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第八話 勇者と盗賊の帰還

第一部 第二章の始まりです!

       ▽第二章 背徳の王城

       ▽第八話 勇者と盗賊の帰還

 深夜の王城は気味が悪かった。

 天高く聳える、魔法製の石材造りの城は、人々の果てない欲望を再現するかの如く、大きく大きく君臨していた。

 深夜の暗闇に照らし出された王城は、もはや、吸血鬼が住まう古城と大差なく見える。


「本当にやるの、ヴィクティム」

「当然だよ。だって、そのほうが面白いだろう。その上、ボクも王城に密偵を送った、という魔王への言い訳になるからね。面目が立つわけさ」

「ヴィクティムは面目なんて気にするわけ?」

「気にしないね」


 そもそも、ヴィクティムと魔王とは、配下支配下の関係ではなく、対等な関係らしい。友人として協力、名前を貸している、とのことだ。


 ヴィクティムはどうでも良さげに言う。その瞳は鏡夜にではなく、ご立派な王城へ一心に向けられていた。


「困っている友達がいたら助けなくちゃだろう?」

「友達ができたことなくてね。助けなくても良くない?」

「おいおい、キミは人でなしかい?」

「あいにく、こっちは吸血鬼なんでね……」

「おっと、どうやらボクも人でなしだったらしい」


 ヴィクティムは大袈裟に肩を竦めてみせた。

 言動も仕草も思考も、すべてが人間離れしているな、と鏡夜は思った。


「さて、では、ボクも立派な人でなしの吸血鬼として、部下に無理難題を押し付けてやろうかな。……行ってきなよ」

「はいはい」

「良い子だ」


 王城を守護するための巨大な門前に到着する。そこにはやる気なさそうに槍を地面に立て、目線を伏せた門番がいた。

 夜、静かな風が、両者の間に吹き荒れた。


「ああ、……こんばんは。移木鏡夜です。帰ってきました」

「んんん! 鏡夜くん!? 良かった、ダンジョンで死んだと聞いていたから……」

「この通りボロボロですよ」


 力なく笑い、鏡夜は己が姿を門番に披露した。

 かろうじて布を身体に貼り付けている、といった様相だった。身体のいたるところには煤けた痕が残っている。


「良かった。夜は遅いが入ってくれ。黒木さんを起こしてこようか?」

「いいえ。見ての通り、処置は済ませていますから」


 鏡夜は門番とそこそこに交流があった。

 この異世界に飛ばされて以降、ずっとこの王城に住んでいたからだ。挨拶を交わすくらいの関係であったが、あるていど、好意的に接していたのが功を奏した。


 人類種の王の一角、それが住まう場所へと、一匹の吸血鬼は吸い込まれるように侵入した。


(あっさり成功して良かった。吸血鬼の弱点には『招かれていない場所には入れない』というのがあるけれど、弱点をスキルツリーから減らさなくて済んだ)


