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第三話 思考と考察、試運転

       ▽第三話 思考と考察、試運転

「ようこそ、夜の世界へ……眷属くん」


 悪戯げに、そして超常じみて嗤うヴィクティム。

 白銀の頭髪は,さながら深夜に浮かぶ月光のような、そういう幻想と怪しい美しさを帯びている。紅い瞳は宝石のように爛々としていて、顔すべては人形のように整いすぎている。


 怖いくらい、その少女の美貌は完成されていた。

 にんまり、とヴィクティムが手をあげた。親指にだけ嵌められた七色の宝石が、この暗闇の中、明かりのように輝いている。


「キミの再生速度は驚嘆に値するよ……ほんとうに凄まじい」


 鏡夜は苦笑した。褒められても困る。

 これはスキルツリーがあれば、誰にでもできることなのだから。


「さて。キミの性能を見て一安心だ。これならば早速『眷属の儀』を開始しても良いかもしれないね」

「ちょっと待ってくれよ、ヴィクティムさん」

「さんは不要さ。ボクたちは対等な関係ではないけれども、ボクはそういうのは気にしない」

「だったら、ヴィクティム……」

「ふふ……」


 ヴィクティムは鏡夜の言葉を聞かず、勝手に話を進めてしまう。


「現在、この『死者の迷宮』が暗闇に包まれているのは、ダンジョンのギミック、というわけではないよ。これはボクの魔法さ。夜を呼ぶ、というね」

「えっ、なにそれ、チートじゃん」

「吸血鬼にとっては、ね。といっても、小規模な空間を夜に上書きしただけなんだけどね」


 なるほど。

 だから、このダンジョンを勧めてくれた人は、この唐突な暗闇について忠告してこなかったのか。

 ……であれば、だ。


「ぼくがピンチに陥ったのって、キミの所為ってこと?」

「おいおい、言い掛かりはよしておくれよ。ボクがやったのはちょっとした悪戯……キミたちの実力であれば、実際、キミの判断力の高さに鑑みれば打破できる窮地だっただろう?」

