第36話 傘は一つ……?
「……終業時間になっちゃった」
結局あのまま話しかけられることはなく、終業時間を迎えてしまった芹。京は会社にまだ居残っており、明日の分の仕事を少し進めていた
白瀬は父親である部長から呼び出され、席を外していた
「……ああもう!こうなったら私から話しかけるもん!」
小声でそう呟き、ガタッと音を鳴らし、席を立つ芹。そして京に話しかけた
「きょ……赤坂さん。一緒に帰りませんか?」
一瞬いつものように名前呼びしそうになったが、ギリギリで堪えた
「……なんで?」
京は芹と目を合わせず、パソコンに目を向けたまま返事を返していた
「なっ……なんでって……もう終業時間ですし、それに……いつも一緒に……帰ってますし……」
目を合わせてくれないことが不安になったのか弱々しく話す芹
「……俺は見ての通り仕事中だ。帰るなら一人で帰れ」
……冷たい。今まで何があってもこんなに冷たくあしらわれたことなんかなかった。初めて会った時も見知らぬ私に手を差し伸べてくれた人なのに……今は……すごく冷たい……
「……ごめんなさい……そうですよね……一人で帰ります……お疲れ様……でした」
芹は机に立てかけたカバンを持って走ってオフィスから飛び出した
悪いのは私……冷たくされたのだって元はと言えば自分に原因がある。自分が占いの影響受けて京さんに冷たく接したのが悪い。……だからバチが当たったんだ
「……今思えば、ひどいな私……占いに踊らされて、好きな人にひどいこと言って……最低だよ」
こんなことで私は失ったんだ……優しく接してくれてた大好きな先輩を……
「……バカだなぁ私。本当にバカ……」
会社の外に出ようとする足が止まった
「……雨」
外は雨模様だった。雫の落ちる音がいつもより大きく鮮明に聞こえるような気がした
「……傘忘れちゃった」
雨雲で月の明かりさえ差し込まないただただ暗いだけの空を見上げた
「……走って帰ろ」
スーツの上を脱ぎ、傘がわりとして頭の上から覆い被せた
「……なにしてんだ」
走る準備をしていた芹に声をかけたのは京だった
「……走って帰ろうと思って」
「こんな大雨の中、傘も差さずにか?」
「……傘ならしてます」
「そんなので雨が防げるわけないだろ……」
京は芹に近づき、上から傘を被せた
「ほら帰るぞ」
「……まだ帰らないんじゃなかったんですか?」
「お前が傘持ってなかったからな。仕方なくだ」
京は傘立てから傘を抜くことなく走り去った芹を見て、傘を持っていないと判断していた
「……折りたたみ傘持ってるって考えなかったんですか?」
「うん。ドジっ子だし、どうせ忘れてるだろうなって思ってたし」
「なっ!いつから私はドジっ子扱いになったんですか⁉︎」
「出会った時からだけど?」
冷たくすることを忘れ、たわいもない話をした……私はまだ失っていなかったみたい
「……京さん。ごめんなさい……酷いこと言ったりして……」
雨が降りしきる中、頭を下げた。今は占い通りに動くことなんかより、いつも通りに振舞うことが大事だ
「……まあ気にすんな。何があって冷たくしてたかは知らないが、理由でもあったんだろ?」
あれだけ冷たくし、酷い言葉を投げかけた芹に優しい言葉をかける京。芹は申し訳ない気持ちでいっぱいになった
「……実は占いでーーーー」
芹は冷たくしていた理由を事細かに告白した
「なるほどな……だから白瀬も様子がおかしかったのか……」
「あの人はいつもおかしいですから変わりませんよ」
「辛辣だな……一応先輩だぞ?」
「いいんです。どうせ今は聞かれてないんですから」
芹は白瀬が呼び出されていることを知っていた。というよりオフィスから引きづり出されていたのを見たのだ
「それより帰るんですよね?早く帰りましょう!」
芹は京の持つ傘を奪い取り、雨が降る地に一歩踏み出した
「ほらっ!早く!」
「はぁ……分かったよ」
芹が差す傘に入る京
「……低いんだが」
芹の高さに合わせるとどうしても低くなってしまう
「こ、これぐらいで……いいですか……?」
腕を上げて傘の位置を高くする芹。ただ少し腕を上げ続けることがキツそうにしていた
そんな芹を見兼ねて、京は傘の柄を持ち、傘は芹の手から京の手に再び移り変わった
「ほらっ。雨が強まる前に帰るぞ」
「はいっ!」
雨の中、二人は一つの傘で帰路についた……
「……まあ今回ばっかりは芹ちゃんに譲ってあげますか!優しい先輩だなぁ……私って!」
二人の会話を白瀬は物陰に隠れてこっそりと聞いていた
「私も帰ろっと……お父さーん!車乗せてー!」
「歩いて帰れ‼︎」
「さすがにそれは酷くない⁉︎」
ーーーーマンションに着いた二人。雨は少し弱まっていた
「じゃあ京先輩。また明日」
「ああ。また明日な」
芹は家の扉を開け、中に入っていった。京は家の鍵を開けるため、ポケットの中をまさぐっていると……
ガッシャーン‼︎
と隣で大きな音が鳴り響いた。日常生活を送る中で鳴るような音では無かった
「どうした⁉︎」
京は慌てて栁内家に入るとそこには、猫耳をつけた香織が何かに絶望したように立ちすくんでいた。足元には木で出来たお盆とプラスチックの容器が転がっていた。音の正体はこれを落とした時になったのだろう
「……何してるの?お母さん……」
玄関で呆然と立つ芹に問いかけられる香織。そして、そのまま木製のお盆だけ持ち、顔を覆いながら寝室へと無言で入っていった
「……何事?」
「……あ、そういえば……」
芹は思い出した。今日の占いの結果をーーーー
♢ ♢ ♢
「続いてはさそり座のあなた!押してダメならー……猫耳をつけよう!」
香織はさそり座だ。さっきの猫耳はこの占いのせいだろう
「今日一日猫耳をなるべく付けて過ごすと恋愛運アップ!ただし、他の人に自分の猫耳姿を見せてしまうと、「何してんだコイツ……」となってしまうのでなるべく見つからないように注意‼︎ラッキーアイテムは木製のお盆!これで猫耳姿を見られた場合、顔を覆って安全な場所へと避難しましょうーーーー」
♢ ♢ ♢
「ーーーーってことだと思います……」
どうやら香織も忠実に再現していたようだ
「……まあなんだ……とりあえず……香織を慰めないとな……」
この後、京と芹はドア越しに「違和感ない!」「可愛い!」「たまには猫耳をつけたくなる日だってある!」と必死に慰めた……
次の日、その占い番組は何事も無かったかのように無くなっていた……