 あるいは魔眼スキル『魅了視』を取って、中年男性である門番をメロメロにすることも候補にあった。が、いずれにせよ、どれもせずに済んで重畳だ。

 鏡夜は自分が過ごしていた部屋に戻った。

 着替えは門番が新しい物を持ってきてくれるらしい。


 ベッドに腰掛け、深く息を吐く。

 昨夜まではただの人間だったというのに、今や、正真正銘の怪物・吸血鬼になってしまっている。当たり前だが想像もしなかった。

 中世ていどの文明しか持たぬこの国は、王宮といえど、大したベッドではない。


 安らげない。


 気持ちを和らげようと窓を見やる。

 文明が発展していない、ということは人工灯が少ない証左だ。窓からは無限の夜空が広がっており、星々が窮屈そうに白銀に輝いている。

 星の光に瞳を輝かせてしまう。圧倒されるような美しさだ。

 この異世界に来て良かったな、と思う珍しい時間だった。


 鏡夜が酔うように夜空を見つめていると、窓に何かが激突してきた。


「ん?」


 窓を開ける。すると、凄まじい勢いで蝙蝠が侵入してきた。その蝙蝠はベッドの上に降り立ち、その姿を絶世の美少女へと変幻させた。

 ふむ、とヴィクティムが満足げに足を組んだ。


「中々によろしいベッドじゃないの。なんて……ボクたち吸血鬼は棺の中でなければ、安眠はできないのだけれどもね」

「ヴィクティム……どうやって入ってきたの?」


 吸血鬼は招かれなければ、他者の家にお邪魔することが不可能なはずだ。

 ヴィクティムは右目を手で覆い隠したかと思うと、すぐにその手を下ろした。手の向こうに隠されていたのは、複雑な印が刻まれた瞳だった。


「……『魅了視』を使わせてもらったのだよ。便利だからキミも取っておけば?」

「便利そうではあるけどさ」

「ただ数秒、見つめ合うだけで人の心を思うがままさ」


 ああ、とヴィクティムがベッドに倒れ込んだ。大の字に寝る。


「もちろん、キミには使っていないともさ。キミがボクに少しでもドキドキしたというのならば、それは紛う事なき、キミの本心ってこと」

「全然、ぼくはキミになんてドキドキしていないよ」

「そう……ちら」


 大の字に寝転びながらも、彼女は己がスカートを捲った。純白のショーツが剥き出しになり、その太ももまでもが大胆に主張してきたが、鏡夜は咄嗟に目を伏せた。

 ふふ、とヴィクティムが嗤う。


「ということだ。キミは現在、とてもとても欲求不満のご様子。性的な欲求もだろうけれども、何よりまず、食欲について問題があるだろう?」

「……それは、たしかだ」

「ボクから見たらキミなんて赤ちゃんだ。でもね、さいきんの赤ちゃんはそこそこやるんじゃないのか、とヴィクティムちゃんは思う」

「つまり、ぼくに自力で血を採ってこい、って言っているのかな?」


 だねー、と間延びした声で、ヴィクティムは欠伸混じりに答えた。


 仕方がない。

 鏡夜は溜息を吐きながらも、スキルツリーを展開させた。

 試練の最後、鏡夜はデタラメに強力な狼と争ったが、殺害には至っていないため、経験値は得ていない。

 スキルポイントにはあまり余裕がない。


 だが、どうやら吸血鬼にとって『魅了視』は必須スキルらしい。

 他者の家に入るためにも、血を吸わせてもらうためにも、その他にも使えるので、利便性自体はヴィクティムが言うように高いのだろう。


 あの迷宮にはアンデッドばかりだったが、人間相手にならば杞憂は少ない。

 魅了視を発動させた。視界が紅く染まる。

 と、ちょうどその時を待っていたかのように、控えめな音がドアを叩いた。おそらく、門番が替えの服を持ってきてくれたのだろう。


「開いています、入ってきてくれますか?」

「こんばんは――移木くん。黒木です」

「――んっ!?」


 黒木都だった。

 鏡夜は焦燥を顔に浮かべ、強引にドアを閉めようとした。吸血鬼の全力を出せば成功したかもしれないが、彼の脳裏に浮かんだのは、初めてゾンビ狼と戦闘した時のことだ。


 さすがに上級職たる黒木が死ぬことはないにしても、体当たりで大ダメージを与えてしまいかねない。