 問題は、

「キミが見捨てられたことが大きいのさ」


 それは正論だった。

 ただ暗くなっただけならば、鏡夜たちは負けなかっただろう。


「どうしてぼくを吸血鬼にしたんだ?」

「簡単なことさ。暇つぶし……キミを人類と敵対させたら、さぞかしボクの人生の退屈は追い払われるかもしれない、って思っちゃったの」

「暇つぶし」


 鏡夜が繰り返し言ったその後、ふいにヴィクティムが姿を消した。その声だけが耳朶に届いた。


「試練の開始だ。キミはただボクの魔法が解除されるまで生き残るだけで良い。言っておくけれども、夜のこのダンジョンは適正レベル50はあるよ……」


 50!? と反応を上げるよりも早く、鏡夜は迷宮でひとりきりになってしまった。


       ▽

 こうなってしまえば、仕方があるまい。


 死ぬつもりは毛頭ないのだ。いきなり石動に足を切られ、ハイゾンビたちへの生き餌にされてしまったことについての恨みは、盛大に残っている。

 だが、その恨みに囚われるあまり、このダンジョンで朽ち果てるのは最悪だ。

 死んでしまえば何もできない。


 ――復習、何も。


 だから、鏡夜は瞬時に境遇に適応して、次に取るべき行動を理解した。


 吸血鬼のスキルを改めて確認する。

 吸血鬼のスキルツリーは人間や盗賊とは少々異なっていた。大きく分けて八種類の分岐があり、その中から選んで好きなモノを伸ばしていく方針らしい。


 特異能力。

 再生能力。

 魔眼。

 弱点。

 吸血。

 眷属。

 魔法。

 耐性。


 興味惹かれるものは多いが、まず、この迷宮で生き延びることを優先するならば、特異能力か魔眼、眷属、魔法あたりが良いかもしれない。

 それが戦闘能力に直結しそうだからだ。


 まず、候補外を探すことにした。

 魔眼。古今東西、魔眼といったら強力な能力しか思い付かない。確認してみたら、最初に入手できる能力は『魅了視』らしい。

 能力は想像できてしまう。

 果たしてアンデッドに『魅了』が通用するのか、という疑問がある。不安なので却下するしかない。でも、『魅了視』というのはなんだかえっちだった。


 次に魔法だ。

 これは吸血鬼特有の強力な魔法が行使できるようになるらしい。伝承によれば、吸血鬼は嵐や雷を操ることができる、と言われている。

 その噂には相違なく、風と雷、闇の魔法が得られるという。


 でも、鏡夜は一度たりとも魔法を使ったことがなく、これも不安定要素が大きい。


 次に見たのは眷属。

 これは蝙蝠や狼を召喚したり、アンデッドを作成するのに必要なスキルらしい。

 戦力の増強はありがたい。特に、このようなダンジョンにひとりきり、という状況であれば、味方の存在は物理的にも精神的にも頼りになるだろう。


「悪くないね」


 そう言って鏡夜がスキルを取得しようと決めたとき。

 背後から衝撃が炸裂した。

 身体が宙に浮く。壁に激突して腕が変な方向に曲がる。鼻が潰れた。大量に出血しながらも、鏡夜は全力で地面を蹴り付けた。

 思い出すのは、さきほどのヴィクティムの動作だった。

 天井に足をめり込ませて宙に留まる。敵を見下ろす。


 その敵は見たこともない魔物であった。全身がぐずぐずに融解した熊に見える。ただし、身の丈は決して大きくなく、鏡夜の身長と同じくらいであった。


 強そうにも、弱そうにも見える魔物だ。


 鏡夜はスキルツリーを見ながら、首を左右に振った。今、残っているスキルポイントは50だけ。

 手始めに召喚スキル『サモン・イビルバッド』を取得、即座にスキルを発動した。


 一羽の蝙蝠が顕現。

 鏡夜の意思に従って蝙蝠が腐食熊に襲いかかっていく。


 弾丸のような速度での突撃。


 腐食熊は面倒そうに手を振り上げ、蚊でも叩き潰すかのように蝙蝠を粉砕した。血を中に詰めた風船を割ったかの如く、弾けた。


「よわっ」


 鏡夜はかつてイビルバッドだった残骸を一瞥した後、腕を振り下ろした状態の腐敗熊に奇襲を掛けた。頭上からの奇襲。

 手の中のナイフが、グズリ、という音とともに熊の体内に飲み込まれていく。


 が。

「まずいっ!」


 ナイフと腕、腐敗熊の肉体に突っ込んだ瞬間、溶け出すのが解った。

 なるほど。

 そういう特性を持っているのか。


 片腕を完全に溶かされながらも、鏡夜は冷静に背後に跳んだ。腕が修復される。

 腐敗熊は素早く距離を詰めてきた。

 大振りの攻撃、六連続。


 鏡夜には吸血鬼になり、再生スキルを入手する過程で得た大量のパッシブスキルがある。筋力増加、敏捷性増加、反射神経増加、などなど……

 だから、鏡夜は紙一重で熊の豪腕を回避していく。


 そして、回避しつつもスキルツリーを開く。


(眷属スキルは低レベルだと役に立たなさそうだ。だったら、……特異能力!)


