埋めたい溝
【埋めたい溝】
「小説家だー!」っと、叫んでから早2ヶ月半程が経つ。
この間、オレは、自分の執筆は全くだったが、まめにサイトの小説を読み、分からないことは調べる・・・を繰り返していた。
そして変わったことといえば、週に2~3回程度は、小島と一緒に学校から帰るようになったり、1日1回はLINEのやり取りをするようになっていた。
小島は、だいぶ落ち着いて話すようになって、声も大きくなり、目も合うようになった。
そんな小島との帰り道、
「?」
後ろを振り返る。
「どうしたの?」といって、小島も振り返る。
「いや、誰かいたような気がして。」
「?…誰もいないよ?」
小島は体を左右に動かし、オレが気にしている辺りを窺う。
そんな気がしたのは、今回だけじゃなかった。
『…気にし過ぎか。』
「…そうだな。行こう♪」
「うん♪」
そして、オレ達はまた歩き出した。
気になった場所の曲がり角、オレ達が去って行くのを陰から見つめる姿があった。
「・・・ヒロの馬鹿・・・。」
そういえば、最近千尋が素っ気ない。
話しかけようとしても、「用事がある。」・「急いでる。」といって、まともに相手にしてくれない。
学校の行き帰りも、【先に行く】・【先に帰って】のLINEばかりだ。
なので、まだ小島と3人で帰ったことがない。
それに、向こうでの夕飯は、「後で食べる。」といって出て来ないし、こっちの夕飯は、
オレが帰えってみると、すでに食卓にラップで包んである状況だ。
(ちなみに、千尋は合い鍵を父さんから渡されている。)
おばさんが、「あら、喧嘩なんてめずらしい♪」と、ほんわかと感想を述べ、
おじさんは、「紘弥君、円満の秘訣は早々に謝ることだよ。」と、耳打ちされる始末。
それにしても、一体どうしたんだ?
オレは、一抹の不安を覚えていた。
それから数日の間、学校で千尋に話しかけようとするが、なんのかんの理由を付けられ、
結局話に応じてくれない。
そうこうした休日の昼下がり、小説を読むのに疲れたので休憩をしようと、背伸びをしながら窓際へ行ってみると、道路の真ん中で千尋と小島が話し合っている。
ちょうどいいタイミングだから声をかけようと思ったが・・・なんだか様子が変だ…?
とても【仲良く話をしている】、という雰囲気ではない。
二人とも硬い表情で、小島が千尋に何かを言っている。
千尋は首を横に振る。
尚も小島は直視しながら畳み掛けると、千尋は右手を薙ぎ払うように動かし、
左手は力強く握り込んでいる。
小島は一呼吸置いたあと、一言発した。
…千尋が動揺している。
小島は、最後に何かを告げて、千尋の脇をすり抜け歩き出して行く。
…千尋は暫くじっとしたままだったが、やがてこっちに顔を向ける。
『やばっ!?』
オレは慌ててしゃがみ込み、身を隠す。
少しの間、そのままの態勢でいた。
恐る恐る外の様子を見てみると、そこにはもう、千尋の姿は無かった。
「何があったんだ?」と呟いたオレだが、何故か、オレは知るのが怖かった。
翌日、『とにかく千尋と話をしよう!』、と決意して、学校でなんとか声をかけることにした。
しかし、ガードが堅い(汗)。
千尋は索敵能力をフルに活かして躱し続ける。
結局、放課後になっても捉まえることができず、諦めて帰ろうとした…、
その時、踊り場で千尋とバッタリ出くわした。
「チー。」
「ごめん、これ生徒会に届けなきゃいけないから。」といって足早に通り過ぎようとする。
「チー!」
オレは千尋の腕を掴んだ…、
その瞬間、
「触らないでよ!」
千尋が勢いよくオレの手を振りほどき、キッ!と睨み付ける。
プリントが数枚、ヒラヒラと舞い上がった…。