 まだ、肉体の制御は不完全なのだ。


 ドアが開いていくのを見守ることしかできない。隙間から寝間着姿の美少女が見える。ドアは容赦なく、容赦なく、開いていく。


「こんばんは。それから――おかえり、移木くん」

「……あ、ああ、こんばんは黒木さん」

「ん、元気そうで良かったよぉ。怪我はない? ヒール要る?」


 大丈夫、と鏡夜は小さく答えた。

 吸血鬼だから発汗は不要だというのに、何故だか冷や汗が止まらない。ベッドを見る。そこにヴィクティムの姿はなかった。

 胸を撫で下ろしながら、黒木を見やる。


「どうかしたの、こんなに夜遅くに」

「うん、あのね、どうしても言わなくちゃいけないことがあるの」


 黒木は気恥ずかしげに手を後ろに回し、モジモジと言う。


「移木くんが無事で本当に安心したの。貴方が帰ってきたって聞いてね、私、居ても立ってもいられなくなって、つい来ちゃったんだ」

「そ、そうか」


 早く帰ってほしい。

 クラスメイトに自分が吸血鬼になってしまった、と露呈してはならない。

 この城には上級職のクラスメイトが十九人も存在している。しかも、そのクラスメイトたちよりも現時点では遙かに格上な王国騎士たちも控えているのだ。


 バレればただでは済まない。

 ヴィクティムが居れば問題がないようにも思われるが、あの気紛れな吸血鬼が助けてくれるかは、正直なところ未知数な面が強い。


 黒木が続けた。


「じゃあ、私の本心を貴方にだけ……言うね?」

「……本心?」


 いよいよ告白じみてきたな、と鏡夜が感じた直後、彼の肉体は壁に叩き付けられていた。何が起きたのかは理解できたし、視認もできたが、納得できなかった。


 鏡夜は、黒木に長杖で顔面を殴られたのだ。


 頬を押さえ、唖然と黒木を見上げた。彼女は美しい顔に眉間を寄せ、何もかもを台無しにするような乱暴な表情をしていた。


「な、なに、えっ、なに!?」

「てめえさあ、あたしの邪魔すんの、マジでやめてくんない?」

「邪魔? ぼくが?」

「こちとら回復役のヒーラー? って奴なんだよ。そのあたしがさあ、メンバー回復できずに見捨てたってさ、こっちのミスみたいじゃんかよ!」


 ヒステリックな怒号とともに、黒木の杖がまたもや振るわれた。

 回避するべき、と理性は訴えかけてきたが、意識が追いつかない。腐食熊の猛攻すら回避できた吸血鬼が、攻撃職ではないヒーラーの遅い攻撃に対応できない。

 祝福された杖は、吸血鬼にダメージを与えた。


 鼻がへし折れ、鼻血がゴボゴボと垂れる。数滴の血液が床を汚した。


「ずっとさあ」

 杖を鏡夜に叩き込みながら、黒木は忌々しげに言う。

「こっちは優等生でやってんの! 失敗なんかひとつもなかったのに! クラスのクソ女どもに『都ちゃんの所為じゃないよっ!』って、そうりゃそうだわ! あたしの所為じゃねえわ! 見下しやがってよお! マウントレディーがよお!」

「なに、その暴言……」

「うっせえなぁ! どうせこっちは回復できんだ。顔面ばっか殴るぞ、こら。まあ、てめえの不細工な顔なんて回復しなくてもバレねえだろうけどよぉ!」


 ボロボロの鏡夜(祝福武器は明確な弱点で再生が少々遅れる)に、黒木は回復魔法を付与してきた。

 回復魔法もまた吸血鬼にはダメージ源となる。

 苦痛。神経を直接引っ掻かれているような錯覚。


 それを我慢しているのを気取られないように立ち上がる。また、杖で強引に地面に引き倒された。顔面を素足で踏まれた。

 強化された嗅覚でも、大して臭いとは思わなかった。


「だいたいよぉ、てめえもてめえだよ、移木いいいい! もう二度とあたしの足ひっぱんなよ、くそが。スマホもネットもねえこの世界に、すでに苛々してんのに、更に苛々させんな、のろまクズ童貞ボーイがよお!」

「…………なに、その独特な暴言」


 黒木に聞こえないよう、小さく鏡夜はぼやいた。何処かに隠れているであろうヴィクティムのくすり、という笑い声が耳に届いた。


 暴力系ヒロインを飛び越して、暴行系ヒロインとは――新しい、というよりも珍しい?

