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第二話 吸血鬼、再生……それから

       ▽第二話 吸血鬼、再生……それから

 刻を少々遡り、石動率いる勇者パーティーが壊滅する寸前に巻き戻ろう。


 鏡夜たちが挑戦しているダンジョン『死者の迷宮』は、レベル10からレベル30までのレベル上げには打って付けらしい。

 また、難易度も高くはなく、真剣に冒険をするのならば一度は通っておきたいダンジョンだ。


 このダンジョンの問題は大きく分けてふたつだけ。

 ひとつ、大した報酬が出現しない。アンデッドたちは討伐によって得られる経験値こそ膨大だが、その代わりとして得られるドロップ品などは……チンケだ。


 ふたつ、これが最たる危険性なのだが、このダンジョンは――夜、難易度が異常に増すのだ。夜を生きるアンデッドは、その性質上、夜に発生し易く、夜に力を発揮しやすいのだ。


 ダンジョンを探索する中、鏡夜は恐る恐る尋ねた。


「あ、あのさ、石動くん。今って何時かな?」

「……は?」


 威圧的な背後の声に、あえて気づかぬ振りをしながら、盗賊は震え声で続けた。


「このダンジョンは夜、危ないんだよね? ぼくは国から時計をもらっていないから、時間の確認ができないんだけど……そのもう潜って五時間は経つよね?」


 石動パーティーがダンジョンにアタックしたのは、およそ十三時(時間の流れは日本と同様だった)だった。それから五時間経過しているのならば、すでに時刻は十八時のはずだ。

 いったい、ダンジョンが何時を夜とするのかは不明だが、これ以上、進むのはまずい。


 鏡夜の提言はもっともなことだった。

 だが、このパーティーは勇者パーティーだ。鏡夜を除く全員は最初から上級職であるし、異世界からやって来た者の特質として「スキルポイント」と「スキルツリー」の概念がある。

 通常、人々が何か魔法を覚えようと思ったら、魔道書を熟読して魔法を深く知らねばならない。


 一方、鏡夜たち異世界人は、スキルツリーを使えば一発で魔法を覚えることができるのだ。


 つまり、この場にいる冒険者は、鏡夜以外は苦戦したことがなかった。

 そして、それこそが石動の判断ミスに繋がったのだ。勇者は苛立ちを隠そうともせず、大きな舌打ちを披露してくれた。


「何言ってんだ、てめえ」

 石動は道理を説くかのように、面倒そうに続けた。

「俺らはレベル上げに来てんだよ。こんな死体くせえダンジョンを何度も潜り直すなんてごめんだ。寄生虫のくせに俺らに意見すんな」

「……いやでも、ラインさんも夜になるまでには帰らないとって……」

「うるせえ!」


 背後から怒号が上がった、かと思った次の瞬間には、鏡夜は地面に強く叩き付けられていた。石動が肩を掴み、力尽くで地面に押し倒してきたらしい。

 眼前に聖剣が突きつけられた。汗が流れる。


「なんの役にも立たねえ、てめえみたいな根暗が意見してくんなって言ってんだよ! 俺らが負けるわけねえんだよ、くそが」

「……ははは、マジでこいつ意味解んねえ」


 石動の暴言に追従したのは、拳闘士の合田だった。合田は拳に拳をぶつけ(正直なところ、彼は筋骨隆々、といった風貌ではない。鍛えたりはしていない典型的な不良だ。だから、その動作は彼に似合っていなかった)、侮蔑の目を向けてきた。


「オレらは今日ダンジョンボスを倒しに来てんだよ。馬鹿か? 今帰ったらボスを今日倒せねえだろうが!」

「そ、そうだよ、ね……ごめん」


 帰りたい、と鏡夜は思った。

 王国にではなく、元の世界に、だ。

 今からダンジョンを出ようと思えば、すでにマッピングも済ませているのだし、敵を無視して駆け抜ければ一時間もあれば帰還できるだろう。


 だが、石動たちは夜のダンジョンに挑む気のようだった。

 もう付き合うしかない、と鏡夜は半ば諦めるように肩を落とした。この時、大人しく逃げていれば、鏡夜が苦しむことはなかったのかもしれない。


       ▽

 唐突だった。

 数瞬前までは明るかったダンジョン内部から明かりが消え失せた。まるで誕生日ケーキ上の蝋燭を一息で吹き消したように、光が吹き飛んだのだ。

 勇者パーティーは一斉に立ち止まった。


「きゃー!」「な、なんだ!? 攻撃か!?」


 仲間たちが悲鳴や困惑の声を上げる中、唯一、冷静に動けたのは鏡夜だけであった。彼は弱者であるがゆえ、ひとりだけ警戒を怠らなかったのだ。

 ポケットからビー玉サイズのオーブを取り出し、起動させる。


「灯火のオーブ起動。みんな、いったん落ち着いて」


 オーブがぽうっと燃えるように輝いた。

 自分の手元すら見ることができない状況なので、微かな光でもありがたい。


「多分、夜が来たんだ。どういうカラクリかは知らないけれど、そういうギミックのあるダンジョンだったんだと思う」

「それくらい解るんだよ、うぜえ」


 石動は少し焦燥を顔面に貼り付けながらも、鏡夜からオーブを奪い取った。


(自分の分を使えば良いのに……)