 取得できる特異能力は――『鋭爪』――爪を鋭い刃物に変える異能力。

 迷う間もなく入手、己が爪が凶器に変貌したのを理解したと同時、敵の首に向けて一閃した。



 熊が驚いたように目を見開く。


 遅い。

 盗賊スキル『首落とし』も起動しての、渾身の一撃。軽い感覚。直後、ぼどりという音がして、腐敗熊の首は地面に転がっていた。


「すごいな、これ」


 自分の爪を眺める。

 爪は熊に触れたときに溶けていたが、再生能力で元通りだ。

 少なくとも、さきほどまで鏡夜が使っていたナイフよりもよく斬れる。しばらくはこれで戦っていけるだろう。


「盗賊スキル『隠密』発動……」


 これでしばらくの間だ、敵に見つかる心配が減る。

 鏡夜はまたもや天井を足場にした。こちらの方が見つかりづらいからだ。そうして息を殺し、彼はスキルツリーの確認を行うことにした。


       ▽

「おお、レベルが3も上がっている」


 魔物討伐はパーティーで行うよりも、個人で行ったほうが経験値効率が良い。もちろん、ソロ活動は命の危険にも繋がるため、魔物討伐はパーティーで行うのが定石ではある。


 鏡夜が勇者に嫌われていたのも、大した戦力じゃない癖に経験値を吸っていたからだ。

 といっても、鏡夜は鏡夜なりに仕事はしていたのだが……この事実は鏡夜含め、まだ誰も気が付いてない。


 レベル上昇によって得られるスキルポイントは5。

 また、人間スキル、盗賊スキルにもそれぞれポイントが5ずつ入る。経験値は別項目であっても、移動させることができるので、鏡夜はとりあえず全ポイントを吸血鬼に振ることに決めた。


「いや、待てよ」


 思い直し、盗賊スキルにポイントを振る。

 これによって『感知・低』と『罠看破・低』を取得した。これは盗賊として動くのには必須だし、なによりも、ソロ活動にも打って付けの能力だ。


 さて。

 盗賊として最低限の能力を入手してから、鏡夜は改めて吸血鬼スキルを見た。


 すると、再生スキルの欄に変化が訪れていることに気づいた。さっきまでは再生力上昇しかなかったのだが、今は『再生』から分岐して『スタミナ再生』が出現していた。


「『鋭爪』を取ったからかな」


 もしかすると隠し要素もあるのかもしれない。

 特異能力の欄には、本当に特異な能力たちが並んでいた。『鋭爪』の先には、より爪を鋭くするスキルや爪に毒を付与する能力、中には爪を曲げたり飛ばすスキルもあるらしい。

 また、別の箇所には『暗視』や『霧化』もある。


 悩ましい。

 とりあえず、暗くて何も見えないため、『暗視』スキルを取る。

 まるで夜のダンジョンが真昼のように明るく見えた。


 吸血鬼スキルは、人間スキルよりも効果的なモノが多いらしい。

 まず、人間ではこんなにもパッシブスキルは入手できなかった。今の鏡夜は大量のパッシブスキルを持っているので、人間だった頃とは身体能力の次元が違うだろう。


(上位職業になった気分だ)


 これが化け物か、と鏡夜は自分の青白い腕を見つめた。

 首を左右に振り、後悔や戸惑いといった感情を打ち消す。


 スキルツリーでも見て、いったん、現実から離れる必要がある。

 

 ふと『鋭爪』から真横に分岐|(スキルツリーは本来、樹木のように伸びており、真横には伸びていない造りになっている)していることが目に付いた。

 そこには「ダメージプラス1」というスキルがあった。おそらくはパッシブスキルだ。


「筋力アップとは違うのか……ああ」


 理解した。これは固定ダメージ上昇スキルだ。

 たとえば、鏡夜がスライムを殴ったとする。だが、スライムは物理攻撃を完全に無効化するので、ダメージは0になる。だが、この『ダメージプラス1』があれば、確実に1ダメージを与えることができるのだ。


 地味だ。

 けれども、地味も積もれば山となるだろうし、固定ダメージは嘘を吐かない。


 ただ、積み上げていけば強力になるだろうが、わざわざポイントを割く理由はあるのか、と鏡夜は「ダメージプラス1」スキルの先を見た。そこには3つ「ダメージプラス1」が連なり、行き止まりの場所に『無双の怪力』というスキルを見つけた。

 気になり、スキル詳細を確認する。


『無双の怪力』

 攻撃時、筋力値を50パーセント上昇させ、ダメージプラス10。


「えっ、チートじゃん」


 迷いもなく、『無双の怪力』スキルを取得した。このスキルは強力な分、ひとつ入手するだけで10ポイント必要だった。入手までに15ポイント掛かったが、十分に天秤はつりあっている。

 いや、むしろ、メリットのほうが大きすぎるくらいだ。


 鏡夜は残りのポイントを『鋭爪』の派生に使い、パッシブスキルも幾つか入手した。


「少し、試してみようかな」


 鏡夜はまるで吸血鬼のように、唇から鋭利な牙を覗かせ、嗤った。

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