就活
「よろしくお願いします」
今日はお兄様の助手の面接を行う日だ。
私は関係ないけど、お兄様にお願いして同席させてもらった。
だって本当に応募が殺到したから心配なのよ。
応募してきたのはもちろんお兄様目当ての女性ばかり。
中にはお兄様から甘い汁を吸おうとする男性も居た。
仕方なく筆記試験で振るいにかけ、集団面接と称し、スパイを潜り込ませて女性達の本音を探り、男性達はギャンブル歴等を探った。
そしてようやく、この最終面接にたどり着いたのがこの人。
ミッドランド公爵家の一門でミレット子爵家の御令嬢のリーゼさん。
ミレット子爵領はこの王都からかなり離れた所にある、はっきり言って田舎ね。
年齢は21歳。
結婚せず領地に居たらしいわ。
ミッドランド公爵家からの推薦状もあるし、ちゃんとした人みたい。
容姿も長い黒髪のお下げに丸いビン底メガネ。
顔立ちはビン底メガネでよくわからないけど、THE真面目って感じだわ。
服装も簡素な白いシャツにスカート。
スタイルが良いのに地味な格好は勿体ない気がするわ。
「私は領地経営をしている父の手伝いをしております。書類整理や資料の作成は得意ですのでお役に立てます。私は領地を出て誰かの下で働くことで自信がつくと思いこの募集に応募致しました」
「この求人は永久的ではなく、私が学園を去るまでの間の一時的なものですが、それはよろしいですか?」
「はい、理解しております。この仕事が終わったら領地に戻りまた父の手伝いをする予定です」
「そうですか。ミレット子爵領はどのような所ですか? 」
「ミレット領は山と山に囲まれた土地で他の領地との交流は盛んではありませんが、領民全員が家族のような繋がりのある所です。主な産業は農耕です。様々な野菜や果実を栽培し、現在は農民の方々と品種改良に精を出しています」
その他にも色々とお兄様が質問しリーゼさんが淡々と返答する。
凄いわ。
普通は領地の人口や生産量なんて細かい数字なんて把握してないよ。
リーゼさんは本当に領地経営に関わっていたのね。
お兄様の担当教科にも詳しいし、自分なりの私見を述べることが出来てるし、本当に凄いわ。
はぁ就活ってこんな感じなのね。
前世でもまだ就活してなかったし、今も就活とは無縁な生活だし。
私恵まれてるなぁ。
「ありがとうございます。こちらからの質問は以上になります」
お兄様がニコッと笑顔になる。
リーゼさんはピシッと固まったように見えた。
「貴方を採用します。どうぞよろしくお願いします」
「ありがとうございます。精一杯努めさせて頂きます」
「では細かい就業形態を決めましょうか。まず前提として学園の授業がある前日と当日は勤務して頂きたいのですが、そうなると休日が不定期になります。御都合はどうでしょうか?」
「私はそれで構いません。むしろ助手ということですが学園外のお仕事の方はよろしいのでしょうか?」
「文官の仕事は内部機密が多いのでそちらは結構です」
「わかりました」
後は定時の時刻や夏季休暇など基本的な就業規則を決めていった。
「こうして雇用主と雇用条件を決めるなんて驚きました」
「妹が自分付きのメイド達は週休2日にしていると聞きまして。気持ちよく働いてもらうために必要なことだと、我が家でも取り入れた制度なんです」
そうなのよ。
当たり前のように、執事やメイド長が毎日仕事してくれてたけど、日本じゃ有り得ないわ。
バイトしてたお店だって、店長が休みでいない日があるんだもん。
そうそうに執事見習いやメイド長の補佐を作ってみんなでお休みが取れるようにしたのよ。
我が家で働いてる人の多くは家族連れで住み込みだけど、中には故郷に里帰りしたい人だって居るんだし。
お休みは大事よね。
もちろんお給金はそのままで。
みんなよく働いてくれてるんだもん。
これは必要な人件費よ。
「使用人達にも手厚くされているとは、流石はマルヴィン公爵家ですね」
「ありがとうこざいます。そうだ妹を紹介させて下さい。 先程からそこに居るのが私の妹です。基本的に学園の生徒達に会うことはそう多くはありませんが、妹やその周りの友人達とは会う機会があると思います」
「はじめまして。妹のセレスティーヌと申します。兄をよろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
「良い人に決まって良かったですね、お兄様」
