第12話 壊したのは……?
「……覚悟決めろ。俺……」
両手で二回頬をパンパンと叩き、気合いを入れた。京は部屋のチャイムボタンを押した。部屋からピンポーンという音が反響して聞こえてきた
ドタドタと歩く音が徐々に近づいてきていた。そして扉がガチャっと音と共に開いた
「すいません!お待たせしました!」
先に部屋から出てきたのは灰色のワンピースにベージュのベレー帽を被った芹だった
部屋着のジャージとスーツ姿しか見たことがなかったので女が苦手な京もその姿に少しドキッとした
「どうですか?……似合ってますかね?」
「……いいと思う」
「本当ですか!……えへへっ」
服装を褒められ、喜ぶ芹。と、部屋からまた足音がどんどん近づいていた
「ごめんなさい!はぁ……はぁ……急なことだったから準備に手間取っちゃって……」
黒のトップスに白のロングスカートを身に纏った香織が急いでいたせいか息があがっていた
「別に大丈夫だ。どうせやることなかったからな。さて……どこに案内してほしいんだ?」
「服!服屋見に行きたい!」
「服屋ね。じゃあ行くか」
芹の要望で服屋を見に行くことになった。歩き出した京と芹だったが、香織はまだその場から動かなかった
「お母さーん?行くよー?」
「えっ……う、うん!今行く!」
芹の声に返事を返した香織
「……私のは褒めてくれないんだね……」
香織は芹達の後を追った
「----着いたぞ。ここが家から1番近い服屋だ」
歩いて約10分。芹が要望した服屋に到着した。といっても大手チェーン店の店だ
「結構近くにあるのね」
「ここら辺は店が結構あるからな。ここら辺に来れば大抵の物は揃うと思うぞ」
「ほんとね……スーパーもある。電化製品店もある。コンビニもある……近くにこれだけ店があると助かるわ」
主婦のようなことを言う香織に京は少し感慨にふけった
ああ……本当にあれから結婚したんだなと……
「京さん!早く入りましょう!」
「……っ!分かった!分かったからくっつくな!」
「芹ー!私は近くのコンビニで買い物してからそっちに合流するわねー!」
「分かったー!」
香織はコンビニへ。京は芹に腕をズルズルと引かれ、服屋へと入った。
一回触れられるだけでも心臓に大幅な負担がかかる京。何気なく腕を引かれるだけでも京にとっては寿命を縮める行為だ
とりあえずは触れられる回数は少なくしないと死んでしまうかもしれない
「これなんてどう思います?半袖なんでちょっと気は早いかもですけど……」
フリフリのついた白のブラウスを手に取った芹は京に感想を求めた
「俺にオシャレは分からんからな……お母さんに聞いた方がいいんじゃないか?」
「……思ってたことがあるんですけど」
「ん?どうした?」
「……なんでお母さんのこと、名前で呼ばないんですか?」
痛いところをつかれた京
「えっと……なんでって言われてもな……」
「昨日会った時は香織って呼んでましたよね?なんで呼ばないんですか?」
じーっと見つめられる京。これも心臓に悪い……
「えっとな……娘のいる前で名前呼びってのはなぁ……って思っただけだ」
とっさに出た言い訳をする京。京が香織と呼ばない理由は本当はこれではない
「……そうでしたか。でも遠慮する必要はないです。私の前でもお母さんのことは香織って呼んでください。いや、言わないとむしろ怒ります」
「……怒られる意味がわからんが……」
「とにかく香織って呼ぶことです!拒否権はあげません!」
「……分かったよ」
強制的に決められてしまった……
「うんうん!じゃあとりあえずこの服が似合ってるか教えてもらっていいですか?」
「いやだからお母----」
「じーっ……」
「……香織に聞けって。オシャレは分からんから」
無言の威圧で呼び方を矯正された京
「こういうのは男性の意見の方がいいんです!」
「そうなのか?」
「そうなんです!」
「じゃあ……俺的には似合ってると思う」
「本当ですか!ならサイズ感見るために試着してきます!」
そのブラウスをサイズ別に手に持ち、試着室へ駆け込んでいった
「あれ?芹と一緒じゃないの?」
コンビニで買い物を済ませた香織が京に話しかけた
「今は試着室入ってるよ」
「そう……選んであげたの?」
「まさか……俺がオシャレについて分からんこと知ってるだろ?」
「まあ絶望的にセンスないわよね。その服も菜由ちゃんに選んでもらったんでしょ?」
バレていた。京の着ている服は妹である菜由が選んでくれたものだった
「……よく分かったな」
「そりゃわかるよ。元カノだからね」
「……」
少しの沈黙が流れた。そして沈黙を破るように香織は提案する
「ねえ。私の服も見てよ」
「だからオシャレ分からんて」
「いいのよ。こういうのは男に見てもらうのが一番だから」
芹と同じことを言った。親子とはやはり似るもののようだ
「はぁ……分かったよ。……香織」
「……」
香織は呆気に取られた表情で京を見た
「な、なんだよ」
「いや……京ちゃんにまた名前呼ばれる日がくるなんて思ってなかったからさ……大学の時に味わった幸せを今感じてるよ……」
二人の間でいい雰囲気が流れた
幸せ……幸せねぇ……
その幸せを壊したのは……香織だけどな……