第73話 お願いだからっ……‼︎
京はフラフラな足で歩いて到着したのは、引っ越したばかりの自分のマンションだった
自身の予想が正しければ……間違いなくここにいるはずだ……
「……白瀬。俺だけど」
「ーー京先輩……」
白瀬はいつもの明るい雰囲気とは違い、暗く重い雰囲気を出していた。どうやら予想は当たっていたようだ。そして表情を見る限り、白瀬はもう既に、芹から事情を聞いてしまったのだろう
「……芹に会わせてくれないか?」
「……いくら京先輩の頼みでも、それは出来ないです」
と、京の頼みを拒否した。ということは予想通り、芹はここにいるみたいだ
「今はそっとしてあげるべきです。……京先輩も、それぐらい分かってますよね?」
「……でもーー」
「でもじゃないです。今は一人にさせてあげて下さい……
ましてや、今は香織さん。……京先輩にも会いたくないでしょうから」
ーー白瀬の言う通りだった。芹の事を思うがあまり、自分勝手になってしまっていた……本当に芹のことを思っているならば、今はそっとしておくべきだ
「芹ちゃんはしばらく私の家で面倒見ます」
「……いいのか?」
「自分で言うのも難ですが、私は芹ちゃんから信頼されてますから」
確かに行方が分からなくなったり、どこかの宿泊施設を使うぐらいならば、白瀬の部屋に居てくれた方が断然いい。京は白瀬の言葉に甘えることにした
「……頼んだよ」
「はい!お任せください!」
結局芹の姿を見ることは出来ず……白瀬の部屋の扉は閉まった……
「……ありがとう……ございます」
京が帰ったことを音で察知した寝室から出てきた芹が、白瀬に感謝した。目元が赤く、油断すればまたポロポロと涙が溢れそうだった
「いいのいいの!こんなときこそ先輩の出番だからね!ドーンと頼ってよ!」
「……はい。そうします……」
ーーここまで憔悴した芹は見たことがない
ーーでも……それも当たり前。……だって
ーー好きな人を愛する権利を……剥奪されたのだから……
苦しい?ーー苦しいなんてものじゃない。芹の場合は特にだ
芹が京と付き合い、そしてよくよくは嫁になる可能性だってあった。夫婦として幸せに暮らせる可能性が……でも、それはもう叶わない……
自分は何も悪くないのに、勝手に奪われてしまうことが何より辛い
叶う可能性があった恋……これが叶わなくなってしまった時が一番辛いのだ
「……買い出し行ってくるね。食べたいものとかある?」
「……ハンバーグ」
「分かった。じゃあ買ってくるね」
と、白瀬は財布と鍵だけ持って外に出た
「ーー芹ちゃん……」
実は冷蔵庫の中には、ハンバーグに必要な材料が揃っているのだが、芹を一人にするために理由をつけて外出したのだ
少しでも一人の時間が欲しいはずだ……白瀬はそう考え、買い物へと出掛けた
「ーーグスッ……グスッ……」
白瀬の布団にくるまり、外からの光を遮断する芹
ーー今は少しの明かりも欲しくない……
真っ暗で何も見えない……今の私の心の中を見ているよう……
「……なんでっ‼︎……なんでぇ……‼︎」
容赦なく流れる涙。体内の水分を全て出し切ってしまうまで、止まることがないかもしれない……
そう思ってしまうほど……涙が止まらない
「嫌だよ……嘘だと言ってよ……嘘であってよっ‼︎……お願いだからっ……‼︎」
……心の底から私は願った……今ほど神様にお願いしたことはない
でも……ちゃんと分かってる……神様なんていない。願ったところで変わらない……
でも、嫌なものは嫌だよ……
絶対に……い……やーー
「ーー……んっ……んんぅ……」
目を開けているはずなのに、周りが真っ暗になっていた。……違う。布団の中だからだ……そう気がついた芹は布団を退けた
涙を流しすぎたせいか、喉が渇いた……水を飲もうと寝室を開けると……
「あ、やっと起きたね」
キッチンに白瀬が立っていた。窓から見える外の景色は暗くなっていて、いつの間にか寝ていたことを知らされた
「もう少しで出来るから、ちょっと待っててね」
フライパンの上には美味しそうなハンバーグが2つ焼かれていた
「ーー完成ー!白瀬特性ハンバーグ!召し上がれ!」
大きなハンバーグとサラダ。ご飯に味噌汁が芹の前に並べられた
「……ありがとうございます」
「いいのいいの!ほらっ!冷めないうちに食べてよ!」
「……いただきます」
ハンバーグを一口サイズに切り、口の中で頬張る
「……美味しい」
「本当っ!良かった……」
そして白瀬も自身の前に並べられたハンバーグを食べ進めた
「ーーそれでねー」
食事中、白瀬が芹に対して絶え間なく話を振っていた。だが、その中に香織と京の話題を振らず、芹のことにも触れず、ただひたすらに自身の昔あった面白い話を話していた
「ーーごちそうさまでした」
「はーい。食器は置いといてねー。私が洗うから」
「いえ、そういうわけにはいきません。私が洗います」
食器を運び、蛇口をひねって水を出した。スポンジに洗剤を漬け、皿を洗った
ーー黙々と皿を洗っていると、ステンレスで出来たシンクに自分の顔がクッキリと写っていた
「……ひどい顔……こんなの京さんに見せられないよ……」
目の周りが腫れて赤くなった自身の顔を見て、そう思った芹だった……