 鏡夜は諦めたようにポケットから新しいオーブを取り出した。


 このダンジョンをお勧めしてくれた人は「夜までには絶対に帰ってこい。敵が強くなるし、ダンジョン攻略が難しくなるから」と言っていた。

 詳しい説明は聞いていない。

 おそらく、聞かせるまでもない、と判断されたのだろう。わざわざ見えている地雷を踏みに行く人間が居る、だなんて思われなかったのだ。

 異世界人は知らない。


 異世界転移した人間が、どれほど浮かれているのか、を。

 異世界転移した人間が、どれほど生温い世界に身を置いていたのか、を。


 だから、こうなってしまうのは、必然だったのかもしれない。


「あ、ああああああああ!」


 背後で絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。振り返る。息を呑む。腹を深く切り刻まれた魔道士・川園の姿があった。

 血溜まりの中、魔道士の少女が蹲っている。


「ヒーラー、回復!」と咄嗟に叫び、鏡夜は短剣を抜いた。


 川園に追撃しようとしていた『影』に飛び掛かり、短剣の一撃を叩き込む。

 ――『混乱の一撃(パニック・キル)


 一瞬、敵の動きを停止させるスキルだ。動きを止めた『影』に、少し遅れた勇者の火炎魔法が炸裂した。

 爆発。爆撃。

 現れた『影』はその姿を消した。


 戦闘の間、黒木が川園を回復してくれたらしい。

 鏡夜は石動を見た。


「石動くん、もう撤退しよう。これはもう無理だ」

「ちっ、それくらい――」


 またもや暴言を吐こうとしたらしい石動の唇が停止した。彼は目を丸くしていた。

 鏡夜は石動の視線を追いかけるように振り向き、言葉を失った。そこにいたのは大量の――『影』、スケルトン……そしてハイゾンビが五体も居た。


「な、なんだよ、それ!」


 この世界はゲームとは違う。一度、戦闘に勝ったといっても、リザルト画面は表示されないし、敵の出現を知らせてくれるシステムボイスも存在しない。

 それから当たり前のことだが、手加減もしてくれない。


(む、無理だ! ハイゾンビを倒すには四人が力を合わせて数秒必要。だけど、ハイゾンビが五体もいたら……)


 しかも、敵はハイゾンビだけではない。

 さらに困難なことに、周囲は真っ暗闇だ。勇者パーティーの中で暗中での戦闘をこなせる者はいない。いや、仮に、鏡夜が自由にスキルを選んでいたのだとしたら、『暗視』スキルを取得していたことだろう。


