第33話 嫌いになった……?
京と芹が香織について話していると、寝室の扉が開いた。真っ暗な部屋から出てきたのは目を充血させ、目のまわりが若干赤くなっている香織だった
「……ごめん。いつのまにか眠っちゃって……」
少しだるそうに歩く香織。寝起きだからか身体に力が入ってないようだ
「ううん大丈夫。まだ寝てても大丈夫だよ?」
「そんな訳にはいかないわ……芹に話すって言ったんだから」
香織は京と芹と三角形で話せるように京と芹の斜め前の席に座った
「大体のことは京さんから聞いたの」
「……そう。京ちゃんごめんね……あんまり話したくなかったはずなのに……」
「いいさ。精神が不安定になってるお前に話させるより、俺から話した方が早いって思っただけだから」
寝起きのせいなのか精神的に参っているのか分からないが、元気のない香織
「……ねえお母さん。なんで浮気なんかしたの?」
芹は先程の京の話で疑問に思っていたことを直接聞くことにした
「……ごめんなさい。それは言えないの」
顔を俯ける香織
「なんで?なんでも答えてくれるんじゃないの?」
「……これだけは答えられないの」
頑なに答えようとしない香織。何か特別な理由があることは間違いなさそうだ
「……分かった。じゃあ次の質問。なんで離婚しなかったの?」
働かないし、かといって家の手伝いもしない、浮気する。これだけ別れてもいい理由があるのになぜ別れなかったのかを問う芹
「……別れる理由はなかったから」
そんな答えに芹は納得のいかない様子だった
「いっぱいあるじゃん⁉︎その中の一つでもあれば十分離婚するような事がいっぱいあるじゃん⁉︎」
芹は不満を露わにした。芹が香織に怒るところは初めて見た
「……芹が暴力を振るわれてたら、さすがに離婚してたわ。私に振るう分にはいいけど、芹が傷つけられるのは許せないから」
義祖父が芹を溺愛していた為か、父親は身体に害を与える行為は一切しなかった。芹から痣や傷が見つかれば、義祖父はただでは済ませなかっただろう
「……母さんのこと……嫌いになった?」
俯きながら弱々しい声で尋ねる香織
「……なったよ。嫌いだよ」
芹の返答に更に弱々しくなっていく香織。今まで芹に嫌いと言われたことがなかったのか、ショックを隠せないでいる
「……自分は殴られてもいいって考え方が嫌い。自分を大事にしないお母さんなんて嫌い」
芹の言葉に香織は目に涙を溜めた
「……ごめんねっ……芹っ……」
そして、我慢の限界を迎えたのか、香織は涙を零していた
そんな香織を優しく包みこむように、芹は香織をギュッと抱きしめた
「もういいよ。これから自分を大事にしてくれたら、なにも言わないから」
泣いている香織を落ち着かせるように芹は背中をさする。今だけは芹の方が母親に見えた
そんな二人を見た京は、邪魔をしては悪いと思い、こっそりと部屋を抜け出した
「……盗み聞きは良くないぞ?白瀬」
部屋外に出ると、そこには白瀬が立っていた
「またまたー。私が盗み聞きしてることに気づいてたくせにー!」
京は白瀬がずっと部屋の外で聞き耳を立てていたことには気がついていた。ただ、敢えて白瀬にも聞かせていた
「……なんで私にも聞かせたんです?」
白瀬もなぜ京がこの話を自身に知っておいてもらおうとしているのか分からなかった
「聞いておいてもらいたかっただけだ。特に理由があるわけじゃないさ」
実際の理由は他にあるが、京は伏せておくことにした
「……私がこの話題を自治体の人達に伝える……って言ったらどうするつもりだったんです?」
脅すような口ぶりで京を牽制する白瀬。だが、京は動ずることはなく……
「そんな心配はしていない。お前はストーカー以外、俺が嫌がることはしない。……ストーカー以外な」
重要なことなので二回念を入れて言っておいた
「よくわかってるじゃないですか!さすがは私のおっ----」
「----とになった覚えはないがな」
白瀬の元気さが今は少し心地よく感じる
「とりあえずもう今日は帰れ。俺も少し考えたいことがあるからな」
「……分かりました。今日は大人しく帰ることにしましょう。お姉ちゃんにもどやされちゃうし……」
白瀬はエレベーターのある方へと歩いていき、下へ降りるボタンを押した
「……あ、一つだけいいですか?」
「ん?なんだ?」
「芹ちゃんのお父さんの名前は、垣本 辰馬。垣本組という組の4代目になるはずだった人みたいですよ」
京はもう驚かなかった。なぜそんなことを知っているのか。さっき話を聞いたばかりなのにいつのまに調べたのか、どうやって調べたのか。気にしていては身がもたないことを理解していた京は何も言わずに白瀬がエレベーターで降りていくのを見届けた
「垣本組……ねえ」
京は家に戻り、一旦整理することにした。香織の言うことに多少の違和感があったからだ
「香織は別れる理由が無いといってたけど、夫の方から別れを告げられたら喜んでる様子があった……か。訳がわからないな……」
香織の言葉を聞いても謎が深まっただけだった。やはり何か重大な点に気づけていないのかもしれない……