツェルさん」
「はい、その通りです。流石ですアイラ様」
「流石は僕の妹だ。博識だなぁ」
その辺りは前に読んだ歴史書で知った部分だな。
初代の勇者――つまりリオネス・キリシアの事だ。
リオネスが魔王を討ち倒したのが丁度今ぐらいの時期という事か。
またキリシア帝国では代々、そのリオネス――勇者の家系が皇帝になっている。(だからアイラは『初代』の勇者と言っている)
ちょくちょく見聞きする情報媒体によると、現在は7代目の、アレス・キリシアという男が皇帝らしい。
「てことは皇城近くで、パーティだとかセレモニーだとか楽しそうなことやってそうだよね。ああ、もしかして、終わった後寄るつもりだったとか、あるかい?」
「いえ、私は特に……。お兄様は行きたいですか?」
「ああ、別に行きたいわけじゃないよ。うん。今日はお花を見たら、家でゆっくり過ごしたいかな」
1日2つ以上のイベントは陰キャラにはきついからね。
「すいません、お兄様……。今日は無理に誘ってしまって……」
迂闊な発言をしてしまった。
「家でゆっくりしたい」→「疲れているのに無理して外出している」と変換してアイラは受け取ってしまった様だ。
彼女は本当に気遣いができて、優しい子なんだろう。
「いや、別にそういう意味じゃないよ、アイラ」
僕は撤回するよう、生き生きと立ち上がる。
「足も休まったし、そろそろ行こうか! アスフォデルスの花園に!」
♢
一面に白い花。
アスフォデルスは何の変哲も無い、明日には既に忘れている様な、普遍的な花だった。
美しいと言えば美しい。
けど、僕には花をうつくしむ情緒が無い為、そのくらいの感想しか抱かなかった。
いや寧ろ、いくら別人になろうと僕に真っ当な情緒がない事を実感させられて、少し嫌な気持ちになったので、抱いた感想の量としては多いかもしれない。
「見てください、ミツェルさん! あそこにクレープの屋台が有りますよ! 行きましょう!」
「おやおや、アイラ様。先程サンドイッチを食べたばかりじゃ有りませんか。確かにここまで少し歩きましたが、もうお腹が減ったのですか?」
「で、デザートは別腹なんです!」
花に対する情緒がない事で気持ちよく自己嫌悪に浸っていた僕の横に、僕以上に花に興味がない二人がいた。
台無しだ。
「お兄様、私たちクレープを買って来ますので少し、待っててください」
「ああ、うん」
アイラとミツェルがクレープの屋台に向かっていく。
♢
「はぁ」
と溜息を吐きながら花園そばのベンチに座る。
一人になり、少し休まった感情で辺りを見渡す。
暖かい日差しと花の香り、一面の花。花園周りには僕たち以外にも人はそれなりにいた。主に家族連れとか、学生っぽいグループとか、老夫婦とか。
しかし、そんな中一際悪目立ちする淑女が目につく。
彼女は一人で花を見ていた。見た目は赤く長い髪、少しつり目だが品のある顔、そして赤っぽい綺麗目カジュアルを身に纏っている。歳はクリスより上だろうか。
……あの人綺麗だな。
僕はこの世界に来てから、美少女、美女しか目にしていないが、彼女は特に「美しい」。女の子の見た目って好みとかもあるだろうけど、「美」という観点から見れば彼女が一番じゃないだろうか。
僕が彼女を見ていると、それに気付いたのか、彼女は僕の方を見る。
……やばい、見すぎたか。
僕は慌てて目を逸らす。
あれだけの美人だ。人に見られる事もしょっ中だろうし、気にしてくれないと良いけど。
と思ったのとは裏腹に、彼女はこちらに向かってくる。
それも、少し笑顔で。嬉しそうに。
「君、私のこと見てたよね?」
「えっ!? ああ、ええと……その……すいません……」
僕はキョドりながら、彼女に目を合わせず返答する。
そんな僕を見て、彼女はクスクスと笑いながら
「君、可愛いね。 良かったらそこで私とお茶しない?」
と都合よくそこにあった屋外型カフェを指差す。
「えっ!? あっ。ええっと……」
僕は今、この美女に逆ナンされているのか?
言うまでも無く、「僕」に逆ナンされた経験なんて全くない(そもそも、誰かに道を聞かれる事すら無い)のだが、イケメンならよくある事なのか?
「あっ。えっ、ええっと、すいません。今人を待ってましてぇ……」
「えー? お姉さんと遊んでくれないのー?」
彼女は僕の隣に座り、体を密着させてくる。
この人、やばい。
仕草一つ一つが、こっちの男心を掴んでくる。
今までの女子達と違い、研ぎ澄まされた熟練の「それ」があって、平静を保つのが精一杯だ。
「じゃ……じゃあ少しだけー
「からかうのはその辺にして下さいまし、アレス様」
僕が言いかけたのを遮るように、クレープ屋から戻ってきたミツェルが、呆れたように彼女に言った。
「なんだミツェル、一緒に来ていたのか」
「相変わらず悪趣味ですね。そもそも、今日は皇城の式典のはずでは?」
「働き方改革って奴さ。勇者にも少しは休息が必要なんだよ。無論、式典に居る俺が偽物だという事は一部の人間しか知らないのだが」
この人、ミツェルと知り合いなのか?
そしてさっきと性格が変わりすぎている。人間裏表が多少あるにしても表情も、語調も、雰囲気もまるで別人だ。
それに、勇者?
今この人「勇者」って言ったのか?
いやでも「勇者」って男だったはずだが……。
「そのまま出歩けば目立って休みどころでは無くなるからな。やむを得ず、不本意にも、こうして変化魔術で女になるしかないのさ」