 だが、今、鏡夜たちに暗闇を見通す力は、ない。


 判断は一瞬だった。


「石動くん、ぼくが敵を引きつけるから、キミたちはその間に他の敵を――」


 言い終わるよりも先に、鏡夜の足に激痛が迸った。


「…………え?」


 鏡夜の足を切り裂いたのは、スケルトンの大剣でもなければ、『影』の爪でもなかった。

 それは光り輝く、流麗な刀身を持った――聖剣だった。

 人間の血にまみれた聖剣が視界に入る。斬られたのだ、と遅れて理解する。激痛。痛みで足がちっとも動きやしない。

 絶望色した暗い瞳で、鏡夜は仲間たちを見上げた。


「ど、どうして」

「アンデッドは脳みそがねえ。目先の獲物に目が行く。だったら、犠牲になるのはてめえだろ」「ま、待ってくれ! ぼくは、ぼくは戦えるんだっ!」

「死ね、カス」


 石動たちが行ってしまう。

 アンデッドたちは石動たちには目もくれず、動かない、死の匂いを放つ鏡夜の元に集ってきた。


「おかしいだろ! なあ、おかしいだろう!」


 鏡夜の声は届かない。

 石動たちは行ってしまう。ふと、ひとりの少女が振り向いたのが見えた。そして、その少女は口元を――安堵したように緩めていた。


 ……最低だ。血が出るくらいに唇を噛み締める。全身から力が抜けていく。

 ハイゾンビたちによる鏡夜の捕食が始まった。


       ▽

 鏡夜が目を覚ました時、そこにはアンデッドは居なかった。


「こ、ここは……」


 朧気な視界で周囲を見回す。だが、たったそれだけの行為すらも、鏡夜に襲いかかってきた激痛が許してはくれなかった。

 下半身を見る。

 下半身がなかった。


「あ、お、おっ」


 言葉が出ない。どうして自分が生きているのかも定かではない。何かから逃げだそうと、反射的に手を伸ばす。だが、その手は何も掴まない。

 鏡夜が力なく、顔面を床に垂らした、その後だった。


 頭上から少女の甘やかな音色が降ってきた。


「おや。どうかしたのかい、眷属くん。再生しないようだが……眷属を創ることなんて久しぶりだから、何かミスをしてしまったのかもしれないね」

「? ……ん?」


 力尽くで仰向けになり、鏡夜は天井を見上げた。そこには天井に足を付け、真っ逆さまになっても落下しない、白銀色の少女が存在していた。

 この真夜中のような暗さの中、少女の姿だけが、月のように仄かな光を帯びている。


「ああ、勘違いしないでおくれ。ボクは空を飛んでいるわけではないよ。ただ、成り立ては凶暴化し易いからね。いきなり眷属を自分の手で殺してしまうのは、ちょっと勿体ないだろう?」

 だから、とその白銀の少女は悪戯げに嗤う。

「すぐに見つからないように、天井に足をめり込ませてみたのさ。我ながら子どもじみたことをするものだよね」


 ふふふ、と白銀の少女は楽しそうに肩を揺らした。


「きみはいったい、何者なんだ」鏡夜が尋ねた。

「……ボクかい? じつに難しい質問だね。哲学的とも言える。己が存在理由というのは、自己がいったい何者なのかというのは、その人物が一生をかけて――って、おいおい、そう怖い顔をしないでおくれよ」


 少女が天井から足を抜き、ゆっくり、そして美麗に地面に着地した。

 鏡夜が新体操の審査員であれば、おそらく満点をつけたであろう着地の美であった。


「ボクの名はヴィクティム……ヴィクティム・シファー。偉大なる――自分で言うのは気恥ずかしいがね――始祖吸血鬼が第三位・《不滅変幻》のヴィクティムさ」

「ヴィクティム・シファー……始祖吸血鬼」

「そう。そして、キミは今日からボクの眷属になったわけだ。お見知りおきしておきたまえ」

「ぼくが眷属?」

「その通り。まあ、再生しないみたいだし、もしかしたらもうお別れかもしれないけれどね。まあ、キミが下半身を失っても生存していられるのは、吸血鬼の異常なまでのステータスのお陰だろうと見ているよ」


 吸血鬼。眷属。

 ――ステータス。

 それらの言葉を聞き、鏡夜は即座に己が状況を理解した。ひとえに生き延びたい、という一心からである。

 ステータスパネル、そしてスキルツリーを展開する。


「……あった」


 そこに羅列されていた文字列たちは、さきほどまでと様相を違えていた。


 種族・人間。

 種族・吸血鬼。

 職業・盗賊。


 吸血鬼の欄を開く。すると、そこには夥しい数のスキル群が並んでいた。


 特異能力。

 再生能力。

 魔眼。

 弱点。

 吸血。

 眷属。

 魔法。

 耐性。

 その他、エトセトラ……ともかく、如何にも吸血鬼らしいスキルが揃っていた。


 所有スキルポイントは、現在の鏡夜がレベル20であり、1レベル上昇するごとに5ポイントもらえるので100(最初のレベルは0だ)、そして最初から所持していた100ポイントで合計200もある。

 ごくり、と息を呑み、鏡夜は所持しているポイントを150も一気に使用した。


 再生レベル1入手、パッシブ膂力アップ低、パッシブ膂力アップ低、パッシブ肉体強化低、パッシブ体力増加低、再生レベル2入手、…………………!


 数えるのも嫌になるほどのパッシブスキルを入手、その後、再生能力は最高に到達した。

 次の瞬間、鏡夜の下半身は何もかもが嘘だったかの如く、元通りになっていた。傷ひとつない。痛みもない。

 ヴィクティムが白銀の髪を揺らし、首を横に傾げた。


「……ほう。凄まじい再生能力だね。成り立てとは思えないほどだよ」

「……お褒めいただけ光栄の極み、だよ」


 鏡夜は再生したばかりの足を使い、立ち上がった。

 吸血鬼になって初めて見た景色は、いつもよりも明るく見えていた。まるで生まれ変わったかのような感覚が五感を支配する。

 己が手を見やる。

 そこには生前の健康的な肌色はなく、あるのは死体のような白い肌のみだ。


「ようこそ、夜の世界へ……眷属くん」


 怪しく微笑むヴィクティムの姿が、今では怪しく思えなくなっていた。

お疲れ様でした。


次話からいよいよ「吸血鬼のスキルツリーを使っての戦闘」回ですっ!

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