「そうだね。ただミレット家に令嬢が居たなんて知らなかったから、かなり細かく領地のことを聞いて申し訳なかったかな」
「ミレット子爵領はかなり遠いですし、リーゼさんは社交界に出たことはないと仰ってましたから、知らないのも無理ありませんよ。私としても貴族派の家門ということが気にかかったくらいです」
「自分の助手に派閥は関係ないよ。王宮ではそうも言っていられないんだけどね」
「そうなんですね」
何はともあれ決まって良かった。
募集し始めた時はどうしようかと思ったわ。
リーゼさんと仲良く出来たら良いな。
せっかくお兄様の助手になってくれたんだもの、仲良くしたいわ。
さてと、レオ君と遊んだら予習しなきゃね。
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メガネを取り髪をほどく。
メガネ取り現れたのはややツリ目がちな赤い瞳。
おさげにしていた髪は解くと癖のないまっすぐな黒髪にもどった。
「はぁー。バレなくて良かったですわ」
そうです。
私はリーゼではなくエリザベートですわ。
ジェラルド様が助手を募集していると知り、勢いで応募してしまいましたわ。
それも身分と名前を偽って。
だって、ありのままでは書類選考で落とされてしまいますわ。
婚約を申し込んで断った女性なんて雇いませんもの。
ミレット家はミッドランド公爵一門の中でも末席。
領地もとても遠く、社交界にもあまり顔を出していないのでバレはしないと思いましたが、領地について細かく聞かれてヒヤヒヤしましたわ。
事前にミレット子爵領を調べておいて良かったですわ。
「リーゼ、首尾はどうだった?」
「お父様、無事にジェラルド様の助手として採用されましたわ。紹介状まで用意して下さってありがとうございます」
「いや娘の一生に一度の願いだからな。これで彼の助手としてしばらくは側に居られるだろうが、本当にそれで諦めがつくのか?」
「ええ、最長で2年お側に居られれば十分です。もし、ジェラルド様を思う気持ちが消えなくても、ジェラルド様のお姿を目に焼き付けて嫁ぐことが出来ます」
クリスティーヌ様に前を向くように言っておきながら、私は全然前を向けていませんわね。
でも今回で本当に最後ですわ。
ジェラルド様の助手をする日々はきっと私の宝物になりますわ。
その宝物さえあれば私はきっと大丈夫ですわ。
「はぁ。まさか働きたいなどと言い始めた時はどうしたものかと思ったが、蓋を開けてみればマルヴィン公爵子息のことだとは。そこまで好きだったとはな。しかし本当にいいのか?遅くとも2年後には嫁いでもらうぞ?」
「えぇ。2年後には23歳となり、結婚するには難しい年齢になります。それだというのに今までも、そして今回のような我儘をお許し下さり感謝しております」
私が働きに出たいと言ったら、お父様は激高して「公爵令嬢たる者が働くなどと」とお叱りになり、その後「心配しなくてもお前の嫁ぎ先は父である私が決めるから早まるな」と今度は顔を真っ青にして説得してきましたわ。
大方私が嫁に行き遅れていることを気にして家を出ようとしてると思ったのでしょう。
ほんと思い込みが激しいお父様ですわ。
まぁジェラルド様が助手を募集しているという求人書を出したら呆れて遠い目をしてましたが。
「しかし、くれぐれもバレないようにな。ミレット子爵にはマルヴィン家から娘について問い合わせがあったら口裏を合わせるようにと言ってあるが、身分と名前を偽っているからな。バレたら流石にまずい」
「えぇ、わかっていますわ」
「そういえば偽名はなんだ?ミレット子爵にも伝えておかなければならない」
「えっと、その。『リーゼ』と名乗りました」
私の答えにお父様の開いた口が塞がりませんわ。
「何故自分の愛称を偽名にした!?バレるだろ!」
「ジェラルド様に愛称で呼ばれてみたかったのです!」
危険なことはわかっていますわ。
でも1度くらい愛称で呼ばれてみたかったのです!
あぁ、ジェラルド様が私のことを愛称で呼ぶなんて想像しただけで胸がドキドキしますわ。
「大丈夫ですわお父様。この変装ならバレませんわ」
我ながら素の自分とは似ても似つかない変装ですわ。
新年度までにこの地味目なスカートとシャツを取り揃えておきましょう。
ついでにワンピースも。
そしてこのメガネは必須ですわね。
念のためにスペアを用意しましょう。
はぁ。
早く学園に行く日にならないかしら。