 まあ、黒木は決してヒロインではないのだが。


(ぼくを攻撃しなかったのって、もう両親と川園さん、ヴィクティムくらいじゃないか)


 正確には、ヴィクティムも狼を嗾ける形で、鏡夜に暴行を働いているのであった。

 黒木が諦念の溜息を吐く。勝手に鏡夜のベッドに座り、自分の杖を床に捨てるようにして置いた。鏡夜を睨み付けてくる。


「はあ……あたしの人生計画が台無しだ。優等生で品行方正、誰からも羨まれる存在で、イケメンのお金持ちと結婚して、誰もが羨む幸せな新婚生活をして、子どもは東大に出て、孫に看取られながら死ぬ、誰もが羨む生活が……」


 ともかく、黒木の主張は理解できた。

 羨ましがられたい、とのことだ。

 願望自体は普通かもしれないが、それを叶えるにための行動には大いに問題がありそうだ。とんだサイコガールである。


(どうしようか)

 ……鏡夜は、べつにやられっぱなしが好き、というわけではない。

 スキル『魅了視』を用いるかどうか、考えてみる。今、ベッドの上で退屈そうに欠伸をしている黒木を魅了し、血を吸わせてもらう。


 悪くない案に思われる。

 やり返しもできるし、血も吸えるし、スキルの試運転も可能だ……

 

 しかしながら、鏡夜は『魅了視』を使わないことに決めた。

 あくまでも魅了視は低ランクである。上級職、しかも癒やしと耐性に特化した黒木の大聖女に通用するか、それは未知数なところがあった。

 いや、未知数というより、失敗の確率のほうが大きい。


(黒木さん、早く帰ってくれないかなぁ。それかいきなり死なないかなぁ)


 それはそれで死体の処理が大変なのだが……


 しばらく、黒木の愚痴に付き合う。どうやら、彼女は今回の失態により、今まで彼女の失敗を虎視眈々と狙っていた女子たちに、見下し慰めを受けていたらしい。

 その「見下し慰め」が何かは知らないが、黒木は嫌だったとのことだ。


 ちなみに今、鏡夜がもっとも嫌なことは、黒木からの愚痴である。

 と、ウンザリしてきたその時、ドアがこんこんと控えめにノックされた。ドアの向こうからは門番の「着替え、お持ちしました、移木くん」という声が聞こえる。


 黒木が弾かれたようにベッドから立ち上がり、杖を拾った。

 ひそひそ、囁くような声で言う。


(帰ってもらえ! 早く言え、のろまの愚図が!)

「いや、着替えはほしいから」

(は? 着替え……?)


 黒木が改めて、というか今更というか、鏡夜の全身を頭から舐めるように見下ろしていく。『走れメロス』のラストシーンみたく、ほとんど肌に布を乗っけているだけ、というレベルの鏡夜の姿があった。


「っ――てめえ、なんて格好してやがんだよっ! セクハラで訴えんぞ、こら!」

「だったら、ぼくは傷害罪で訴えたく思うんだけど」

「そっちは回復してやったから証拠ねえんだよ、ゴミが。目玉にも回復魔法掛けてやろうか?」


 黒木は目に見えるほどに顔を赤面させていた。

 けっきょく、替えの服は部屋の前に置いてもらう形で落ち着いた。が、門番が立ち去った後、黒木も逃げるように立ち去った。


「覚えてやがれ、クソゴミ野郎がよお」


 だなんて三下じみた暴言だけ吐き捨てて、薄暗い廊下の向こうに消えていった。

 それを見届けてから、鏡夜は背に重みを感じた。姿を現したヴィクティムがしな垂れかかってきているのだ、とすぐに気づく。


「ずいぶんとクレイジーな女性じゃないの。恋人かい?」

「そんなわけないよ。あれが恋人は嫌だ」

「はは、だろうね。彼女はマナー教室のお世話になったほうが懸命だね」

「殴る蹴るは、もうマナーの範疇じゃないよ」


 というよりも、ヴィクティムの口からマナー教室、という言葉が出たのが驚きだった。とはいえ、この世界には王制や貴族社会も健在なのだし、マナーはあちらの世界より重要なのかもしれなかった。

 ヴィクティムが背後から抱き締めてくる。


「ああ、そうだ。彼女はキミを不細工だなんて言っていたが、ボクは格好良いと思っているよ?」

「お母さんですか、キミ」


 夜が暮れていく。

 王宮は内部に二体の怪物を抱きかかえながらも、いつものように人間の街、その中央に堂々と聳え立っていた。

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