オレは茫然とし、次いで、とてつもないショックに襲われた…。
今まで一度だって、千尋にこんな瞳で見られたことはない。
放心状態でいると、千尋がハッと我に返り、「い、急いでるから!」といって、
その長い髪で顔を隠しながら、慌ててプリントを拾い上げ、足早に去って行った。
「・・・・・。」
声が出なかった。
その日の夜。
オレは、部屋の片隅にしゃがみ込み、両膝を抱え、うずくまっていた。
何も考えることができなかった。
あんな千尋は見たことがなかった。
どんどん膨れ上がる、【千尋の気持ちがわからない】、という不安と恐怖。
理由を探すことすらできなかった。
【気持ちがわからない】・【拒絶された】という現実が、とてつもなく恐ろしかった。
これからどうしたらいいのか…まったくわからない。
こんな距離を感じる日が来るなんて、想像もしていなかった。
ただただ、うずくまっていた―――。
気付けば、部屋の中も外も真っ暗になっていた。
『そうだ・・・書こう。』
オレは虚ろな目のまま、暗い部屋の中、パソコンに向かう。
電源を入れる…画面の明かりが眩しい。
『せめて、せめてこれだけは…。』
オレは縋る思いで書き始めた。
夢中で書きなぐった。
指を動かせば動かすほど、オレの中から千尋に対する思いが溢れてきた。
知らない間に涙が頬を伝っていた。
動かす指が綴るそれは、小説とは程遠いもの。
だけど、オレにとっては大切な小説。
千尋のことだけを考え、想い、書き続ける。
いろんな想い出が、次から次へと溢れ出てくる。
楽しかったこと。
嬉しかったこと。
辛かったこと。
悲しかったこと。
順番なんてメチャクチャだ。
文章力もない。
それでも、オレは千尋に読んで欲しかった。
あの振りほどかれた場面を信じたくなかった。
そして、何を書いても想う、『ありがとう』。
書けば書くほど、込み上げてくる。
書けば書くほど、千尋のいろんな表情が浮かんでくる。
『ヒロくんは、チーが守るからね。』
また蘇る。
「守られてばっかりだ…。」一人、うわずる声で呟く。
そして、オレはやっと気付く。
千尋はオレにとって、【かけがえのない人なんだ】…と。
書き終わる頃にはもう、窓の外は茜色に差しかかっていた。
オレは、窓際まで行き、見えない千尋の部屋を見る…。
それから再びパソコンに向かい、件名に【読んで。】、と書いて、
できた小説を添付し、LINEではなく、メールで送った。
「・・・・・。」
朝日が顔を出す頃、千尋からLINEが届く。
『チー、起きてたのかな…。』
複雑な気持ちになる。
「感謝状?」
「小説。笑」
「あたしにしか読めないと思うよ?」
「チーにさえ伝われば、それでいいんだ。」
「儲からないね。笑」
「儲からないな。笑」
何気ないやり取り。
そこにある幸福感。
これからも、こんな日々を千尋と過ごして行けたら…。
胸が締め付けられる。
千尋は、どう思ってるんだろう?
ほんの少しでも、そんな気持ちを持っていてくれたら…と、願ってしまう。
そんなことを考えていると、千尋から、「いつもの時間。」というLINEが…。
オレは直ぐに返事を返した。
千尋を迎えに来た。
一緒に登校するいつもの時間。
オレはすごく緊張していた。
だけど、早く千尋に会いたい…そう、強く想った。
ガチャリ…と、ドアが開く。
「…よー。」
千尋の硬い挨拶。
瞳が真っ赤だ。
クマも出来てる。
「よー…。」
オレも同じ顔して答える。
「さ、行こか。」
千尋の詰まる号令。
「、おぅ。」
オレの乾いた返事。
オレ達は話すこともなく、無視することのできない溝を埋めるように、寄り添って歩いた。